銀髪黒肌の妖精族
「随分と騒がしいな」
シュヌティア大陸北部の森林地帯。その地下に広がる空洞の中で一人の妖精族の青年が呟いた。煌めく銀髪と漆黒の肌、そして紅い双眸を持つ彼はレシルーニアという種族。ほとんどの妖精族が人族に対して好意、あるいは敵意を持つ中、どちらにも揺れない中立派の種族である。呟いた青年の仲間が答える。
「そうね。リルネーバの人族召喚以降は常に騒がしいけど、今は特に」
「どーやら、東から人族が来たらしいぜ。そんで、そいつらを倒すために魔族が巨人族を連れてやって来たってさ」
軽薄な話し方をする少年の報告を聞いて、青年は答える。
「そうか。それで、お姫様は?」
「相変わらず実験中。まあ、今は休憩中だったけどさ。よく飽きねーな。確か、オレが生まれる前からずっとやっているんだっけか」
「今更それを言う?」
思わず少女が聞く。すると少年は苦笑する。
「改めて、普通じゃねーと思っただけだよ」
「まぁ、うちのお姫様は変わり者だからねー」
レシルーニアという種族自体が他の種族からは変わり者だと評価されているのだが、それを棚に上げて少女はしみじみと呟く。すると、少年が別の報告をする。
「そういえば、エルティア大陸も最近色々あるらしーぜ」
「何だ?」
エルティア大陸とは、獣人族が棲む大陸である。人族には東の大陸と呼ばれ、現在では獣人族を奴隷として捕まえる為の拠点として人族の施設が各地に設置されている。少年は話す。
「なんかさー、『奴隷なんてダメだー』みたいな事を言う人族の集団が出てきて、獣人族を開放したんだってさ。そいつらスッゲー強いみたいでさ、獣人族の方も最初は怪しいって思ってたらしいけど、心を開いた連中も出てきて、しまいにはリノルーヴァ帝国の皇帝も倒しちまったってさ。ヤベーだろ!」
興奮するように少年は捲し立てる。青年は信じられないとでも言うように目を見開く。
「その集団というのは、何人くらいなんだ?」
「あー、八人だってさ。まあ、最終的にはすげー数の獣人族も戦闘に参加したらしいけどさ。キレた獣人達はリノルーヴァの人族を手当たり次第に殺して、捕まってる奴らは出来るだけ助けて、今では国中大騒ぎ」
聞かれてもいないことまで少年はベラベラと話す。
「信じられないな。お前、嘘を言っていないか? もしくは、嘘を教えられたか」
「オレがウソをついてねーってのは心を読めば分かるだろ! それはオレが報告を受けたときも同じだ。互いに心を通わせてんだから、ウソなんてつきよーがねーよ」
妖精族は同種族間ならば、わざわざ言葉を話さずとも互いの心の一部を共有しているため、容易に意思を伝える事ができる。それは、彼らレシルーニアも例外ではない。
「そうだったな。すまない。あまりにも信じがたい事だったから疑ってしまった」
「分かってくれて嬉しいぜ。それにしてもお姫様の言うことはわかんねーな。何でわざわざ同族相手に口で話さなきゃなんねーのか。人族みてーにさ」
「人族と同じことをすれば人族の事が分かるかも、と言っていただろう」
彼らの言う『お姫様』は、言葉を使って会話をするよう、仲間達に命じた。実際には何も言わなくとも自分の考えは相手に伝わってしまう為、仲間達は不審に思ったが、彼らは『お姫様』には逆らえない。
「それはオレだって分かんだよ。でも、そもそもの問題として、人族の事なんか知ってどうすんだよと」
「へぇー、そんなこと言っちゃうんだぁー」
突然割って入ってきた声に、少年は背筋を伸ばす。
「い、いえ! そんなことは無いです!」
「そうそう、君達は私の目的の為だけに動いてくれれば良いの。余計な事は考えちゃダメよ?」
「は、はい! すみませんでした!」
少年は表情を恐怖に崩し、目に涙を浮かべながら謝る。彼の目の前には長身の、足下まで髪を伸ばした女がいた。彼女こそが、レシルーニアの『お姫様』である。俯く少年を見て青年と少女は「バカだな」「バカね」と声に出さずに言い合う。なお、妖精族は「種族全体で共有したい情報」をある一定の範囲の同族に聞かせる事が出来る他に、「特定の相手にだけ聞かせたい情報」をその対象のみに聞かせられる。二人がコソコソと何かを言い合うのを『お姫様』は察しつつも、そんなものには興味を示さない。見た目は大人びている彼女は、子供のような無邪気な笑顔で口を開ける。
「ねーねー、聞いて聞いてー」
「何ですか?」
「何でしょう?」
青年と少女が問い返す。少年も涙目のまま『お姫様』を見る。
「私、気付いちゃった。声に出して話すと、誰に向かって言っているのか分かりにくいの!」
その報告に三人は確かに、と納得する。ここ数日レシルーニアは口に出して会話をするという事を続けてきたが、その際に混乱する事が多かった。個人に名前を付けるという習慣が無い妖精族である彼らには、その違和感の正体に気付くことが出来なかった。
「私達は全員で『レシルーニア』という一つの存在みたいな感じだったから、個人個人を区別する必要なんて無かったのよ! でも人族は違くて、みんなバラバラな存在だから名前を付けて区別せざるを得なかったの。つまり、意識の共有をしないで口で話すのには名前が必要なのよ!」
「はぁ」
「そう、名前よ! 今から君達に私が名前を付けてあげるわ。感謝しなさい」
「はぁ」
青年は気の抜けたような相槌を打つ。それをよそに、『お姫様』は考え込む。
「そうねぇー、名前なんてどうやって付けたら良いのかしら」
「さぁ、俺達の中に名前など付けたことがある者なんておりませんので、なんとも」
青年は肩をすくめる。『お姫様』はブツブツと呟くが、なかなか良い名前が思い付かない。三人も考えようとするが、そもそもどのように考えれば良いのが分からない。らちが明かないと判断した『お姫様』は言う。
「よぉーし、ここは名付けの専門家に聞くわよ!」
「専門家、ですか」
ある程度答えを予測しながら青年は聞き返す。そして、『お姫様』の言葉は彼の予想通りのものだった。
「人族に聞いてみるわよ! せっかくいっぱいいるんだから」
「でも、大丈夫なんですか? 人族は……」
少女は不安げに聞く。彼女は過去に人族がした事から、彼らに会うのを危惧している。
「君は私が、人族程度に捕まるとでも?」
「い、いえ、そんなことは」
「だーいじょぉーぶよ。私なら誰が相手でも君達全員を余裕で守れる。安心しなさい!」
『お姫様』の言葉を受け、その場にいた全員が跪く。地下に広がるこの空間には、彼女と話していた三人以外にも十数名のレシルーニアがいた。そして、地上へと続く穴から降り注ぐ日光が『お姫様』の長い銀髪を照らしていた。
「さてと、それじゃあ行くわよぉー! 世界を超越する為に」
「仰せのままに」
意味深な呟きと共に漆黒の翼をはためかせ、彼女は舞い上がる。