人間至上主義国家(1)
聖騎達が乗る馬車は今日も進む。幾つかの国を通る過程で元奴隷達を故郷に帰し、国を巣食う魔族を倒しつつ彼らはハヌマニル王国にたどり着く。この小さな国の西に位置するのが、ラートティア大陸西端の国・ネクベト王国である。
「ハヌマニル王国はあまり他の国と関わらない、閉鎖的な国家みたいだね。図書館にあった本にも詳しい説明はなかった。怪しげな国とだけ書かれていたよ」
「わ、私も良い噂は聞かないのですが本当に入るんですか……?」
「北も南も森だからねぇ、馬車で通るのは難しい。それに……本にもまともに情報が載っていない国には興味を引かれる。君は何か知っているかな?」
怯えながら問う奴隷商人にあっけらかんと答えた聖騎は無愛想に荷室の隅に座るツンに質問する。ツンは神妙な顔で答える。
「長老様がハヌマニルは危険だと言っていた。詳しいことは知らないが、絶対に行くなと」
長老とはスクルアンのリーダーのような存在だろうと聖騎は考える。そして、絶対に行くなと言われると余計に彼の興味がそそられた。彩香や龍、真弥、蛇も興味を示す一方で剣人、由利亜、平子は身を震わせる。面白そう、怖い、等の声が荷室の中に響くが急に馬車が止まる。ハヌマニル王国を覆う城壁の前に着いたのだ。止まった馬車のもとに、ハヌマニル王国を囲う城壁を守る兵士が近寄る。これまでに聖騎が見てきた警備兵は例外なく分厚い鎧を着ていたが、ここにいる二人の男は純白のローブを身にまとい、フードを深く被っている。胸の部分には人の体のシルエットのようなものが黒く描かれている。
この世界の衣服が、ステータスの数値に影響する事は少ない。逆に言えば、着る事でステータスに影響する衣服も存在する。ただ、そのような衣服を作るには魔術を使いながら緻密な作業が必要とされており、非常に貴重かつ高価である。それ故に、大国の王族・皇族や強力な戦士以外で手に入れるのは困難である。なお、聖騎の仲間の一人が『織り』というユニークスキルを持っており、簡単にステータス付加効果を持つ衣服を作る事ができ、勇者全員がそれを着ている。なお、その者は現在東の大陸への旅の道中で服を売り、大儲けしている。
話を戻すと、ステータス付加効果付きの衣服は希少価値が高いため、多くの国の一般兵士には金属製の鎧が与えられる。よって、布製の服を着る兵士は珍しい。
(普通に考えれば、金属が貴重だから布製の制服しか作れないからこれを着ているというところかな。他の国との交流が無くて金属が採れなくて、布を使うしかない……とか)
荷室から顔を覗かせた聖騎はそんな感想を抱く。
(だけれど、妖精君の言う長老様とやらの言葉を信じるならばこの国には何かがある。……知りたい。僕はこの国の事が知りたい……!)
気になる事に対しては貪欲に知識を求める聖騎は無意識に笑みを浮かべる。それが一瞬視界に入った由利亜は顔をひきつらせる。その最中、兵士の一人は奴隷商人に話しかける。
「ようこそ。ハヌマニル王国へは何か御用でしょうか?」
「我々はネクベト王国へと向かっている。その為に通過させて頂こうと思っている」
「つまり、入国されるのですね?」
「そういうことになるな」
丁寧な態度で接する兵士に、奴隷商人は尊大に答える。するともう一人の兵士が目にも止まらぬ速さで弓を構え、十本の矢を放つ。奴隷商人が悲鳴を上げる前に、全ての矢はそれぞれ二頭の馬のいたるところを貫き、命を奪う。呆気に取られる奴隷商人の内心を知ってか知らずか、先程から彼と話していた方の兵士が布のマスクの中で笑いながら丁寧に頭を下げる。
「ようこそ。人間至上主義国家・ハヌマニル王国へ。私達は皆様を歓迎いたします。安心してください。お荷物は私達の仲間がお運びします」
「貴様! よくも私の愛馬を!」
長年連れ添った馬を突然殺されて憤慨する奴隷商人。それに対し兵士は当たり前のように言う。
「申し遅れましたが、この国は人族以外の種族の入国を禁止しております。入国しようと企む人族以外の種族は、発見次第殺します。……ああ、今回は多目に見ますが、次に異種族を入国させようとした場合はあなたも殺させて頂きます」
奴隷商人は怒りながらも顔を青ざめさせる。馬車の中には妖精族であるツンがいる。荷室を覗き込んで聖騎に指示を求める。聖騎は問題ないと言ってから小声でささやく。
「妖精君は体を透明化。何かがあったら『防ぐ者』が中心となって守って。攻撃を受けたら透明化が解けてしまうからね」
『防ぐ者』草壁平子を筆頭として一同は緊張したように頷く。そして彼らは荷室を出る。
「私達も入国して良いですか?」
「もちろん。歓迎しますよ」
荷室を出た真弥が聞き、兵士は頷く。実はこの班のリーダーは真弥であり、彩香がサブリーダーである。奴隷商人と勇者八人、そして透明化したツンは二人の兵士に連れられて城門をくぐる。すると、別の兵士が中で待っており、彼が聖騎達の案内をする。
「まずは皆様をウェミナハル・ハヌマニル国王陛下のもとにお連れします。陛下に気に入られてこそ、真に入国を認められるのです」
「き、気に入られなかったらどうなるんですか?」
「一瞬にして存在ごと消去されます」
「消去……」
「ああ、ご安心を。私は今まで一度も消去された例を聞いたことがありません」
質問した真弥は返答に戦慄する。平子や由利亜はいつツンの存在がバレないかとヒヤヒヤしている。そんな彼女達の様子に気付いた兵士は声をかける。
「そう緊張なさらないで下さい。陛下は慈悲深い御方。その全貌は我々人族には理解できぬ存在ですが、素晴らしき御方である事だけは分かります」
「はぁ、そうですか……」
曖昧に答える平子は、カルト宗教的なものではないかと考える。同じく察した彩香はあからさまに気味悪がるような顔になる。すると、龍が聖騎に耳打ちする。
「この街を色々と観ていたところ、全体的に宗教臭いですな。至るところに石像が設置されていて、色々な人が祈っているのが見えますな。正直我はここに来たのを後悔してますな」
「まぁ、ここまで来てしまった以上、どうしようもないよ。それにしても、どのような人物なのだろうね、公王陛下という人は」
「楽しそうですな」
「そうかな。それにしても、この国は小国ながらもなかなか裕福なようだね。色々な国を見てきたけれど、その中でも際立って建物がしっかりしている気がする。老若男女、誰も彼も表情が分からないけれど、心なしか民には余裕があるように見える」
そんな会話をしていると、エルフリード王国の王宮に匹敵するほどの立派な建物が聖騎達の視界に入る。彼らを案内していた二人の兵士は、その建物の門番をしている兵士と会話をする。すると門番は建物の扉をゆっくりと開ける。そして案内役の兵士に入るよう言う。
「では皆様、私の後に続いてお入りください」
その豪華な建物へと一同は入る。中では兵士や民とと同じ様に、白いローブを着ている女が数人待ち受けており、一斉に頭を下げる。その中の一人が前に出る。
「ようこそ、ハヌマニル王国へ。ウェミナハル国王陛下は皆様をお待ちしております。では、こちらへ」
今度はこの女が案内役となった。一同がツンの事を心配したり、この国全体に蔓延る異様な雰囲気を気味悪がる中、聖騎だけは楽しげに歩くのだった。