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妖精達の名前

 神代聖騎とサリエル・レシルーニアが棒輪の間の研究を始めてから20日が経った。その間、食料等はレシルーニアが召還した植物を操る妖精の魂によって確保した。ビタミンに近い成分の他に、カルシウムやタンパク質に近い成分などを補給した。また、水分も水を操る妖精の魂によって得ていた。


 聖騎が持っていた羊皮紙にも限界があった為、これも補給した。白く丈夫な葉を持つ植物の葉が、新たなメモ用紙となった。更に、これらを整理する為の箱をいくつも作った。


 聖騎としてはもうしばらくここにいても構わないと思っていた。常に新しい発見があり、一生かかっても全てを把握できないと考えていた。そんな彼にとって、寝耳に水のような出来事が起きた。


「あなた方をあるべき空間へと戻します」


 聖騎とサリエルの目の前に現れたのは藍色の肌と、それよりも濃い藍色の髪をボブショートにしたメイド服の女だった。聖騎は尋ねる。


「それは、今すぐにでないとダメかな?」

「はい、そのように仰せつかっておりますので」


 メイド服の女は淡々と答える。そんな彼女にサリエルが問う。


「君はだぁーれ?」

「所属等は明かせません」

「ふぅーん? それで、君は私達がここにいると何か不都合な事でもあるの?」


 サリエルは女に尋ねる。


「私からは何も申せません」

「そう。とにかく私達にはすぐに出ろって事ね。どうする? マサキ」

「そうだね。ところで、出られる場所は指定出来るのかな?」

「こちらが指定した場所から出て頂きます」

「罠を疑わない方が難しいね」


 相変わらず淡々と話す女に聖騎は疑いの目を向ける。


「その様なことはございません。とにかく、準備をお願い致します。そちらの紙束は必要なのでしょう?」

「まぁ……そうだけれど…………、ちょっと良いかな?」

「何でしょう?」


 女は無表情に聞き返す。サリエルも聖騎の意図は分からず、怪訝な顔をする。


「君は、この空間が何のために有るか知っているかな?」

「いえ。存じ上げません」

「そうなんだ……僕は君の言葉を信用する事は出来ないけれど、まあどちらでも良いかな。この空間は、この世界に存在するあらゆるものの情報が眠っている。その中にはこんな情報も有ってね……魔王軍に何人も存在するメイド『サンパギータ』全員揃ってステータスの数値はまったく同じだけれど……それぞれがまったく違う効果の魔法を使用可能で、その中の一人は『空間魔法』が使用可能だったかな」


 聖騎が口にした言葉に、女は目を見開く。しかしすぐに、何事もなかったかのように繕う。


「それが、どうしましたか?」

「サンパギータというのは、僕が生まれた世界に存在した花の名前だよ。僕の世界には地域によって様々な言語が使われているのだけれど……ある言語では『茉莉花マツリカ』、ある言語では『マリーカ』と表すんだよ。僕はどちらの名前にも、心当たりが有ってね……。寡黙で、メイドで、同性愛者という共通点があって……ああ、ちょっと気になったから言ってみただけだから気にしないで欲しいのだけれど……」


 聖騎の口から紡がれる言葉に、女は戸惑う。『茉莉花』や『マリーカ』という単語に聞き覚えは無く、彼の意図が掴めないままであったが、直後に彼が口にした『同性愛者』という言葉に動揺を隠せない。彼女は同性愛者である。


「まぁ、良いかな。本当に君は何も知らない様だし。では、外に連れ出してくれるのだったね。頼むよ」

「は、はい……」


 戦慄しながら女は首を縦に振り、外へと通じる穴をあける。メモを全て収納した箱は、サリエルが呼び出した、物を浮遊させる能力を持つ妖精の魂にそれにを持たせ、彼らは外に出る。辺りには森が広がっていた。メイド服の女は彼らが出た事を確認した後、穴を閉じて彼らの前から姿を消した。するとサリエルが口を開く。


「何なのよ、マツリカとかマリーカとか」

「マリーカさんは、エルフリード王国にいたメイドで、そこの第一王女の従者をやっていた人だよ。今は亡くなっているけれど。茉莉花というのは、僕の元いた世界で、母親の代わりに僕を育ててくれた近衛茉莉このえまつりという人の事」

「ふぅーん……君にも色々あったのね。それより……」


 聖騎の話を聞いたサリエルは、周囲を見渡して言う。


「ここ、私達のすみかの近くみたいだけど……」

「そうなんだ……彼女は何を企んでいるのかな……?」

「さぁねぇー、取り合えず案内するわぁー」


 サリエルは先行する。聖騎がそれを追い掛けて行くと、草木に隠れていた地面に大きな穴が見付かった。


「あちゃぁー、そう言えば君は飛べないんだったわね。仕方ない、私が君を運ぶわ。あぁ、そうねぇ……ちょっと待って。せっかくだから仲間を呼びに行ってくるから」

「呼びに行く? この下に仲間がいるのなら、ここからでも君の声は届くんじゃないのかな?」

「そういえば言ってなかったわね。私の方針で、戦闘中以外は心の声じゃなくて直接口で話す様にしているのよ。人族の事を理解する為に、ね」

「へぇ」


 感心のため息を漏らす聖騎は、穴の中へゆっくりと降下するサリエルを見送る。しばらくすると、彼女は仲間を連れてきた。排他的な種族であるレシルーニアが、妖精族どころか人族である聖騎を案内する事に戸惑いはあったが、サリエルの言葉は絶対というのが彼らの掟である。聖騎はレシルーニア達によって地下へと運ばれた。



 ◇



 サリエルが聖騎から名前を貰ったと知ったレシルーニア達は一斉に、自分にも名前をとせがんだ。聖騎は頭を悩ませながらも、その場にいた十人に名前を付けた。サリエルが天使の名前ということから、他の者も天使の名前で統一した。レシルーニアの青年は頭を下げる。


「感謝する、人族……いや、カミシロマサキ」

「喜んでくれて嬉しいよ、ラグエル」


 名前を呼ばれたラグエルは冷静を気取りながらも、わずかに頬を緩ませている。聖騎はそれを指摘しようと思ったが、やめた。


「それよりマサキ、見せてあげる! 私が研究してるものを」


 サリエルが投げ掛けた言葉に、レシルーニア達は驚く。彼女が研究しているものは、彼女以外の誰も指先ひとつ触れる事さえ禁じられている。いきなり余所者の聖騎にそれを許可した事に彼らは衝撃を受けた。


「でも……えっと、サリエル様!」

「私の言うことに不満が有るの? ヨフィエル」


 声を上げた少年にサリエルは言い捨てる。ヨフィエルと呼ばれた少年は萎縮する。


「い、いえ……」

「とにかく、私が決めたことは絶対なの。良いわね? それじゃ、行くわよマサキ」

「うん」


 サリエルに連れられ、聖騎は下へと続く通路を歩いていく。彼女が「ここよ」と言って足を止めると、そこには巨大な岩石があった。彼女が先程の物を浮遊させる能力を持つ妖精の魂にそれを退かせると、何か大きな穴があり、その中には土の中だとは思い難い光景が広がっていた。


「これは……?」

「分からないわ。でも、仮説はある。異世界へと繋がっている門みたいなものっていうね」

「異世界への門……」


 聖騎はその穴の中に手を突っ込もうとする。するとサリエルはその手を掴む。


「待って。この中に手を入れたらものすごい勢いで引っ張られて二度と戻れなくなるから」

「そうなんだ……。悪いね」

 

 好奇心をくすぐられながらも聖騎は謝る。サリエルは手を離し、言う。


「私達の仲間の何人かはここに入ってから二度と戻ってこない。その後、適当に魂をこの中に送って、しばらくしてから戻ってくる様に命じたら、私の隣に現れた。よって、この中に入っても死にはしない事は分かったけど、具体的にどうなったのかが分からないのよ。魂には意識が無いから話も聞けないしね」

「なるほどね……それで、そんなものをどうやって研究しろと言うのかな?」

「それは、ちょっとこっちに来てくれるかしら?」


 聖騎を手招きするサリエル。彼女が更に奥まで進むのに聖騎もついていくと、そこには様々な物があった。何かの像と思われるものや、紙のような物など様々だった。


「あの穴の中からは時々色々な物が飛び出して来るのよ。その時にこんなものが手に入ってね。これらについて調べてるのよ。でも、私には何がなんだか分からないものがいっぱいでね……そこであなたにはこれらの物が何なのか調べるのを手伝って欲しいの。これらを知ることで、もしかしたら異世界について知ることが出来るかもしれない。それによって、異世界に行く方法だって分かるかもしれない」


 サリエルは真剣な表情で言う。聖騎は小さく笑う。


「そうだね、むしろ僕からこれを調べさせて欲しいと思っているくらいだよ。もちろん、手伝わせてもらうよ」

「感謝するわ」

「僕達は契約者。当然の事だよ。ただ、僕からも聞いてほしい事があるのだけれど……」

「何かしら?」


 聖騎の言葉にサリエルは聞き返す。


「君と契約をして死霊召還ネクロマンシーの能力を手に入れ、棒輪の間で検証した結果、能力を手に入れる前に命を奪った生き物の魂も呼び出せることが分かった。でもね、僕にはもっと戦力が必要なんだよ。魔王様と戦うためにはね」

「うんうん」

「その為に僕は妖精狩りを始めようと思う。無論レシルーニアには手を出さない。構わないかな?」

「別に断る理由は無いわぁー。妖精狩りは私達も定期的にしてることだし」


 妖精族には、人族を好きか嫌いかの派閥とは別に、妖精族同士で仲良くしようと考える派閥と、別の種族はあくまで別の種族であるという派閥がある。レシルーニアやスクルアンは後者である。彼女の答えを聞いた聖騎は黒い笑みを浮かべる。


「それは良かった。では今は、すぐに研究に取り掛かろう。妖精狩りはその後だ」

「ええ」


 後日、妖精族の住まうシュヌティア大陸に、史上類を見ない惨劇が起こる事となる。

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