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最後の砦

「これはマズいねぇ……本格的に」


 味方の敗北続きに聖騎は呟く。右手に握られた神御使杖オーブリューは闇の魔粒子を放出し、卓也の身体を侵食している。


「くっ……」


 卓也の肌の所々に黒の痣が浮かんでいる。体内に入った異物に対する拒否反応により卓也は苦しんでいた。真弥は彼を回復させるが、それを上回る速度で魔粒子が身体を走るのでいたちごっことなっている。


「うん。遊びは終わりにして、ここは逃げるべきかな? アジュニン」

「反論します。ここで逃亡した場合、その後の我々の立場が脅かされる可能性があるでしょう」

「だねぇ。でも、ここにいたらいたで危険だという事は変わらない。特に、メルンが死んだら僕達は詰みだ。よし、アジュニン。君はメルンを少し離れた所に連れていって」

「了解。しかしあなたはよろしいのですか?」


 アジュニンの質問に、聖騎は表情を変えずに答える。


「うん、僕はここにいる」

「了解」

「メルンもこれでいいよね?」


 聖騎はメルンに確認をとる。メルンは不安そうな表情で聞く。


「でも大丈夫なの? もうこんなに仲間も減っちゃって、マサキだって危ないんじゃ」

「これでも僕はこの戦場を楽しんでいるんだよ。僕の大っ嫌いな人間をこうやって苦しめられる事がね。その為なら少しのリスクまでは許容するさ。……それに、僕の全力を出す上で味方の存在が邪魔だということは知っているよね?」


 聖騎は地べたを転がる卓也の背中を踏みつけ、グリグリと足を押し付けながら言う。


「そうだね。あなたはそういう人だった」


 やれやれと肩をすくめて溜息を吐くメルンも卓也の頭を踏む。


「それでは我々は一刻も早く撤退するとしましょう」


 卓也の太ももの上に乗っていたアジュニンの言葉にメルンは頷く。そして彼女達の姿は一瞬にして消えた。


「あははっ、良かったね軽くなって。メルンはいつも筋力トレーニングしているからね。結構重かったよね?」


 メルンが消えた途端に聖騎は軽口を叩く。それに対する卓也の答えは無い。彼は痛みに悶えている。それを一瞥し、聖騎はノアに首を向ける。


「ノア、もはや君だけが希望だよ。僕にアレを使わせないでくれると嬉しいな」


 ノアはこの戦場を飛び、立ち向かってくる勇者達相手に暴れている。この戦闘を楽しんでいる彼は、聖騎の声に答えない。


「ああ、楽しそうだね。やっぱり人生は楽しんでこそだよね。僕も彼も人間ではないけれど」


 感慨深げに呟きながら、聖騎はノアの様子を見る。彼は勇者十六人を相手に、満足していた。


「クハハ……良いぞ、滾るぞ……」


 超高速で飛ぶノアの爪撃を善と練磨が受け止める。その隙をついて鈴、沙里、藍が飛び込む。三人揃って薙刀を振り下ろす。鈴と藍の攻撃はかわされた。だが、沙里の刃は彼の左肩を捉えた。


「やった……!」


 手ごたえを感じた沙里は表情をわずかに緩ませる。そして薙刀を一気に押し込む。彼女は勝利を確信しながら薙刀を緑色の血で濡らした。だが、彼女の隣の鈴は違和感を覚える。


「沙里、逃げて!」

「えっ……」


 沙里が戸惑うと同時に、ノアは獰猛な笑みを浮かべながら彼女の頭にかぶりつく。そして一気に首を引き、沙里の頭部を引き千切った。それを最後に沙里は絶命した。


「沙里! クソッ……!」


 沙里を味わうノアを見て、鈴は毒づく。彼女達はたった今まで順調に敵を撃破していた事から、このまま戦えばノアも順当に倒せると思っていた。その油断が敗因となり沙里という少女はあっさりと人生を終えた。だがそれに心を奪われている場合ではない事は自覚していた。だから即座に意識を切り替える。


「これ以上、誰も殺させない!」


 平子は床から壁を生やし、下からノアに打撃を加える。だがノアは上空に逃げて回避する。左肩から血を滴らせながら、痛みなど感じていないかのように飛び回る。そして彼は次の標的を平子に決定した。


「ふん。お前が一番面倒らしいな」


 肉食獣特有の鋭い眼光を受けて平子は震える。仲間の死の直後だった事もあり、死の悪寒に彼女は囚われる。


「で、でも……私は負けない! 私の壁は最強なんだから!」


 平子は声を張り上げ、自己暗示する。彼女が異世界生活の中で手に入れた精神安定法によって心を落ち着かせ、空中に壁を発生させる。そしてノアを壁で作った立方体の中に閉じ込めた。回避する暇も与えられなかったノアはそのまま、立方体ごと落下した。


「みんな! 今だよ!」

「オッケー、平子! よくやった!」


 平子の合図に彩香が賞賛で返し、そして魔術を発動する。他の者達も一斉に呪文を唱え始め、魔術攻撃を立方体に向けて放つ。平子の壁は魔術攻撃など通さない。だが、平子の感情一つで容易に消すことが出来る。勇者達の魔術攻撃が届く瞬間に平子は壁を消去し、中のノアを魔術の餌食とした。炎、雷、風など、多種多様な攻撃に呑まれ、ノアを爆煙が包む。それでも構わずに勇者達は力尽きるまで、全力で魔術を何度も何度も何度も何度も何度も撃ち続けた。


『我等の全力を見せてやりましょうぞ、山田氏!』

『ヤバい奴だが、これだけやれば倒せるよな、翔!』


 龍と翔に力を貸す蛇と梗が叫ぶ。そして……


『練磨、勝てるよね。私達』


 安全なロヴルード帝国にいるはずの美央が練磨にささやく。


「本当にゴメンな、美央。俺のせいで……」

『気にしなくていいの、練磨。私、こうして練磨と一緒にいられて幸せだよ。……でも、私こそゴメンね。練磨を置いて、私だけ先にいっちゃって……』


 この重要な最終決戦に赴く事が出来なかった美央は、その重圧に耐え切れず自ら命を絶った。身ごもっていた子供はロヴルード帝国の使用人――ではなく、聖騎に内緒でコネを作っていたラフトティヴ帝国の某貴族の家に預けた。母親が子より先に逝ってはならないという説得を何度もされたが、愛する人間を欺き続けた上に安全地帯にいるという事実は母としての責任を上回った。


「お前が謝る事なんて何一つ無い。悪いのはお前の力になってやれなかった俺だ」

『いいえ……。って、これ以上言い合うのも不毛ね』

「ああ、そうだな」


 互いに自責する事の無意味さに気付いた二人はただ、目の前の敵を倒す事だけを考えて魔術を使う。やがて魔力を使い切った者が一人、また一人と脱落し、やがて全員が疲弊して攻撃を停止する。彼らの猛撃は床を抉り、床だったものの一部は粉塵としてその場に漂う。


「やった……のか?」


 勇者達の中の誰かが呟く。ノアを包んでいた粉塵が晴れていく。そこには仁王立ちしている人影がうっすらと見えた。


「ククク……」

「ウソ……だろ!?」


 粉塵が完全に晴れ、全身から血を流すノアが獰猛な笑みを浮かべて立っていた。彼の背中から生えていた翼が無くなっている。翼で全身を包み、魔術攻撃に対する盾として使っていた。それでもノア本体は無数の傷を作ったが、ギリギリで命を繋いだ。もはや傷が無い所を探す方が難しい姿となった修羅はゆらゆらと揺れながら地を疾駆し、跳ぶ。


「クハハハハハハ……!」


 平子が立てた壁を幾枚も壊し、いつしか彼女の眼前まで迫っていた。


「ひっ……ひぃ! ひああああああぁぁぁぁぁ…………―――」


 自慢の壁を破られた事で恐慌状態に陥った平子は、横薙ぎされたノアの長い尾によって上半身と下半身に分かれ、その生涯を終えた。


「平子ぉぉぉ!」

「草壁氏!」


 彩香と龍がノアに向けて走る。彼らの理性は飛び、ただ一刻も早く凶悪な敵を目の前から排除したいという本能のままに走っていた。


「二人とも落ち着くんだ! ただ闇雲に走ったって……」

「ああああああああああああ!」


 秀馬の注意も聞かずに彩香の刀と龍の槍がノアを強襲する。その愚直な動きは容易く読まれ、見切られ、ノアの尻尾に二人まとめて薙ぎ払われた。城外へと飛んだ彼らは数百メートル下にある地面に頭から強打した。生存は絶望的である。


「こんな……ウソよ!」


 ここに来て立て続けの仲間達の死に、勇者達の士気は一気に下がる。中でも人一倍仲間想いの回復役である真弥はより強いショックを受ける。平子、彩香、龍といった面々は一緒に魔王軍への協力を強いられた仲で、彼女がより強い仲間意識を持っている者達であった。


「こんなの、もう耐えられない」


 真弥は自分のすべき事を把握している。味方全体を回復させる為に、戦場で最後まで生き残り続けなければならない。だからこそ前線からは離れて比較的安全な場所で戦いを見ている。


「絶対に、許さない!」


 永井真弥は頭の回転が速く、その場その場でやるべき事を冷静に考えられる女であった。そんな彼女は今追い詰められ、頭の中は真っ白になっていた。彼女はほぼ無意識のまま、回復の為だけに温存していた魔力を全て消費して一本の大樹を生み出した。


「永井さん! 何を!?」


 真弥の様子を見た秀馬が叫ぶ。彼女は愛用のレイピアを掴んだと思うと、その刃を自分の腹部に刺した。傍から見れば自暴自棄としか思えない行動に、勇者達は早まるなと叫ぶ。同時に、彼らの希望の象徴だった彼女が自殺という選択肢を選んだことに精神の均衡を崩しかける。その時、真弥の全身を緑色の光が包む。


「はあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!」


 真弥を包む光はドラゴンの形となった。緑色のドラゴンは大樹と融合し、体中から枝と蔓を生やしている。皮膚は樹皮となり、翼は葉に覆われ、背中からは太い幹が存在感を主張している。魔王軍時代に手に入れた奥の手、極限時龍化にアレンジを加えた真の奥義、窮極樹龍化きゅうきょくきりゅうかである。


「ほう……」


 その雄大な姿を見上げて、ノアは舌なめずりをする。この大陸に足を踏み入れて以降、彼は数々の強敵と相まみえてきた。しかしその龍はこれまでに見てきた何よりも圧倒的で、食欲をそそられる存在だった。


「永井さん……?」


 その存在感に秀馬達も後退る。この存在は本当に味方なのか、これと永井真弥の関係性は一体何なのか、そんな疑問が彼らの中に巻き起こる。


「真、弥……?」


 その姿には卓也も戸惑っている。彼にとって永井真弥とは心優しい幼馴染であり、激しい攻撃性を露にするこの龍の雰囲気が彼女のものだとは思えなかった。その時、彼の体を蝕んでいた痛みが何事も無かったかのように引き、黒い痣も消えていた。そして卓也は確信する。やはりこの龍は真弥なのだと。


「うわぁ、また何かすごいのが出てきた」


 聖騎も真弥の姿に息を呑む。軽い口調とは裏腹に、彼は危機感を覚えていた。


「ノア! 大丈夫!?」

「ククク、クハハハハハハハハ!」

「大丈夫そうだね」


 ノアは聖騎の言葉に答えず、ただ笑っていた。そのノアに、真弥から伸びる何本もの蔓が飛ぶ。翼が使えないノアは走ってそれから逃げる。彼は本能的に感じ取る。蔓に少しでも触れれば生気を搾り取られ、即死するであろうという事を。


「クク……さぁ、来い! 俺を満足させてみろ!」


 ノアは跳躍し、真弥の頭部に乗る。幾本の蔓が彼を狙うが掻い潜り、その巨体に爪を突き立てる。


「ガァァァァァァァァッ!」


 その痛みに真弥は声を上げる。その声はその場一帯の空気を震わせた。それでも真弥は決して止まらず腕を振るい、ノアを叩き潰さんとする。ノアは巨体に似合わぬ軽やかな動きでそれらの攻撃をかわす。


「チッ、ハデなご登場の割りには使えねぇな」

「だが、奴の注意はアレだけに向けられた。そういう意味では好機だ」


 咲哉が不満を呟くと、煉はそれを否定せずに言う。


「そうね。でもどうするのよ? アイツ、ボロボロのクセに無駄に身軽なのよ?」

「ボクに任せテ!」


 味方のステータスの底上げをしていたフレッドはノアに不快感を与えつつ、味方に影響を及ぼさない音の周波数を探っていた。


「ハァァッ!」


 ノアにとって耳障りが良くない音が鳴り響く。ノアの動きが鈍り、その隙をついて蔓が彼に巻き付く。


「くっ……、ぐぅぅぅぅぅ!」

「やった!」


 その劇的な効果に美奈が喜びの声を上げる。蔦はノアの生命力を奪う。


「さぁ、とどめだ!」


 秀馬は剣を握り締め、動けないノアへと斬りかかる。


「ぐぅぅぅ……ぅぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 ノアは力を振り絞り、何とか蔓を引き千切る。満身創痍の体を引き摺り、秀馬の一撃をギリギリでかわす。


「なんて気力だ……その傷で動けるなんて!」

「がぁぁぁぁぁぁ!」


 驚愕する秀馬に、ノアは言葉の無い叫びを返す。今の彼はフレッドの音を受け、真弥の蔓を避け、その上で秀馬と対峙している。そこには一分の隙も無く、秀馬はノアが本当に満身創痍なのかという疑問すら覚えた。


『秀馬、怖いか?』


 剣を握る手を震わせる秀馬に、内なる声が尋ねる。魂となって彼に力を貸している武藤巌である。


「巌……」

『確かに奴は強い。肉体も精神も完全に化け物だ。だが、お前だって負けてはいないはずだ。お前は神代の精神攻撃を自力で打ち破った。そして今のお前には俺がついている。お前は絶対に負けない』


 巌の激励を聞いて、秀馬はスーッと息を吐く。心を静め、剣を握る諸手に力を込める。


「そうだね、巌。ぼくは絶対に負けない。たとえ相手が文字通りの化け物だろうと、ぼくは絶対に勝つ! そしてこの世界を救う! それが、勇者の長としてこの世界に導かれたぼくの使命だから!」


 神経を研ぎ澄ませ、秀馬はノアを注視する。心を限界まで落ち着かせ、集中する。すると無意識のうちにノアの神速がスローモーションのように見えていた。ノアの一手先、二手先……十手先が手に取るように見える。相手の心を読むユニークスキル『読みリード』は進化して、限定的な未来視を実現した。


「この一振りに全てを賭ける!」


 その一撃は袈裟斬りとなり、ノアの左肩から右腰にかけてを斬り裂いた。肉どころか骨を断ち、ノアズアーク・キマイラという怪物の生命活動にあっけなく幕を引いた。

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