西の大陸の脅威
シュヌティア大陸にたどり着いた一行。するとリルネーバの少女が異変を訴える。
「あれ……? ヤモンの気配を感じない……」
ヤモンとは、この辺りを縄張りとする親人派の妖精族である。いつもなら、海の近くでよく歌っているのだが、その声も気配も、彼らには感じられない。
「いや、違う」
リルネーバの少年が呟く。彼は、ヤモンが何人も倒れているのを発見した。いずれも体をズタズタに引き裂かれており、おびただしい量の、水色の血を流していた。
「何だ!? 何があった!?」
リルネーバ達はその惨劇に戸惑う。しかし、その問に答える者はいない。死体の状態から、死んでからそれなりの時間は経っていると判断された。周囲に何かヒントとなりそうなものが無いかを探すが、見付からない。
「何よ……何があったのよぉぉぉぉぉ!」
真弥は思わず泣き叫ぶ。その両脇からは両親が彼女の体を支えた。そんな様子が視界の隅に映るのを感じながら、聖騎は近くにいたリルネーバに聞いてみる。
「これは刃物で付けられた傷の様だけれど、妖精族も武器は使うのかな? てっきり、妖精族は魔法以外の攻撃はしないものだと考えていたけれど。人から与えられた時は別として」
「そうですね……もしこれが刃物による傷だとしたら、ヒルルという種族である可能性が高いと思われます。彼らは金属を自由に操り、武器なども作ります。そして、人族を憎んでいます」
答えた個体は、背の高い女性の姿をしていた。彼女に聖騎は質問を重ねる。
「へぇ。ところで、人族に好意的な種族と敵対的な種族がいるけれど、君達が人族に好意的な理由は? そして、敵対的な種族はどうして……?」
「申し訳ありませんが、そのきっかけは私にも分かりません。長老様なら分かるかもしれないのですが。お連れしますか?」
「そうだね。僕達の目的は魔王軍と戦うための戦力を増やすこと。こういうことは直接頼みにいくのが筋だからね」
「了解しました。では船でも話した通り、各地に散らばって皆様に協力するよう、各種族に呼び掛けるのでしたね」
「その通り。そして僕は、君達リルネーバの里に行く」
彼らは船で話し合って決めた班に別れて、それぞれの行き先へと出発する。
◇
聖騎は、この場の妖精族の代表のような存在である青年――永井真夫のパートナー達と同行している。他には伽弥や、真弥と仲の良い女子及び彼女達のパートナーも一緒である。当然ながら真弥もおり、他には剣人とその母親・沙耶などもいる。
「……」
真弥を中心として女子組は和気あいあいとしており、剣人は気まずそうに歩く。そんな彼らを最後尾から眺めながら、聖騎は黙々と歩く。彼らが通った場所は森林地帯であり、緑が豊かであった。その為、少々歩き難いと聖騎は思う。
(特に、怪しげな気配は感じないな……)
聖騎は第六感の適応範囲を広げてみるも、自分達以外の生物は認知できない。 リルネーバ達も妖精族の気配を感知しない。だがそこに違和感を覚える。
「おかしいな。この辺りまで来れば僕達の仲間がいるのは分かっても良い頃なんだけど」
真夫のパートナーである青年が呟く。リルネーバ同士なら声に出さなくても会話は出来るのだが、あえて発音する。
「何があったんだ?」
「分からない。でも、何だか悪い予感がする」
真夫に聞かれて、青年は怪訝そうに呟く。
「そうか。それなら急がないとな」
「そうねお父さん」
父親の言葉に真弥は同意する。彼らはやや足を速める。そこでふと、彼女は進行方向に何者かが倒れているのを発見する。彼女がそれを指し示すと、リルネーバ達は一斉に驚愕する。倒れていたのはリルネーバの男だった。仲間達は走りながら、すぐに通話を試みる。
『おい、大丈夫か!?』
その声に返答はない。だが、諦めずに声をかけ続ける。
『僕の声が聞こえるか!?』
『……………………をつけろ』
『!?』
何か微かな声を青年は感じ取る。彼は息を飲みつつもその言葉に集中する。
『……気を、つけろ…………。人族は…………危険だ……』
『どういうことだ……いや、違う。もう何も話すな!』
『…………』
青年へと答える声は無い。仲間の下へとたどり着いたリルネーバ達が彼の様子を見ると、既に意識を失っていた。しかしこの世界のシステム上、彼は体力はゼロになっただけであり、死んではいない。真弥はすかさず、彼を回復させる。すると彼はすぐに意識を取り戻した。その治癒速度の高さに、真弥の能力を初めて見た者は驚く。
「う……ん?」
回復させられた男は脳内に仲間達の声が響くのを感じながら、ゆっくりと瞳を開く。そこには自分を心配そうに見る少女――真弥がいた。
「うわああああああああ!」
それを認識した瞬間、男は怯えるように後退りをする。その様子に仲間達は驚き、落ち着くように促す。しばらく経つと彼は落ち着きを取り戻す。何があったのかを問われて彼は、長い黒髪の、人族の少女に里を襲われたと話した。どれ程遠くに逃げてもすぐに追い付かれ、仲間達は次々と殺られていったという。その言葉に聖騎と剣人、そして真弥は顔を見合わせる。
「何か心当たりが有るのか?」
真夫は娘に問う。真弥は困ったように聖騎の顔を見る。この場には舞島水姫の両親はいない。聖騎は頷く。
「うん……えっとね……。実は……」
真弥がそこまで言いかけた瞬間、その場に強風が吹き荒れる。
「妖精族……いっぱい見つけた」
いつの間にか彼らの目の前にいた舞島水姫が呟く。
「舞島さん!?」
真弥は驚く。すると、彼女の存在にはやっと気付いたかのように水姫は呟く。
「久しぶりね」
「舞島さん、あなたは本当に魔王軍に入ったの!?」
真弥の問い掛けを聞いて真夫達は耳を疑う。水姫はその問に答えず、逆に質問する。
「ねぇ、妖精族のみんな。あなた達は魔王様の敵?」
その問にリルネーバ達は戸惑う。そこで、先程まで倒れていたリルネーバが言う。
「奴だ……奴が俺達の里を……。長老を………………」
「何!?」
男は震えながら水姫を指差す。そして続ける。
「長老を……みんなを殺したんだ!」
その場に静寂が訪れる。一同が沈黙する中、男は悔しそうに呻く。
「それで、どうするの? あなた達が魔王様に味方するのなら、歓迎するけど……なっ!」
水姫は薄く笑う。次の瞬間、彼女の胸を光の槍が貫いた。
「か、神代君!?」
真弥は驚きの声をあげて聖騎を見る。彼は小声で呪文を唱え、水姫を攻撃したのだ。
「今のところは死んでいないよ」
「だからって、私達は仲間でしょ!? そんな、攻撃するだなんて」
真弥は聖騎の胸ぐらを掴もうとする。
「あはは、仲間? 君は彼女の話を聞いていた? 彼女は魔王軍に味方しているんだよ?」
「でも……」
反論しようとした真弥は、水姫によって攻撃されたというリルネーバの男を見る。そして、聖騎がしたことは間違っていないのかもしれないと考える。だが、正しいかどうかは別として、かつて同じ教室で過ごした仲間が傷付く姿を見るのが嫌だった。
「さて、何かで縛っておこう。その後に回復させて話を聞く」
「そうはさせないわぁ」
ゆったりとした女の声がその場に届く。聖騎は声の主を探す。すると急に地面が揺れる。
「じ、地震!?」
剣人が驚いて声を出す。地震は彼らが想像していた以上に長く、大きい。木々が次々と倒れていくのを見て聖騎達は防御魔術、あるいは妖精族が使う防御魔法を使って身を守る。木自体に攻撃魔法を放つ者もいた。妖精達は背中の羽で飛べるにも拘わらず、地面からは離れず、あまりの揺れに立つことすら出来ない人族を守った。やがて揺れが収まると、いつしか水姫の姿は消えていた。今起きた出来事に一同は混乱する。
(今感じた感覚……只者ではないね)
聖騎は揺れの最中、水姫へと近付いてくる者の気配を察知していた。豊満な肉体とふんわりとしたカールがかかった茶髪を持つ、黄色がかった肌が特徴的な女。
(恐らくは四乱狂華の一人、パッシフローラ。大地を操るという、ハイドランジアも一目置いていた存在。うん、桁違いの強さだ。今ならまだ、僕の攻撃も届くかも知れないけれど、止めておこう。彼女は、僕達を何時でも倒せた。揺れに辛うじて耐える僕達の傍をゆっくりと歩き、あの子を拾っていったのだから)
無意識に顔が強ばる聖騎。その視線は、倒れた木々が積み重なる向こうを見据えていた。