契約者
「まったく、単純なガキ共だ」
聖騎達が眠る寝室を出た店主は呟く。すると、童女のような透き通った声が答える。店内にはいつの間にか緑髪の少女がいた。背中に生えている四枚の翼は、彼女が妖精族であることを示している。
「そう甘く見ないものね」
「どういう事だ?」
妖精族の少女に店主は聞く。
「スクルアンがいた」
「なんだそれは」
「妖精族の一種よ。体を透明にできる種族」
童女のような声の冷たげな説明を受けて、店主は質問を重ねる。
「つまり、あのガキ共は妖精族を連れてここにいたってのか?」
「そう。でも、本来スクルアンは人族を憎んでいるはず。私達ヒーシルと同じようにね。普通に考えれば、あのスクルアンはあの子たちを利用しているんでしょうけど……」
少女は俯いて考え込む。彼女は妖精族の中の『ヒーシル』という空気を操る種族である。この酒場に入る前にツンが説明したように、スクルアン同様人族を嫌悪している種族である。黙り込んだ彼女に店主が声をかける。
「何だよ?」
「あの中に一人気になるのがいたのよ。ほら、最後まで起きてたおかっぱの子」
「ああ、あの男だか女だかわかんねぇガキか。ソイツが?」
聖騎の顔を店主は思い出す。
「なんとなくだけど、人に従うタイプには見えないのよね」
「ま、でも今は寝ちまってるし関係ねぇだろ? さっさと片付けちまおうぜ」
店主は店の奥から首輪を幾つも取り出す。首輪にはジャラジャラと大きな鎖が繋がっている。奴隷に対して使う物である。
「そうね。ここには私の作り出した眠気を催す空気を充満させている。私の『契約者』であるあなた以外の人族が吸ったら確実に眠くなる空気をね。これによってあの子達は眠気を抑えられない。あのスクルアン諸共とりあえず捕まえて、話を聞くわよ」
「おう」
店主はなるべく音を鳴らさないように注意しながら首輪を運ぶ。そして小さく開いたドアの隙間から聖騎達が使用する客室を覗く。八人の勇者が眠っている様子が見えた。
「あん中にスクルアンってのもいんのか?」
「ええ、存在は感じるわ。でも眠ってはいない。能力を使いながら眠るのは不可能だもの」
「そうか。ならどうすんのか?」
「こうするわ」
不意にヒーシルはその場でクルクルと回り始める。妖精族は魔法を使用する際に舞うことで予め魔力を得ておくことを必要とする。彼女は室内の空気を外へと送る魔法を使おうとしている。なお、スクルアンの透明化魔法は、あらかじめ舞をしておくことで、効果が続く限りは何時でも透明化が出来るというものなので、使う度に舞う必要は無い。
「何回見ても飽きないもんだな、妖精族の舞って奴は」
「黙ってなさい。あなたは、私に利用されているという立場である事を忘れてないわよね?」
「へいへい」
しみじみと呟く店主に、ヒーシルは不快感を隠さない。そうこうしているうちに魔法発動に必要な舞も終わりが近づく。しかしその刹那、彼女は舞を中断して呻く。
「うぅっ!」
「何だ!?」
思わぬ行動に店主は驚く。ヒーシルは両手で頭を押さえてうずくまる。
「うぅ……あなたは平気なの?」
「な、何のことだ?」
「今、何かが爆発した気がしたんだけど……」
「……?」
店主には何が起きたのかが分からない。だがヒーシルは今も苦悶の表情を見せている。
「あのスクルアン……いや、もしかしたら違う種族なのかもしれないけど……うううっ!」
再び苦痛が襲う。彼女は顔を歪めながら提案する。
「き、気味が悪いわ……ひとまずここは退くわよ」
「ん? どうした」
そこに、いつの間にか彼女の眼前に現れていたが透明化を解いて声をかける。突然現れた彼に店主は驚くがツンはそれを無視する。
「どういうつもりでここにいる、ヒーシル」
「ッ……! それはこっちが聞きた……くっ」
「まずは貴様が俺の質問に答えろ」
「チッ……やるわよ!」
舌打ちと同時にヒーシルは叫ぶ。店主が頷くと、彼女の体から薄い緑色の光が放たれる。
「このぉぉぉ!」
「なっ」
ヒーシルは急にツンへと突進する。その速度は彼の予想以上の物だった。狭い通路の壁を突き破り、ツンの体は外へと投げ出される。ツンは背中の翼で羽ばたく。
「まだ、終わらせないわ」
ヒーシルも空へと舞い上がる。そして、魔法を使うために先程の様に踊り始める。その速さは尋常ではない。やがて彼女の体からは竜巻が発生する。竜巻はツンを呑みこんだ。
「くうううううううううううう!」
「アハハハハハハ! 苦しみなさい、スクルアン……!?」
高笑いをするヒーシルの体から急に力が失われる。何事かと思い店主を振り向くと、彼は倒れていた。何が起きたのかを考えようとした瞬間、彼女の下に数十本の光の槍が飛ばされる。胸を槍に貫かれながら、彼女は客室のベッドに寝転がりながら杖を自分の方へと向けている神代聖騎を発見した。
「やはり、私の予感は間違っていなかった、か……」
墜落した彼女は意識を失う。竜巻から解放されたツンは大きく空いた穴から宿屋に入り、抗議の声を上げる。
「なんですぐに、奴に対処しなかった?」
「どんな戦い方をするのかを見たかったからね。それに、あまりにも速すぎて幻聴も聞かせられなかったから……いや、本当にね」
ツンはジトリとした視線を聖騎に注ぐ。聖騎のユニークスキル『騙し』は場所を指定して、そこに存在する相手に幻視を見せたり幻聴を聞かせたりするという能力である。つまり、能力を使ったときに、その場所に相手がいないと使えない、ゆっくりと歩いている相手ならある程度数秒後の位置を予想して能力は使えるが、今回のヒーシルのように高速で移動する相手には難しい。
「それなら、そういうことにしておくか。それにしても、お前は何時から起きていた?」
「ずっと起きていたよ。自分の痛覚を刺激し続けて眠気を誤魔化してね。あ、今落とした妖精族を拾ってきてよ」
「人使いが荒い奴だ」
ツンはぼやきながらも、建物の外へと飛んでいく。
「うーん……どうしたの神代君? ……って店主さん!?」
騒ぎに目を覚ました真弥が倒れている店主の姿に驚く。
「うん、色々あってね。僕も詳しいことは分からないけれど……」
説明しながら、聖騎は店主の右手に視線を注ぐ。真弥がそれを追うと、そこには鎖のついた首輪があった。
「私達、どこかに泊まる度にこんな目に遭ってない?」
「僕達がいた世界やエルフリード王国がどれだけ安全な環境だったのかが分かるね。この世界はただ寝泊まりするのにも危険がつきまとう。今後も誰かが常に起きていて警戒をしていないといけないようだね」
「まさか神代君、起きてたの?」
「妖精君も一緒だったけれどね」
やがてツンはヒーシルの少女を抱えて彼らのもとに帰ってくる。
「あー、ツン君。その子は?」
「ヒーシル。空気を操る種族だ」
「ヒーシルってツン君が言ってた、人間とは仲が悪い妖精族じゃなかったっけ?」
「そのはずだ。とにかくコイツらから話を聞くぞ。丁度そこに鎖がある。コイツらを縛ったらお前のユニークスキル? って奴で回復させてくれ」
「分かったわ」
真弥は頷き、首輪に付いている長い鎖でグルグルと店主を縛る。聖騎もヒーシルを縛り付けた。
「それじゃあ、いくわよ」
真弥はユニークスキルによって二人を回復させる。体力がゼロになっている者を復活させるのにはかなりの魔力が必要とされるのだが、彼女は余裕で二人を回復させた。