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情報収集

 エルフリード王国王都エルフリードは大都市である。この世界の中央部に存在する最大の面積を持つ大陸『ラートティア大陸』の中でも屈指の大国であるこの国の王都は、10日程前に王が死亡し王女がいなくなってもなお、それなりの賑わいを見せていた。新王エリオットへの民からの評判も悪くはなく、この世界の人間の脅威となっている魔王軍との戦いに向けて、王都中が闘志を燃やしていた。


 また、この街は人が多い故に様々な噂が飛び交う。「巨人族が魔王軍と同盟を結んだ」「恐ろしく強い集団が北の街セベストスで暴れている」「王都に魔王軍が攻めてきたのは勇者の仕業」「王女は勇者によって暗殺されている」「巨人族がこの国に攻めてきている」など。それらの噂には尾びれや背びれがついて、人々の耳に入る。それはこの世界に勇者として召喚された神代聖騎達も例外ではない。


(うーん。どれもこれも気になるけれど、『観る者ウォッチャー』の能力にも限界がある。信用できて、かつこの世界の色々な事を知ることが出来る情報網が欲しい)


 最初の30日は訓練のみをさせられ、自由時間がほとんど無かった聖騎達だが現在はその実力が認められたことで訓練が免除されている。それに伴い自由時間が与えられ、王都内の施設の利用をある程度認められた。王都の図書館の中で地理や歴史に関する資料を読み漁りながら、仲間が話していた噂話を思い出していた聖騎は頭を悩ませる。その噂の一つに「パーティ」というものがある。2人以上6人以下の人間がメンバーとなりたい者同士のステータスカードに血を垂らす事で「パーティ」と呼ばれる集団を作り、全員が同じだけの経験値を得られるという制度である。実際に、勇者の1人である国見咲哉は友人である不良生徒5人とパーティを組み、以前彼らが行った洞窟で経験値稼ぎを行っている。なお、1人につき1つのパーティにしか所属する事は出来ず、別のパーティに所属する人間のステータスカードに血を垂らすと、元々のパーティからは抜けて新たなパーティに入ることになる。また、パーティに入っている状態で自分のカードに血を垂らすと、パーティからは脱退することが出来る。


(パーティのように今すぐにでも確かめられる噂は良いのだけれど、他の大陸に棲む種族がどうしているかなんて分かりようもない)


 そんなことを考えながら、聖騎は手元の羊皮紙にメモをとる。椅子から立ち上がり、うーんと唸りながら体を伸ばす。


(いくつかのパーティを作って世界各地を色々と回って貰い、情報を集めてもらおうかな……。ただ、行って帰ってくるのには時間がかかる。『巨人族が来た』という報告と同時に巨人族が来たりしたら、どうしようもないし……)


 乱雑に本が置かれた机から一冊の本を聖騎は手に取る。タイトルは『巨人記』。過去における人族と巨人族の関わりについて書かれている。人族よりも何十倍もの大きい体を持つ巨人族は主に南の大陸『バルゴルティア大陸』に生息する。巨人族と人族は過去に幾度も戦いを行ってきた。圧倒的な力によって人族は絶滅の危機に陥ったが、長い歴史の中で人族は『魔術』の存在を知り、知恵と魔術を駆使して生き残った。この『巨人記』には後に英雄と呼ばれる、ヴェルダルテという人物がどれだけ活躍したのかがこれでもかというほどに記述されている。彼は後にラートティア大陸南部の帝国――ラフトティヴ帝国の皇帝となり、彼の子孫が現在の皇帝として君臨している。


(そして現在、ラフトティヴ帝国は巨人族を従え戦力とし、近隣国を支配下に置いている……と。なるほど、巨人族は人族を敵視するのも仕方ないか。それで魔王軍と同盟を結ぶのも不自然ではない。いざ魔王軍と戦おうと北に向かったところで巨人族も来た……という事があれば厄介だ)


『巨人記』を パタンと閉じて机に置き、卓上の本を全て重ねて持ち上げる。


「おっとっと……」


 分厚い本を何冊も持ち上げた聖騎はよろめき、床にばらまいてしまう。全てを一気に片付けるのが無理だと判断した彼は半分の本を机に置き、もう半分を持ち上げる。それでもかなり重いが、運べないことはない。


「うっ……」


 ふらつきながら本を運び、一冊ずつ元の場所に戻していく。机に戻ってもう半分の本を取りに行こうとした聖騎は、その本を一人の少女が運んでくるのを見つけた。


「助かったよ。ありがとう、『癒す者ヒーラー』」


 その少女は永井真弥。元の世界では聖騎のクラスメートであり、今は勇者の中のサブリーダー的な存在である。フラフラだった聖騎とは違い、軽々と本を運んでいた彼女はタイトルを見ながら本を戻していく。聖騎はそこから一冊ずつ本を取り、自身も本を戻す。


「大した事はしてないわ、神代君に比べたら。こんなにいっぱい本を読んで色々調べるなんて」

「僕は僕に出来ることをしているだけだよ。僕だって君に感謝している。君や『読む者リーダー』がこの国の偉い人達と色々話しているからこそ、僕達のこの街での暮らしが保障されている。先王エルバードの頃はお姫様やマリーカさんがなんとか取り計らってくれたけれど、今は二人ともいないからね」


 聖騎の言葉に、真弥は表情を曇らせる。聖騎は言葉を続ける。


「お姫様の話では、マリーカさんは魔王軍の氷使い――つまりファレノプシスに倒されたという。まあ、実際には、あの引きこもりの子が殺したのだったけれど。お姫様はその仇を討つ為に魔王軍のいる北の大陸を目指した」

「卓也と一緒にね。ナターシャちゃんもいつの間にかいなくなってたけど、多分二人を追ったのね」


 暗い表情のまま、真弥は補足する。聖騎は問う。


「君は追わないのかい?」

「うん。さっき大した事はしてないと言ったばかりなのに、こういう事を自分で言うのもどうかと思うけど……その、やっぱりここには私が必要だと思うのよ。私にしかできない事がここにはある。それに、卓也は強いから!」


 少し恥らいながら真弥は答える。しかし最後の言葉は聖騎ではなく自分に言い聞かせるものだった。そんな彼女に聖騎は言う。


「敵の本拠地に今すぐ向かうのは得策ではない。こちらもある程度鍛えて、四乱狂華や魔王を討つ作戦を考えて、装備も充実させた上で挑まなければならない。それくらい、あのお姫様にだって分かりそうなものだけれど」

「そういう理屈が分からなくなるほど混乱してるんじゃないかしら」


 心配そうに真弥は言う。聖騎は腑に落ちないように呟く。


「それでもおかしい。彼女はそれなりの修羅場をくぐっているようだし、理知的な考え方をする人だよ。それにも拘らず、急に人が変わったみたいに愚かな選択をした」


 真弥は軽く怒りを覚える。


「愚かって……」

「僕としてはそこよりも『人が変わったみたいに』というところに注目して欲しかったのだけれど。例えば、『疼く者ティングラー』を勇者として冒険させるために何者かがお姫様の行動を操ったとか」

「何者かって誰よ?」

「僕達をこの世界に送った人」


 その言葉に真弥は声を荒げる。


「この世界は電脳世界なんかじゃないわ! だって、そんな……人の考えをパソコンか何かで簡単に変えるなんて……ありえない……」

「あくまで仮説だよ。それにここは図書館、しかも今は夜だから静かに」

「今は夕方よ、2回目のね」

「それはウソだよ。せいぜい5、6時間くらいしか経ってないと思ったのだけれど」

「そんなことでウソはつかないわ。確かに図書館で大声をだすのは悪かったけど……」


 申し訳なさそうに真弥は言う。すると聖騎の体が突然ふらつく。


「おっと、そう言われてみたら急に疲れてきたよ。まる1日以上寝ても食べてもいない。どうして呼んでくれなかったのかな」

「今日のお昼頃は藤川君、今朝は武藤君、昨日の深夜は山田君と柳井君があなたのとこに行ったけど、本を読むのに集中してて聞く耳を持たなかったのよ! ……って、こんな所で眠らないでよ!」


 その場に崩れ落ちるように眠った聖騎を、真弥は呆れながらもお姫様抱っこのようにして彼が先程まで座っていた椅子まで運び、いったん外に出て毛布を持ってきて彼にかけるのだった。


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