巨人襲来
倒れた水姫を回収したパッシフローラは、彼女に左手を当てる。すると、彼女は意識を取り戻す。
「あれ……私…………」
周りには森林が広がっている。しかし、先程まで話していたはずの妖精族、そして真弥達の姿が見当たらない。混乱する彼女へと声がかけられる。
「混乱するのもムリ無いわぁ。さっき倒れたあなたを、私が『戻した』んだから」
「回復をしてくれたんですね。ありがとうございます」
礼を言う水姫に、パッシフローラは苦笑する。
「いやぁ、厳密には回復とは少し違うんだけどぉ……、まぁいいか」
「えっ?」
「気にする必要は無いわぁ。わたくしはあなたの事をずぅっと見てたんだけど、そこそこは強いみたいねぇ。魔王様に敵意を示す種族を十、滅ぼすくらいには」
パッシフローラはニコニコと微笑みながら言う。
「でも私、やられたんですよね……。全然気付かないうちに」
「そうねぇ、あなたに攻撃したのはおかっぱの子よ。男の子なのか女の子なのか分からないけど」
「神代聖騎……」
パッシフローラの言葉から、水姫は推測する。その表情には憎々しいものがあった。面白がるようにパッシフローラは問う。
「ねぇ。その子とあなたの間に何かあったの?」
「……」
水姫は答えない。それを不快に思う事なく、パッシフローラは笑う。
「うふふ、あの子を倒してみて。その為のお膳立てはしておくから」
「お膳立て……?」
「まぁ、わたくしに任せてくれれば良いわぁ。結果次第では、魔王様にあなたを優遇するよう頼んでみる。実際に魔王様がどうなさるかは分からないけどねぇ」
パッシフローラはにこやかな表情を崩さない。水姫はそれを胡散臭いと感じるが、自分が聖騎を倒したいと考えているのは確かである為頷く。
「分かりました。奴は私が倒します」
「頑張ってねぇ。ところで……」
水姫に何かを聞こうとして、すぐに口をつぐむパッシフローラ。
「どうかしました?」
「何でもないわぁ。それじゃあ、ちょっと行ってくるわぁ」
そう言いながら、彼女は内心で思う。
(カミシロマサキ。あの雰囲気は…………いや、違う。そんなこと、考えてはいけない…………!)
脳内に浮かんだ考えを、パッシフローラはすぐに打ち消した。
◇
リルネーバ達は、早急に里の惨状を確かめたいと訴えた。真弥はそれに賛成し、リルネーバの里へと向かう。するとそこに、数個の炎の玉が飛んできた。
「危ない!」
咄嗟に真弥が前に出て炎の玉を受ける。彼女の両親や友人達は悲鳴を上げるが、以前真弥達が手に入れた称号『炎魔殺し』『炎華殺し』の効果により、炎攻撃への耐性はかなりのものがある。
(そこか)
聖騎は炎が発射された地点を特定する。三つの場所を発見した。しかしそこには何もいない。彼は気付いた素振りを全く見せずに、それらの場所にいる者へと幻覚を見せる。
「な、なにこれ!?」
それらの場所には赤い髪の妖精族の少女が一人ずついた。脳裏に浮かぶおぞましい映像に身悶えする。幻覚を解除して聖騎は問う。
「何のつもりかな?」
だが、その問に答えが返ってくる間もなく水が、風が、冷気が飛んでくる。聖騎は発射地点を割り出し、呪文を唱える。幾多の光の矢が空を突き進む。何人かの妖精族がボトボトと地面に落ちた。
「君達はスクルアンかな? 君達では僕を倒せないという事は分かる?」
挑発に乗って、妖精族は嵐のように攻撃を放つ。しかし、聖騎には傷ひとつつかない。魔法攻撃に対する彼の耐性は、ステータスが常人よりずば抜けて高い勇者達の中でも最高クラスである。
「凄いな……」
「僕達も負けてられないよ!」
真夫の呟きに彼のパートナーは返す。二人は心を一つにする。これにより『契約』の効果が発動。妖精の方には『契約者』である真夫のステータスの値が掛けられる。そして真夫には、リルネーバの能力である、身体能力を高める魔法が使えるようになった。他のリルネーバと『契約者』達も同様にし、みるみるうちに敵の妖精族達を撃退していった。だが、様々な種類の妖精族が続々と現れては攻撃してくる。聖騎達は四方八方から攻めてくる敵に対処していくうちに、徐々にバラバラになっていく。
(どうやら妖精族を見くびっていたみたいだ。彼らは一人一人では僕達には敵わないことを理解している。ちゃんと自分自身で倒さないと経験値が入らないからやめておいたけれど、仕方ない)
自分の状況に気付いた聖騎は魔術による攻撃をやめ、数人の妖精に幻視を見せる。そして、セレネタルの時と同じように妖精族には「この幻から解放されたければ味方を出来るだけ撃破して欲しい」と脳内に語りかける。恐怖に縛られた彼らは必死になって互いを攻撃し合う。その様子に真夫達は困惑しつつも、元の様に集まっていく。上手くいったと聖騎が感じた刹那、彼は何か巨大な気配を察知する。
(何かな……?)
やがてドシン、ドシン。という地鳴りが彼らの耳に届く。聖騎の脳裏に一つの考えが浮かぶ。
(まさか、巨人族? どうしてこんなところに……まあいい)
聖騎は疑問をそこで断ち切り、幻覚で苦しめている妖精族に声を送る。
『向こうからやってくる巨人族の足元を狙って出来る限り大きな攻撃をしてくれるかな?』
妖精達は地響きがする方向へと急いで向かう。そして、巨大な人型の生物――巨人族を発見した。巨人は五人いた。金属製の甲冑に身を包み、しかし頭だけは出した、騎士のような姿の彼らは大きな足音と共に聖騎達の下へと向かう。
「腹、減った」
「人族、向こう、いる」
「知っ、てる」
「待て、何か、来る」
「何か、何」
つたない言葉で彼らは話す。その足元に、妖精族の魔法攻撃が襲いかかる。死力を尽くして放たれる激流は地面をぬかるませる。足を滑らせた巨人族に炎が、岩石が、雷撃が襲いかかる。
「何」
「妖精、族」
しかし、その攻撃によるダメージはほとんどなかった。ぬかるんだ地面に多少苦戦しつつも起き上がり、空中の妖精族を掴もうとする。すんでのところで彼らは捕まらずに済んだが、巨人達は諦めない。ドタバタと暴れながら、必死に逃げる妖精族を追いかけていると、急に地面からは山が隆起し、妖精達を突き飛ばす。何事かと思う前に巨人達は妖精族を掴み、それを口の中に入れてグチャグチャと咀嚼する。口内からは悲鳴が響くが、巨人達はお構い無いである。彼らが楽しそうに食事をしているところへ、声がかけられる。
「はぁい、あなたたちの目的はぁ、あっちの人族よぉ」
自らが作った山の頂点で、パッシフローラは巨人達に合わせるようにゆっくりと話す。妖精族の頭蓋骨を少し力を入れて噛み砕きながら、彼らは彼女を見る。
「目、的?」
「もう忘れちゃったのぉ? 私がさっき言ったこと」
「さっき?」
彼らは目の前の妖精族に夢中で、パッシフローラからの命令を忘れていた。彼女はやれやれと首を横に振りながら、告げる。
「あっちに、人族と妖精族の集団がいるからぁ、あなた達に倒してきて欲しいのよぉ」
「分かった」
巨人達は一斉に頷く。その際に暴風が発生するが、パッシフローラは動じない。髪の毛はかなりの勢いで乱れていくが。
「それじゃあ、頼むわぁ」
彼女がそう言うと、巨人達は彼女が示した方向に向かった。なお、彼らは自分達よりもパッシフローラの方が強いことを理解している。それにも拘わらず彼女ではなく自分達に倒すように言ったことに対して、疑問を持つことはまったく無かった。巨体に似合わぬ速さで走る彼らを見送りながら、パッシフローラは呟く。
「さぁ、お手並み拝見よぉ」