再会
聖騎達が降りたこの島は、ラートティア大陸とシュヌティア大陸の中間辺りに位置している。元々は二つの大陸間を移動していた親人派の妖精族の休憩場所となっていたが、いつしかここを本拠地とし、移住するようになっていた。最近では人族を嫌っていたが、利用はするという勢力に押され、シュヌティア大陸に帰った種族も多い。一方で、また人族と交流する事を夢見て、反撃の機会を伺っている種族も少なからず存在する。それがセタフ、ギルトリン、モルノン等である。彼らには、何故急にカトーナやヒーシルが強大な力を手にいれたのかが分からなかった。
そんな時に、人族と『契約』を結んだリルネーバがこの島に現れた。彼らは人族をラートティア大陸に連れていくために何十日もかけて船を造り、各のパートナーと共に船に乗って航海していたのだ。そしてセタフ達は『契約』の存在を知る。リルネーバの少年が偶然見つけたという古びた書物に従って人族の召喚を行った。その召喚方法は、七十人の妖精が一糸乱れぬ動きで長時間踊り続けること。その際に、リルネーバひとりひとりと召喚された人族の間には“自動的に”『契約』が結ばれ、人族は『妖精使い』となった。なお、ヒーシルは『契約』の方法を、これまた偶然見つけた古びた書物によって知った。それが、互いの血を混ぜて口にするという方法である。なお、この方法はリルネーバが見つけた書物にも記されていた。
「来た!」
「えっ?」
リルネーバの青年による不意の呟きに、彼の『契約者』である永井真夫が不思議に思う。彼は永井真弥の父親であり、娘が急にいなくなった事について学校の説明会に行ったところ、妻である永井伽弥達と共にこの世界に飛ばされた。かつては40代であるにも拘わらず30代のような若々しい姿であったが、真弥の行方不明以降は50代に見えるほどまでにやつれている。そんな彼に、『契約』を結んだリルネーバは答える。
「ヒーシルにカトーナ……それに、スクルアンも? 感じる。人族を憎んでいる彼らがここに来たことを」
「なんだって?」
「マサオ、戦うよ」
青年は表情を引き締める。他のリルネーバも同様だ。しかし真夫は異を唱える。
「待ってくれ。どうして戦わなければならないんだ」
「彼らが僕達の敵だからだよ。大丈夫、僕達は負けない」
「分かりあう事は出来ないのか?」
真夫は戦うことには消極的である。それは彼以外の人族も同様だった。彼らは主に聖騎のクラスメイトの親や友人である。しかし聖騎達とは違い、敵と戦うための洗脳を受けていない。故に、戦う事には拒否感があった。
「無理だよ。彼らは昔から、僕達とは正反対の考えを持っていた。分かりあうなんて不可能。まあ、無理をする必要はないよ。マサオが嫌なのなら僕だけで戦う」
青年は安心させるように笑う。それを見た真夫は言う。
「いいや、俺はお前のパートナーだ。お前を一人で戦わせはしない」
「ごめんね、無理なことをさせてしまって」
「構わない。娘を見付けるまでは、死ぬわけにはいかないんだ。生き残るために俺は戦う」
力強く言う彼の目は凛々しく輝きを放つ。そんな彼に感化され、他の者達も戦意を示した。彼のパートナーは全員に向けて告げる。
「それじゃあ行こう。この山の東側を回って、彼らはここに来ようとしているようだ。迎え撃とう」
彼らは歩き出す。リルネーバと人族のペア百組と、その他親人派妖精族数十人。 彼らが感じた嫌人派妖精族、約二十人を相手とするには余りある戦力であるが、何があるか分からない以上出し惜しみはしない。歩き続けているうちに、相手も徐々に近付いてくるのを感じる。徐々に。徐々に。徐々に……。やがて、数十の人影が彼らの視界に入った。向こうの顔は見えないが、空中に浮いているのが妖精族であることは真夫達にも分かった。
「向こうもこちらの存在は認知している。不意打ちに注意だよ」
「分かった」
注意喚起をするパートナーに、真夫は頷く。すると向こうの人影の中の一人が何やら叫んだような声を出す。少年の声の様だと真夫は感じた。その後彼は仲間に何かを言う。その後、何やら言い合いをしているのが見える。真夫達はそれをいぶかしむ。一瞬愛娘の声が聞こえた気がしたが、瞬時にそれは幻聴だと内心で一蹴する。自分の願望が、聞こえないはずの声を聞かせたのだと判断した。
「なんか、彼らの様子がおかしくない? ワナかしら?」
「さあ、な」
伽弥に聞かれても、真夫はそれくらいしか答えることが出来ない。仲間達もザワザワとどよめく。すると彼らの視線の先で、向こうの何人かがこちらへと走ってくるのが見えた。真夫は目を凝らす。
「……!」
真夫は、走ってくる中の一人に見覚えがあった。しかし、それを脳内で否定する。
(違う。こんなに都合良く見付かるハズがない……)
真夫がそのように考える一方で、仲間の一人である黒桐沙耶が両手を口で押さえてしゃがみこむ。彼女は黒桐剣人の母親であり、離婚して以降は女手一つで剣人を育ててきた。そんな彼女が、涙を流し始めた。また、他にも続々と似たような行動をする者が出てくる。何事かと真夫が思っていると、伽弥が呆然と呟く。
「ま……、真弥……なの?」
真夫は思わず前を向く。そこには涙を流し、しかし笑みを浮かべて彼らのもとへと走ってくる愛する娘、真弥の姿があった。実際には他にもこちらに来る者がいて、幾つもの感動の再会が繰り広げられているのだが、そんなものは真夫と伽弥の視界には入らない。二度と会えないかもしれないと考えていた彼女に二人は競うように抱きついた。
◇
最初に真夫達の存在に気が付いたのは『観る者』山田龍であった。二ヶ月程――彼の体感では一年程――会っていない両親の姿を見つけた彼は、しばらく視界にあるものを信じられなかったが、やがて本物であると確信する。仲間達にそれを報告するも信じては貰えなかった。しかし、自分が見ているものを『共有』させることによって信じさせることが出来た。勇者達は一心不乱に走る。そして、その素肌で両親、そして別のクラスの友人の存在を感じた。
「お前は行かねぇのか?」
そんな中でツンは、他の妖精族や海賊達と一緒にゆっくり歩く聖騎に問い掛ける。
「うん。特に会いたい人もいないしね」
「そんなもんか」
聖騎は無表情に答える。実際、この場には彼の産みの親も育ての親もおらず、他のクラスに友人がいるわけでもない。彼の答えを聞いて、ツンはつまらなそうに呟く。やがて彼らも合流し、冷静な状態だった聖騎が、パートナーを祝福しつつも同じく冷静だったリルネーバの青年とこれまでの経緯を報告しあう。我が子の姿がここにいない事に不安を覚えている者達も、この世界でそれぞれが出来ることを頑張っているとの報告を受けると安堵の表情を見せた。無論、実際に無事な姿を見ない以上心配であることには変わりないのだが、この世界に来ている事が分かっただけでも、彼らにとっては大きな収穫だった。また、舞島水姫と古木卓也について本当の事を話すと面倒な事になると考えた聖騎は、取り合えず他の者と一緒に行動していると報告した。真実を伝えるのは、せめてある程度落ち着いてからの方が良いと判断した。
彼らは夜遅くなるまで再会を喜びあっていた。今夜はこの島で宴が行われた。リルネーバをはじめとする妖精達が食材を集め、料理を振る舞った。勇者、妖精使い、親人派妖精族、そして海賊達は楽しげに過ごす。一方で嫌人派妖精族はその場から消えていた。彼らはもう必要ないと判断した聖騎が、好きにするように命じたのだ。嫌人派妖精族は、この場の全てを敵に回して勝てるとなど毛ほども思っていないため、素直にその場を去った。なお、ツンは残っている。真弥や彩香が、自分達の友達だと得意気に紹介している。
やがて夜がふけ、翌日。リルネーバ及び妖精使い達がこの島に来るために使った巨船に聖騎達は乗って、シュヌティア大陸へと向かった。海賊達は自分達の船でそれを追った。彼らも元々シュヌティア大陸には興味があったため、当然とも言える。その最中、元の世界に帰るには魔王を倒すことが必要であること、妖精族にその協力を頼むためにシュヌティア大陸を目指していたことを聖騎は伝えた。リルネーバ達妖精族はそれに快く同意した。
そんなことがありながらも、彼らはシュヌティア大陸に到着した。