世界の名前
「さぁーて、いっくわよー!」
『お姫様』はクルクルと回りながら元気に叫ぶ。彼女の右には十人の妖精族がいた。だがそれば全体が薄い黒色となっており、顔のパーツなども見えない。言わば、影のようになっている。
彼女達レシルーニアは、自らが命を奪った生物の魂を呼び出して、自由に操ることが出来る魔法を使う種族である。『お姫様』が召還したのは、炎を操る妖精族の魂十柱。
「じゃあー、取り合えず燃やしちゃえー」
妖精達の魂は『お姫様』の言葉に従い、息の合った躍りをする。輪を作る様に並び、観覧車のように縦に回る。彼らがしているのは、合同魔法と呼ばれるもので、数人の妖精族が協力することで発動可能な絶大な効果を持つ魔法である。
「撃てー!」
叫びと同時に、妖精達が作る輪の中心から大きな炎が発生。紅蓮の炎は巨人達を呑み込む。
「へぇ、一撃で倒しちゃうか」
瞬時に作った土のドームに隠れたパッシフローラが言葉を漏らす。そのドームを、激流が襲う。
「容赦はしない」
「その姿勢は嫌いじゃないわぁ」
レシルーニアの青年は仲間二人と共に水を操る妖精族に合同魔法を発動する。並のレシルーニアでは同時に複数の魂を操るのは困難である。男は同時に三柱の魂を操っており『お姫様』と比べれば見劣りはするが、十分に驚異的である。計五柱による水魔法はドームを崩すが、パッシフローラの身体は濡れただけでダメージはない。
「今度はわたくしの番」
「それはちょっと待って」
土を隆起させて攻撃しようとするパッシフローラへ、少女が仲間七人と共に冷気を操る妖精族を操作。濡れたパッシフローラを凍らせる。続いて、少年が仲間達と共に金属を操る妖精族の魂に巨大な剣を造らせ、パッシフローラの真上から落とす。大剣は轟音により大地を揺らす。
「やったか!?」
少年が呟く。だが、パッシフローラは最初から凍ってなどいなかったかのように立っていた。
「あぁ……あなた達、わたくしに何か攻撃をしたのね。危ないところだったわぁ、多分」
パッシフローラはある程度ダメージを受けると、自動で体力が減る前の状態へと体が戻る。この際に記憶も戻る為、自分がどのような攻撃を受けたのかを彼女は知らない。だが、彼女はそれを気にしない。自分の強さへの絶対的自信が、彼女にはある。
「ったく、どうなってんだ。全然効いてねぇぞ」
「ムダ口叩いてる暇があればちゃんと戦いなさい」
「言われなくても!」
ぼやく少年を少女はたしなめる。空を飛ぶ彼らのもとへ、土の塊がマシンガンのように続々と飛んでくる。レシルーニア達は魂を召還し、自分の壁とする。魂は体力がゼロの状態で存在するため、一度でも攻撃を受ければ、その存在は消失してしまう。逆に言えば、一度だけなら攻撃を受けられる。
「やっぱり妖精族は、空を飛んでるからめんどくさいわねぇ……おおっと」
呑気に呟きながら、落雷を土のドームにより受け止めるパッシフローラ。それは『お姫様』が操る魂によるものだった。他にも様々な種類の攻撃が彼女を襲う。ドームを壊し、パッシフローラに致命傷を与え、しかし彼女は元に戻る。そんなサイクルが何度も続いた。レシルーニアが飽きてくる一方で、パッシフローラの精神には余裕がある。何しろ、やられる度に記憶がリセットされるのだから。
「キリがないわねぇー。というか、不毛」
『お姫様』も退屈そうに呟く。彼女はこの戦いで少なくない数の魂を消費した。それにも拘わらず効果が無かったとなると、やる気も失せる。
「もうこんなに経ったのねぇ。なのに……」
辺りが薄暗くなったのを感じたパッシフローラも呟いた。彼女の体感としては、昼間だったのが一瞬で夕方になったような感覚だった。それほど長い間戦っていたにも拘わらず、撃墜数がゼロというのは彼女に少なからず衝撃を与えた。
「そろそろ終わりにしなぁーい?」
「そうねぇ、わたくし達はシュヌティア大陸から撤退するわぁ」
『お姫様』の提案にパッシフローラは乗った。彼女は倒れた巨人達を回復させようとしたが、戦闘の最中に体力がゼロの状態でとどめを刺され、死亡していた。如何に時間を戻す能力を持つ彼女であろうと、完全に失われた命は取り戻せない。代わりに、巨人達の魂は、その命を奪った『お姫様』がいつでも召還出来るようになった。
パッシフローラは自らが開けた穴に隠れていた真弥達の下へと歩いていく。そこには水姫もおり、どうすれば良いのか分からない表情をしていた。彼女に向けてパッシフローラは言う。
「取り合えず、今回の作戦はおしまいよぉ。ここにいる全員を連れて、城に向かうわよ」
「わかりました」
その命令に水姫は頷く。そして『棒輪の間』への『扉』を開ける。パッシフローラは全員に、中に入るよう言う。人質を取られている事を知った彩香達を含めた全員がそれに同意し、言う通りにする。気を失っていた面々も戦闘中にほぼ全員が意識を取り戻した。この時水姫は母親と再会したのだが、彼女の境遇を知った母親はショックに再び気絶してしまった。そんなことが有りつつも、意識の無い者は意識の有る者に運ばれ『棒輪の間』に入った。その後全員は水姫に、あるいは水姫に触れている者に触れる。水姫は目的地をヴァーグリッド城の城門前に指定すると、全員はそこへとワープする。そして再び水姫は『扉』を開けて、元の空間へと出る。真弥達は順番に出ていく。最後に出る水姫を残し、パッシフローラが出ようとした瞬間、彼女の背中に傷みが生じる。
「うん……?」
しかし、それほど大きなダメージを食らった訳ではない。極々小さなダメージであったが、その正体は分からなかった。だが、それに気付いた者もいた。いつでも逃げることは出来たが、真弥達とずっと行動していたことにより、今更逃げるに逃げれなかったツンである。
「奴は……俺の仲間の魂を使ってた。仲間を殺して、ソイツに戦わせてたんだ……!」
怒りに震えるツンの声を聞いて、パッシフローラは状況を把握する。透明化したスクルアンが背後に潜み、彼女に気付かれないように雷の魔法で攻撃をしたのだ。
「なるほどねぇ。分かったわぁ、あなたの事は忘れない」
『お姫様』を好敵手として認めたパッシフローラは、楽しげな笑みを浮かべた。
◇
「それにしても、ヤバかったな」
「そうだな。お姫様の指揮が無ければ危なかった」
消えたパッシフローラ達を眺めながら少年が呟き、それに青年が答える。戦闘中『お姫様』は全員に指示を送っていたのだ。その結果が、犠牲者ゼロである。次は少女が口を開く。
「そのお姫様は行っちゃった訳だけど、これからどうするのよ?」
「さぁな。ひとまず帰って、待つしか無いだろう。もっとも、あの魔族の女が地面を揺らしまくったせいで地下は酷い事になってそうだがな」
「でも仕方ないよね。私達はあそこに住むしかない。何せ、『アレ』があるのだから」
青年の答えを聞き、少女は呆れる様に笑みを零す。
「お姫様は『アレ』の研究にご執心だ。自分の者が『アレ』に触れることをあの方は許さない。だから、俺達が守らなくてはならない」
「まったく、いてもいなくても私達は振り回されるのね」
「そんじゃ、帰ろうぜ」
レシルーニア達は彼らの住処へと帰って行った。
◇
『棒輪の間』にひとり取り残されていた聖騎は、その探索の過程であることに気付く。この空間において行きたい場所を指定すれば、自動的にその場所へと瞬間移動できる。彼が地面の無いこの空間を歩く事が出来たのは「脚を動かしてあの場所に行きたい」という意思にこの空間が反応し、歩いているかのような現象を起こしたのだ。そしてそれは平面的な移動に留まらず「上に行きたい」「下に行きたい」などといった意思にも反応し、その通りに体は移動する。
そこで聖騎はこの空間の最上部に行きたいと考えた。この空間は宇宙の様に無限に広がっているのかもしれないとも彼は考えたが、それは杞憂でこの空間には最上部が存在した。彼が今いる空間もその上も同じ黒色だったが、彼が手を上に伸ばすと何かにぶつかる様な感覚が有り、見えない壁のようなものが有るのだと彼は判断した。
改めて最上部からこの空間を見下ろし、緑色の「1」と「0」によって構成された文字列を発見した。下にいた頃は点滅を繰り返していたが、ここからだと文字は消えていないように見えた。聖騎が数えてみると、7列、11行の77文字だった。なお、6行目と7行目の間は1列分空いている。これを2進数で現された文章だと判断した聖騎は解読を始める。彼は常にメモ用の羊皮紙と鉛筆を持ち歩いている。これに件の文字列を64進数に変換したものを記していく。その結果、とある文字列が浮かび上がった。
(コロニー……ワールド…………?)
彼の羊皮紙には「Colony World」 という文字列が綴られていた。聖騎はその意味を考える。
(コロニーは確か……植民地。スペースコロニーみたいに、人類が居住するための世界……といったところかな?)
戸惑いながら、彼は思考を続ける。
(僕の仮説では、この世界は電脳世界のような場所。それが正しいのなら、人類は電脳世界を作ってそこに移住しようとしているという事になる。僕達は、実際にこの世界が人類が移住する世界としてふさわしいかをテストするために送られた、ということになるのかな?)
そこで彼は思考を放棄し寝転がる。下に地面は無いため、浮いた状態で寝ることになる。脳を使いすぎて疲れた彼は浮遊感に快感を覚えつつ、眠りに落ちる。直後に何やら頭を殴られたような感覚を覚えたが、疲労がピークに達していた彼は気にせず眠るのだった。




