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高慢なる氷華(2)

 王宮内の自室で待機していたエリスは、急に温度が低くなったのを感じた。上着を着ようと衣装部屋に向かっていたところ、廊下をうろうろと歩いている少女を見つける。挙動不審な彼女の名は舞島水姫。聖騎達と共に勇者としてこの世界に召喚されたが、その中で唯一戦う事を拒んだ少女だ。この王宮にいる者は彼女をよく思っていないが、エリスやマリーカに言われて表面上は不満を表さない。しかし、人の悪意に敏感な水姫はそれを感じており、それによって怯えつつも戦う勇気は持てずに過ごしていた。


「マイジマ様」

「ひっ」


 エリスは声をかけると、水姫はビクリと震える。エリスは苦笑する。


「そう怯えないでください。私はあなたの味方です」

「す、すいません……」


 エリスは水姫に対して不満を持っていない。むしろ理不尽に召喚した事を後悔しているくらいである。そんな彼女は優しく問いかける。


「ところでマイジマ様、こんなところでどうなさったのです?」

「え、えっと……、その……」


 水姫達がこの世界に来て三十日が経つ。時折エリスが話しかけた結果、水姫もそれなりには心を開くようになった。それでも彼女は言葉を躊躇う。エリスは気分を害することなく水姫の言葉を待つ。


「――――たいです」


 水姫の小さな声が聞き取れず、エリスは聞き直す。


「ごめんなさい、もう一度お願いします」

「その……、私も戦いたいです」


 その言葉にエリスは驚く。


「えぇっ!?」

「えっと、戦うために、私がどんなスキルをもってるかとか、私に何が出来るのかとか、そういう事を知りたいんです。……だからお願いします。私にステータスカードを作ってください」


 水姫は頭を下げる。エリスは心配そうに聞く。


「よろしいのですか? 無理をなさる必要は無いのですよ?」

「無理なんかじゃないです。私に眠っている力を知りたい、ただそれだけです」


 頭を挙げた水姫の真剣な眼差しを見たエリスは小さく笑う。


「分かりました。では、準備をしますので少々お待ちください」


 そう言ってエリスは自分の部屋に戻り、白紙のステータスカードと、魔術を使う為に必要な神御使杖エンジェルワンドを持ってきた。ポケットからナイフを取り出した彼女は水姫に言う。


「それではお好きな指をお出し下さい。血を頂きます。構いませんか?」

「は、はい」


 頷いた水姫は右手の人差し指の腹をエリスに見せる。


「それでは、いきますよ」

「お願いします」


 エリスは水姫の人差し指に軽くナイフを走らせる。


「つっ……」


 水姫は痛みに顔を歪める。彼女の血はステータスカードに流れ、文字を形作った。




 名前:舞島水姫

 種族:人族(異世界人)

 年齢:15

 性別:女

 職業:勇者

 レベル:1

 体力:500/500

 魔力:100/100

 攻撃:10

 防御:600

 魔攻:10

 魔防:600

 俊敏:1200

 スキル: 異世界言語理解 体力自動回復(中) 魔力自動回復(中) ユニークスキル『奪いプランダー

 称号:召喚されし勇者 水属性魔術師 奪う者プランダラー 筋金入りの引きこもり 臆病な勇者




「水属性ですか……私と同じですね!」


 エリスは回復魔術で水姫の指を直した後、カードを見て言った。水姫はカードのスキル及び称号の説明を見ようとする。するとエリスの目が見開く。


「危ない!」


 エリスは水姫を押し倒す。すると、エリス達が立っていたところが凍りつく。


「な、なにが……?」


 水姫は怯えるように呟く。その視線の先には、満身創痍の女性ファレノプシスがいた。戦いによってボロボロな姿であったが気迫は顕在であり、水姫は思わず震える。しかしファレノプシスは水姫の事など見向きもせずにエリスを睨む。


「ハァ、ハァ……来てもらうぞ、エリス・エラ・エルフリードォ……」


 ファレノプシスは鬼のような形相でエリスに手を伸ばす。エリスは咄嗟に、持っていたナイフで斬りかかる。しかしファレノプシスの手刀で右手を叩かれ、ナイフを落としてしまう。


「ハァ、ハァ、ハァ、無駄だァ……」


 狂った笑みを浮かべながら右手から冷気を発するファレノプシス。それによってエリスの右手は凍りついていく。


「しまっ――――」


 エリスは後方に跳ぼうとする。しかしファレノプシスによって簡単に転ばされてしまう。


「手間かけさせて……」

「……ま、待ってください」


 エリスに手を伸ばしたファレノプシスに水姫が声をかける。その声は震えていた。


「何よ」

「あ、あなたは一体……」


 ファレノプシスの冷たい視線に射すくめられ、水姫は言葉を途中で止める。ファレノプシスは何も言わずにエリスを左腕に抱える。そして虚空へと消えようとした瞬間、鋭い声がかけられる。


「お待ちください」


 声の主はマリーカだった。敬愛する主を担ぐファノプレシスを睨んでいる。


「ちょうど良かった。ここにはあなたの大事な大事なお姫様がいる。余計な事をしたら殺――」


 下卑た笑いを浮かべるファレノプシスにマリーカは殺気を放つ。


「エリス様を放しなさい」

「アハハハハッ、そんな言葉にわざわざ応じると思うか」

「放しなさい」


 マリーカはあくまで無表情である。しかしそこに込められた殺気はかなりの物であり、気の弱い者が受けたら気絶する可能性も有る。ファレノプシスはその気迫に圧されつつも、否圧されているからこそ、倒すために必要な武器となりうるエリスを手放さない。


「放す訳がないでしょ」


 ファレノプシスは冷気を放つ。マリーカは交わし、そしてファレノプシスへと走る。


「おーっと、この子がどうなってもいいの?」


 ファレノプシスはエリスを盾にする。しかしマリーカは止まらない。油断しているファレノプシスをエリスごと突き飛ばす。そして速攻でエリスを拾い、遠くへと飛ばす。


「きゃああああああああああ!」


 エリスは悲鳴を上げる。そして数回バウンドした後、体は止まる。


「残念ながら、私は主を人質に取られたくらいの事で躊躇いません。状況にもよりますが」

「バカな! エルフリードの王族の国民からの忠誠心はかなりのものじゃ……ぐっ」


 戦慄するファレノプシスの背中を踏みつける。


「その情報は間違っていません。私はエリス様を敬愛しております。そして、エリス様は魔王軍を倒す為なら自分が傷つくことなど気にしません」

「確かにそうだけど、ちょっと乱暴すぎない? マリーカ」


 淡々と告げるマリーカに、起き上がったエリスがぼやく。


「これは失礼いたしました、エリス様」

「別にいいわよ。こんな傷くらいどうってこと無いわ」


 エリスはマリーカに笑いかける。マリーカはその可憐な笑顔に心が癒され、表情が和らぐのを抑えながらファレノプシスに言い放つ。


「それにしても、人質など姑息な事をするのですね。あの風使いとは大違いです」

「ぐっ、風、使い……?」


 マリーカの言葉を受けてファレノプシスは呟く。一方でエリスの表情は強ばる。


「はい、私は以前とある国で龍に変身する魔王軍の風使いと戦いました。彼女はあなたよりも強く、その上で誇りを持っていた。あくまで正々堂々と、自らの力だけで私達の仲間を沢山……殺しました。私は絶対に彼女を許しませんが、あなたよりはまともだと思います」


 その言葉にファレノプシスは表情を歪める。


「ぐぅっ……あの人を見下すことしか出来ない女が、私より立派だと?」

「否定したいのなら、是非行動で示してみなさい」


 ファレノプシスはマリーカに踏まれている。それから解放されようと、もがく。しかし体は全く動かない。


「この……生意気な!」

「甘やかしたり等は致しませんよ。しかし困りました。あまり痛めつけすぎるとドラゴン化しかねません。拷問して話を聞くのは困難でしょう」


 マリーカは思案する。すると水姫がおずおずと口を開く。


「それなら……試してみたいことが有るんですけど…………」


 水姫はじたばたと暴れるファレノプシスの額に掌を乗せる。


「私のユニークスキル『奪い』を使えば、直接手で触れた相手のスキルを見る事が出来て、好きなスキルをひとつ自分のものにできる……みたいなので、ちょっと試してみます」

「なるほど……それは興味深いです。それでしたらお願いします」

「はい」


 マリーカに言われ、水姫はユニークスキルを発動する。


「待って……何を、するつもり?」


 戦慄するファレノプシス。その頭に触れる水姫の脳内には、ファレノプシスの持つスキルの情報が流れてくる。


(『氷魔法』右手から冷気を自由に出すことが出来る。『空間魔法』左手で異空間への扉を作る事が出来る。異空間から元の空間への干渉は可能だが、その逆は不可能。ただし、異空間にいる間は魔力を消費し続ける……じゃなくてえーっと、『極限時龍化』体力が最大値の1パーセント以下まで減ったときに自動的に発動。ただし、称号『魔法使い』及び『四乱狂華』を持つものに限る。残存魔力を全て消費してドラゴンの肉体を作り、自分の体のように操ることが出来る。この時、全てのステータスが10倍になる。……なるほど、私には使えないけど、それでもこの人から力を奪うことは出来る)


「『極限時龍化』を選択」


 水姫は呟く。声に出さずともスキルは奪えるのだが、気分の問題である。すると、水姫のステータスカードのスキルの欄には『極限時龍化』の文字が追加された。


「これでこの人はドラゴンになれない……ハズです」

「お疲れ様です。……では、お話を始めましょう」


 マリーカは苦無をファレノプシスの右太ももに刺しながら告げた。ファレノプシスは苦悶の声を上げながらマリーカを睨む。


「くっ……、やれるものなら、やってみなさい。ヴァーグリッド様は素晴らしいお方。私があのお方を裏切るような事は絶対にしない」

「その余裕がいつまで続くのか、非常に興味深いです」


 マリーカは小さく笑うのだった。




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