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神の化身

 武闘神チューズディ・グラ。戦の神兼獣の神として設定された『暴食』の神の化身はノアである。ひたすらに激戦を求めるチューズディは様々な世界を巡り、強敵を探し回っているという。


「ふむ、悪くない」


 ノアは自分の力が満ちていくのを感じる。しかしそれに違和感は覚えない。それは自分の力として体になじんでいる。


「チッ、一体何だってんだよ……」

「何だっていいさ、コイツらは殺さなきゃいけない、そうだろ!」


 翔が愚痴を零すと、隣の梗は一直線に走る。その様子に鈴は慌てる。


「待ちなさい高橋! 相手がどれだけ強いのか分からないのに突っ込んだら……」

「うるさい! オレは倒さなきゃいけないんだよ! アイツの母ちゃんってのが全部の元凶なんだろ!? それなら、アイツの仲間も全員敵だ!」


 そう叫び、梗はノアへと飛び掛かる。だがその時、ノアの姿はそこには無かった。


「梗、よけ――」

「があっ」


 鈴の悲鳴は梗の吐血とほぼ同時だった。ノアは神速で梗の背後に回り込み、背中に爪を突き刺した。神の加護を受けていて、大抵の攻撃は無効化できるはずの梗の体は無慈悲に、激しい流血を伴って倒れる。


「梗!?」


 翔は悲鳴を上げる。ノアは梗の右腕を強く握り、力任せに引っ張った。それはある程度の抵抗はあったものの、割と容易く千切れた。その腕をノアは口内に入れ、咀嚼する。


「ふん……普通だな。神の力を持つ者の腕、さぞかし美味いのかと思ったのだが、期待外れだ」


 ノアがつまらなそうに食レポをしていると、真弥のスキルにより梗の腕と背中の傷は治っていた。神により治癒能力を圧倒的に強化された真弥は、これまでなら回復不可能だった部分欠損を瞬時に治癒する事が可能となった。それを見てノアは思う。


「そう来るか。ならば……」


 ノアは激しい魔術攻撃を受けながらも梗を手放さない。鋭い爪が身体に食いこんでいる梗はどうにかそこから逃れようとするが、出来ない。ノアは無言のまま、梗の頭を自分の口元へと持っていく。


「くっ……」


 梗のもがきも虚しく、ノアは梗の頭蓋骨にかぶりつく。骨を噛み砕く鈍い音がしばらく続き、その後に血を啜る音がズズズと鳴る。そしてみるみるうちに、梗の体は喰い尽された。


「クソ……よくも梗を!」

「やはり普通だ」

「ふざけるなぁぁぁ!」


 咲哉は魔術によって生み出した炎の剣でノアに斬りかかる。あらゆるものを切断する彼の剣をノアはかわす。


「ほう、お前は割かし美味そうだ」

「黙れ……殺してやる!」


 咲哉は殺気を放ち、走る。常人には目で追う事すら叶わない速さで戦場を駆け、ノアもそれに対応する。それを翔、藍、鈴もフォローする。それを横目に見ながらサリエルは呟く。


「いつも楽しそうで良いわねぇー、ノアは」


 サリエルは叡智神マンディ・アワリティアの化身である。常に新たな知識を求める『強欲』のマンディは魂の神兼妖精の神である。迷える魂を導き、管理するという設定で、あらゆる魂を操る事が可能である。そして彼女は今ここに、命を落とした勇者十四人の魂を召喚している。この中には、聖騎に所有権があった四人の魂も含まれている。


「うふふっ、感動の再開よぉー」


 サリエルは邪悪な笑みを浮かべ、勇者達に魂をけしかける。彼らはユニークスキルを積極的に使い、自分達の生前の正体をハッキリと示す。


「あ、ああ……」


 勇者達は彼らを前に動きが固まる。かつての共に剣を向ける覚悟は彼らには無かった。魂があるのならどうにかして復活させられる可能性があるかもしれない。そんな思いを抱いていた。そんな彼らを嘲うように、ミーミル、ローリュート、アジュニンが立ち塞がる。


「せっかくだから、オレ達も暴れるか」

「そうねぇ。アタシも結構いい能力もらったし」

「サリエルの手駒を増やす事への貢献を実行」


 彼らはそれぞれ、慈悲神サーズディ・イーラ、創造神フライディ・ルクスリア、時空神ウェンズディ・アケディアの化身である。サーズディは巨人の神兼農民の神であり、水を清めたり、大地に恵みを与えて作物を育たせる能力を持っている。その派生として、金属を操作してあらゆる形を作る事も出来る。フライディは美の神兼鍛冶の神であり、無からあらゆるものを作る事が出来る。この世界そのものを創り、それこそが彼の最高の芸術作品だという設定もある。ウェンズディは時間と空間を司る神で、機械の神兼旅の神である。世界が出来る前に時間と空間の概念を創ったという設定であり、時間と空間を自由に操る事が出来る。


「って事で、死ねや!」


 ミーミルが叫ぶと、床の金属が溶け、そして一本の大斧を作り出す。ミーミルはそれを掴む。


「じゃあ、やっちゃってぇ」


 ローリュートは無から数体の鋼の人形――ゴーレムを作り出す。通常のゴーレムとは違う芸術的な美しさのそれらは、勇者達を殲滅せんと動き出す。


「戦闘開始」


 アジュニンは触れた相手の時を進める能力を手に入れた。それを使うべく移動する。


「クソッ、なんだコイツら!」

「固ぇ……」


 翔と翼がゴーレムに斬りかかるが無意味に終わる。そしてゴーレムの拳が二人を大きく突き飛ばす。周りは壁の無い空となっているがそこからは何とか落ちずにすんだ。平子が特大の壁を作り、彼らをキャッチした。


「はぁぁぁぁぁっ!」


 彩香が土属性魔術による広範囲攻撃を行う。それによりゴーレム達の体力を少しでも削ろうとするが、変化は起こらない。


「おらぁ、ボケっとしてる暇はねぇぞぉ!」

「クッ……!」


 そこにミーミルの大斧が振り下ろされる。彩香は体を回転させ、すんでの所でそれをかわす。それと同時に抜刀し、その勢いのまま斬りかかる。それは大斧に受け止められた。


「ハッ、やるじゃねぇか」

「うる……っさい!」


 神の力により腕力が向上している彩香は、全力を出して鍔迫り合いを繰り広げる。そこに星羅と沙里が加わる。


「彩香ちゃん! 大丈夫?」

「……には見えないけどね」


 星羅は木属性魔術による魔力吸い取り、沙里は風によるかまいたちでミーミルに立ち向かった。


「この無駄に数が多いコイツらをどうにかしねぇとやべぇぞ!」


 善はゴーレムに向けて炎を放つ。全力を込めた炎はゴーレムに無効……と思いきや、わずかに表面が溶けているのを見付けた。善はそこに好機を見出す。


「おい。炎を使える奴は手伝え!」


 その呼びかけに応じたのは咲哉と煉だった。


「チッ……よりにもよってお前が一緒か」

「黙れ。さっきの神への生意気な態度を俺は許していない」

「きめーんだよカルト野郎! お前なんか神代だ。この神代!」

「貴様……人としての俺を完全否定するとでも言うのか。良いだろう……その喧嘩、買ったぞ」

「って、そんな場合じゃねぇだろ!」


 何故か険悪な空気を作った咲哉と煉を善は仲裁する。すると二人は、一体でも多く敵を倒した方が勝ちとでも言わんばかりに魔術を使いだした。二人の雰囲気に圧されながら、善も攻撃に参加する。


「あのゴーレムは咲哉達に任せるとして」

「オレ達はアイツをどうにかするか」


 翔と翼はノアに視線を向ける。彼の放つ殺気は敵の中でも桁外れであり、視線を向けるだけの事にかなりの勇気が必要だった。だが両目にしっかりとその姿を焼き付ける。すると秀馬、龍、練磨もそこに来た。


「ぼく達も彼と戦うよ」

「かなりの強敵……しかし逃げるわけにはいきませんな」

「ああ、絶対にブッ殺す」


 三人は武器を構えて走る。その姿を捉えたノアは満足そうに笑う。


「ならば来い。ゆっくりと味わってやる」

「その余裕、いつまで続くかな!」


 ノアの言葉に秀馬は、風と同時に言い返した。ノアはそれに遠慮なく立ち向かう。


「あなたは神代の次に許せないわ。本当に命を何だと思っているの?」

「それこそマサキの言葉を借りるなら、種族間の価値観の違いよ。私達レシルーニアは古来から魂を操って生きてきた。それを変えろって言われたってどうしようもないわぁー」

「価値観の多様性は認めるわ。そして自分と違う価値観を受け入れられる人は立派な人だと評価されることが多いわね。でも私はそんなお利口な女じゃない。私の価値観ではあなたはどうしようもない悪党。だから絶対に許さない。ただそれだけよ」


 魂で自分を囲むサリエルに鈴が啖呵を切る。その傍らには藍、美奈、小雪が立つ。


「私の気持ちは鈴と一緒。アンタは許さない。許しちゃいけない!」

「命は玩具じゃないって事を教えてあげる!」

「死者を自己の利益の為に利用するなど、絶対にあってはなりません」


 散々な非難を受けたサリエルは皮肉気に笑う。


「へぇー、それじゃ私も手加減は出来ないわぁー」


 サリエルは容赦なく魂たちを使役する。そんな彼女達の後方にて聖騎とメルンが立っている。


「いやぁ、すごいね。ここまで彼らと張り合うなんて。やはり神の力は見くびれないね」

「でも私達は負けない。そうでしょ」

「そうだね。メルンがいる限り、僕達の優位は揺るがない」


 メルンはロヴルード七曜大罪神の主神、絶対神サンディ・インヴィディアの化身かつ子孫というややこしい設定を持っている。太陽神兼弓の神であるサンディは神々の王として、敵対する者から力を奪い、味方に力を分け与える能力を持っている。


「でも、相手も相手で味方全体を底上げする能力があるんだね。やっぱりあの音?」


 メルンが指摘した通り、この戦場では音が奏でられている。フレッドのユニークスキルにより、味方と認識した相手のステータスを大幅に上昇させている。


「そうだね。まぁ、メルンはこっちの生命線なんだからそう無理はしないでよ」

「分かってる。だからコレを使うんじゃない」


 メルンは愛用の弓を構えて答える。そして矢をセットし、勇者の一人に狙いを定める。そして放たれた矢は打ち落とされた。


「させるかよ!」


 卓也はメルンの矢を剣で狙い、弾いていた。


「落ち込むなー。私の弓が見切られるなんて」

「仕方ないよ。彼は勇者の中でも卓越しているからね。本当に腹立たしい事に」


 聖騎はつまらなそうな目を卓也に向ける。その視線を受けて卓也は答えた。


「神代、俺がお前を止めてやる!」


 卓也は剣を振り上げ、一直線に斬りかかった。聖騎はその斬撃を右手で受け止める。


「黙ろうか。君は本当に邪魔だ」


 煩わしい羽虫を振り払うように、聖騎は軽く手を横に払って卓也を転ばせた。

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