妖精族の噂
「真弥ってさー、オカンだよね」
図書館にいる聖騎に毛布を掛けて置いていき、王宮内の自室に戻ってきた真弥を見て、彼女の友人でルームメートでもある土屋彩香が呟いた。予想外の言葉に真弥は間抜けな声を漏らす。
「へっ?」
「いつもクラスの連中の世話焼いてるし、今だって神代にわざわざ毛布かけに行ったし。真弥はあたしらのオカンだって」
彩香の言葉に、同じく真弥の友人で、彼女の部屋に遊びに来ていた草壁平子と宍戸由利亜がうんうんと頷く。真弥は照れながら反論する。
「ちょっと待ってよー、それだったら鈴の方が面倒見はいいでしょ」
「いーや、鈴はどっちかっていうと姉ちゃんって感じ。オカンは絶対にアンタだって」
「そうなのかなー?」
首を捻る真弥。すると彼女の右からすすり泣くような声を聞く。真弥がその方向を向くと平子が泣いていた。
「ひ、平子?」
「ぐすっ、うぅ……。あ、だい、じょうぶ、だから……」
泣き続ける平子に、その原因に思い至った彩香がハッとする。
「その、もしかしてあたしがオカンとか言ったから……」
その言葉に反応するように、平子の泣き声のボリュームが上がる。彼女は首を横に振って否定を示すが、三人からすれば強がっているのは明らかである。彩香は慌てて謝る。
「ごめん、無神経な事言って!」
「その……お母さん……、うわああああああん!」
母親の事を思い出した平子は号泣し、つられた由利亜ももらい泣きする。彩香は二人をなだめるが、上手くいかない。すると真弥は二人を両腕で抱き締める。慈悲深い聖母のような微笑みを浮かべて彼女は言う。
「私は二人のお母さんにはなれない。でもせめて、みんなの頼れるような存在になりたい。みんなで元の世界に帰りましょう! その為に私は出来る限りの事を頑張るわ!」
平子と由利亜、そして彩香は真弥の目に炎が灯っているのを幻視する。
「あたしだって自分にやれる事をやってみる。そんで、絶対に魔王ってヤツを倒すんだ」
「私もがんばる。早くお母さんとお父さんに会いたいから」
彩香と平子は口々に言う。すると由利亜が話題を提供する。
「私もやれることが有れば頑張りたいです……。でも、具体的に何をすれば良いのか……。神代君みたいに本をいっぱい読むとかでしょうか……?
」
「いやいや、アレはまともじゃないから。すごいとは思うけど、正直ちょっと引く」
すると真弥がフォローを入れる。
「彩香、神代君だってみんなの為に頑張ってるんだから」
「みんなの為にってより自分の為でしょ? つーか好きでもない限りあそこまで出来ないって。まあ、あの集中力は素直に尊敬するけどさ」
「さっき真弥ちゃんが起こしに行ったときはすごかったよね。体を揺すっても耳元で声を出しても全然反応しないんだから」
四人はその時の様子を思いだし、笑う。この世界に来てからここまで笑った事はなかったな、と真弥はふと思った。ひとしきり笑った後、彩香が開口する。
「そう言えばさっき外でこんな噂を聞いたんだけどさ、西の大陸にいるっていう妖精族が異世界から人間を召喚したって」
「つまり、私達の世界の人がこの世界に来てるって事?」
「ま、そうなるね。あくまで噂だけどさ」
「でも、もし本当だとしたら話してみたいです。どんな風にこの世界に来たのかとか」
「私、妖精さんも見てみたい。可愛いと良いなぁ」
彼女達はまだ見ぬ妖精の話に花を咲かせる。そして最後に、真弥が代表するように言う。
「そうだ、西の大陸、行こう!」
◇
(えーっと、今は何時だっけ)
図書館の机で目が覚めた聖騎は自分にかかっている毛布を不思議に思いながら脳内で訂正する。
(そうだ、何時っていう概念は無いんだった)
今聖騎達がいるこの世界には、元の世界と同じように太陽と月が存在する。また、彼らの住む星は地球のように自転と公転を行う。北や南に行くほど寒くなり、その中間に近づくほど暑くなるという点も地球と同様である。聖騎は窓から射す朝日から、今が朝だと判断する。
(おなか……すいた……)
心の中で呟いた聖騎が体を起こそうとすると、カチャリと音が鳴ったのに気付く。そこには、皿に乗ったサンドイッチのようなものがあった。パンの中にはレタスに近い野菜や、この世界で広く家畜として飼われている鳥の卵を焼いたものが挟まれており、白いソースのようなものがたっぷりとかかっていた。彼がそれにかぶり付くと、そのソースはとても甘かった。かなり頭を使っていた彼にとって、沢山の糖分を取れるというのは嬉しい。
(これはなかなか美味しい)
比較的小食な彼だが、3つあったサンドイッチらしきものをあっという間に食べ終えた。
(さて、読書を再開したいところだけれど……)
そこまで考えたところで、流石に自重するべきだろうと考える。それに、これまで調べた情報をまとめて仲間に報告し、今後の予定について話し合わなければならない。
(とりあえず、部屋まで帰るかな)
いつまでもここに居続けていれば、また本を読みたくなってしまう。そう判断した聖騎は羊皮紙の束と皿を持ってその場を立つ。すると、呆れた顔の図書館管理人である女性が皿を受け取った。このサンドイッチらしきものは彼女が与えたものである。彼女に礼を言い、図書館を出て王宮に入った聖騎が自室に向かおうとすると、部屋の前の通路で4人の少年の姿が目に入る。国見咲哉と仲の良い不良生徒であり、その中の1人は西崎夏威斗だった。ほぼ同時に聖騎に気付いた夏威斗が声をかける。
「よう、神代。しばらく見なかったな」
「どうやら僕はあそこで2回夜を過ごしたらしい」
「知ってんよ。お前頭おかしいだろ」
「いきなり失礼な事を言うね」
聖騎は面倒臭そうな態度で、すぐに部屋を目指す。その態度が気に食わなかったのか、不良の一人が彼を睨みつける。
「あぁ? なんだその態度は。こっちはテメェが引きこもってる間、洞窟でレベル上げしてたんだよ」
「裏技使ったからメチャクチャ上がったぜ。お前には教えねぇけどな!」
もう一人も便乗して聖騎に詰め寄る。彼らは武器を生み出す能力を持つ『創る者』こと佐藤翔と、自分の体を倍に増やす能力を持つ『増える者』こと鈴木亮である。それを無視して聖騎は歩き出すと、もう一人の不良――手に持ったものを投げると、対象に確実に当てる能力を持つ『射る者』の高橋梗が凄む。
「ああ? ナメたマネしてっとブッ殺すぞ」
「やめてよね、本気でケンカしたら僕が君達に敵う訳がないのだから」
「お、おう」
あっさりと引き下がった聖騎に、梗は拍子抜けする。見かねた夏威斗がやれやれと首を振る。
「まぁまぁ、やめとこーぜ。コイツはオレ達にはできない事をやってたんだから」
夏威斗は聖騎が持つ羊皮紙の束を指差す。三人はそろってそこに視線を向ける。聖騎は小さくため息をつく。
「それほど大したことはしていないよ。それはともかく、今回調べた事をふまえて話がしたいから、お昼頃いつもの人達に僕の部屋に来るよう言ってくれるかな?」
「おう、いいぜ。……邪魔して悪かった。じゃあ、また後でな」
「うん」
軽い調子で快諾する夏威斗。聖騎も満足そうに頷き、自分の部屋へと戻っていった。