光撃一掃
(うん、流石にこれを全部相手にするのは難しいね)
遠方に見える軍勢に聖騎は内心で呟く。
(それなら、全部を相手にしなければ良いだけだよね)
聖騎は軍勢の中で影響力を持っていそうな者を見繕う。まずは空を飛ぶ妖精部隊の先頭にいる者達数匹に目をつける。
(さぁて、妖精もゴキブリは嫌いかな?)
彼らに見せるのは昨日鎧の者達に見せた、沢山のゴキブリがカサカサと音をたてて自分の体に登ってくるイメージ。彼の期待通り妖精は急に苦しむような奇声をあげ、それによって仲間達は動揺し、隊列が乱れた。そこに聖騎は幻聴を送る。
『やぁ、妖精君。突然だけれど、君が今見ているものは僕が見せているものだよ』
現在聖騎には、遠くにいる妖精たちの声を聞く事が出来ない。だから彼は一方的に告げる。
『もしもこれを止めて欲しいのなら、今から僕の言う事に従ってくれるかな? まずは君の仲間をざっと20人倒して欲しい。出来るかな?』
妖精達は躊躇する。だがそれは、しばしの間だった。頭から離れない悪夢から一刻も早く解放されるために、断腸の思いで仲間に魔法攻撃を放つ。空で炎が燃え、風が吹き荒れ、雷が鳴る。それを尻目に聖騎は同じことを他の妖精族や鎧の騎士達に行う。見る見るうちに彼の目の前には地獄絵図が広がる。手を震わせながら顔をよく知る友人を殺したと思ったら、別の友人が泣きながら自分を攻撃する。そしてその友人も別の友人に殺され、妖精達はボトボトと落ち、騎士達はバタバタと倒れる。それでもなお、脳内の悪夢は消えない。そして幻覚を見せられていない者も恐慌状態に陥り、訳も分からずただがむしゃらに仲間を攻める。
「あははははははは! あははははははははははは!」
手も動かさずに敵が目の前で倒れていく現象に、聖騎は高笑いが押さえきれない。彼の足元に倒れている奴隷商人は惨状に戦慄して、失禁していた。
(でも、せっかくこんなに倒しているのに経験値が入らないんだよね)
ハイドランジア戦後に手に入れた称号『心抉の外道』の効果により、精神攻撃によってある程度のダメージを与える事が出来る。しかし今、主に彼の敵に攻撃をしているのは彼自身ではない。だから彼は、杖を構える。
「リート・ゴド・レシー・サザン・ト・サザン・ラヌース・ファーヌ」
聖騎の杖からは千本の光の槍が扇状に飛ぶ。彼が杖の先端を上下に動かすことにより、地上と上空の敵を同時に攻撃する事が出来る。槍の激流が止むころには、空を飛んでいる妖精、そして立っている騎士の数はわずかになっていた。だが彼らはみな、放心状態だった。そんな彼らに聖騎は声を送る。
『ねぇ、今から僕のいう事をよく聞いてくれるかな』
彼らに断るという選択肢は無かった。
◇
そして現在、聖騎達は馬車に揺られている。馬を操っている奴隷商人は聖騎の実力を間近で見ていた為か、必要以上に聖騎に胡麻をするようになった。聖騎から話を聞いた彩香は呆れる。
「ホントにアンタは無茶苦茶ね」
「そうかな」
妖精族に憧れていた女子組は、聖騎が作った光景にショックを受けており、特に真弥と平子の落ち込み様は半端ではない。起きた状況の説明を終えた聖騎は、その後妖精族から聞いた話を説明する。
「僕達が先程までいたセレネタルは魔族に制圧されて、今はカレックスという魔族が牛耳っている。いや、今は牛耳っていた、と言うべきかな。たった一人でセレネタルに乗り込み、住民を支配下に置いたとか」
「そのカレックスは我々が倒しましたな」
「兵士を神代氏の元に送ろうとしているのを確認したので、城に乗り込んできましたぞ」
「口ほどでもなかったな」
龍、蛇、剣人が胸を張って口を挟む。龍と蛇はユニークスキルを使って領主が住む城を探していた。そして、大勢の妖精族と人族の兵士を発見した。三人は早速城へと向かい、龍と蛇が外の敵と戦っている間にユニークスキル『消え』によって自分の体を透明化させた剣人が城内に入り、両手に1本ずつ持った剣で鎧の兵士をばっさばっさと倒していき、最奥にいたカレックスをも戦闘不能にした。聖騎は軽く咳払いをして、言葉を続ける。
「妖精族の一部は魔王軍に協力している。カレックスに協力していたのはスクルアンという種類の妖精族。『消える者』の能力に似た魔法で自分の体を消し、他にも色々な種類の魔法を操る種族だね。加えて、同じ種類の妖精族はある一定の範囲であれば離れていても会話が出来るみたい。透明化した彼らの一人は僕達が乗っていた馬車に潜んで、その様子を仲間に報告していたんだ。また、カネックスは周辺地域から人を攫っていたんだ。兵士として使う為にね。それに使う馬車一台につき、一人腕利きの兵士とスクルアンを乗せて、兵士が人を捕まえる役割を、スクルアンは状況を伝える役割を担った。御者さんには彼らが乗っていることは伝えられていなかったみたいだけれどね」
聖騎は虚空をポンと叩く。すると一匹のスクルアンが怯えた表情で立っていた。女子メンバーはそれに反応する。
「ああっ、妖精さん」
「可哀想に……酷いことをされたのね」
「まったく誰だ、こんな可愛い子をこんなに怯えさせるのは」
「大丈夫です。私はあなたの味方ですよ」
平子、真弥、彩香、由利亜が順に言う。予想外の展開に流石の聖騎も驚く。
「いやいや、コレは僕達に敵意を持って……」
「神代君、酷いよ」
「悪魔ね」
「クズ野郎」
「コレ呼ばわりはあんまりだと思います」
弁明する聖騎に容赦なく、言葉の刃が次々と飛ぶ。助け船を探そうと他の男子メンバーを見るが、彼らは揃って目をそらす。三人とも、否聖騎を含めて四人とも、元の世界ではまともに女子と話した事は無い。故に、この場においては女子メンバーが強者だった。由利亜はスクルアンの元へと歩いていき、ぎゅっと抱き締める。するとスクルアンは苦しそうにもがく。
「は、放せ人族!」
「す、すみません……。私、妖精さんが可愛くてつい……」
「ハァ……ハァ……この、俺達を妖精と一括りにする劣等種族が」
「ええ!?」
スクルアンの険悪な態度に由利亜は驚く。可愛らしい見た目からの汚い言葉に彼女はギャップを感じた。
「調子に乗らないの」
「くっ!」
彩香がスクルアンの額に指を弾く。スクルアンは額を押さえて床を転げ回る。
「何をする! 劣等種族」
「あたしは彩香。分かる? あ・や・か」
「くっ……生意気な」
「生意気なのはアンタよ!」
更に指を弾く。攻撃力のステータスが高い彩香のデコピンはかなりの破壊力を持つ。スクルアンには彩香が思っている以上の威力の攻撃が与えられている。 彼の目にはうっすらと涙が滲む。
「ア、ヤカ……」
「はーい、よくできました」
彩香はスクルアンの頭をくしゃくしゃと撫でる。嫌がるスクルアンは手をはね除けようとするが、彩香の力は強い。その様子を退屈そうに見ていた聖騎はゴキブリの幻視をスクルアンに見せる。スクルアンの体はビクリと跳ねる。
「どうしたの、妖精――って呼ぶと怒るんだっけ。えっと、どうしたの、スクルアン君」
「な、何もない」
スクルアンは横に首を振る。それに興味を示さず、聖騎は口を開く。
「今後彼には僕達と共に行動し、他のスクルアンとの連絡役になってもらう。この大陸各地に散らばるスクルアンや他の妖精族の情報を集めてもらい、また、僕の都合の良いように情報を流してもらう。つまり、僕達の仲間だ」
「いや、その理屈はおかしい」
剣人が思わず突っ込む。
「えっ?」
「仲間って言うか、ただ利用してるだけだからそれ!」
「人でなし」
「あなたには魔王の血が流れてるわ。間違いない」
剣人に続き、平子と真弥が口々に言う。そして、話すのが面倒になった聖騎は黙る。そこでふと、由利亜が発言する。
「ところであなたは妖精族の中のスクルアンっていう種族? なんですよね。あなた自身の名前は何ですか?」
その言葉にスクルアンは一瞬だけ興味を示す。しかしすぐに無愛想に戻る。
「そんなものは必要ない。お前達劣等しゅ……人間と違ってな」
先程のデコピンを思い出したのか、スクルアンは言い直す。気分を害することなく由利亜は聞き返す。
「え? お名前は無いんですか?」
「……ああ、俺という個体に名前は無い」
「それじゃあ、名前を私達があげる」
その提案にスクルアンは反応を見せる。しかしすぐに何事も無かったかのように繕う。
「……必要ない」
「またまたー、そうツンツンしないで」
「決めた! ツンツンしてるからツン君ね」
彩香の言葉を受けて、真弥が命名する。
「それは安易すぎでは……」
「でも、良いと思うよ。呼びやすいし!」
「ああ、ツンか。良い名前だな」
由利亜、平子、彩香が感想を言う。彼女達は揃ってスクルアンを見る。
「……勝手にしろ」
呟くスクルアン改めツンはそっぽを向いて呟く。その頬はうっすらと青くなる。
(血が青いから頬も青くなるんだね)
そんなことを聖騎は思うのだった。