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説得と脅迫

「あらぁ、殺さないのぉ?」


 聖騎を棒輪の間に置いて、元の空間に出た水姫にパッシフローラが声をかける。


「はい、彼には死より苦しい絶望を味わって貰うのです」


 聖騎が棒輪の間を楽しんでいる事など知る由もなく、水姫はニヤリと笑いながら答える。


「なるほどねぇ。殺さずに苦しみを与え続ける。それがあなたの戦い方。相当性格悪いわねぇ」

「お気に召したでしょうか?」


 指をくわえるパッシフローラに、おずとずと聞く水姫。


「そうねぇ、わたくしは嫌いじゃないわぁ。エメリアちゃんは嫌いそうだけどね」

「それじゃあ……」

「まぁ、どうせなら他のお友達も倒してきちゃってぇ。殺すか閉じ込めるかは任せるからぁ」


  パッシフローラは軽い口調で命令する。


「神代聖騎は一人ぼっちにするの。他の誰もあそこには行かせない。あそこに行けるのは私だけ。つまり、あの人を助けられるのは私だけ……」


 水姫のその言葉に、パッシフローラは狂気を感じた。その眼の奥に潜む歪んだ感情に、愉悦を覚えた。


「それじゃあ、することは決まりねぇ」

「はい、私が全て殺します」

「はぁい、いってらっしゃぁい」


 パッシフローラが手を振ると、水姫は棒輪の間へと入っていく。そして永井真弥の場所を探し、向かった。


「うふふっ、それじゃあわたくしも自分の仕事をしなくちゃ」


 魔王ヴァーグリッドに敵対する妖精族を殲滅すべく、パッシフローラはゆっくりと歩を進める。そして呟く。


「カミシロマサキ……、誰も助けが来ない状況でどうするのかしらぁ?」


 興味深げに笑みを浮かべながら、パッシフローラは大地震を起こす。妖精族の里がまたひとつ滅びた。


 

 ◇



 剣人や友人二人とそのパートナーの妖精族二人と共に走っていた真弥は彼らと協力し、やっとの思いで巨人族を二体倒した。残り三体の巨人は他の者を追いかけている。人と『契約』を結んだ妖精族の戦闘力の凄まじさに、真弥は驚愕する。妖精達のレベルは40程度と、レベル80を越えている真弥や剣人を下回るのだが、彼らに負けない活躍を見せた。恐るべきスピードで巨人を翻弄するものの、たまに攻撃を受ける事があった為、真弥は回復役として徹した。


 疲労困憊な彼らは地面にへたりこむ。数値的な体力は真弥によって回復していたが、精神的な疲れはかなりのものがあった。


「ふぅ……、どうする? 今から他のみんなを助けに行く?」

「いや、少し休ませてくれ……。ちょっと疲れた」


 真弥の問に剣人が答える。他の面々も彼に同意するように頷いた。自身も休憩したいと考えていた真弥は安堵の表情を浮かべながら言う。


「でも、少し休憩したら行きましょ。お父さんやお母さんも心配だし」

「もちろんよ」


 真弥の友人は笑顔で答える。その直後、その表情が凍り付く。真弥が怪訝に思いながら振り向くと、舞島水姫がそこに現れていた。


「あなた達は私が倒す」


 そう告げる水姫に、立ち上がった真弥は言い返す。


「どうして!? どうして魔王軍に協力しているのよ、舞島さん! 私達が元の世界に帰るには魔王を倒さないと――」

「私は帰りたくない」

 

 真弥の言葉を水姫は遮る。その言葉は真弥のみならず一同に衝撃を与えた。


「どう……して……?」

「あの世界では私は無力だった。でも、今の私には力がある。あの世界では底辺だった私が、特別な存在になれる」


 その言葉は彼女が不登校になり、力になってあげられなかったと後悔している真弥の心を抉った。口ごもる彼女の代わりに、友人が反論する。


「何痛いコト言っちゃってんの?」

「そうよ、アンタの両親だって心配してんのよ!」

「うるさい」


 すると水姫は右手を前に出す。そこからは風が吹き荒れる。真弥達は倒れそうになるのを必死でこらえる。これは、水姫が妖精族から奪って手に入れた能力のひとつである。風を操る能力の他、様々な能力を彼女は得た。


「そんなもの関係ない。私は魔王軍につく。その邪魔になるものは排除する」

「ふざ……けんな!」


 両手の剣の先端を合わせ、風を受け流しながら突っ込む剣人が叫ぶ。その気迫に水姫は怯む。


「なっ……」

「ふざけんなよ……オレは元の世界に帰るんだ。邪魔をすんだったら、斬るぞ!」


 向かい来る強風に負けじと、自慢の脚力で前進する。一つとなった刃は風を斬り、じりじりと進む。


「それなら……!」


 水姫は風を解除。急に風が止んだ事で剣人の体は勢い余って転倒する。


「しまった!」

「この力で……!」


 水姫が呟くと、剣人は絶叫する。


「うわああああああ!」

「黒桐君!?」


 豹変した彼に真弥は驚く。彼は何かおぞましいものを見ているかのように苦悶の表情を浮かべる。意味が分からない真弥達に、水姫は言う。


「あなた達には言ってなかったけど私のユニークスキルは『奪いプランダー』――触れた相手のスキルを一つ奪って自分のものにする能力」


 その説明に、水姫が杖も呪文も無しに風を出したり、不意に現れたりした事について、真弥は納得する。では、今剣人が何故苦しんでいるのかを考える。そこで彼女は一つの答えを導き出す。


「まさか……」

「今私が使っているのは『騙しチート』。散々苦しめられたけどこれは良い能力ね。まさにチート」

「神代君に何をしたの!」


 嫌な予感がした真弥は血相を変えて怒鳴る。


「あなたがそれを知る必要はない。安心して。死んではない」

「神代君はどこにいるの……!」


  安心しろと言われても、真弥としては不穏でしかない。聖騎という存在は参謀として、そして戦力として勇者達の中では大きな存在になっている。何より、誰一人欠けることなく全員で元の世界に帰ることを目標としている彼女としては心配である。


「神代聖騎は、あなたを必要としてる?」

「えっ?」


 水姫の突然の質問に、真弥は間抜けな声をあげる。


「あなたは、神代聖騎にとってなくてはならない存在?」


 水姫は言い直す。その言葉を受けて真弥は考えながら答える。


「それは……分からない。この世界に来てから、私は神代君の今まで知らなかった一面を沢山知った。でも、分からない。神代君にとって私がどんな存在なのか、見当もつかない。でも……少なくとも私にとって神代君は、無くてはならない存在よ! ……そしてそれは、あなたも同じ!」

「えっ……」


 今度は水姫が絶句する。自分が誰かに必要とされている。その言葉は彼女を動揺させた。


「嘘。私がいることで、あなたが何か得する事でも有る?」

「有るわよ! 私は一人でも多く友達が欲しいの」

「そ、そんなの……私じゃなくたって」


 水姫は声を震わせる。そこに真弥は言葉を投げつける。

 

「いいえ、あなたじゃないとダメなの! 私はクラスのみんなと友達になりたいんだから! その為には、あなたと友達になるのが絶対条件なのよ!」


 水姫は立ちつくす。いつしか、剣人に見せていた幻覚も解除していた。


「んー? えっと、なにこの状況」

「丁度良かった黒桐君。あなたも舞島さんと友達になってくれるわよね?」


 剣人は混乱する。しかし真弥の友人達が水姫に「私も友達になりたい」と言っているのを見て、おおよその状況を察した。


「オレもお前と友達になりたいぜ。だから、魔王を倒して一緒に、元の世界に帰ろうぜ!」


 剣人は水姫の両肩に手を乗せ、ニッコリと笑いかける。内気な少女である水姫は端正な顔立ちである剣人の顔を目の前で見て、心臓が高鳴る。


「え……あっ……その」

「黒桐君、近い」


 どもる水姫を真弥がフォローする。剣人も自分が大胆な事をしていたのに気付き、ハッとして後退する。


「ゴ、ゴメン!」

「い、い、いや、こちらこそ!」


 慌てて謝る剣人。水姫もどうすれば良いか分からず戸惑う。一先ず自分が落ち着くのを待ってから、水姫は改めて口を開く。


「私なんかが、あなた達の友達になっていいの……? 私を必要としてくれるの……?」

「もちろんよ!」

「おう」


 真弥と剣人は頷く。真弥の友人も同様だ。だが、彼らのパートナーは複雑な表情を浮かべている。彼らの同朋は彼女によって殺されたのだから。しかし彼らは人族の意思を尊重することを行動原理としているため、何も言わなかった。


「あらぁ、流石にそれは無いんじゃないかしらぁ?」


 不意に声がかけられる。水姫もよく知るパッシフローラのものだった。普段笑顔を浮かべている事が多い彼女は今、表情を消していた。


「パ、パッシフローラさん!」

「やっぱり人族は、感情に流される下等種族なのかしらぁ?」


 その名を聞いて剣人や真弥が怯む。大地と時を操ると言われる彼女の名は彼らも把握している。彼らを無視してパッシフローラは言葉を重ねる。


「さぁて、どうしましょう。マイジマミズキ、あなたは戦力として申し分ない。そしてわたくしなら、あなたを今の茶番が行われる前の状態まで戻すことが出来る。でも、今後もこんな風にあっさり懐柔されないなんて言い切れない」


 わざとらしく考え込んで見せるパッシフローラ。表情を青くしながらそれを見ていた水姫は、地鳴りを聞く。その正体を察した真弥は悲鳴をあげる。

 

「まさか、巨人族!?」


 ズシン、ズシンと音を立ててゆっくりと歩く三人の巨人族は、両手で土で出来た大きな円盤のようなものを持って、上に掲げていた。圧倒されつつも真弥達は戦闘体勢に入る。するとパッシフローラは嘲笑する。


「うふふふっ。ねぇ、良いのぉ? そんなことしちゃってぇ」

「な、何を……?」

「うふふっ、見せてあげちゃってぇ」


 パッシフローラが言うと、巨人の一人が円盤をゆっくりと下におろす。 巨人の口から漂う鉄のような臭いに顔をしかめながら、真弥達はそこに視線を向ける。その光景に彼らは衝撃を受けた。


「あれぇ、なんか減ってなぁい?」


 同じく円盤の上の光景を見たパッシフローラが問うと、巨人は「我慢、出来なかった」と答えた。真弥達が倒した二体の巨人を再生させたパッシフローラはやれやれと肩を竦める。


「まぁ、予想は出来てたわぁ。さぁて、巨人族を二人も倒したあなた達に提案があるんだけどぉ……わたくし達と一緒に来ない?」


 巨人達が持っていた円盤の上。そこには彼の仲間達が気を失って倒れていた。その中に自分達の親の姿を見つけた真弥や剣人は衝撃に崩れ落ちる。


「巨人君達に食べられちゃったのもいるみたいだけどぉ、大体はまだ生きてるはずよぉ。彼らの命が惜しければ、わたくし達に協力してくれるかしらぁ?」


 真弥は目の前の相手に勝てるなど、まったく思っていなかった。パッシフローラと同じく四乱狂華であるハイドランジアを倒した彼女は、自分が慢心していた事に気付く。


(勝てない……! あの人と戦うという発想がもうおかしい。無理よ……あの人を倒すのも、魔王を倒して元の世界に帰るのも)


 戦意を喪失した彼女達は、ただ無感情に頷いた。

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