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計算外の根性

 敵の妖精族を送り付けた聖騎達は、少しでも巨人族と距離を取るべく走っていたが妖精族は時間稼ぎになる事はほとんどなく、恐るべきスピードで彼らの下へとたどり着かんとしていた。最後尾を走る聖騎は、後ろを振り向くと、かなりの加速度で進んでいることが分かった。


(相手は五体。それなら……)


 聖騎は手始めに、先頭を走る巨人族に狙いをつける。そして、味方である後方の巨人を人間の姿に見せる。


(さあ、殺し合いなよ。お友達同士で)


 内心で呟く聖騎。だが、巨人族が走りを止める様子はないのを確認する。


(効いていない? 視覚を騙すのは効果が無いのかな? ならば)


 今度は平衡感覚を騙す事を試みる。結果として先頭の巨人は転倒する。それに躓き、後発の巨人は将棋倒しのように倒れる。


「うっ……リート・ゴド・レシー・ファイサザン・ト・サザン・ラヌース・ファーヌ」


 巨人達の転倒による振動によろめきながらの聖騎の詠唱により光の槍が千本、扇を描くように飛ぶ。槍は暴風雨の様に巨人達を襲う。仲間達も魔法を使い、ゴリゴリと彼らの体力を奪っていく。巨人達の鎧は砕け、ドロドロとした血液が流れだす。


「これは結構な経験値が入りそうだね!」


 妖精使いの一人が得意げに言う。しかし彼らの目の前で驚愕の出来事が起こる。巨人達の鎧がみるみるうちに修復していく。そして、まるで何事も無かったかのように立ち上がる。


「あ、れ?」

「なんか、変」


 巨人達も自分の身に起きた事が理解出来ずに首を傾げる。しかし足元に見える聖騎達の姿を発見し、そんな疑問は頭から消し飛んだ。仲間達がパニックになるのを横目に見ながら、リルネーバのリーダーは指示を出す。


「まずい、ここは一旦バラバラに逃げて奴らを撹乱かくらんさせよう」


 その指示に従い、聖騎達は思い思いの方向へと逃げる。聖騎はもう一度巨人達のバランス感覚を崩し、自身には能力付加の魔術を使って走る。この世界でもトップクラスのレベルであるレベル90に達している彼だが、走る速度はこの世界の並の人間以下である。速度を強化しても、同様に並の人間より体力のない彼は継続走行可能時間は短いため、ある程度休憩を取りつつ走らなければならない。それでも出来る限り全力で走りながら聖騎は考える。


(アレは恐らくパッシフローラの『時間遡行じかんそこう魔法』。『読む者』が知ったというハイドランジアの知識が正しいとすれば、彼女は触れた物体の時間を巻き戻す事が出来る。巨人達に何か気配を感じたけれど、恐らくそれが彼女だね。そして、もしも仮に彼女自身がダメージを負うようであれば、自動的に体を数秒前の状態へと戻す。その際に記憶も数秒前に戻るという欠点もあるらしい。大地を操るという圧倒的な攻撃力に加えてこんな能力を持つのだから、どう戦えばいいのかが分からない。もしも彼女と戦う事になれば、今の僕達では絶対に勝てない。……どうする? どうすればいい?)


 彼は思考を続けながら走る。走り出した頃には隣に仲間がいたのだが、その姿はいつしか消えていた。周りを見回してもいない。多くの気配が色々な所へと走っていくのは辛うじて感じた。


(パッシフローラが姿を現さないのは、僕達の実力を確かめたいといったところかな? つまり僕は舐められている。まあ、確かに彼女からすれば僕は舐められて然るべきなのかも知れないけれど)


 そこまで考えた聖騎は、近くに突然何かが現れる気配を感じる。その気配から彼は距離を取る。次の瞬間、そこには舞島水姫が現れた。それに対する疑問を口にする前に、聖騎は彼女の平衡感覚を崩す。


「な、なに……?」


 その問に聖騎は答えず、今度は彼女の前身の痛覚を刺激する。


「うううぅぅぅ、うあああああああああああああああああああっ!」


 聖騎の目の前で水姫は地面をゴロゴロと転がる。何やら左手を動かそうとしているのが見えたため、彼は左手の痛覚に刺激を集中させる。水姫は右手で左手を押さえつける。


「こ、の……」

「さて、話を聞かせて貰おうかな。君は何をしにここに来たのかな?」


 問いながら聖騎は水姫の痛覚への刺激を止める。すると彼女は早速左手を動かそうとしたので、聖騎は再び痛みを与える。


「うぅぅ……」

「余計な事はしない方が身の為だよ」


 顔を土に汚し、睨みつけてくる水姫を冷たい視線で見下ろしながら告げる。シニカルに笑う彼に水姫は神経を逆撫でされ、屈辱に唸り声を上げる。すると例の激痛が襲う。


「ねぇ、早く答えなよ。僕に敵対するというのはそういう事なのだから」


 笑みを崩さずに聖騎は言葉を紡ぐ。水姫はあまりの悔しさに歯噛みするも、何も答えないことに意味が無い事を理解した彼女は嫌々ながら口を開く。


「……あなたを倒す。それだけ」

「それは誰かからの命令かな? それとも、自分の意志で?」


 自分が魔王軍に協力しようとしているのは、かつて自分が殺し損ねたエリス・エラ・エルフリード、あるいは古木卓也によって知らされているだろうと判断した水姫は、ここで誤魔化しても仕方がないと判断し、正直に答える。


「……魔王軍のとある方からの命令」

「へぇ。それはその『とある方』とやらが直々に僕を指名したということかな?」

「……なぜそう命令されたのかは分からない。でも、あの人が何を考えていようと関係ない。私はあなたを倒す。神代聖騎」


 水姫は左手を動かす。聖騎はそれに痛みを与える。だがその痛みに必死で耐えながら、左手を正面に伸ばす。その左手に異空間への扉となる穴を作り出す。


(何で……動ける?)

「リート・ゴド・レシー・ファイサザン・ト・ワヌ・ラヌース・ストラ」


 驚愕しながらも聖騎は呪文を詠唱。だが、彼が放つ光の槍が水姫に当たる直前、彼女は肥大化した穴へと飛び込む。同時にその穴は消えた。


(気配も消えた。さて、どこから出てくるか。ワープ系の能力者は僕の『騙し』の性質上、相性が悪い。対象がどこにいるのか把握していないと能力が使えないのだから。それに、能力の効果が続くのは存在を僕が感知している間のみ。今、彼女の幻痛は引いている)


 そう考えつつも防御用のバリアを張る呪文を唱えようとする。その時、背後に気配を感じた。彼はいつでも平衡感覚騙しを発動できるよう身構える。次の瞬間、突然現れた水姫の右手が彼の背中に触れる。


「『奪いプランダー』、発動。ユニークスキル『騙しチート』を選択」


 聖騎は咄嗟に身を前転させる。彼は水姫の能力を知らないが、彼女が危険なことをしようとしている事は感じられた。だが、遅かった。


「かなりの魔力を消費した。でも」


 水姫に幻痛を与えようとする聖騎。だが、能力が発動できない。


(しまった……!)

「あなたは私が苦しめないといけない」


 水姫は呟くとともに異空間への扉を作る。聖騎の背中に触れ、そして彼と同時に異空間『棒輪の間』へと移動する。


「あなたはここから出ることは出来ない。力を失ったあなたは、ここにずーっと閉じ込める」

「ここは一体……?」

「『棒輪の間』と呼ぶみたい、という事だけは教えてあげる。どうせあなたには何も出来ないのだから。…………あなたを助けてあげられるのは私だけなの」


 そう言い捨てた水姫はこの異空間から消える。


「棒輪の間……」


 誰もいなくなった空間で聖騎は周りを見渡す。そこは上下左右、全て黒い空間だった。彼には地に足がついている感覚がない。しかし、歩こうとすれば歩くことが出来た。歩き続けながら、彼は今の状況について考える。


(今、恐らく僕は彼女に能力を奪われた。先程彼女が呟いた『プランダー』という言葉は『奪う』という意味だからね。さしずめ『奪う者プランダラー』といったところかな)


 歩きながら彼は自分のステータスカードを取り出す。カードのスキルの欄からは、彼のユニークスキルの文字が消えていた。彼は歩みを止めず思考を続ける。


(そして『奪う者』が『棒輪の間』だと言ったこの空間。理屈は分からないけれど、これが彼女のワープ能力の原因だろうね。それにしても、ここは一体……?)


 彼はふと、視界に時折何か緑色の光がチラチラと輝くのに気付く。それを注視してみると、それは棒や輪のような形をしていた。


(いや、これはデジタル数字の『1』と『0』だ。『棒輪の間』の棒と輪がそれぞれ数字を表しているのか。面白い)


 能力を奪われて、得体の知れない空間に閉じ込められてなお、聖騎は絶望することなく楽しげだった。彼は棒輪の間をひたすら歩き続ける。


(やはり、この世界は電脳世界なのかな? だとしたら、どんな技術が使われているのだろう。ここについて色々と調べれば、この世界について知ることが出来るかも知れない)


 知的好奇心を刺激された彼は興奮していた。恍惚としたその表情は、母親である神代怜悧のものによく似ていた。


(そういえば、あの子はやたらと僕を敵視していた様だけれど、どうしてだろう……)


 聖騎の頭に一瞬だけ浮かんだ疑問はすぐに消え去り、彼はただこの空間の観察をするのだった。

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