戦う決意
「そこまでだぁぁぁぁぁあ!」
その気迫に満ちた声は、その場にいた全ての者の注目を集めた。
声の主は古木卓也。太っていて背が低くて顔も良いとは言えないが、その眼差しは真剣だった。
「みんなが戦いたくないのなら戦わなければ良い! それでも、俺だけは戦う! 俺だけは、この世界の人達の為に戦う! だから、エリスさんをいじめるのはそこまでだ!」
卓也の魂の叫びに、生徒達は嘲笑で返す。
「わーかっこいいー、さすが勇者様」
「いや、あのお姫様に惚れたんじゃね?」
「よ、下半身に正直な男!」
「無理無理ー、アンタみたいなキモいデブ、どこの世界の人間からも好かれないからー」
「そもそも、あのお姫様の味方になりたいんだったら最初から助けろよ」
「ピンチのお姫様を助ける白馬に乗った王子様でも気取ってんじゃね?」
「その為にちょっと待ってたと?」
「うわー、見た目だけじゃなく中身もキモいとかないわー」
しかし、それらを無視して卓也はエリスに言う。
「エリスさん、せめて俺以外のみんなを元の世界に戻してくれないかな? 俺に何が出来るか分からないけど、必ず約束する。俺はこの世界の人達を守るって」
卓也は倒れていたエリスの体を引っ張り、起き上がらせる。するとエリスは卓也に抱き付く。
「うわあああああああん!」
「えっ……」
突然泣き出したエリスに卓也は戸惑いつつも優しく声をかける。
「大丈夫だ、エリスさん。俺は何があっても君の味方だから」
卓也にクラスの者達は気味が悪いものを見る視線を向ける。
「うっわ、何その臭いセリフ」
「きんもー、マジきんもー!」
「何かのアニメの真似かな?」
それらの言葉を無視するようにエリスは言う。
「うぅ、えっと、その……違うんです」
「えっ?」
「私にはもう、あなた達を元の世界に戻せないんです。あなた達が魔王を倒さないといけないという事しか、私には分からないのです」
泣きながらのエリスの言葉に、生徒達は抗議の声を上げる。
「はあああああああああ!?」
「ざっけんじゃねーぞクソ姫!」
「戻せないんですじゃねーよこのゴミムシが!」
「つまり、ウチら一生ここで暮らさなきゃいけない訳?」
「死ね!」
彼らの怒りは再び沸騰する。そして、エリスを殴るべく殺到する。しかし、彼らの目の前に卓也が立ち塞がる。
「俺はエリスさんを守る。そう決めたんだ。お前達には指一本触れさせない!」
彼の放つ気迫にクラスメート達は圧される。自分には卓也を殴れない、そう思わせる何かがあった。だが、彼の守れる範囲には限界がある。生徒達は後ろに回り込もうとするが――――
「まったく、本当にお人好しなんだから」
「やれやれ、ぼくとした事が自分の命惜しさに人を見捨てるなんて、愚かな考えをしたものだ」
永井真弥と藤川秀馬がエリスを守る様に立つ。
「真弥、藤川……」
卓也は思わず呟く。
「私、お父さんやお母さんを悲しませるのは嫌。でも、目の前の苦しんでる人を見捨てるなんてもっと嫌! たとえ想像力が足りないなんて言われても、それだけは譲らないわ」
「ぼくだってそうさ。確かに死ぬのは怖いし、正直今も戦うことには迷っている。でもね、戻せないなんて言われたらやるしか無いじゃないか。みんな、受け入れるんだ。ここで僕達に出来ることは戦うことだけなのだから!」
秀馬が言い終えると、部屋には静寂が訪れる。生徒達は迷う。確かに戦うのは怖い。だが、困っている人間を助けたい、という気持ちが有るのも確かだ。しかし同時に、自分達を理不尽にこの世界に呼んだエリスに対しての怒りも有る。
「別に、無理に戦う必要は無いよ。さっきも言ったけど、みんなが戦わないとしても俺だけは戦うから」
だが、卓也の本心からの言葉はクラスメート達に火を付けた。
「はぁ? ざけんじゃねーぞキモデブ」
「テメエのような使えないゴミクズよりは俺の方が役に立つからな」
「アンタはテキトーにそこのお姫様とイチャイチャしてれば良いわ」
「自惚れてんじゃねーぞ豚の分際で」
予想外の反応に卓也は戸惑う。
「いや、俺は――」
「黙ってろよカス」
「お前みたいなグズが生意気な事言うのがムカつくんだよ」
「今度ふざけたこと抜かしたらブッ殺すぞ」
「お黙りなさい!」
卓也に対して罵詈雑言を浴びせる生徒達にエリスは怒鳴る。
「皆様に彼を悪く言う権利は有りません! たったひとり立ち上がった彼の偉大さが分かりますか? 彼はここにいる誰よりも強く、気高い。彼こそが真の勇者なのです」
生徒達は一斉に思う。「そこまで言うか」と。
「では改めて聞こう。君達は勇者として戦う覚悟は有るか?」
秀馬はその場を仕切るようにクラスメート達に問い掛ける。彼らは周りの反応を伺い、誰も何も言わなかった。だがここで、国見咲哉は言う。
「まー、やってやっても良いぜ。豚に良い気になられるのもムカつくからな」
その言葉を皮切りに、生徒達は次々と戦う意思を示していった。
(これ以上何を言っても無駄だろうし、取り合えずやる気がある事にするしかないね。ともあれ相手はお姫様。せいぜい媚を売っておこうかな。…………もっとも、僕をこんなところに呼び出して人生を滅茶苦茶にした報いは受けて貰うけれどね。もしも一年経っても戻れなかったら高等部に進むのも一年遅れるわけで、僕の努力が無駄になってしまうのだから)
そんなことを考えながら、聖騎も戦意を表明する。そして、彼らのクラス36人のうち、35人が戦うと宣言した。
「え……」
たったひとり意思表示しないのは、引きこもり少女舞島水姫。まさか自分以外全員が戦うと考えていなかった彼女は、挙動不審に周りを見渡す。すると秀馬は声をかける。
「舞島さん、君はどうするんだい?」
水姫は言外に「まさか君もぼく達と一緒に戦うんだよね?」 と言われていると感じた。しかし、彼女は戦いたくなど無い。しかし、周囲の目を考えると、意思表示が苦手な彼女は断れない。
「あ、あ……」
「不安なのかい? 大丈夫だよ。ぼく達みんなが一緒なんだ。怖がることはないよ」
「その……えぇと…………」
美少年秀馬の顔が近付き、水姫の心臓が高鳴る。煮え切らない彼女に、クラスの女子達がヤジを飛ばす。
「さっさと何か言えよ根暗女」
「ホント、マジトロいわー」
「コイツ見てるとブタがマシに思えるんですけどー」
「つーか、アンタが引きこもったから、アンタの代わりにブタがターゲットになったんだよな。マジクズいわー」
「うわ、それ最悪」
自分達が卓也を苛めていることを棚に上げて言う女子達。水姫は卓也の顔を一瞬だけ見て目をそらす。自分のような存在に、卓也を見る資格など無いと考えたからだ。すると、それに気づいた真弥が近寄る。
「ひっ……」
水姫が思わず漏らした声に真弥は苦笑する。
「大丈夫よ。卓也は優しいんだから。怒ったりしないわ」
「あの……その……」
「舞島さん、無理に戦う必要は無いわ」
「でも……私……」
しどろもどろになりながら、水姫は言葉を紡ぐ。
「私……怖い。戦いたくない…………」
「舞島さん……」
真弥は水姫をぎゅっと抱き締める。
「え……」
「頑張ったね、舞島さん。本当は辛いのに、よくその言葉を言えたね。無理はしなくて良いのよ? あなたは私が守ってあげるから」
「うう……」
その光景に、様々な声が上がる。
「うわー、空気読めよ」
「甘やかしすぎでしょ真弥」
「きましたわー」
「大好物です」
そして秀馬はまとめるように言う。
「エリスさん。ぼく達はこの世界の為に戦います」
「ありがとうございます。心より感謝いたします。」
エリスは頭を下げる。そして再び口を開く。
「では、皆様のステータスカードをお作りしましょう」