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魔王の円卓

「……だってさ。何か言いたい事はある? 真弥」

「えっ、な、何もないよ!」


 龍と蛇の能力によって卓也達の様子を見ていた鈴が、同じく見ていた真弥をからかう。ちなみに彼らが見ていたのは卓也が拷問部屋の前に来た辺りからである。


「それにしても、マリーカさんが殺されただなんて、しかも舞島さんに」

「その上、王様も殺されてしまった。この世界でも有数の大国であるこの国の王様がね。……これは荒れるよ」

「大体、あの根暗女の能力は何だ? 消えたり出てきたりしてたけどよ」

「古木も古木でおかしいよな。何であんなに強くなってんのよ」


 秀馬、聖騎、咲哉、夏威斗もそれぞれ感想を言う。短い間に起きた様々な出来事は彼らを混乱させる。彼らが王宮の様子を見ていると、外で戦っていた騎士や使用人達が帰ってきた。そしてマリーカとエルバードの死体を見てある者は呆然と立ち尽くし、ある者は泣き崩れた。エリスは状況を説明する。それを聞いて咲哉が疑問を呟く。


「あ? 何で根暗女じゃねー奴が殺ったことにしてんだ?」

「アイツが殺った事にしたら、アイツの仲間である私達の立場が悪くなるからでしょ?」

「そーか」


 鈴の言葉に咲哉は納得する。すると彼らの耳には、エリスが北に向かうという宣言をする声が届く。使用人達は驚き、口々にやめるように説得する。だがエリスの覚悟を汲み取った彼らは、自分達も一緒に行くと言い出した。エリスとしては彼らを危険な目に会わせるのを快く思わなかったが、彼らの覚悟も同じく固いと確信した彼女は同行を許可した。しかしそれは、マリーカとエルバードの墓を作ってからだという話が出た。


「ふーん。慕われてるのね、あの王様」

「そんなことより、俺達は帰ったらちゃんと休めんのか?」

「休むしか無いでしょ。つーか早くベッドに入りたいんだけど」

「そろそろ地上も近い。もう少し頑張ろう」


 疲れた様子を見せた一同を秀馬は鼓舞する。彼自身もかなり消耗していたが、それでも笑顔で気丈に振る舞った。聖騎もフラフラと歩きながら考える。


(それにしても、あの引きこもりの子が使っていた能力はファレノプシスの能力のはずだよね。考えられる可能性は、たまたま同じ能力だったか……それとも、能力を奪ったか。もし後者ならば、敵対すると厄介な事になる。もしも僕が『騙し』の能力を奪われて、使えなくなる様な事態が起きたらと思うと……。そして彼女は魔王軍に味方するらしい)


 左手の、ハイドランジアの杖で体を支えながら聖騎は思考を続ける。


(何を考えているかは分からないけれど、僕に敵対するのなら容赦なく潰すよ)


 彼がふと前を向くと、うっすらと光が見えた。疲れた体に鞭打って、彼は歩き続ける。



 ◇



 水姫に連れられて異空間に入ったファレノプシスは口を開く。


「貴様は何を考えている?」

「私は魔王様とやらがいる場所を知らない。あなたが私を魔王軍に紹介する。私は任務を失敗したあなたの顔を立ててあげる。つまり、ギブアンドテイク」


 狂った笑みを浮かべながら、水姫は答える。ファレノプシスは彼女を睨む。しかし、彼女の言う事が正しいと判断した為、従うしか無いと考えている。


「生意気な……」

「それにしても、ここは不思議……」


 水姫達がいるこの異空間は黒色が広がっている。そして所々、緑色にチラチラと光る。これを見て疑問に思った水姫に、ファレノプシスがうんざりしながら説明する。


「ここは『棒輪ぼうりん』。私達が元々いた空間と重なりあうように存在する異空間よ」

「ぼうりん……?」

「この空間に出てきたり消えたりする緑色のがあるでしょ? アレが棒とか輪っかみたいな形をしている事から、魔王様がそう名付けたのよ」

「棒と輪っか……」


 水姫は緑色の光を注視する。すると確かに、棒や輪の形であることが確認できた。


「いや、違う……」

「えっ?」


 突然否定した水姫を、ファレノプシスはいぶかしむ。


「アレは『1』と『0』……。どうして?」


 この世界で使われている数字は、水姫達の世界で使われていたものとは違う。それにもかかわらず、デジタル数字の『1』と『0』が出てきた事に戸惑いを隠せない。


「何を言っているのよ?」

「あなたが棒とか輪っかとか言っているものが、私達の世界の数字に似ている。しかも、このファンタジー世界には似合わないデジタルのね」

「ファンタジー? デジタル? どういうことよ?」

「それは私も知りたい」


 水姫が言っていることを理解できないファレノプシスは、理解することをひとまず放棄して言う。


「とにかく、魔王様がおられる場所を教えるわ。とりあえず向かうわよ」



 ◇



 ヘカティア大陸。この大陸で最も豪華な建物――ヴァーグリッド城の大部屋。この奥には円卓があり、それを囲むように五つの椅子がある。四つの椅子が全く同じものである中、唯一際立って豪奢な椅子に座る人物がいる。金色のきらびやかな衣装と仮面に身を包んだその人物の名は、ヴァーグリッド・シン・ダーイン・アーシラトス。魔王と呼ばれ、この世界の人間にとっての脅威となっている存在である。


「構わぬ」


 扉をノックする音を聞いたヴァーグリッドは呟く。すると扉はゆっくりと開く。そこには、透き通るような緑色の長い髪を後ろでまとめたポニーテールの女が立っていた。女は静かに扉を閉め、敬礼する。


「ただいま戻りました。魔王様。ご命令通り、ディルーマ帝国を落として参りました」

「御苦労、アルストロエメリア」

「いえ、魔王様の為ならば造作もありません」


 アルストロエメリアと呼ばれた緑髪の女は深々と頭を下げる。一方でヴァーグリッドは椅子に深々と座り続けている。すると再び扉がノックされる。ヴァーグリッドは先程と同じように入室の許可を出す。茶色のふんわりとカールがかかった髪の女性が部屋に入った。


「『四種族会談』は無事に終了しましたぁ。各種族の嫌人派達からは特に異論は挙がりませんでしたぁ」

「苦労をかけたな、パッシフローラ。巨人族の相手は疲れただろう。本来ならば余が自ら出るべきだったのだが」


 ゆっくりと話す女――パッシフローラは柔らかい笑みを浮かべながら答える。 


「いえいえ、巨人族も面白い人達でしたし、楽しかったですよぉ。とはいえ、野蛮な巨人族や汚らわしい獣人族を魔王様と同席させるわけにはいきませんからぁ」

「そうか。では二人とも、着席してくれて構わぬぞ」

「はっ。失礼いたします」

「失礼しまぁす」


 ヴァーグリッドに言われて、アルストロエメリアとパッシフローラは彼から見て右側にある椅子に並んで座る。それを確認したヴァーグリッドは仮面の中で口を開く。


「ハイドランジアとファレノプシスはまだ戻らぬか。無事なら良いのだが」

「ハイちゃんは『伝説』の通りに勇者が来ることを想定して洞窟に、ファレちゃんはもしもの時を想定して王都に行ったんでしたっけぇ。ねぇ、エメリアちゃん。勇者を連れてくるのはどっちだと思う?」

「下らん。ただ、ハイドランジアはそう簡単にやられるほど軟弱ではない。ファレノプシスも一応、四乱狂華として魔王様がお認めになるほどには強い。どちらにしろ、この世界に現れてたった数日の者を拉致することなど容易いだろう」


 アルストロエメリアの言葉を聞いて、ヴァーグリッドは咳払いをする。二人の表情は固まる。


「そう固くなる必要は無い。ここでそなた等が何を話そうと余は気にしない。余も少し会話に加わろうと思っただけだ。……アルストロエメリア、彼の伝承において『勇者』は人知を超えた戦闘力を誇る。甘く見ていると、如何にそなたであろうと死ぬぞ」


 主の言葉に、アルストロエメリアはこの世の終わりのような顔で深々と頭を下げる。


「申し訳ございません。このアルストロエメリア、考えがあもうございました」

「構わぬ。ともかく勇者とは強力な存在。余としては失敗しても致し方ないと考える。死なぬ限りな」

「ですが二人とも、魔王様の命を受けたら最後まであきらめないでしょうからぁ、失敗して帰ってくるというのは想像できません。それはわたくしも同じです。魔王様の命を遂行できないならぁ、死んだ方がマシです」


 パッシフローラはどこか恍惚とした表情で話す。その内容にヴァーグリッドは嘆息する。


「まったく、そなた等は余に忠実なくせに、自分の命を重く考えよという一番の命令は聞かぬのだな」

「申し訳ありません。わたくしにとって魔王様以外の全ての命は等しく軽いとしか思えませんので」

「それに関しては私もパッシフローラと同意見です」


 ヴァーグリッドは再び嘆息する。すると扉のノックが鳴った。


「構わぬ」


 ヴァーグリッドの本日三度目の返事。それを聞いたノックの主は控えめに扉を開く。そこにいたのはファレノプシス。浮かない表情の彼女にヴァーグリッドは問いかける。


「どうした、ファレノプシスよ? 任務に失敗したのか?」

「いえ……そういう訳では」


 口ごもるファレノプシスの奥を見るかのように顔を向け、アルストロエメリアは厳しい口調で言う。


「貴様が勇者か? そこにいるのだろう?」


 するとファレノプシスの背後にいた少女――舞島水姫がゆっくりと入室する。狂気の笑みを浮かべる彼女を見て、ヴァーグリッドはファレノプシスに説明を求める。


「ファレノプシスよ、こやつが勇者だと申すか?」

「は、はい……」


 ボソボソと話す彼女に、アレストロエメリアは不快感を隠さない。


「魔王様の御前であるぞ。報告は簡潔にしろ」

「はい。私はこの者を勇者だと判断し、連れて参りました。彼女の名は――」


 そこまで言いかけた彼女は水姫の名を聞いていないことを思い出して口ごもる。すると水姫はその場に跪き、口を開く。


「初めまして、魔王様。私は舞島水姫と申します。以後、お見知りおきを」

「人族、誰が貴様に発言を許可した!」

「良い」


 怒るアルストロエメリアをヴァーグリッドはたしなめる。


「失礼しました」

「謝る事ではない。ではそなたに問おう、マイジマよ。そなたは自ら余に仕えるかのような態度を取っているが、そこのファレノプシスに無理矢理連れてこられたのではないのか?」


 水姫はどこか神々しいヴァーグリッドの姿に圧倒されながらも、正直に答える。


「はい。私の意志で、こちらに参りました」

「ほう。その理由は?」

「この世界とは別の世界より、私を含めた30人以上の人間が勇者としてこの世界に召喚されました。この世界の人間を滅ぼそうとしていると言われている魔王様を倒す為に。魔王様を倒せば元の世界に帰れると聞いて、勇者達は戦う事を決めました。しかし私に、そのつもりはありません。そこで、魔王様に協力したいと考えました」


 水姫の言葉に、アルストロエメリアは不信感を隠さない。パッシフローラは値踏みするような視線を水姫に向ける。そしてヴァーグリッドは言う。


「なるほどな。そなたの申す事は理解した」

「魔王様!」


 思わず声を上げるアルストロエメリアを制して、ヴァーグリッドは告げる。


「しかしそなたの事をすぐに受け入れる訳にはいかぬ。密偵かも知れぬからな。……ファレノプシス、一先ずこの者を幽閉せよ。そなたの報告は後程受ける」

「了解、しました」


 ファレノプシスは一礼し、水姫の腕を掴む。水姫は慌てる。


「待ってください! 私は――」

「それを今すぐ信じる訳にはいかぬと言っておる。安心せよ、そなたの命は保障する。……ファレノプシス」


 命令を受けたファレノプシスは水姫を連行しようとする。すると、水姫の姿が消失する。そしてヴァーグリッドの背後に出現する。


「なっ……」


 その呻き声は水姫のものだ。彼女の気配をいち早く感じたアルストロエメリアが一瞬で立ち上がり、手刀を彼女の右肩に刺す。


「魔王様に何をしようとした、人間。それに、その能力は」

「アルストロエメリア、そなたがこの者を幽閉せよ」

「了解しました」


 痛みに悶える水姫の首根っこを掴んで、アルストロエメリアは地下牢へと向かう。パッシフローラは興味深そうにニコニコとしながら、水姫を眺める。そしてヴァーグリッドは立ち上がり、カツカツと音を立ててファレノプシスへと歩いていく。


「予定は変更だ。そなたが知る事を全て教えよ」

「はい……」


 委縮しながらファレノプシスは頷いた。



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