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支配されるセカイ

 聖騎は目を覚ますと、軽い頭痛に顔をしかめる。


「いたたたた、何かな……?」

「ほぉー、やっと目を覚ました。人族ってこんなに怠惰な生き物だったのね」


 眠い眼を擦る聖騎は、漆黒の肌と銀髪が特徴的な美女の顔を認識する。


「えっと……君は? どうしてここに?」

「それはこっちが先に聞きたいけどまぁ良いわ。私は妖精族レシルーニアの族長……って言うのかしら? そんな感じよ。どうしてここに来たかと聞かれれば……そうねぇー、単純な興味、かしら」

「なるほどね。僕は神代聖騎。ある人にここに閉じ込められて、特にやることも無かったからちょっと観察をね」

「その成果がこれ? 見たことの無い文字だけど……」


『お姫様』は聖騎が「Colony World」とメモをした羊皮紙を取り出し、彼に返す。自分で持っていたと思っていたそれが勝手に取られていた事に驚きつつも、聖騎は話す。


「実は僕は異世界からこの世界に召喚されたんだけれど、元々僕がいた世界で広く使われている文字だよ。ちなみに、この空間に存在するまるいのとかぼうみたいなのは、僕の世界で使われる数字」

「異世界ねぇー、話には聞いてたけどやっぱホントにあったのねぇー。それで、これは何て意味なの?」


『お姫様』は興味深そうに尋ねる。


「コロニー・ワールド」

「何それ?」


 ポカンとした表情の『お姫様』。『異世界言語理解』のスキルが上手くいかなかったのだろうと判断した聖騎は言い直す。


「まあさしずめ、植民世界といったところかな」

「しょくみん……?」


 なおも『お姫様』は頭上に疑問符を浮かべる。そこで聖騎は、そもそも「植民地」という概念が妖精族には無いのだと考えた。


「そうだね……僕達の世界とかこの世界の人族の大きな国は、武力で小さな国とか地域を支配下に置いて民を移住させる、ということをしていたんだよ。この支配下に置かれた国や地域が植民地」

「へぇー、何でそんなことをするの?」

「理由は色々あると思うのだけれど、資源を手に入れる為とか国の王とか皇帝が自分の国の強さをアピールする為というのが大きいのかな? というか、魔王ヴァーグリッドがラートティア大陸を攻めるのも、その辺りが理由になっているんじゃないかな? 本当のところは知らないけれど」

「よく分からないわぁー。私としては普通に自分の好きな事さえ出来れば十分だけど……まぁー、私達と人族とでは価値観が違うという事ねぇー。……それは良いとして、つまり『植民世界コロニー・ワールド』というのは、この世界とは違う世界――異世界によって支配される世界って事?」


『お姫様』は聖騎の言葉に首を捻りながらも理解し、その上で問う。


「恐らくは、ね」


 そこで聖騎は口をつぐむ。もしも彼の仮定通りこの世界が電脳世界だったとして、それをどのように説明すれば良いかに頭を悩ませる。何せ相手はコンピュータというものを知らない妖精族である。彼女相手に「この世界は自分達の世界の人間によって作られた……かもしれない」という事を理解させる自信が彼には無かった。だから彼はお茶を濁す。


「僕だって詳しい事は分からない。何も知らされず、この世界に飛ばされたのだから。それに『Colony World』という言葉に対する僕の解釈が合っているとも限らないからね」

「へぇー。ところで、この世界に来たときの状況とか教えてくれる?」


『お姫様』は眼をキラキラと輝かせる。聖騎は慎重に言葉を選びながら話す。


「別に構わないけれど最初に言っておくと、僕の世界にはこの世界には無い概念が当たり前のように広がっている。だから、あまり上手く説明できる自信は無いよ」

「構わないわ。それじゃ、よろしく」

「うん……。まず、僕は学校に行っていたんだ。学校は分かる?」

「分かんない」


 説明を始めた聖騎の問に『お姫様』は首を横に振る。聖騎にとって想定内だった。


「学校というのはざっくりと説明すれば、色々なことを教えてくれる所だね。この世界の人族にも学校があって、主に貴族とか王族に魔術を教えたりしている様だけれど、僕の世界の僕の国では庶民でも当たり前に行くことが出来る……というか、行く義務がある」

「ほうほう」

「学校は色々あるんだけれど、その中でもレベルが高いとされている学校に行くことは一種のステータスの様に考えられていてね。まあ、僕もそこそこ良い学校に行っていたんだよ。そして同年代の人達と同じ部屋で話を聞いて、様々な知識を得るんだよ」

「へぇー、面白そうね」


 楽しげにうんうんと頷く『お姫様』。


「まぁ、それなりにはね。でもほとんどの人は勉強を嫌々やっているんだけれど、それを説明するためには僕の世界での社会の仕組みとかを一から説明しないといけないから、今回は省かせて貰うよ。……とにかく、あの日も僕は学校に行っていた。そして突然、僕と一緒に勉強をする人達と共にこの世界に転移していたんだよ」

「召喚魔法でも使われたのぉー?」

「そう。ラートティア大陸中央部にあるエルフリード王国。そこの王女様が使ったという召喚魔術によって僕達はこの世界へと導かれた、らしい」

「らしい?」


『お姫様』は自分が言った「召喚魔法」という言葉に対し「召喚魔術」という言葉が帰ってきた事に疑問を持ちつつも、その後の彼の言葉の方が気になった。


「王女様は『勇者伝説』という伝承に従って僕達を召喚したみたいなんだ。でも、その『勇者伝説』を書いているのが、僕の世界の人族なのではないかと疑っている」

「どういうこと?」

「あくまで仮説だけれど、僕の世界はこの世界に対して干渉し、ある程度好き勝手に出来るのではないかと考えている。この世界の人間に『勇者伝説』を信仰させ、それに従わせることによって彼らを意のままに動かしているのではないのか、とね」

「それが本当だとしたら、ムカつくわねぇー」


 そう呟く『お姫様』の表情には薄く苛立ちの色があった。彼女は言葉を続ける。


「つまり、君の世界の人族は神でも気取って、私達の事を観察でもしてるってとこ?」

「少なくとも僕は、そう考えているよ」

「ふーん……」


『お姫様』は俯き、考え込む。聖騎も同様に思案する。


(それにしても……この妖精族はいつの間にここに……?)


 作業に集中していた彼は、この空間にパッシフローラや真弥達が入り、ヘカティア大陸に向かった事に気が付かなかった。水姫が『扉』を開けた時に彼女が入ってきた事にも。


「君はこの空間から出られる手段を持っているのかな?」

「分かんない」

「えっ?」


 予想外の返答に聖騎は戸惑う。


「あぁー、言ってなかったっけ。私達レシルーニアは殺した生物の魂を召還して能力を使わせる事が出来るんだけど、その魂の中にこの状況をどうにか出来るのが有るかもしれないし、無いかもしれない」


 そう説明しながら『お姫様』は 適当な妖精族の魂を召還して聖騎に見せる。


「なるほどね」

「この空間に入る為の穴を人族の女の子が開けてるのを見て、私は何となく入ってみたんだけど、出る方法が分からなくてねぇー」

「バカじゃないの?」


 思わず、聖騎の口から声が漏れる。


「バカって何よ! 君だって似たようなもんでしょ!」

「僕は無理矢理閉じ込められただけだよ。君とは違う」

「どっちにしたってマヌケでしょ!」

「どっちにしたって? 君は自分がマヌケだと認めるんだね」

「うっ……」


『お姫様』と言い合いながら、聖騎は違和感を覚える。初対面の彼女に対して、馴れ馴れしく話している事に。


「いや……冗談だよ。ごめんね」

「い、いやこちらこそ……」


 我に返った聖騎が謝ると、その場に気まずい空気が流れる。どうしたものかと彼が考えていると、『お姫様』は口を開く。


「それにしてもここは不思議ねぇー。何というか、冷たい感じ? この空間についてもっと知りたいわ」


 しみじみと呟く彼女に聖騎は同意する。


「僕もだよ。僕は、僕がどのような原理でこの世界に飛ばされたのかを突き止めようと思っているんだ。この空間を知る事は、それに一歩近付けると思う。ここから自力で出る方法は分からないけれど、それでも僕は今できる事を全力でやる」


 すると『お姫様』は笑う。聖騎がその方向を向くと、彼女は語る。


「いや、私達本当に気が合いそうだと思っただけよ。……私は生物の魂について研究していたんだけど、その過程で、死んだ生物の魂は異世界に飛ばされて、そこで新たな生活をしているのではないか。そんな仮説が出てきたの。そこで私は研究テーマを『魂』から『異世界』へとシフトした。まあ、実際に異世界の存在を認知した訳ではないんだけどね。リルネーバが異世界から人族を召喚したという話を聞き、そして今君と話をしたことで異世界の存在を確信した」

「僕が君を騙している可能性もあるよ。こんな文字とかも自分で考えて」


 聖騎は例の羊皮紙をヒラヒラと動かして見せる。しかし『お姫様』は苦笑する。


「どんなに声をかけても、それを解読するのに集中して反応を見せてくれなかった君が?」

「あははっ、それもそうか。……ところで、僕はまだここで観察を続けようと思うのだけれど、君はどうする?」

「私も付き合うわぁー。面白そーだし」

「感謝するよ。では、よろしく」


 志を同じくした二人は揃って笑った。

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