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西端の国

 ハヌマニル王国を出た聖騎達一行は、中央大陸西端の国、ネクベト王国の城壁の前にたどり着く。ハヌマニル王国を出たのは深夜であったが、今は丁度、朝日が昇る頃だった。城壁に沿って南側に歩いていくと、国内に入るための城門が見える。


「ふぅー、やっとここまで来たねー」

「そうですね。エルフリード王国を出てから三十日くらいは経ちましたよね、草壁さん」


 感慨深く呟く平子に由利亜が答える。勇者八人と姿を消したツンは高くそびえる壁を見上げる。すると、彼らに気付いた警備兵が歩み寄ってくる。重厚な鎧と長い槍は多くの国で見られるスタンダードな警備兵のものだった。


「この国に御用ですか?」


 人懐っこい笑みを浮かべる警備兵に、真弥は安心しながら答える。


「はい。ヘスオスまで行きたいと思っています」

「ヘスオスですか。あそこは魚が美味い。オススメですよ。では、城門をお開けします」

「お願いします」


 警備兵は礼儀正しく頭を下げて城門を開ける。敬語を使うという点ではハヌマニル王国兵と同じだが、真弥はこの警備兵には人間味を感じた。


「では、この国をお楽しみ下さい」

「はい。ところで、私達は今から朝ごはんを食べたいんですけどオススメの店はありますか?」


 その問に警備兵は、他国から来た人がよく使うという酒場への行き方を教える。真弥は警備兵に礼を言い、一行は酒場へと向かう。街の様子は活気があり、出会う人間は聖騎達の姿を見ては「ようこそ!」「いらっしゃい!」などと声をかける。それに対して主に女子組が元気に答える。すると、透明化しているツンが小さく呟く。


「これはヒーシル、それにカトーナか?」

「どうしたの? ツン君?」


 思わず真弥が聞く。するとツンは不本意そうな顔をしながら答える。


「妖精族の中の、俺達スクルアンとは別の種族だ」


 妖精族のスクルアンという種族は『妖精族』と一括りにされて呼ばれる事を嫌う傾向がある。だが、説明の為に嫌々ながら自分達を妖精族と認めた。真弥達は周りを見渡すが、妖精らしき姿は見当たらない。聖騎も第六感スキルを使うが、よく分からない。自分に近付くものや、見えないものを感知するのには使えるが、特定の何かを探すことは今の聖騎には出来ない。


(ハイドランジアは気配だけで誰がいるのかを感じることが出来た。やはり、長年の修行が必要なのかな)


 聖騎がそんなことを考えている中、彩香が言う。


「ふーん? そんなの見付かんないけど」

「この辺りにはいない。もう少し西の方だ。ここに来るまでにも話したが、この国は妖精族の一部との交流がある。俺達スクルアンを含めた人族を嫌う妖精族は何度かここを攻めたが、人族と馴れ合おうとする奴らによって守られた」

「じゃあ、そのヒーシル? とかカトーナ? とかいうのがいたって不思議じゃないんだろ?」


 剣人が聞く。それに対してツンは答える。


「いや、ヒーシルとカトーナも人族を嫌っている種族だ。ここにいるのはおかしい」

「デレたんじゃない? こういう事をしっかりと教えてくれるツン君みたいに」


 からかうように平子が言う。ツンは誰にも見られていないながらも不機嫌な顔になる。「デレた」という言葉が通じたことを聖騎が疑問に思っていると、ツンは言う。


「とにかく、気をつけろ」

「うん、分かったよツン君。心配してくれてありがとね」

「心配などしていない」


 礼を言った真弥に、ツンはそっぽを向く。それを彩香や平子がからかう。彼らが楽しげに歩いていると、目的の酒場にたどり着いた。彼らが中に入るなり、威勢の良い声で、日焼けした肌と豊かな口髭が印象的な店主の男が「いらっしゃい!」と言った。簡単な朝食と水を勇者八人分真弥が頼む。二つのテーブルを男子組と女子組に分かれて囲むように椅子に座って彼らが料理を待っていると、丸パンとサラダとスープが配られた。朝食を食べ始めた聖騎達に、店主が声をかける。


「なぁ、嬢ちゃん達は何しにこのネクベトまで来たんだい?」

「私達は西の大陸に行こうと思ってるんです」


 笑顔で答える真弥。すると店主は大声で笑う。


「アッハッハッハッハッ、西の大陸っていうとシュヌティア大陸かい! 嬢ちゃん達みたいにあそこに行きたくてこの国に来る奴は多いけどよ、やめといた方が良い」

「どうしてですか?」

「あそこに向かう船はみんな、妖精族に沈められちまうんだよ」


 平子の質問に、店主は真面目な顔で答える。すると今度は聖騎が口を開く。


「しかし、この国には妖精族がいるのでは?」

「まあな。人間に友好的な奴もいるみてぇで、この国に攻めてくる魔族とも戦ってくれるって話だ。俺は妖精族なんて見た事ねぇが、ウチのカミさんとかガキ共は見たらしい」

「そうですか。では、元々人族に敵意を抱いていた妖精族が友好的になったという話はありますか?」


 質問を重ねる聖騎。店主は訝しむ様子を見せながらも答える。


「さぁな。さっきも言った通り俺は妖精族を見た事なんかねぇから、何とも言えん」

「これは失礼しました」


 聖騎はあっさりと引き下がる。それを横目に見ながら剣人は水を飲もうとコップを取る。すると彼はある匂いを感じた。


「マスター、これはお酒ですか?」

「おう、せっかく酒場に来たんだから酒を飲め!」

「い、いやぁ……遠慮しときます」


 剣人は控え目にコップをテーブルに置く。彼が周りを見ると彩香や平子、龍に蛇も既に酒を飲んでおり、特に彩香は既に酔っていた。


「おう、真弥ぁ……。アンタも飲もうぜぇ?」

「彩香、酒癖悪すぎ。あの、店主さん。私には水をくれませんか?」

「つれねーなぁ、そんなカタい事言ってるからおっぱいもカタいんだよぉ」

「そ、それは関係ないでしょ!」


 顔を赤くして叫ぶ真弥の胸に、更に顔が赤い彩香が手を伸ばす。店主はやれやれと言いながら水の入ったグラスを出す。真弥は礼を言い、コップに口を付ける。同じく要求した剣人、由利亜、聖騎に水を渡しながら店主はボソリと呟く。


「それにしても嬢ちゃん達は珍しいな。そろって黒髪ってのもそうだけどよ、半分が酒を飲まねぇなんて。この国じゃ、嬢ちゃん達よりチビっこいガキでも酒を飲むってのに」

「いやぁ、流石に朝からは飲めませんよ」

「私も、飲めないわけではないんですけど朝はちょっと……」


 剣人と由利亜が遠慮気味に言う。そんな彼らに酒を飲んだ面々が酔いながら酒を勧める。二人は結局酒を飲んだ。そんな様子を見て真弥がポツリと呟く。


「まあ、今まで冒険続きで疲れてるし、パーッとするのもいいのかな」

「おう、真弥も分かってんじゃん、飲め飲めー」


 彩香は真弥の肩を組む。


「いや、私はやめておくよ」

「ったく、ノリが悪いんだから……」


 そう言い捨てると同時に、彩香は眠りにつく。他の面々も眠たげであった。彼らは徹夜でここまで歩いてきているので当然ともいえる。現在起きているのは真弥と聖騎のみだ。聖騎は店主に話しかける。


「マスター、眠れる部屋はありますか?」

「おう、二階には客を泊める用の部屋があるぜ。金は貰うがな」

「では、使わせてください。みんな疲れているようなので、休ませて欲しいのです」

「そうね、神代君」

「部屋はいつ誰が来ても泊められる様に綺麗にしてある。金は後で貰うから、まずはコイツらを部屋に運ぶぜ」


 そう言って蛇と龍の二人を担ぎ上げる店主。聖騎は真弥と協力して他の者も運んだ。部屋は大部屋を一つ使わせて貰うことになった。何かが起きても店主は責任を取らないとの事だった。全員が眠れる大きなベッドで男女に分かれて体を横たわらせる。


「そんじゃ、ゆっくり休めよ」

「ありがとうございます」


 笑顔で言う店主に真弥が感謝の言葉を口にする。真弥はすぐに眠りにつく。それを確認した聖騎は小声で呟く。


「妖精君、君は眠らないのかい?」

「バカにするな。俺達は人族ほど睡眠を必要としない」

「僕から解放される隙を伺ってたりするのかな?」


 ベッドに寝転がっていたツンはつまらなそうな顔をする。ちなみに、彼が寝ているのは男子組と女子組の間――より詳しく言えば聖騎と真弥の間である。


「ふん、今更そんなことをするつもりは無い」

「そうなんだ。じゃあ、それを信じて眠るとするよ」

「勝手にしろ」


 憎まれ口を叩かれながら、聖騎は眼を閉じた。

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