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はじめての妖精族

 聖騎達が泊まるこの建物の二階にある客室前の通路。ここには鎧を着た五人の男女が立っていた。彼らはひそひそと話す。


「なあ、マジでここに泊まってるガキがつえーの? どんな手品を使ったか知らねーが、ジョンを倒して馬車を乗っ取ったっつーけどよ」

「ふんっ、奴は我ら騎士団の中でも最弱クラス。とんだ面汚しね」

「無駄話は終わりだ。さっさと全員まとめて捕まえるぞ……がああああああ!」


 急に、彼らの中のリーダー格の男が苦悶の声を上げて床に転がりだす。自分の右足を両手で激しくかきむしる。


「おい! どうしたんだよ!」

「うあああああああ!」

「きゃああ! いや! 来ないで!」

「やめろ……やめてくれ……」


 一人の男を除いて、全員が何かに怯えるように悶え苦しんでいる。


「何だよ……何が起きてんだよ」

『それは僕の方こそ聞きたいのだけれど』


 男は声のする方を探す。しかし、声の主の姿は見えない。


「どこだ! お前はどこにいる!?」

『その前に僕の質問に答えてよ。そこで無様に倒れている君のお仲間みたいになりたくなければね』


 男は仲間達に目を向ける。その誰もが赤子のように泣き叫んでいた。目の前で起こる謎の現象に、男の心は恐怖に支配されていた。


「わかった! 何でも答えるから俺だけは助けてくれ!」

『君達は何者? ここで何をしようとしていたの?』


 少年とも少女ともつかない中性的な声は、淡々と質問する。男は声を震わせながら答える。


「お、おお、俺はキゴーク。セレネタル騎士団に所属している。こ、ここここにいたのはお前……あなた達を、その……」

『はっきり答えてよ。僕は正直な人が大好きだから』

「は、はい! あなた達を、ら、拉致して奴隷にしようと……」

「何こんな夜中にブツブツ言ってんの?」


 顔中から脂汗を出しながら答えるキゴークに対して聞いたのは、外の喧騒が気になって室外に出た土屋彩香だった。


『ああ、ちょっと僕とお話してたんだよ』

「ホントにアンタはやることが陰湿だね。で、コイツがあたし達の事を奴隷にしようとしてたって?」

『うん。ところでそちらの部屋のみんなは眠っているかな?』

「外がうるさくてみんな起きてんよ。そんであたしが様子を見ようと外に出たら、釣り上げられたマグロ4匹と、なんか汗をダラダラたらしてるオッサンがいたって訳だけど。つーかこうやって話してるとあたしがイタい人みたいだから、アンタも出てきてよ」


 彩香は不機嫌そうに、脳内に声を送ってくる聖騎に愚痴を言う。聖騎は部屋のドアを開けて通路に出る。


「まあ、とにかく、君は誰に言われてここに来たのかな?」

「は、はい……カレックス様です」

「誰よそれ」

「こ、ここここのセレネタルの領主でして……」


 彩香も訊問に参加する。言葉だけは優しいがやることがエグい聖騎と言葉遣いが厳しい彩香。二人に話しかけられ、キゴークは震える。


「その領主様がどうして僕達を? 君達は僕達がここに来るまでの出来事を知っているようだけれど」

「そ、そそそそれは!」


 その話題になった途端、キゴークの顔色がより一層悪くなる。


「うん? 何か答えてくれないとお仲間と同じ目に遭わせちゃうよ」

「ひ、ひい! それだけは……それだけはどうしても……! ひああああああ!」


 キゴークは絶叫する。聖騎は一瞬だけ彼に幻覚を見せた。黒く、カサカサと走る虫が自分の体によじ登ってくるイメージは彼にとって衝撃的だった。


「ねえ、答えてくれないと、今の映像をずっと見せ続けちゃうよ?」

「うわああああああ! いやだあああああああああああああああ!」


 ただ感情のままに吼えるキゴーク。その絶叫に、この宿屋にいた者達が続々と集まってくる。


「彩香……どうしたの?」

「神代君、大丈夫?」


 真弥と剣人が同時に言う。龍や蛇、平子に由利亜、そして元奴隷たちも状況の説明を求める。彼らには彩香が説明をする一方で、聖騎はキゴークの体に触れる。なお、奴隷商人はこの場にはいなかった。男元奴隷が二人残って彼を押さえ付けているのだ。


「いやぁ、気になるなぁ。君がそこまで怯えるのには何か理由があるのだろうなぁ。僕達は明日にはこの街を出るのだけれど、不安要素は全て無くしておきたいんだよ。ねぇ、僕とその人どっちが怖い?」


 キゴークは震えながら口をパクパクとする。言うか言わないか、彼の中の天秤は激しく揺れていた。最初の一文字までは発音するのだが、それ以降を口にできない。


「あっ……あっ、あっ…………」

「やれやれ、これは人選を間違えたかな?」


 既に気を失っているキゴークの仲間達を見ながら聖騎は呟く。いつしかキゴークも気絶していた。


「彩香ちゃん、私達大丈夫なのかな……」


 平子が心配そうに言う。判断に迷う彩香は、せめて安心させようと何も言わずに彼女を抱きしめる。


「これは眠れないな……」

「見張りは我らが引き継ぎますぞ。黒桐氏と神代氏は寝てくれて構いませんぞ」

「そうですな」


 剣人は眠そうな呟きに、蛇と龍が笑顔を浮かべる。しかし剣人は食い下がる。


「でも、約束では明るくなってからじゃ……」

「別に良いですぞ」

「我らのユニークスキルの方が見張りにはうってつけですしな」

「そう……だね。ありがとう、じゃあ頼むよ」


 二人に説得されて剣人は納得する。そこに、笑顔を浮かべた彩香が口を挟む。


「ねぇねぇ、何の話?」


 剣人の顔が強張る。彼が黙っていると彩香は語気を強める。


「ねぇねぇ、見張りって何の話?」

「えー、いやー、そのー」


 先程のキゴークの様に何も言えなくなる剣人。すると彩香は語気を強める。


「ねぇ、こっちにはか弱い女の子が4人いるんだけど。だからこっちの部屋を守ってくれる騎士ナイト様がいてくれたらなー、なんて」

「う、うん……分かったよ」


 控え目に承諾する剣人。だがそこで、元女奴隷が会話に加わる。


「いや、その役目私達にやらせてください」

「えっ……」


 困惑する剣人。すると元男奴隷も開口する。


「俺達を解放してくれた恩、絶対に忘れないぜ。俺はお前達の部屋の見張りをする。だから思う存分寝てくれ」


 そう言われた龍と蛇は顔を見合わせる。彼らは断ろうと思ったが、元奴隷達の真剣な眼差しを見てお言葉に甘えることにした。



 ◇



 翌朝。宿屋一階の酒場で朝食をとった聖騎は、都市のはずれに止めてある馬車の前で奴隷商人を問い詰める。御者をやってもらう都合上しっかりと休ませたが、昨晩の出来事についての話を聞かなければならない。


「知らない! 私は本当に何も知らない! ……でも」

「でも?」

「なんでもない! これ以上何か言ったら私はあの方に殺されてしまう!」


 失言に気付いた奴隷商人はガタガタと震える。聖騎は彼に微笑む。


「それって、僕とどっちが怖い?」

「ひっ、ひいいいいい!」

「大丈夫、目的地に着くまでは君の命は保障するよ。さあ、言ってみて」


 聖騎の不気味な雰囲気に屈した奴隷商人は意を決して口を開ける。


「はい! ちゃんと言います! 実はこの街は……魔王軍の傘下に入っておりまして……」

「リート・ゴド・レシー・ファイハンドレ・ト・ワヌ・スフアン・ラープン」


 突然聖騎は呪文を唱える。聖騎と奴隷商人を囲むように球体状のバリアが発生する。聖騎は何もない場所に首を向けて言う。


「『消える者ディスアピアラー』ではないね。君は誰かな?」


 剣人の異名を口にする聖騎を水流が襲う。しかしバリアがそれを阻む。すると奴隷商人は尻餅をつく。


「ひいい! 私は何も言ってません!」

「チッ」


 奴隷商人の情けない声の後に舌打ちが鳴る。今更ながらに「攻撃は絶対に防ぐけど光や音は通すのは都合がいいな」と内心で思いながら、聖騎は呟く。


「そこだね」

「ぐううううっ」


 呻くような声が響くと同時に、その場に人影が現れる。だが、聖騎はそれを人ではないと判断した。背中に一対の羽がある人間など、彼に見覚えは無い。だが彼は、本の知識で羽を持つ人間のような生物の存在は知っていた。


「妖精族だね」

「俺に何をした、人族」


 妖精族と呼ばれたそれは尖った耳を手で押さえながら問う。その表情は怒りに満ちていた。その表情に奴隷商人は怯むが、聖騎の様子は変わらない。


「へぇ、妖精族は身体を透明化することができるんだね」

「俺達は『スクルアン』だ。知能が低く、俺達を妖精族と一括りにするしか出来ない貴様ら人族には覚えられんだろうがな」

「すがすがしいほどにブーメランだね。それなら僕も黄色人種だと言っておこうかな」

「訳のわからない事を言うな。劣等種族が」


 ちなみに聖騎の肌は標準的な日本人に比べれば白い。ブーメランという皮肉か、それとも黄色人種という言葉か、どちらが通じなかったのかを聖騎が考えていると、青い髪の妖精スクルアンは両手から水流を放つ。しかしそれもバリアによって遮られた。


(結局透明化できるのは妖精族全般なのか、スクルアンという種族限定の能力なのかわからないけれど、今はどうでもいい。重要なのは相手が透明化するという能力を持っている事)


 思考を巡らせながら、聖騎は神御使杖を構える。


「リート・ゴド・レシー・トゥハンドレ・ト・サザン・ニーフ・レーン」


 詠唱を終えた聖騎の杖からは光の刃が雨の様にスクルアンへと飛んでいく。スクルアンは空中に回避しようとするも、あまりの攻撃の激しさに動けず、致命傷を負う。


「この……生意気な……」

「さぁて、お話を聞きたいなぁ……おや?」


 聖騎はいくつもの気配がこちらへと近づいてくるのを感じとる。それは大勢の鎧の軍勢と、背中に羽を生やした妖精族だった。


「ふんっ、この俺を追い詰めた貴様であろうと、この数を相手にしては無様に散るしかあるまい」


 スクルアンは得意げに笑い、気を失った。


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