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宿泊施設は気が抜けない

 馬車に揺られて聖騎達は、エルフリード王国の西に隣接するノルニトル王国の大都市セレネタルにたどり着いた。どこか寂れた印象を聖騎は受けた。既に空は暗くなっており、馬を休ませるという意味でも今日はこの都市に宿泊することとなった。宿は奴隷商人がいつも使っているものを使用することとなった。この建物は二階建てであり、一階が酒場、二階が客室となっている。勇者八人、奴隷商人一人、そして元奴隷十人を宿泊させるのには高額な金を必要としたが、元奴隷の分の代金は奴隷商人が負担した。勇者はみなそれなりの金は持っている為、自分の宿泊費は自分で払った。男勇者四人、女勇者四人、男の元奴隷に奴隷商人を含めた五人、そして女奴隷六人でそれぞれ部屋を使用することになる。当初奴隷商人は一人で部屋を使用することを訴えたが、勇者や元奴隷達に睨まれ、先に説明したような部屋の割り振りとなった。


「しかし、四人で使うにしては少しばかり狭いですな」


 男勇者部屋では山田龍が感想を口にする。六畳一間程度のこの部屋には二人用ベッドが一つと簡素な棚が一つ。一応四人で寝転がることも可能であるが、落ちないようにするには寝相にはかなり気を付けなければならない。そして床は土足であり、掃除自体はされているとはいえ、日本の標準的な家庭に生まれ、そしてこの世界に来てからは丁寧に掃除がされた王宮で暮らしてきた彼らには床で眠るという選択肢は無かった。どうしたものかと彼らが悩んでいると、勇者の一人である黒桐剣人くろきりけんとが発言する。


「この街の治安が良いのか分からないし、二人はベッドで寝て二人は見張りをする、というのはどうかな? ある程度時間が経ったら交代って事で」

「ある程度とは?」


 聖騎は質問する。この世界には日時計や水時計などの時計は存在するが、彼らが今いる部屋に時計は存在しない。よって、時間を計測する事は困難である。その指摘に剣人は黙る。龍や蛇とは元々仲が良かったが、大人しい性格である彼は聖騎に多少の苦手意識を抱いている。そんな彼のフォローをするように、蛇が口を開く。


「いっそ空が明るくなり始めるまで、というのはどうですかな? 最悪、馬車の中で眠ればいいと思いますな」

「それはすぐに寝る人と見張りをする人で不公平な気がしますぞ。しかし、基準が分からない以上それも仕方ない気もしますぞ」


 龍は消極的ながら賛成する。


「うん、オレもそれでいいと思う。じゃあオレは見張りをやるよ」

「いやいや、ここは公平にジャンケンで決めましょうぞ」


 挙手した剣人に龍が提案する。剣人としては申し訳のない気持ちになったが、蛇と聖騎が賛成したため、四人でジャンケンをして負けた二人が見張りをすることとなった。数回のあいこを繰り返した結果、負けたのは聖騎と剣人だった。龍と蛇は若干申し訳なさそうな顔をしたが、剣人が説得して二人は眠りについた。


「……」

「……」


 下の階の酒場の喧騒が部屋に響く。聖騎は暇つぶしがてら、由利亜が描いた地図を眺める。この地図には聖騎が本を読んで得た情報を簡単にメモしてある。馬車の中でも散々読んできたが、特にすることもない彼は退屈に思いながらも地図に目を走らせる。そんな彼に目を向けながら、剣人はソワソワとしている。


「……」


 剣人の視線を少し鬱陶しく感じた聖騎は話しかける。


「ねぇ」

「えええええっ!?」


 急に声をかけられた剣人は驚いて大声をあげる。


「二人は今寝ているのだから、静かに」

「ご、ごめん……」


 淡々と注意する聖騎に謝る剣人。聖騎はやれやれと首を横に振りながら口を開く。


「別にいいよ。暇を持て余していたからたまには同級生との何気ない会話、というものをしてみようと思ったのだけれど、構わないかな?」

「う、うん」


 聖騎の申し出を意外に思いながら剣人は頷く。


「この世界について、君はどう思う?」

「ええ……?」


 いきなりのざっくりとした質問に剣人は表情を困らせる。聖騎もそれを自覚したのか、先に自分の考えを口にする。


「そうだね。君も知っていると思うけれど、僕はこの世界が電脳世界なのかもしれないと考えている。確かにこの世界は作られた世界なのだとしたら、あまりにもリアルだ。だけれどね、それでも僕は、ゲームのようにレベルとかステータスというものがあるこの世界が、自然なものとは思えないのだよ」


 それを聞いて、少し考えてから剣人は答える。


「……確かにオレも、この世界がゲームなんじゃないかって思ったよ。でも、アニメとか映画とかだと電脳世界に行く話では大抵、なんかのデバイスを使うんだよ。頭にかぶるヘッドギアみたいなのとか、ケータイとかスマホっぽい機械とか。あの時オレ達はただ普通に教室にいただけ。それなのに突然電脳世界にいかされるなんて、考えられない」


 剣人の言葉を聞いた聖騎は問う。


「あの教室自体が、デバイスだとしたら?」

「え?」

「天振学園は十年前に創られた比較的新しい学校だったね。僕達の世界とこの世界を繋ぐデバイスとして校舎を造り、理由は分からないけれど僕達をこの世界に送った、とか」


 その仮説に剣人は驚愕の声を上げる。


「それはおかしい!」

「しっ」


 聖騎は口の前に人差し指を立てて剣人を嗜める。


「ごめん……とにかくそれはおかしいよ。だってオレ達はどこにでもいるような普通の中学生だ。そんなオレ達がなんで……」

「あくまで仮説だからあまり本気にしないで欲しいな。ただ、もしかしたら僕達は元々、普通の中学生ではなかったのかも知れない」

「えっ……?」


 剣人は絶句する。中学生である彼は元の世界にいた頃から、年相応に「もしも自分に何か特別な能力があったら」という妄想を時折していた。しかし、「自分はそこまで特別な存在ではない」事を理解する程度には精神は成長している。そんな自分よりも精神年齢が高いと考えている聖騎がそんなことを言ったのを、剣人は意外に思った。だが、自分達が何故異世界に飛ばされたのかを考えると「特別な存在だった」以外の理由が彼には思いつかない。考え込む彼に、聖騎は質問する。


「僕は親からの勧めで天振学園の入試を受けた。君は?」

「オレは近所に住んでる先輩が良いって言ってたからだな。その後調べてみたら新しい学校だから設備も良いし、情報工学の授業にも力を入れてるしでオレにピッタリだと思ったから迷わず決めた。というか、やっぱりオレ達が特別な存在だったなんて……」

「そうだね。僕達が天振学園に入ったのは偶然。ならばこの世界に来るのは誰でも良かったのか。それとも……」


 聖騎の脳裏に母親――神代怜悧の顔が浮かぶ。数年に一度しか聖騎の前に顔を見せなかった彼女は聖騎に天振学園に行くように命じた。普段は怜悧の友人と二人で暮らしていた聖騎だが、彼がこの世界に来る日の前夜、怜悧が彼の家を訪れた。そして三人で夕食を食べた事を思い出す。


(あの夜、どうしてあの人はうちに来たのだろう……?)


 聖騎は怜悧がどのような仕事をしているのかを知らない。彼の記憶の中の怜悧は常に二十代半ばくらいの顔で、いつも無表情であった。それ以上の思い出は存在しない。彼は怜悧を好きでもないし嫌いでもない。肉親に対する評価ではないだろうと自覚する聖騎だが、本当なのだから仕方ないとも考える。


「神代君?」


 急に黙り込んだ聖騎を怪訝に思った剣人が呟く。聖騎はハッとする。


「ああ、大丈夫。眠ってはいないよ」

「別に眠っても大丈夫だよ。オレがちゃんと見張ってるから」

「そういう訳にはいかないよ……ッ!」


 眠い目を擦りながら答える聖騎はスキル『第六感』によって部屋の外に気配を感じる。


「誰かが外にいる」

「えっ……?」

「僕は様子を見てくる。君は二人を頼むよ」

「わ、わかった」


 いつしか一階の喧騒も収まっていた。聖騎は自分の神御使杖エンジェルワンドを取り、そっと部屋の扉の鍵を解除し、扉を小さく開ける。そこには、五人程の鎧を着た人物がいた。

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