人間至上主義国家(4)
街灯が夜の闇を照らす。聖騎はいつもより若干走るスピードが速い事に気付く。恐らくローブの効果だろうと予想しながら、彼は回復魔術の呪文を唱えて自分の体力を回復させる。
「大丈夫か? 神代」
「たぶん、ね」
彼の隣を走る剣人が心配そうに聞く。元々聖騎に苦手意識を持っていた彼だが、今ではすっかり普通に話しかけている。なお、聖騎とは違い剣人の体力には余裕がある。否、聖騎以外の全員が余裕だ。街中の声を聞いていた蛇が発言する。
「流石に我々が逃げ出したことはバレているようですぞ!」
「ここからは二手に別れよう。さっき分けたグループのようにね」
その言葉により、聖騎、蛇、由利亜、平子、ツンと真弥、彩香、龍、剣人の組み合わせで左右に分かれる。景色が見える龍と人の気配が分かる聖騎がそれぞれバラける様に分けてある。全員が同じフードで顔を隠している為多少の混乱はあったが、無事に分かれる事が出来た。建物と建物の間を進んでいると聖騎は気付く。
「前方に人の気配を確認。戦闘態勢を」
「分かりましたぞ」
答えた蛇に続いて、平子と由利亜は気を引き締める。すると前方からは白ローブの人間が3人現れた。フードを被ったまま聖騎は問いかける。
「そちらに逃亡者はいませんでしたか?」
「我々には見つけられませんでした」
「そうですか」
聖騎の言葉を疑わずに相手は答える。すると3人の体は急にふら付く。聖騎が彼らの平衡感覚を騙したのだ。倒れた3人は起き上がろうとするが、上手くいかない。
「な、なんですかこれは?」
「答える訳が無いよね。『防ぐ者』」
「うん!」
聖騎に呼ばれた平子は3人を囲うように壁を生み出す。聖騎は能力を解除。それから少し経って3人は平衡感覚を取り戻すが、その頃には聖騎達の姿は消えていた。彼らを追おうとするにしても、急に現れた壁に阻まれてそうもいかない。彼らの中の一人が言う。
「奴らは人族ではありません。あのような妖術を使うのが人族であるわけがないでしょう」
聖騎達が持つ『ユニークスキル』というものは一般的には知られていない。故に、何も持っていない人間が特殊な能力を使うなど、到底は信じられない。奴隷商人やツンもその辺りに関しては疑問を抱いたが、聖騎はそれについて説明することは無かった。一般的に特殊な能力を使うと言われているのは妖精族と魔族、そして伝承にのみ登場する神族である。
「あのような者が陛下と同じ神族であるはずがありません。恐らくは異種族でしょう。おのれ、やはり異種族は汚い」
憤慨する彼らは各の武器で壁を叩く。しかしその壁は壊れなかった。
◇
龍についていくように走る真弥、剣人、彩香。能力によって視界を広げていた龍は、前方に白ローブの人間3人を発見する。
「人が来ますな。ルート変更しますかな?」
「いや、ここはやり過ごしましょう。私に任せて」
真弥がそう言うと龍は速度を落とす。代わりに真弥が前に出る。4人は周りをキョロキョロと見回し、人を探している振りをしていると、白ローブの男が声をかけてくる。
「見つかりましたか?」
「いいえ。見つかりませんでした」
「そうですか。こちらは先程、捉えられた同志を発見しました。虚空より壁を生み出したり、他にも正体不明の攻撃をしてきたりしたとの事です。お気を付け下さい」
その言葉に真弥は平子と聖騎を思い出す。『正体不明の攻撃』については、そもそも攻撃出来るユニークスキルを持つのが聖騎だけだったため簡単に分かった。また、真弥達の中でも攻撃的なユニークスキルを持つ者はいないため、攻撃することはせずそのままやり過ごそうとした。すると、彼らのもとに声がかけられる。
「逃がしてはなりませんよ。彼らは私達の敵です」
そこにいたのはウェミナハルだった。急にそこに現れた彼に龍は驚く。その間に白ローブの人物は動く。彼らは袖から一様に同じサーベルを取り出す。
「結局こうなるのかよ!」
「仕方ない。手早く片付けんよ」
「そうですな」
「いきなりボス戦っていうのはどうかと思うけど、やるしかないんでしょ!」
剣人は二本の剣、彩香は刀、龍は槍を構えて前に出る事で、神御使杖を持つ真弥を守るように立つ。
「ツーリ・ゴド・レシー・ファイハンドレ・ト・サザン・リーブレイ・ストラ!」
そう唱えた真弥の杖からは剣のような葉が何枚も飛ぶ。前の三人がしゃがんだ上を飛んでいくそれが白ローブをズタズタに引き裂く。しかしローブの中の体は無事だった。
「良いローブだな。でもそれはこっちも同じだ!」
剣人は両手の剣を振り敵の一人と斬り合う。敵の斬撃を左手で受けつつ右手で斬りつける。敵は距離を取ろうとするが、それを上回る速さで突進。風の如き速さで両手の剣を交互に振り続ける。
「はあああああああああああ!」
「くっ……」
敵の男の筋骨隆々とした肉体のいたる所に傷が出来、血が流れる。この世界では残り体力値が0になっても死ぬことは無い。そこで止めの斬撃を食らわせようとした瞬間、剣人の胸にサーベルが刺さる。
「ぐおっ……」
「黒桐君!?」
真弥が悲鳴を上げると同時にユニークスキルによって剣人を回復させる。ローブに開いた穴は戻らなかったが、体力は回復した。
「ありがと、永井さん」
「気にしないで」
真弥に礼を言った剣人は素早く下がって敵から距離を取る。そこで彼は異変に気付く。彼の胸に穴を開けたのは彼が先程まで戦っていた男ではなくウェミナハルであった。ローブの下から伸びる長い白髭が、彼であることを示していた。しかし、ウェミナハルは男の背後にいたはずである。それがいつの間にか剣人の眼前にいたのである。
「瞬間移動!?」
「私の前では、速さなど無意味です」
驚く剣人の目の前に、再びウェミナハルが現れる。剣人はユニークスキル『消え』によって姿を消し、そのまま高速で移動する。彼のステータスは際立って俊敏が高い。それにローブによる補正がかかった速度を持ってウェミナハルの背後を狙う。だが、突如ウェミナハルは透明化している剣人の背後に現れてサーベルを刺す。
「なっ……!」
驚愕する剣人は姿を現す。真弥は再び彼を回復させ、三人の兵士を戦闘不能にした龍と彩香がウェミナハルを狙うが、攻撃しようとすると後方へと一瞬で移動した。
「どういう事? 透明になってる黒桐が分かるっての?」
「我にも見えないというのに、生意気ですな」
彩香と龍が呟く。一方、呪文を詠唱している暇など無いと判断した真弥は杖の代わりにレイピアを取り出す。
「このおおおおおおお!」
レイピアを構えて真弥は走る。彼女がウェミナハルに近づこうとすると、彼は真弥の背後に現れる。
「学習力の無い方ですね」
侮蔑の言葉と同時にウェミナハルはサーベルを振り下ろす。真弥はレイピアを横にしてそれを受け止める。その際の風圧により彼が被っていたフードが外れ、中からは白髪の老人の顔が露になる。温和そうなその顔は驚愕の表情を浮かべていた。
「なっ!?」
「あなたが後ろに来ることくらい分かってたわよ!」
真弥はレイピアを突く。しかし次の瞬間にはウェミナハルの姿は彩香の背後にあった。
「チッ」
「私はどこにでも現れる。私の居場所は、あなた方のような者達に予測など出来ないのですよ」
サーベルが振られる。それを理解しつつも彩香の体はその速さについていけずに斬撃をもろに食らう。
「がああああああああ!」
「彩香!?」
「人を心配している余裕があなたにはありますか?」
彩香を心配する真弥の背後に、再びウェミナハルが現れる。
「どうやらあなたは味方を癒す魔法を持っているようですね。まずはあなたから片づけるとしましょう」
彼のサーベルは真弥の背中を斬る。
「ぐっ……」
真弥は呻く。次にウェミナハルは真弥の正面に現れてサーベルを一振り。次は右に現れて一振り。左から一振り。消えては現われを何度も繰り返し、着々と真弥の体力を削り取っていく。
「や、め……」
彩香は背中の痛みに苦しみながらも足を動かす。しかし、ウェミナハルの動きを捕える事が出来ない。龍と剣人も同様だった。ウェミナハルは時折真弥以外への攻撃を織り交ぜる。予測不能のランダムな動きに、手も足も出ない。そこで真弥は痛がる体に鞭打って、がむしゃらにレイピアを振る。するとウェミナハルは真弥から距離を話す。足元には彼の部下が転がっていた。
「はぁ……はぁ……、流石に疲れますね」
ウェミナハルはサーベルを地面に突いて休憩する。その隙に真弥はまずは自分を、そして他の三人を回復させる。回復能力を持つ自分がまず優先であることは理解している為、申し訳ないが仕方ないと真弥は考えた。
「あなたは私の想定以上の防御力、あるいは体力をお持ちのようです。その奇怪な治癒能力と言い、一体何者ですか?」
「それはこっちの台詞よ」
真弥が答える。すると、騒ぎを聞きつけた白ローブの人間が十人ほど現れた。
「陛下!」
「おお、良い所に来てくれましたね。彼らは敵です。倒すのを手伝ってください」
「分かりました」
白ローブ達は一斉にサーベルを構える。
「国王陛下に仇なす者は排除します」
「チィ、めんどくさいことに……!」
彩香が言い捨てながら、刀を構えて走る。白ローブはその斬撃をサーベルで受け止めるが、サーベルは砕かれる。
「あー、鬱陶しい。いちいち湧いてくんなっての!」
「本当はこんなヤツら無視してあのじーさんを倒したいんだけど、倒しようがないからとりあえず片づけるしか無いんだよな」
あからさまにバカにするようなセリフを吐きながら彩香と剣人は敵を斬っていく。龍も槍で白ローブを貫く。すると、彼の背後にウェミナハルが現れる。
「余所見はいけませんよ」
「本当に厄介ですな……ッ!」
龍が振り向くと同時にウェミナハルのサーベルが彼の背中を斬る。呻くと同時に龍は槍を回すが、当たらない。
「がっ……!」
呻き声。それはウェミナハルの物だった。彼の横から突然の水流が彼を吹き飛ばした。
「へ、陛下ぁ!」
白ローブ達はこぞって悲鳴を上げる。突然の事態に思考を巡らせる間もなく、彼の体中から、まるで見えない刃に切り裂かれているように衣服が破れて血が流れていく。
「何が起きている……?」
先程と同じように透明化した剣人によるものであるとウェミナハルは考える。しかし剣人は彼の部下と戦っていた。彼はひとまず、部下の近くへと移動する。
「何が、何が起きている……!? 貴様ら、バケモノか! 答えろ! 私に何をしているのだ!」
彼は感情のままに叫ぶ。彼の心を支配していたのは恐怖。狼狽えるウェミナハルの姿に彼を絶対的な存在だと信じていた白ローブ達は戸惑う。すると、彼の下に声が届く。
「今ので、君の能力は分かったよ」
中性的なその声は、神代聖騎のものだった。