第二章エピローグ(2)・正義を砕く魔法使い
面貫仁は元警察官で現在はフリーターの青年である。70日ほど前に、彼の弟である面貫善及び彼のクラスメートが突如行方不明になり、40日ほど前には、説明会を開くと言った私立天振学園に行った彼の両親や同僚数名も行方不明となった。当時塞ぎ込んでいて、家に引きこもっていた彼の闘志に火が付き、天振学園の捜査をするよう上司に頼んだが、上層部の意向で捜査は禁じられた。その後彼は警察を辞めた。すると、彼と一緒に仕事をしていたメンバー三人も次々と辞表を出し、彼に協力をした。仁としては申し訳ない気持ちでいっぱいだったが、仲間はそれを気にしないで良いと言った。
ともあれ彼らは天振学園へと向かった。日曜日である今日も仕事をしている学園の守衛には清掃業者だと説明するとあっさりと入れてくれた。それに若干の違和感を覚えた彼らは、警戒を強めながら、面貫善が在籍していた中等部3年2組の教室を目指す。なお、校内は全て土足となっている。
「あまりにも、順調すぎる」
教室の前まで特に問題も無くたどり着いた事に、彼らの中でも最年長であるリーダーの男が思わず呟く。かなり上の地位のいた彼だが、部下の弟を含めた何の罪もない中学生の為に全てを投げ出した。彼の妻と娘は警察を辞めた彼を家から追い出したが、それでも彼は戦う。
「そうですね……上層部はあんなに危ないから止めろと言っていたのに……」
「どっちにしても、ここを調べなくちゃいけないんです。やりましょう」
頼りになる上司の言葉に女が不安の色を見せる。そんな彼女に仁は思いを告げた。
「そうだな……では、捜査を始めよう」
部下達は声を揃えて「了解」と言い、仁は教室の扉を開く。机などは全て撤去されており、殺風景な印象を与えた。
「何も……無さそうですね……」
「とにかく、教室中をくまなく調べろ」
「了解」
彼らは教室に入る。何か異様な感覚を仁は覚えたが、それを気のせいだと自分に言い聞かせる。すると彼らの中の一人が、教室中央部の床板が外れるようになっているのを発見した。リーダーが慎重にそれを外すと、そこには地下へと続く階段があった。
「行きますか?」
「取り合えず俺と面貫の二人だけで行く。残りはここで待っていろ」
「了解」
一同は頷く。しかしそこで彼らは、カツ、カツという音が反響するのを階段の方から聞く。
「何だ?」
リーダーは呟くが、その問に答える者はいない。彼は階段に向かって言う。
「誰か、そこにいるのか?」
その太い声は響くが、答えはない。彼らは確信する。この階段を上ってきているであろう人物は、何かを知っているということを。彼らは拳銃こそ所持していないものも、柔道の心得はある。いざという時は力ずくで話を聞くことも考えている。だが不意に、足音のような音が消えた。怪訝に思う間もなく、彼らの背後から声が発せられた。
「ようこそ、天振学園へ。こちらへはどのようなご用でしょう?」
仁達が振り向くと、そこには白衣を身に纏う長い黒髪の女――神代怜悧がいた。前に出たリーダーは口を開く。
「我々はこの下にあるものを調べようと思っている。構わないか?」
「残念ながら許可は出来ません。この下には少々……人に見せたくないものがございますので……」
心から残念そうに怜悧は言う。その態度に仁は苛立ちを覚える。
「言え! 善は……俺の家族はどこにいる……!」
「面貫、落ち着け」
リーダーにたしなめられ、仁は頭を冷やす。
「すみません……」
「とにかく、お引き取り下さいませ」
「残念ながら、そうもいかない。力ずくで調べさせてもらう」
丁寧な態度で頭を下げる怜悧の体をリーダーは押さえ付けようとする。次の瞬間、彼の喉から鮮血が迸った。
「なっ……!」
倒れた彼の下に部下達は集まる。彼は既に意識を失っていた。
「このおおおおおおおおお!」
メンバーの一人が怜悧へと殴りかかる。だが、手応えはない。怜悧の体は音も立てずに後方へと下がっていた。
「まったく、乱暴な方々ですね」
「何を……したんだ…………?」
殴ろうとした男は呆然と呟く。しかしすぐに意識を切り替え、もう一度殴りかかる。すると怜悧は右手で銃を形作り、人差し指を男に向ける。その指先からは水の塊が発射され、男の心臓を撃ち抜いた。
「何だ……! お前は何なんだ!?」
仁は戦慄する。目の前で起こった現象を理解する事が出来ない。
「ところで、あなた方は『異世界』というものの存在を信じますか……?」
仁の疑問には答えず、怜悧は一方的に問う。仁達としては答える気にはならず、沈黙を貫く。怜悧は構わず言葉を続ける。
「例えば、あなたのご家族がこの世界ではなく、こことは違う別の世界に存在する、と言ったら……あなたは信じますか?」
その言葉に仁は反応する。
「お前……俺の家族をどうしたんだ?」
「おおよそ察してはいるのでしょう?」
「返せええええええええええええええ!」
仁は走る。だが、怜悧は顔色一つ変えずその場で彼を待つ。そして右手から撃ち出された水の弾丸が彼の右足に命中する。靴を貫通し、赤い液体が噴き出す。
「ぐあああああああああああ!」
「い、いやあああああああ!」
潜入組唯一の女は、怜悧の得体の知れなさに、恐慌状態に陥りながら逃げ出す。怜悧は水の弾丸を放つ。それは脳を撃ち抜いていた。
「さて、どうやらあなただけになったようですね。あなたがどなたかは存じ上げませんが、私達の秘密の片鱗に触れた以上生かしては帰しませんよ」
「くっ……どうして…………」
仁は怜悧を睨む。怜悧はゆっくりと、床に転がる彼へと近寄る。
「あなたもご家族が心配でしょう。そこであなたにせめてもの償いをさせて頂きます」
「償い……?」
「ええ。せめて、あなたにご家族の姿を見せてさしあげようと……」
その提案に仁は眼の色を変える。
「どこにいるんだ……! 親父、お袋、善!」
「まあ、落ち着いて下さい。すぐにお連れしますので」
怜悧は指を鳴らす。すると階段の下に待機していた天原の部下が出てきて、足を怪我している仁の体を持ち上げ、下へと運んでいく。他にも天原の部下はおり、3つの死体を回収し、それもまた下に運ばれる。
(相変わらず魔法は問題なく使えるようですね)
内心で呟いた怜悧は、右手の人差し指だけを出した状態を作り、その先端に水球を発生させる。それを維持したまま教室を出て、しばらく歩いた後に水球は形を失い、滴った。
(魔法の有効範囲も、着実に広がってきているようですね。1年もすれば、この学園全体に領域は広がっていくでしょう)
満足げな怜悧は、廊下から外に通じる窓に目を向ける。彼女はそこに何か気配を感じた気がしたが、それは一瞬で消えた。
(今のは……? 後で調べてもらうように頼んでおきましょう)
怜悧は教室に戻り、元々いた観察室へと向かっていく。
(十分な戦力を手に入れたら聖騎さんは、今後ヘカティア大陸に向かうでしょう。彼がヴァーグリッド様に出会うときも近いですね。ああ、二人の邂逅が本当に待ち遠しいです)
魔王と一人息子の事を想いながら、恍惚とした表情を彼女は浮かべるのだった。
現時点での勇者達の動向
シュヌティア大陸(西の大陸)
神代聖騎
ヘカティア大陸(北の大陸)
舞島水姫 永井真弥 黒桐剣人 山田龍 柳井蛇 土屋彩香 草壁平子 宍戸由利亜
エルティア大陸(東の大陸)方面
面貫善 御堂小雪 フレッド・カーライル 伊藤美奈 鳥飼翼 浅木初音 百瀬練磨 久崎美央
バルゴルティア大陸(南の大陸)方面
国見咲哉 西崎夏威斗 桐岡鈴 佐藤翔 鈴木亮 高橋梗 吉原優奈 数原藍 有森沙里
エルフリード王国王都
藤川秀馬 武藤巌 司東煉 石岡創平 振旗二葉 数原椿 緑野星羅 波木静香 渡瀬早織
エルフリード王国北部
古木卓也