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第一章エピローグ・母親

 王都へと帰還した勇者達は、ところどころ凍っているその街並みに驚く。しかし、炎属性の魔術師によって氷は溶かされ、彼らが寝泊まりに使う部屋も問題なく使用できた。その翌日、エリスの姿が消えた事が王宮中を騒がせた。彼女の他に古木卓也の姿も消えていたのだが、そちらはほとんど騒がれなかった。この国の王と王女が王都から消え、その知らせは王都民のみならず国中を震撼させ、ひとまずはエルバードの弟でエリスの叔父に当たるエリオット・エレ・エルフリードが王位を引き継いだ。彼はエルバードと比べて覇気が無く凡庸だと評されており、各地の領主はそれぞれクーデターを企むこととなった。


 そして新王エリオットの戴冠式および先王エルバードの葬儀が行われている最中、王宮のとある部屋では勇者達数名が集まっていた。彼らの中心に立つ秀馬が能力を使って得た情報を話す。


「以上が、ハイドランジアが知る限りの情報だよ。ハイドランジアと同じ四乱狂華のファレノプシス、パッシフローラ、アルストロエメリア。そして魔王ヴァーグリッド。彼らがどれだけ強い存在かある程度は知ってもらえたと思う」

「これは嫌になるな」


 話を聞いていた彼の親友、巌が心から嫌そうに呟く。


「でも、いつかは倒さなきゃいけないんでしょ?」

「そうね。早く帰りたければ出来るだけ早く倒さないと」

「だけどよー、今秀馬が言ったヤツらそれぞれチートすぎだろ」


 真弥と鈴の会話に割り込む夏威斗。そんな彼の頭を咲哉が叩く。


「だから、今から対策を考える。そーだろ、神代?」

「うん。ただ少し、気になったことが有ってね……」


 考え込む聖騎を咲哉は訝しむ。


「何だよ?」

「いやぁ、今話を聞いていて思い出したのだけれど、ハイドランジア、ファレノプシス、パッシフローラ、アルストロエメリア。これは全部、僕達の世界にある花の名前だよ。ヴァーグリッドという言葉は聞いたことが無いけれど」

「どういう意味?」


 真弥が質問する。


「ハイドランジアは紫陽花アジサイ、ファレノプシスは胡蝶蘭コチョウラン、パッシフローラは時計草トケイソウ、アルストロエメリアは百合水仙ユリズイセン。つまりこれらは、僕達の言葉を知っている者によって名付けられた。そして名付けたのは――」

「――魔王ヴァーグリッド」


 聖騎の言葉を秀馬が引き継ぐ。その声は少し震えていた。


「でも、この世界の言葉は私達に都合がいいように訳されてるんでしょ? この世界での植物の呼び方が、そんな風に訳されてるんじゃ……」

「人名は別だよ。鈴木さんがアメリカに行ったとしてベルツリーさんになる訳ではない。それと同じだよ。少なくとも魔王ヴァーグリッドは僕達の世界の言葉を知っている。元々知っていたのか誰かに教えられたのかは分からないけれどね」

「そんな……それじゃあ…………」


 真弥は戸惑う。彼女だけではなく秀馬や鈴、咲哉を含めた多くの者が戸惑っていた。そんな彼らに聖騎は問いかける。


「ところで、僕達がこの世界に来る直前の事は覚えているかい?」

「ああ、確かあの日は教室に先生が来なくて、先生達に必死に説得された舞島さんが教室に来て、先生からはクラス全員が教室にいるように言えと頼まれた。……まさか!」


 秀馬はハッとする。彼以外の者も息を呑んだ。彼らが思い至った結論。それは――――


「そう、僕達がここにいる原因には僕らの学校――私立天振てんしん学園が関わっている。目的や原理は不明だけれど、僕達をこのゲームの様な世界に送ることで何かを企んでいる」

「そ、それはおかしいんじゃないかしら」


 鈴が疑問を示す。いつもは冷静な彼女も今回ばかりは動揺せずにいられなかった。


「何がかな?」

「私達をこの世界に召喚したのはあのお姫様よ? そもそも私達の世界には、人間を異世界に飛ばす技術なんて無い。天振学園が関わってるなんてありえない!」


 彼女の意見に数名が同調する。彼らは自らが考え付いた結論を受け入れることが出来なかった。そんな彼らを聖騎は冷めたように眺める。


「そうだね。確かにエリス王女は自分が僕達をこの世界に召喚したと言っていた。でもそれが、彼女に与えられた『設定』だとしたら?」


 その言葉に鈴達は空気が凍ったかのような感覚を覚えた。


「設定……ですって?」

「そう。たとえばこの世界が、何者かによって造られた電脳世界だとしたら? 何者かが僕達の意識を転送させ、この世界の人間には『勇者伝説』というものに従って行動するようにプログラミングしてある……とか。エリス王女には僕達を召喚する魔術を使わせて、そのタイミングに合うように僕達を飛ばした、なんてことも有るかも知れないよ」


 無表情に語る聖騎に鈴は戦慄する。それを感じ取った咲哉が反論する。


「それはおかしーだろ。もしここが電脳世界だったら、いくらなんでもリアル過ぎる。今俺達が見てる景色は綺麗すぎっし、ここの奴らがAIか何かだとしたら、話なんかまともにできねーはずだ」


 その指摘を受けて聖騎はしばし黙り込む。そして答える。


「確かにそうだね。だから僕も確信している訳ではない。僕が言ったのはあくまで仮説だよ。でもね――」


 聖騎は一旦言葉を区切る。そして部屋の天井を見上げ、宣言する。


「――もしも僕をこの世界に飛ばした者がいるのならそれが誰であれ、ただでは済ませないよ」


 見上げた姿勢で黒い笑みを浮かべるその姿は、天界を見上げる堕天使のイメージを見る者に幻視させた。



 ◇



「ほう、たった1ヶ月ほどでそこまで気付いたか。流石だな」


 私立天振学園。都内某所にある中高一貫校であり、国内有数の進学校である。数多のモニターが設置されたとある一室では初老の白衣を着た老人がニヤリと笑いながら呟く。すると、長い黒髪の若い女が口を開く。


「しかし点数を付けるならば30点程でしょう。電脳世界という仮説は良い線ですが、少々違います」


 すると老人は呆れたように言う。


「君は少しくらい彼に優しくしようとは思わないのかね」

「この実験に最も熱心に参加している天原あまはら先生には言われたくありません」

「フフッ、それもそうか」


 老人――天原考司郎こうしろうは自嘲気味に笑う。彼はふと、周りを見渡す。彼と同じように白衣を着た数十人の人間がモニターを眺めては手元のノートにメモをとっていた。まるで、夏休みの宿題の『アサガオの観察日記』のように。すると女のポケットにあるスマートフォンが音を鳴らす。彼女は電話に出る。


「何でしょう?」

『申し訳ありません。私どもの方でもこれ以上、保護者達をなだめるのは限界でして……』


 女は嘆息する。電話の声は聖騎達の担任である初老の男だった。


「その為に警察を味方にしているのですが」

『しかし警察の中でも、少しばかり正義感の強い者がいたようでして……。いかなる脅しにも屈しない姿勢を見せておりまして……』


 しどろもどろと説明する男の声をうんざりと聞きながら、女は長い髪を掻き揚げる。そして天原に視線を向けると、彼はニッコリと頷いた。女は電話に向かって言い捨てる。


「分かりました。それならば五月蝿い方々を片っ端から例の場所に呼び出して下さい。明日の午前10時には集まるようにお願いします」

『ま、まさか……?』

「あなたは私のすることに文句が??」


 底冷えするような女の声。電話の男は背筋が凍る感覚を覚える。


『い、いえ! 決してそのような事は!』

「そうですか。それでは頼みます」


 それだけ言い残し、女は一方的に電話を切る。そんな彼女に天原は声をかける。


「まったく、君はそこまで無愛想だったかな?」


 すると女は笑みを浮かべる。今までの冷たい雰囲気とはまったく正反対の、新しいおもちゃを与えられた子供のように無邪気な笑み。


「それは勘違いですよ、天原先生。あまりにも楽しいものを見つけてしまった為に、それ以外のものが全てくだらないとしか思えなくなってしまっただけです」


 天原は満足げに笑う。



「それなら良かったよ。神代怜悧かみしろれいり君」



 女――神代怜悧は言葉を紡ぐ。


「はい。あの子――聖騎さんが今後何をするのか楽しみで仕方ありません。さあさあ、私達も観察を再開しましょう」

「そうだな。その前に『勇者伝説』を書き換えなければならない。まったく、君の息子は色々と引っ掻き回してくれたものだ」

「それを期待してあの子を送ったのですから。子供というのは手がかかるほど可愛いものです。先生には分かりませんか?」

「それは私が未だに童貞である事に対する皮肉かね?」

「いえいえ、滅相もありません」

「そもそも、神代聖騎の世話は全て近衛このえ君に任せて、君自身はまったく見向きもしなかったではないか。君に親面されても説得力が無いな」

「私には優先すべき事がありましたから。子育て等に時間を奪われる訳にはいきません」

「まったく、やはり君をこの実験に誘ったのは正解だったかな」


 天原と怜悧はそれぞれのデスクに戻る。怜悧はコーヒーの入ったカップに口をつけ、モニターに映る聖騎の寝顔を人差し指で軽く撫でる。


(あなたが何を考えているかくらい、私には分かります、聖騎さん。確かにそれは楽しみですが、出来れば少々待って欲しいですね)


 内心でそんな事を言いながら、怜悧はモニターに向かってほほ笑むのだった。

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