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高慢なる氷華(1)

  時は遡る。


 氷龍ボレアスが凍り付いたファレノプシスに噛み付いた瞬間、彼女の目が水色に輝き、その光は彼女の体を包む。輝きは増し、ファレノプシスもハイドランジア同様、龍に変身した。


「ゴギャァァァァァァァァァッ!」


 咆哮に、卓也は思わず耳を塞ぐ。ファレノプシスに噛み付こうとしていたボレアスは気絶。龍化したファレノプシスが長い尻尾でボレアスに触れた瞬間、2体の龍は一瞬にして消えた。しかしファレノプシスはその直後、元の場所に現れる。


「えっ?」


 卓也はただ、呆然と呟くしか出来ない。彼は今この場で起きた事を何一つ理解出来ていない。


(急にドラゴンを呼んだと思ったらドラゴンはあの人を攻撃して、何もない方向をビームで凍らせて、「くさい!」とか「ふざけるな!」とか叫びながらドラゴンに凍らされたと思ったら自分がドラゴンになった。何が起きてるんだよ!?)


 そんな彼にも分かることはある。眼前にいる水色の巨龍は無視できる存在ではないということ。そして、自分の力ではこれに対処する事が出来ないということだ。


「俺にどうしろと?」


 体術も魔術も出来ない。ユニークスキルも使えない。ただ、異常な体力と回復力があるだけ。自分のすべき事がわからない彼がただ佇んでいると、彼の上空に巨大な何かが現れる。そして次の瞬間には落下する。


「うおおっ!」


 巨大なものの正体は、先程消えたボレアスだった。卓也は咄嗟に逃げようとするが、彼の足は遅い。瞬く間に、彼はボレアスにのし掛かられた。


「ぐっ!」


 卓也にダメージが加わる。回復速度を上回るそれは、彼の体力を奪っていく。



「ゴアァァァァァァァァァァァァァァァァアッ!」


 空気を切り裂くような咆哮と同時に、龍化したファレノプシスは空高く舞い上がる。そして冷気を吐き、周りを凍てつかせる。卓也の上のボレアスも凍る。ただ、彼自身はボレアスが盾になったことにより凍っていない。


「ガァァァァァア!」


 ファレノプシスはボレアスへと飛び掛かり、自分に牙を剥いた意趣返しをするかの様にかぶり付く。そして、その鋭い牙でボレアスの硬い体を噛み砕く。そして呑み込む。変身する前のクールな女性の面影など無く、本能の赴くままに獲物を食する獣でしかなかった。


「さ、むい……」


 卓也は自分より遥かに強い生き物が呆気なく食べられているという状況に恐怖を覚えていた。彼の体はその恐怖、そして単純に寒さによって震えていた。そしてファレノプシスはボレアスを骨も残さず食べ終えた。次の瞬間、ファレノプシスの体は水色に輝き、元の人間の女性の姿に戻った。


「ちょっととはいえ、私を龍化させたのは誉めて上げる。でも、もう容赦はしないわ!」


 律儀にそんなことを言いながらファレノプシスは右手を前に向ける。彼女の右目が水色に光り、右手からは冷気が放たれる。卓也は避けきれず、足が凍り付く。


「なっ」

「私達は体力が極端に少なくなると、自動的にドラゴンに変身するのよね。だから、ドラゴン化したって事が仲間に知られるとバカにされるのよ。「また死にかけたの?」ってね。だから私はあなたを絶対に許さない。じわじわと少しずつ凍らせて、苦しめ続けてあげる! あなたが何者だろうと知った事では無いわ!」


 ファレノプシスは右手を前に出したままクルクルと踊るように回る。それによって周りの地面や建物は凍っていく。


「や、め……」


 卓也は凍えながら必死に口を動かす。すると、その言葉を聞いたファレノプシスはニヤリと笑う。


「へぇ、もしかしてあなたは自分よりも他人が傷つくのが嫌なタイプ? それなら……おおっと」


 余裕綽々なファレノプシスは言葉の途中でその場から消える。そこには5本ほどの苦無クナイが飛んできた。


「うわっ! ……って、マリーカさん!?」


 驚きの声を上げた卓也は、そこに突然現れたメイド服の女性、マリーカの姿に驚く。


「ただならぬ気配を感じて参じたのですが、気のせいでしょうか」

「え、はい、さっきまではここに……」


 マリーカは卓也の足元に苦無を放つ。彼の脚を拘束していた氷は砕け散り、卓也を解放させる。しかし彼の脚はまだ冷たさが残っており、動かす事が出来ず転倒する。


「しかし気配は感じません。一体何処――ッ」


 マリーカは卓也から距離を取りつつ周りを見渡す。すると背後に気配を感じた彼女は跳躍。垂直跳びで3メートルの高度に達した彼女は気配がした所を見下ろす。しかしそこには凍った地面が有るだけだ。


「こっちよ」


 不意に、マリーカの頭上から声が発せられる。彼女が何かを考える前に、その体は地面へと叩き付けられる。


「くっ」

「まずはあなたから先に凍りなさい」


 マリーカは受け身を取り、素早く立ち上がる。そして、ファレノプシスが放つ冷気をかわす。直ぐ様苦無を投げつけたが、ファレノプシスの姿は消えていた。


「……」


 だが、マリーカは冷静に後方へと苦無を投げる。


「がっ……!」


 そこには、右肩に苦無が刺さったファレノプシスがうずくまっていた。


「ッ……!」


 マリーカは容赦なくそこに飛び込んで腹部に蹴りを入れ、倒す。右肩の苦無を押し込み、氷へと突き立てる。


「がはっ」


 ファレノプシスは吐血。しかしマリーカは顔色一つ変えずにファレノプシスの頭を地面に叩きつける。


「ぐっ」

「この美しいお顔を乱暴に扱うのは気が進みませんが、致し方ありません。では、質問にお答え下さい。あなたがここに来た目的は何でしょうか?」


 マリーカは無表情に問い掛ける。しかしファレノプシスは苦痛に悶える事しか出来ない。


「マリーカさん、あまりやり過ぎるとドラゴンになってしまいます」


 なんとか歩けるまで回復した卓也が戒める。ドラゴン化したファレノプシスを見た彼としては、これ以上彼女に攻撃するのはやめた方が良いと考えた。


「ドラゴン……ですって?」


 マリーカは意味深に呟き、手を止める。次の瞬間ファレノプシスはその場から消えた。


「また消えた?」

「それよりフルキ様、なぜあの方がドラゴンだと?」

「さっき突然ドラゴンになってたんですよ。でも、お供のドラゴンを食べたら人間の姿に戻ったんです」

「左様ですか。いささか信じがたいですが、それが本当でしたら厄介ですね。それにしても、彼女は瞬間移動できる能力をお持ちのようです。厄介な相手ですが、目的は何でしょうか」


 マリーカはかすかに驚いた様子を見せながら、冷静に状況を分析する。卓也は見た限りの事をつたないながらも全て話した。


「つまり、最初はフルキ様を連れて行こうとしておられた。しかし急にしもべのドラゴンに氷漬けにされたと思いきや自らドラゴンに変身し、しもべを凍らせては食し、元の姿に戻ったということですか。しかし……フルキ様を探しておられたとは……まさか…………」


 マリーカは考えながら、周囲を警戒する。しかし、ファレノプシスは何時まで経っても現れない。


「私はもう一度、魔王軍と戦っている部隊と合流します。フルキ様は――――」


 マリーカは卓也に目を向ける。ここで起きた出来事を聞いた彼女としては、散々な目に遭っている彼への同情の気持ちが有った。言葉の続きを紡ぐ。


「そうですね、一度王宮でお休みください。フルキ様おひとりでは王宮に入る許可は出されないと思うので、私が案内致します。その後私は前線に向かいます」

「そんな……俺も――」

「あなたに何が出来ますか?」


 この状況で休めと言われて不満な卓也の言葉を遮り、マリーカは冷たく言い放つ。自分が何もできないことを理解している彼は頷いた。



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