尋問タイム
「本当に残念だよ、マスター。それに妖精さん」
ボンレスハムのように縛られて寝転がる酒場の店主とヒーシルは、聖騎を睨むようにに見上げる。真弥は騒ぎを聞き付けた野次馬の対処を行っており、ツンと聖騎が二人から話を聞くということになった。他の面々は酒の影響か、未だ眠っている。
「君達もずっとその体勢でいるのは疲れると思うから手短に聞くよ。その体に巻かれておる鎖は何かな?」
聖騎はあからさまにニヤニヤと笑い、見下ろすように二人に質問する。二人は屈辱に顔を歪める。店主は様子を窺うようにヒーシルの顔を見る。彼女が諦めたように頷くのを確認した彼は口を開く。
「お前達を捕まえようとした」
「それはそうだろうね。目的は?」
聖騎は店主の背中に座りながら尋ねる。店主はギリギリと奥歯を鳴らす。質問にはヒーシルが答える。
「私達ヒーシルは元々人族を憎んでいる種族だったわ。でもね、私達は思い知った。人族と『契約』を結んだ妖精族の強さを」
「『契約』?」
「信じられない話かもしれないけど、最近リルネーバの連中が異世界から人族を召喚したらしいのよ。それで――」
ヒーシルの口から紡がれた言葉に、聖騎は驚きを隠せない。そんな彼の変化を彼女は訝しむ。
「何よ?」
「いや、なんでもないよ。続けて」
「分かったわ。……とにかく、リルネーバ――あ、リルネーバっていうのは妖精族の一種なんだけど、そのリルネーバが異世界から人族を召喚した。それを知ったモドブという種族は攻撃しに行った。でも、あっさり返り討ちになったの。モドブは他の嫌人派種族に呼び掛け、五十種類以上の種族の同盟軍で攻め入った。しかし、リルネーバおよそ百人と異世界の人族およそ百人相手に、手も足も出なかった。元々リルネーバは並の妖精族より戦闘力は高かったけど、決して並外れた存在ではなかった」
「その強さの理由が『契約』?」
予想外の出来事に聖騎は驚きながらも、その内容を理解する。
「そう。リルネーバは人族と『契約』を結んでいた。『契約』を結ぶ事により妖精族は超常的な力を、そして人族は魔法を手に入れられる。そこで私達を含む、一部の嫌人派種族は決めたのよ。自分達も人族と『契約』を結んで強くなろうと」
「それが、僕達を捕まえようとしていたことに関係していると?」
「その通りよ。『契約』というのは誰でも彼でも結べるものではないみたいなの。妖精族にとって『契約』を結べる人族は決まっていて、逆もまた然り。でも、どの人族が私達と『契約』を結べるかなんて私達には分からない。そこで、片っ端から人族を捕まえて私達のパートナーを探すことにしたの。その結果として、彼が私の『契約者』となった」
ヒーシルは背中を聖騎に座られている店主に目を向ける。依然として聖騎を睨みつけているが、聖騎は微笑むと同時に軽く手を振って見せる。店主は苛立ちにじたばたともがくが、鎖は頑丈である。聖騎はふと、ツンに視線を向ける。
「なるほどね。『契約』というのはどのようにして結ぶのかな? 例えば僕が彼と契約を結ぶことは可能なの?」
その言葉にツンは若干嫌そうな顔をする。ヒーシルは答える。
「説明するのは難しいんだけど、私は彼を見た瞬間に何かがビビッとくる感覚があったのよ」
「ふーん。よく分からないけれど、それなら僕と彼は『契約』を結べることは無さそうだ」
「俺も人族は何人も見てきたが、そんな感覚には覚えがない」
聖騎とツンが口々に言う。
「私が彼を見つけたのは、かなりの幸運だったわ。『人狩り』を始めてからそれなりに経ったけど、パートナーを見付けられたのは二十人くらい――まあ、一日に一人見付けられれば良いってところかしら。そして、『契約』に必要なのは血液」
「血液?」
「グラスか何かに、妖精族と人族の血液を流して混ぜて、それに双方が口を付けるのよ。これで『契約』は完了する」
ふむふむと聖騎は頷く。すると、ヒーシルが外の様子を伺おうとしていることに気付く。
「何か気になる事でもあるのかな?」
「い、いや、何もない。ところで、話はまだ終わらないのか?」
「うん、そうだね……」
聖騎が言いかけた所で、眠っていた由利亜が歩いてきた。彼女は驚いた様子で言う。
「神代君、やっぱりそういう趣味だったんですか!?」
「えっ!?」
聖騎は今の自分の体勢を思い出す。店主を鎖でぐるぐる巻きにし、その上に座っていた。
「趣味というのはどういう……、それにやっぱりというのは?」
「神代君って、あまり女の子に興味がなさそうなのでもしかしたら……なんて思っていまして。それに、ドSっぽいですし」
「これは趣味ではないよ。あくまでお話をしたかっただけなのだから」
「お話をするのでしたらそこに座る必要は無いと思うのですが……」
その指摘に聖騎は一旦黙る。しかしすぐに開口する。
「それはともかく、色々と面白い話が聞けたよ。それについては皆が起きてきてから説明するとして――」
そこまで言った聖騎はヒーシルに目線を戻す。
「――そうだね、取り敢えず今はもう聞きたい事も無いかな。ただ、君達に頼みたいことが有るのだけれど……」
「な、何かしら?」
「僕と『契約』を結べる妖精族を探すのを手伝ってほしいな。君のお仲間が僕のパートナーになり得るならそれで良し。でも、もしもそれがダメなら西の大陸――シュヌティア大陸に行くのを手伝ってほしい」
ヒーシルは顔を強張らせる。妖精族はある程度離れた位置にいる同族とは意識を共有する事が出来る。彼女はこの都市にいる仲間に救援を要請しているのだが、たどり着いた仲間からの通信は「強すぎる……」という言葉を最後に途絶えた。彼女の様子に気づいた聖騎はにっこりと笑いながら告げる。
「そういえば言っていなかったね。僕達は一人一人がすごく強くてね――」
その言葉と同時に、真弥が帰ってきた。
「あ、神代君、なんか妖精さんがいっぱい来て攻撃してきたんだけど」
「もしかして、人とペアを組んでやってきたのかな?」
「そ、そうだけど。何人か無力化したら逃げて行っちゃった」
その言葉にヒーシルは驚愕する。『契約』によるパワーアップをした妖精族と人族の強さを知る彼女は、真弥の言葉を信じられない。そこに聖騎が言う。
「君達に拒否権が無いのは分かるよね?」
ヒーシルは震えながら頷く。その様子に真弥は怪訝に首を傾げるのだった。
◇
やがて昼になり、聖騎達勇者一行はヒーシルの仲間がいるというアジトに向かった。その際に昼食は店主が無償で提供した。歩きながら聖騎達が聞いた話によると、この街はヒーシルをはじめとした、『元々人族を嫌っていたが、利用することを考えた妖精族』が支配している。表向きは人と妖精が仲良く暮らす国であるが、その実態は真逆である。街中で彼らが出会う人物は皆、恐れるような表情で聖騎達を見ていた。それに対して剣人は言う。
「ふーん、朝この国に入った時の笑顔は全部偽物か。もう何も信じらんねーな」
「自分達以外は全部敵って考えないとやってられない訳ね。しかも迂闊に全員で眠ったら危ないとか、しんどすぎ」
剣人に同調して彩香もぼやく。すると由利亜が口を挟む。
「まあまあ、西の大陸に行けば人間に優しい妖精さんもいるみたいですし、ちゃんと眠れるんじゃないですか?」
「それなら良いんだけど。そもそもホントなの? 西の大陸で妖精族が人間を召喚したっていうのは」
「行ってみないと分かりませんよ。ですよね、神代君」
「そうだね」
振り向いた聖騎は頷く。やがて、先頭を歩いていたヒーシルが止まる。その目の前には古びている小さな建物が有った。
「この下よ」
短く告げた彼女に続いて聖騎達はその建物に入る。中は薄暗かったが、聖騎にも辛うじて地下に続く階段が見えた。ヒーシルに続いて一同は階段を下りていく。1分ほど歩くと、そこそこ広い空間にたどり着いた。
「連れてきたわよ」
緊張したように彼女が告げると、彼女と同じく緑色の髪の妖精であるヒーシルと、ヒーシルとは協力関係にある、紫色の髪の妖精カトーナがいた。その中の数人は、真弥の顔を見るなり、身を震わせる。
「真弥、アンタ何したのよ」
「いや、人と妖精さんが十人ずつくらい来て、私もちょっと必死だったから……」
彩香に尋ねられ、真弥は苦笑する。そんな彼女を横目に見ながら聖騎はヒーシルとカトーナ達に言う。
「分かっているかも知れないけれど、僕達は僕と『契約』を結んでくれる妖精族を探しに来た」
その言葉に、ヒーシルの中でも比較的屈強な印象の、壮年の男が言葉を返す。聖騎は彼をこの場のリーダー的な存在だと予想する。
「それなら俺達にとっても好都合だ。だがお前、何を考えている?」
聖騎をここに連れてきた少女のヒーシルや、真弥と戦ったヒーシルから報告を受けている壮年のヒーシルは内心恐怖を覚えている。しかしそれをまったく表に出すことなく、堂々としていた。
「そうだね、僕達は力を求めているよ。人族を滅ぼそうとしていると言われる魔王ヴァーグリッドを討つ為のね」
聖騎の言葉にツンを含めた妖精族全員、そして一応ついて来ていた酒場の店主が呆然とする。しばしの空白の後、その場を笑い声が包む。
「お前が、あの魔王ヴァーグリッドを倒すだって?」
「アハハハハハハッ…………!?」
しかしその笑い声もすぐに止む。聖騎の放つ気迫に圧されたからだ。彼はただ柔和な笑みを浮かべるだけであったが、その眼には狂気すら感じられた。
「うん。やはり君達では僕のパートナーとして釣り合わないね。ところでみんなはどう? ビビッとくるのは見つかった?」
「私は特に……」
「オレもよくわかんねぇな」
真弥と剣人が否定する。他の者達も首を横に振った。
「そう。ならば行くしかないね。西の大陸に。ところでマスター、君が今朝言ってくれたことは本当なのかな? 西の大陸に向かう船は妖精族の邪魔を受けて沈められるって」
聖騎は背後の店主に問う。彼が答える前に、壮年のヒーシルが激昂する。
「馬鹿にしているのか! ……うぅっ、うああああああああああああ!」
彼は突然叫び出し、床を転げまわる。彼の仲間は何事かとどよめく。それには目もくれず、店主へと微笑む。店主は声を震わせながら「は、はい」とだけ答えた。
「それならすぐに行こう。船は用意できるかな?」
満足げに宣言した聖騎に、妖精達は頷く事しか出来なかった。