第二章エピローグ(1)・世界を弄ぶ者達
「バカにしやがって!」
私立天振学園の某部屋。デバッグルーム――一部では『棒輪の間』と呼ばれる空間での聖騎達の会話を聞いていた観察者達は激昂する。
「何が向いてないだ! ただのガキの分際で生意気な事を……!」
「私達をナメるとどうなるか教えてやる……!」
そんな部下の様子など目にも入らないかのように、天原考司郎はデスクのモニターに顔を向ける神代怜悧に話し掛ける。
「しかし驚いたな。君の息子は『コロニー・ワールド』という言葉までたどり着いたか。妖精族との契約も果たし、もはや敵無しではないか」
「それは言い過ぎです。今の聖騎さんでは、ヴァーグリッド様の足元にも及びません」
怜悧は柔和な笑みを浮かべて答える。彼女が魔王ヴァーグリッドに様を付けて呼んだ事をまったく気にすることなく、天原は言う。
「それもそうだな。そもそもヴァーグリッドはCW計画には必要な存在。そう簡単に倒されてしまっては困る。まあ、我々のアバターも備えてある。果たして、神代聖騎がヴァーグリッドを倒せる時は来るのだろうか」
「最低でも10年は無理でしょうね。そもそもヴァーグリッド様を倒しても、あの子達はこの世界には帰れません。サリエルさんでしたか? 彼女はなかなか鋭いですね。ランダムで決まる『契約者』ですが、聖騎さんは大当たりを引いたようです」
怜悧はデスクに置いてあるクッキーを掴み、口に入れる。それを咀嚼しながら、コーヒーの入ったカップに口を付ける。口内が空になった怜悧は再び口を開く。
「さて、舞島水姫さんによって聖騎さんはデバッグルームから出られません。このままでは舞島さんが来ない限り、聖騎さんとサリエルさんは閉じ込められたままです。ここで舞島さんの行動を少々操っても構わないのですが、個人的にそれは面白くありません。そこで、サンパギータを動かし、デバッグルームから出します。構いませんか?」
「構わない。それで、彼はどこから出すかな?」
「そうですね……レシルーニアの棲みかの近くにでも出しましょう。サリエルさんが研究しているという『繋世ゲート』――彼女はそれに名前を付けていないようですが――アレを聖騎さんに見せてあげたいですし」
「一歩間違えれば危険なのではないか?」
「コロニー・ワールドに飛ばされた時点で、既に彼は危険な場所にいます。関係ありません」
「そうか。君がそう考えているのなら、私が口を出すことは無い。好きにすればいい」
「ありがとうございます」
怜悧は頭を下げる。すると、彼女のデスクに置かれていたスマートフォンが震えだす。彼女は通話に出る。
「何でしょう、茉莉」
『怜悧様、ドイツのボクスベルク博士の方から実験の準備が完了したとの報告です』
茉莉と呼ばれた通話相手の声は、若い女のものだった。
「そうですか、ではあなたがドイツまで行ってきて下さい」
『了解しました。それと報告はもう一つ――京都の方々からCW計画に加わりたいとの要望が』
その報告に怜悧はしばしの間思考を巡らせる。茉理としてはずっと無視されている事になるのだが彼女はそれを気にせず、怜悧の言葉を待った。
「今まで微塵も興味を抱かなかったあの方々が急に……。彼らのバックで何者かが暗躍している可能性がありますね。……まあ、良いでしょう。許可する旨を伝えておいてください」
『分かりました。報告は以上です』
その言葉を聞いた怜悧は通話を切る。すると天原が感慨深げに呟く。
「京都か……懐かしいな」
「彼らは何を考えているとお思いですか?」
「単に興味を持っただけだろう。CW計画にはそれほどの価値がある」
「そうですね。コロニー・ワールドは素晴らしい実験装置です。聖騎さんは電脳世界説を捨てられないようですが、あの世界は紛れもない異世界。世界全体が我々にとってなじみ深い電磁波に影響を受けやすい物質で構成されていた為に、私達によってゲームのように作り変えられた、憐れな世界」
怜悧は小さく微笑む。
「今のコロニー・ワールドの他にも電磁波の影響を受けやすい物質で構成されている世界は、あの『世界群』の中に数えきれないほどあった。未熟な我々は何度も実験に失敗して、うっかり何度も世界を滅ぼしてしまったな」
聴く者が聞けば驚愕では済まないような事を天原はサラリと言った。
「そうですね。それ故に今のコロニー・ワールド――コロニー・ワールド0207――は私達の希望です。ここで私達は様々なシミュレーションを行っています。広大な『世界群』の中には代わりとなる世界など幾らでもありますが、探すのは骨が折れます。彼らがコロニー・ワールドをどうにかするつもりなのなら、彼らの行動一つ一つに気を付けないといけませんね」
「そうだな」
天原は頷く。そして怜悧は言葉を続ける。
「私達は何時でも、聖騎さん達をこちらに呼び戻す事が出来ます。しかし、向こうの世界からこの世界にアクセスする方法は見つかっていません。聖騎さんとサリエルさんの出会いは、この世界に何をもたらすのか。本当に楽しみです。そして、彼らが発見したもの次第では……」
「ああ。冗談抜きで世界がひっくり返るな」
答える天原は、間接的に聖騎にバカにされて未だ怒っている部下達を一瞥したあと、自分のデスクに戻る。怜悧も周りの光景などまったく気にせず、観察を再開しようとする。すると、部屋の中の電話が鳴る。観察者の一人がそれに出る。彼は通話を終えると報告する。
「警察――失礼、元警察の者達がこの学園に潜入しようとしているとの報告です」
「勇敢だな。大方、上層部の反対を押しきって捜査を続行しようとしたといった所だろうな。刑事ドラマの見すぎだ」
「対処はどのように致しましょう」
「そうだな。彼らの勇敢さは無知から来ているのだろう。ならば、知らしめれば良い」
「はっ……?」
天原の意図が理解できず、男は聞き返す。すると怜悧が口を開く。
「それなら私が迎えに行きましょう。たまには体も動かしたいですし」
「そうか、ならば頼む」
「ええ」
怜悧は立ち上がり、いつもの白衣姿という、体を動かしに行くとは思えない格好で部屋を出ていった。しかしそれに対して何かを言う者はいない。先程報告をした男は、天原に話し掛ける。
「それにしても神代博士は凄いですね。研究の為なら何でもするという姿勢が。自分には真似なんて出来ません」
「怜悧君は昔からそうだった。私が大学教授をしていた頃、当時学生だった彼女は自分の体に吸血鬼の血を流したいと言っていたからな」
「吸血鬼……ですか」
男は疑問に思い、呟く。
「ああ、気にしないでくれ。それよりも、彼女の様子を見てみようじゃないか」
天原はコンピュータを操作し、画面を切り替えた。




