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人間至上主義国家(3)

 現在、ハヌマニル王国の中心部にある大きな広場において、パーティが行われていた。広場中には街灯が立っている中、様々な料理が乗ったテーブルがいくつも置かれており、各人が皿を持って好きな料理を取るというビュッフェ形式である。肉や野菜の他に、様々な麺料理があった。自分が食べる分の料理を取り、食事用のテーブルに聖騎が戻ると彩香が声をかける。


「アンタ、それで足りんの?」

「うん」


 聖騎の皿には大量の野菜と少量の麺が乗っている。一方で彩香の皿は肉で覆われている。聖騎がそれに視線を注いでいると、彩香は彼を睨む。


「悪い?」

「特に何も思わないけれど」

「それもそれでムカつく。で、どうすんの? これから」


 聖騎を睨み続けながら話題を提供する彩香。すると剣人が会話に入る。


「オレ、正直今すぐにでもここを出てーよ。なんか頭おかしくなりそうだし」

「出るって言ったって、今あたし達見張られてるし」


 この広場には聖騎達の他にも王国民がいて、料理を食べながら談笑している。彼らは今も白いローブを着ており、勇者側からすれば不気味な光景である。


「僕達なら問題なく見張りの人を倒して出国するということもできると思うんだよ。これまでの国では人間に敵対する魔族とか盗賊だったから遠慮なく戦ったけれど、ここの人達は多分悪人ではない。考え方が僕達には理解できないだけでね」

「だよなぁ、そこがめんどい。つーかこの料理、変なもの入ってないよな? 食べたらあの王様の考え方に同調するようになる成分とか」


 不信感を募らせながら彩香は呟く。その言葉に、既に料理を口に入れていた由利亜と平子が固まり、蛇がわたわたと慌てる。


「えええええ! ちょっと待つですぞ土屋氏! 我は既にこのパスタ的な物を食べてしまいましたぞ」

「ききき気を強く持つのですな柳井氏! 異種族が悪しき存在だとか思っていませんな?」

「問題ありませんぞ山田氏。獣人族のネコ耳美少女のしっぽをモフモフする夢は変わりませんぞ」

「勝手にやってろよお前ら」


 蛇と龍に剣人が呆れるように言う。そういう剣人も彩香の言葉に食べるのを躊躇っている。それは彩香自身も同じだ。


「木属性魔術なら野菜とか果物は作れるけど、せっかく食べ物を用意してくれてるのにそんなことをするのはこの世界でもマナー違反だよね……」


 真弥もフォークを皿の上で右往左往させながら呟く。なお、この場で木属性魔術を使えるのは真弥、蛇、龍の3人である。班分けの際には仲の良い人同士は出来る限り同じになるように、かつ各班のメンバーのレベルがバランスよくなるように振り分けたため、魔術の属性の被りまでは考慮できなかった。彼らがうんうんと唸っていると、聖騎はフォークを野菜に刺し、口に入れる。


「うん。なかなか美味しいよ」

「って、普通に食うのかよ!」

「まあね」

「いやいやいや、今の会話聞いてた!?」


 のんびりとした様子の聖騎に彩香は驚きの声を上げる。しかし聖騎は態度を変えない。


「自我を失わないように、自分に幻聴を聞かせて暗示をかけてあるんだよ」

「へぇ、どんなの?」


 興味本位で聞いた彩香に、聖騎は幻聴を聞かせる。すると彩香は発狂する。


「彩香ちゃん!?」

「神代君、彩香に何を見せたのよ」


 平子と真弥が聖騎に食って掛かる。聖騎が幻術を解除すると、彩香は荒い呼吸をする。


「ハァ、ハァ……アンタ、マジでこれを聞いてんの?」

「うん」

「正気じゃないわね。……これはこれで頭がおかしくなりそう」


 地面に座り込んだ彩香は息も絶え絶えになりながら言う。


「続けるかい?」

「やめてくれ……。でも、これを食べてあたしがおかしくなったら頼むわ」

「わかったよ」


 そう言って彩香は皿の料理を口にする。真弥達も互いに顔を見合わせながら食べ始める。水の入ったコップを口につけていた剣人は思い出したように言う。


「話が逸れたけどさ、どうすんだよこれから」

「このまま抵抗しなければ明日も明後日もここにいるように言われるかも知れないからね。深夜にこっそり出て行く事を考えているよ」

「こっそりって上手くいくのか?」


 剣人は不安げに聞き、由利亜や平子もどこか心配そうな様子を見せる。聖騎がふと周囲を見回すと、ウェミナハルと談笑している奴隷商人が白ローブを着て、王国民の注ぐ酒を飲んでいた。


(あれ、いつの間にいたのかな?)


 元々ウェミナハルは広場にはいなかった。それにも拘らず彼がここにいる事を聖騎は訝しむが、質問されていた最中だったこともあり思考を止める。とりあえず、洗脳された様子の奴隷商人を見て、彼の事は置いていこうと心の中で決めながら聖騎は答える。


「その辺りは考えているよ」



 ◇



 そして夕食後聖騎達は宿へと案内された。ここで聖騎には誤算があった。聖騎達には一つずつ部屋が与えられ、各部屋に世話役の人間がいた。当然ながら、聖騎達は監視役なのだろうと判断する。作戦開始時には聖騎が幻聴で指示を送るという旨を伝えた。聖騎に割り当てられた部屋では背の高い女が待っていた。


「必要なことが有れば何なりと仰せつけください。夜の伽にも御付き合い致します」


 そう言って女は白いローブを脱ぎ、下着が露になる。


「出て行ってくれませんか?」

「その要望にはお答えできません。あなたの世話をするようにと陛下からは仰せつかっておりますので」


 聖騎の要求を女は跳ね除ける。一見無感情だが、若干怒っているように聖騎には思えた。


(宿に入る前に僕の性別を聞かれたのはこの為か。欲望に溺れる猿は僕の仲間にいるのかな? ……早めに手を打たないとまずい事になるかもしれない)


 思考しながら、聖騎は女を冷めた目で見る。そして左手を軽く挙げる。


「どうかなされました?」

「いや……やっぱり頼んでみようかと思ったんですよ。夜伽というものを」

「そうですか。では準備――」


 女がベッドに向かおうと背を向けた瞬間、聖騎は懐からナイフを取り出し、斬りかかる。女は瞬時に回し蹴りをしてナイフを彼の手から落とす。


「あなたのその粗末なナイフでは私を逝かせられません」

「それは残念」


 聖騎がそう答える頃には、女によって関節を極められて身動きが取れなくなっていた。


「私は本当に悲しいです。あなたはこの国に敵対するつもりなので――」


 そこまで言いかけた女の背中から血が噴き出す。


「な……にを…………」


 その問に聖騎は答えない。見る見るうちに女の体中には切り傷が出来ていく。


「き……さま…………」

「よくやってくれたね。妖精君」


 聖騎は女には目もくれず、崩れ落ちた彼女の背後に向かって言う。女が脳内に疑問符を浮かべているとその場には、青い髪と背中の羽が特徴的な少年――妖精族のツンが立っていた。女は驚愕に目を見開く。


「異種族!」

「まったく、別にこんな回りくどいやり方しなくても、お前だけで何とか出来たんじゃねぇか?」


 元々聖騎が持っていたナイフをお手玉のように遊びながら、ツンは言う。透明化しているツンの存在をどこにいるのかを知る事が出来るのは聖騎だけであるため、彼は聖騎と共に部屋に来ていた。そして聖騎は幻聴によって女に声を聞かれることなく行動を指示した。


「僕と君のコンビネーションで一人の相手を倒すという事に意味があるんだよ。どうかな? 人族至上主義なこの人を殺した感想は」


 女は静かに息絶えていた。ツンは不快そうにボソリと答える。


「人族ならこれまでだって何度も殺してきた。それに対して思うことは無いが、お前と一緒にってのは気に入らない」

「そんな口の聞き方でいいのかなぁ?」


 聖騎はにっこりと笑う。彼に見せられたゴキブリの幻視を思い出したツンの背筋が凍る。


「冗談だよ。さて、他のみんなを呼ぼう」


 聖騎は精神を集中させ『第六感』の精度を上げる。この宿にいる人間がどこにいるかを感じ取る。そしてその全てに幻聴によって「スタート」という言葉を聞かせる。第六感を使い慣れていない聖騎には、人の存在を感じることは可能でもそれが誰なのかは判別する事が出来ない。先程女が脱ぎ捨てたローブを見にまとっているとツンが声をかける。


「あいつらも部屋にいる奴らからそれを奪うんだろ? 大丈夫なのか?」

「大丈夫だよ。みんな僕より肉弾戦は得意だから」

「そっか」


 ローブを着た聖騎と再び透明化したツンは部屋を出る。二人がしばし待っていると続々とローブを上に来た龍と平子が廊下に出てきた。


「早かったですな」

「本当はこの国の人達が寝静まってからにしたかったけれど、なんとなく急がなくてはダメな気がしたからね」

「わ、私は別にマッチョイケメンに抱かれたいとか思ってないんだから!」


 龍と聖騎が会話をしていると、平子が顔を赤らめて言う。そんな彼女にジトリとした視線を一同は注ぐ。


「う、うう……ごめんなさい!」

「別に謝らなくていいよ。実際には何もしていないんだよね?」

「だって……恥ずかしくて……」


 そんな話をしているうちに、ローブを着た勇者全員が廊下に出た。ここからは国を出るまでのルートを調べた龍が先頭となって行動する。人の気配は聖騎が感じ取り、出来るだけ戦いは避ける様にして逃亡する。

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