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魔術

 この国の王宮に案内された聖騎達は、2人用の部屋を紹介された。用意されている部屋は20部屋で、聖騎達は36人である為、1人で1部屋使える者が存在しても良いのだが、公平を期すために全員が2人で利用する事となった。そして、聖騎と同じ部屋を利用するのは卓也である。彼らはこの世界にいる間はずっと同じ部屋で過ごすこととなる。与えられた服に着替えた聖騎は、部屋の隅を向いて体育座りをしている卓也を気に止める事なく部屋を出て指定場所に向かおうとするが、同じ部屋の者が時間内に来なかった場合は連帯責任で罰を与えられるということを思い出し、声をかける。


「いつまでそうしているつもりなのかな? 何をされるか分からないけれど、罰を受けるのは嫌だからさっさと着替えてくれると嬉しいのだけれど」

「うるさい」


 卓也はボソボソと答える。どうしたものかと聖騎は考える。そして、ある考えに思い至る。


(少し試してみようかな)


 ユニークスキル『騙しチート』。相手に幻覚を見せるこの能力を使ってみることにした。


(能力を使う対象を思い浮かべて、どんな幻を見せるかを考えればいいんだね……それじゃあ)


「まあ、来てくれないのなら仕方無いね。ここは力ずくで連れてかせて貰うよ」


 次の瞬間、卓也の周りが闇に変わる。前後左右何もない、真っ暗な闇。


「えっ……」


 そして彼の目の前には、恐ろしい笑みを浮かべた死神が現れる。大きな鎌を構え、カツカツと音をたてて卓也の元へと近付く。


「ひっ、いいいい!」


 卓也は尻餅をつく。しかし、その手には何かねっとりとした感触があった。恐る恐る振り返ると、そこには大きな竜が口を開けていた。そして彼の手はその口の中に入れていた。


「ひいいいい、ひい、ひいいいいいいい」


 慌てて手を取り出す。すると彼は自分を見ている目に気付く。彼のクラスメート達が彼を見て、嘲笑っていた。その中には幼馴染みで、いつだって味方でいてくれた永井真弥の姿もあった。


「卓也、どうして私を怒鳴ったの? せっかく、あなたみたいなクズの味方でいてあげたのに……」

「ひ、ひいいい、ゴメン! ゴメンよ真弥! 俺は、俺は……!」


 卓也の懺悔も虚しく、真弥は嘲笑を止めない。卓也が絶望に涙を流すと、闇は消える。そこには聖騎の笑顔があった。


「今のは僕の能力で作った幻だよ。もしも来ないのだったら、永遠に幻を見せ続けるけどどうする?」


 卓也は震えながら指定場所に行くことを決意し、与えられた服に着替えるのだった。


(さて、能力を使ってる間カードを見てみたけど、魔力は1減って1増えるを繰り返してた。つまり、対象が1人なら永遠に使い続けられるんだね。これはすごい)


 やがて卓也の着替えが終わる。彼らは指定場所――訓練所へと向かった。



 ◇



 訓練所には35人の勇者が集まった。ここで彼らは魔術についてのレクチャーを受ける。


 魔術には炎、水、氷、木、雷、土、風、金、光、闇、無という属性が存在する。これらのうちどれか1つでも適正があれば、魔術師としての資格を持っている事になる。


 魔術を使うには『神力受球プロヴィデンスフィア』と呼ばれる宝石を埋め込んだ杖『神御使杖エンジェルワンド』が必要である。『神御使杖』には性能によって分けられた九つの階級が存在するのだが、今は割愛する。


 魔術は杖を持った状態で呪文を詠唱することで発動する。例えば「リート・ゴド・レシー・テーヌ・ト・ワヌ・ラヌース・ストラ」という呪文は意訳すると「魔力を10消費して光の槍を1本作り、まっすぐに飛ばす」となり、実際にその様に魔術を発動できる。なお、魔術を使わない人間は無理に呪文の意味を考える必要はない。呪文はこの世界で昔使われていた言語が由来していると言われているのだが、『異世界言語理解』のスキルを持ってしても訳することはできない。聖騎達は教師役の魔術師によって「こういう意味だと言われている」と教わっただけだ。


(この言葉が分かれば、自分で好きなように呪文を創れるのに……)


 話を聞きながらそんなことを考える聖騎。すると壇上に立つ教師役の魔術師はそれに気付く。


「おい、そこのお前! ボンヤリするな!」


 魔術師である女が怒鳴る。


「すみません」

「お前、『魔力を168消費して氷の刃を96個作り、一定の範囲の中でランダムに飛び回らせる』にはどう詠唱すれば良いか答えてみろ。出来なければ服を全部脱げ!」


 謝った聖騎に女――シルア・マーデリーが要求を出す。彼女は基本の単語をさらっとレクチャーした。彼女が言った言葉を理解すれば、お題の呪文を言えなくも無いが、いきなり複雑な呪文を考えられるなどとはシルアもまったく思っていない。これは見せしめである。聖騎は顔を青ざめさせる。


「む、無理です……。僕には分かりません……」

「ほう? お前は分からないにも関わらず話を聞いていなかったと言うのだな?」

「そ、それは……」

「ほら、言ってみろ。言えないと全裸だぞ?」


 シルアは嗜虐的な笑みを浮かべる。聖騎達はボソボソと答える。


「イース・ゴド・レシー・ハンドレシクテーヌエイグ・ト・ニネテーヌシク・ニーフ・バーラ」


 シルアは驚愕する。


「も、もう一度言ってみろ」

「はい、えーっと……イース・ゴド・レシー・ハンドレシクテーヌエイグ・ト・ニネテーヌシク・ニーフ・バーラ」


 まったく自信の無さそうに答える聖騎。そしてシルアは悔しげに顔を歪ませる。


「正解だ」


 シルアは舌打ちする。彼女が他の勇者達を見ると、彼らは一様に「ここでもか……」とでも言いたげな表情をしているように思えた。


「お前、名前は?」

「はい、神代聖騎と申します」


 聖騎は丁寧に頭を下げる。


「そうか……カミシロ。お前はなかなか優秀な様だ。今回は特別に見逃してやるが、目上の人物に対する礼儀はわきまえろ。私はお前の教師だ」

「心に留めておきます」


 聖騎の言葉を聞いたシルアは講義を再開した。シルアは無意識に話のレベルを上げ、多くの勇者達をおいてけぼりにしていった。しかし聖騎の他にも理解できている者もいたため、出来る者と出来ない者の差が広がる事となった。



 ◇



 講義も一段落がつき、昼食の時間となる。勇者達にはパンと水が与えられた。中学三年生であった彼らにとって物足りないものであり、抗議の声をあげるものも存在したが、耳を傾ける者はいなかった。そんな彼らの怒りの矛先は聖騎に向けられた。


「おいおい神代ぉ、綺麗なお姉さんに記憶力を自慢できてさぞかし気持ちいいだろうなぁ?」

「お前のせいで、あの人が何言ってんのか分かんなくなっちまったじゃねぇか。ふざけんなよ」


 聖騎は自分に何かを言い出した二人の名前を覚えていないが、大体の能力値とユニークスキルは覚えている。


(『創る者メイカー』と『増える者マルチプライヤー』だったな。二人とも攻撃が高くて俊敏が平均くらいで、あとは低かったね)


 聖騎がなんの反応も示さないのを見た二人は薄く笑う。


「なぁ、いつまでもそうやって生意気な態度を取ってられっと思うなよ? 紙耐久の紙代さんよぉ」

 

『創る者』は両手に1本ずつ剣を創り出す。そして左手の剣を『増える者』に渡す。そして『増える者』は口を開く。


「テメエなんか剣で斬っちまえば簡単に倒せるんだ。どうせ体力が0になっても死なねえんだ。ちょっと痛い目にあって貰うぜ」


 次の瞬間『増える者』が2人に増える。持っていた剣も当然ながら2本に増えた。合計3本の剣が聖騎に向けられる。


(いやーまずいなー、これはピンチだなー)


 そんなことを聖騎が考えていると、そこに声がかけられる。


「てめーら、そこまでにしとけよ」


 声の主はクラスのいじめっこリーダーである不良少年国見咲哉だった。


「何でだよ国見。さっきの見ててムカついただろ」

「そうだ。コイツのせいであのババアの話が訳分かんなくなったんだろうが」


 二人の言葉を受けて、咲哉は若干呆れる様に言う。


「わかんねーのか? コイツ、てめーらの事見ながらニヤニヤ笑ってたんだよ。何考えてんのか分かったもんじゃねー。やめといた方が良いぜ」


『創る者』と『増える者』が聖騎を見ると、咲哉が指摘した通り彼は笑っていた。不気味さを感じた二人は能力を解除する。剣は消え、『増える者』は1人に戻った。二人は舌打ちし、聖騎の目の前から消える。


(まったく、友達思いだねぇ)


 咲哉をニヤニヤと眺めながらの聖騎の思考は、筋骨隆々な男の出現によって止まった。そして彼の指導による体術の訓練の時間が始まった。




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