神代到来
「クソ……どうしてこんな事に!」
仲間達が次々と倒れていく様を見て、卓也は毒づく。戦闘不能、あるいは絶命して勇者達は倒れていき、現時点で立っている者の数は少なくなっている。
(マズい……そろそろ力も尽きかけている)
彼自身よく分かっていない謎の能力により、彼は普段の何十倍もの力を発揮して戦っている。だがそれは聖騎の幻術の前にひらひらとかわされているという状況である。まるで相手にされていない。
「正々堂々と戦え、卑怯者!」
「僕は勝つ為に最適な方法を取っているだけだよ」
卓也の叫びに、聖騎は幻聴によって答える。聖騎は体力と防御力がすこぶる低いため、格闘戦を得意とする相手の攻撃範囲に入った時点で敗北が確定する。そして聖騎はわざわざ勝率をゼロにするような戦術は取らない。
「黙れ……! 真弥が痛がっているのはお前のせいだろ!」
「そりゃあ、僕の敵として立ちはだかっているのだから仕方ないよ。痛いのが嫌ならさっさと逃げればいい」
「逃げたら逃げたで、結局権力を持ったお前の被害に遭うんだろうが!」
「あぁ、そうだね。これは一本取られた」
聖騎の声に苛立ちつつ、卓也は拳を握りしめる。そしてこの状況を打開するにはどうするべきかを考える。今ここで戦局を大きく変える何かをしなければ、仲間達は更に倒れる。だが今でも全力で戦っていて、これ以上何をどう頑張れば良いのかが分からない。だが彼にはたった一つ、詳細の不明な要素があった。
「なぁ、お前。聞いているんだろう!?」
卓也は突然大声で問い掛ける。その言葉に聖騎は首を捻る。
「まぁね。だからこうして会話をしているんじゃないか」
怪訝に思う聖騎の言葉を卓也は無視する。すると卓也の心の中に声が響いた。彼にとっては聞き慣れた青年の声だった。
――――ああ、聞いているぞ。
「お前は一体何なんだ? これまでずっと俺の事を助けてくれたけど、何者なんだよ?」
卓也の言葉の内容から、それが自分に宛てられたものではないという事に聖騎は気付く。そして、卓也の中の声は答える。
――――我が何者なのかを気にしている場合では無かろう。
「この状況を何とかするには、お前の力が必要なんだ! だから俺は、お前を知りたい!」
――――ふん、貴様はこれまで自分の事を信じ続けた。結果として貴様は成長した。そんな貴様を我は気に入っていた。
脳内の声は冷たい。その突き放すような声にも負けずに卓也は言う。
「お前に気に入られなくたって関係ない! 俺はここで勝たなくちゃいけないんだ! その為なら何だって使う! 何か代償が必要だって言うんなら何だって払う! だから、俺に力をもっとくれ! あんな奴を放っておく訳にはいかないんだよ!」
卓也は聖騎を一刻も早く倒したいという気持ちでいっぱいだった。だからその為には何だってする。その思いを正体不明の何かに全身全霊で伝えた。本当ならば自分の力だけで倒したい。だが、現実的に考えて、勝てる気がしない。だからこうしてプライドを捨てて、他人の力にすがろうとしている。その後数分の沈黙が訪れる。敵味方問わず「何をしているのだろうか」という視線が向けられるが、それも気にせずに謎の声の答えを待つ。
――――成程。貴様の覚悟は理解した。……そうだな、我が貴様に更なる力を与える事自体は可能だ。だが、それは貴様の想像するほど単純ではない。我等が力を行使するという事は、貴様の想像以上の規模の影響が及ぶ。
「我等? お前は一体何なんだよ?」
卓也は目を点にする。想像以上とは一体何なのか、本当に一ミリも想像できない。すると声は、驚くべき事実を口にした。
――――我が名はアフラ・マズダ。絶対的な正義の神だ。我はこの世界とも、貴様が生を受けた世界とも違う世界にて貴様を見てきた。当初の貴様は未熟で甘い部分こそあれど、信念は曲げなかった。そして守りたいものを守るために、如何なる脅威にも立ち向かい、そして多くの人々を直接的に、あるいは間接的に救ってきた。そして、屈強な戦士へと成長した。
「何を……」
アフラ・マズダの突然の語りに卓也は戸惑う。
――――今は自己紹介をしている場合では無いな。さて、強大な力には責任が付き纏う。その制約からは如何に神と言えど例外ではない。強大な力を有する神ほど、少し動くだけで他の世界に影響を与えてしまう。それにより、本来ならば繋がるはずの無かった世界同士が衝突し、何も知らない民が突如として異世界に迷い込んでしまう事例が発生する。その者を下手に戻そうとすれば、また別の世界に影響を与える。もっとも、我等はこの世界と貴様の世界が最初に衝突した時に対処するべきであった。そうしていれば、ここまでの大事には至らなかった。そうは思わんか? アマテラスよ。
アマテラス、その名は卓也も知っている。日本神話に登場する最高神で、太陽の神である事までは把握している。そして彼の脳内には女の声が響く。
――――そうですね。私達には責任があります。私は禁忌を犯してでもあなた方を助けなければなりません。古木卓也さん、私達の力をあなた方にお貸しします。
「力を……?」
卓也が呟いたその瞬間、空が黄金色に輝く。光は塔となった魔王城・玉座の間を照らし、そこには数多の人型の存在が落ちてくる。
「何だ……?」
「これは、一体……」
咲哉と鈴が戸惑いの声を漏らす。彼らだけではなくそれを見た全ての者が、その神秘的な光景に目を奪われていた。そしてそれは、聖騎も例外ではない。
「やはり僕達の仮説は間違っていなかったか……やはり、神という概念は存在した」
空を見上げ、聖騎は満足そうに呟く。その目には巫女服のような衣装を着た黒髪の女、つばの広い帽子を被った老人、頭がハヤブサのようになっている人型の存在、体が蛇のようになっている女、三つの眼と十本の腕を持つ男、長い白髭を蓄えた老人、そして、一際眩い輝きを放つ青年がゆっくりと天から落ちてくる様子が見えた。
――――神代聖騎よ。
その時、聖騎の脳内に声が響く。それは老人のようにしわがれ、しかし落ち着いた雰囲気の声だった。
――――我が名はオーディン、此処に顕現せし神の一柱だ。尤も、此れは我が力の一部に過ぎんがな。
(……の、フリをした天原先生というオチですか?)
聖騎は動じずに軽口を叩く。その問いにオーディンは特に態度も変えずに答える。
――――否だ。我は紛いも無くオーディンである。まぁ、彼奴が我を騙るにしても同じ事を言うだろうがな。そのような事はどうでもいい。神代聖騎よ、貴様の進む覇道は無駄な犠牲を出し過ぎる。いや、貴様は既に十の世界を滅ぼした。貴様の母親程ではないが、もはや人が裁くには手に余る程の罪を犯した。
(はぁ、神様の事情はよく知りませんが、犯罪を未然に防ぐのではなく泳がせておいて、犯罪を行った所で犯人を捕まえて、点数稼ぎをする警察官の真似ですか。実際にそういう警察官がいるのかは知りませんが)
――――確かに我にも落ち度がある。それこそ貴様の言う通り、神の事情によるものだ。我等にも色々と制約があるのでな。だから、これまでに犯した貴様の罪には目を瞑ろう。
(僕が言うのも何ですけど、結構な命が消えてるんじゃないんですか?)
――――ふん、それこそ貴様が言った通りだ。命が死のうと生きようと、魂が存在するのには変わりない。ただ、短い間にあまりにも多くの命が消えれば、天国や地獄や煉獄の入口が大変混雑してしまうのでな、あふれた魂をどこか別の世界に移さなければならない。
(要するに、この世界を今滅ぼしたら僕も異世界転生が出来るという事ですか?)
――――生憎だが貴様は優先的に地獄行きだ。そもそも異世界転生といってもそうそう簡単なものではない。魂と世界には相性があって、その魂に適合した世界を探しつつ、人数をバランスよく分配させなければならない。これが中々に骨の折れる作業らしくてな、ワルキューレ共はよく愚痴を……いかんな、話が逸れた。とにかく、我らの使命は世界群を維持する事。だからこそ、これ以上世界群を揺るがしかねない貴様らを止めねばならんのだ。
異世界転生云々については、以前山田龍と柳井蛇から聞いた話の受け売りである。一時は友情らしきものを深めた彼らの片方は死亡し、片方は今敵としてここにいる。それに特に感慨を持つ事なく、聖騎はオーディンと会話する。
(それで、僕はこの後どうなるのでしょう?)
――――我々としては、貴様がこれ以上何もしないというのなら特例として罪を与えないとしよう。その後の人生の中で善行さえ積めば、死後に天国に行く事も可能だ。ただ、神の裁きは受けずとも人による裁きは受けるだろうがな。
(でしょうね。でも僕は嫌ですよ、そんなの。僕は自由に生きるんです。僕は僕にとって都合のいい世界を創るんです。その邪魔をする者は、たとえどんな存在であろうと排除する。僕はそう決めた……決めたんだ。だから、あなた達の――君達の言う事は聞けない)
聖騎は輝く神々の一柱――帽子の老人オーディンの姿をしっかりとその眼に捉えて言った。そしてオーディンは聖騎と話すのと並行して、他の神々と共に、卓也達に力を与える事を宣言した。
「ねぇねぇ、どうするのマサキ。なんかすごいのを敵にしちゃいそうなんだけど」
「あははっ、そうだねぇ」
「笑ってる場合じゃないでしょ! 絶対ヤバいって! なんか神とか言ってたけど絶対ヤバいから!」
メルンは聖騎の襟元を掴んでガクガクと揺らす。それでもなお余裕のある聖騎とは対照的に、あからさまに慌てている。それをローリュートがたしなめた。
「落ち着きなさい、メルン。ここで負けを認めたら、アンタ公開処刑確定よ。比喩じゃなくてガチな方のね」
「それはそうだけどヤバいでしょ! 私何か間違ったこと言ってる!?」
そんな会話がされている一方で、生き残った勇者達は神と名乗る存在の言葉を聞いている。特に煉と小雪の表情は真剣だった。
「私達は神という立場でありながら、皆様にすべてを与える事が出来ません。この無為な戦いで命を落とした方々を生き返らせる事も、それに皆様を元の世界にお帰しする事も。力の一部を貸し与える程度の事しか出来ない私達を許してほしいとは言いません。ですが、皆様の勝利を願っています」
アマテラスは高天原の最高神とは思えない程謙虚に頭を下げる。
「ああ、ホントだよ。俺達をこの世界に連れてきたのはただの人間なんだろ? それなのに神が俺達を帰せねーってどういう事だよ」
「ちょっと、咲哉」
そして咲哉は神が相手とは思えない程不遜に言葉を叩きつける。それを鈴が諫める。
「何だよ鈴。コイツなら夏威斗を……それ以外の連中も助けるくらい出来たって良いだろーが。神なんだからそれくらい出来て当然だろ! っつーか出来ろよ! 俺は神様なんて詳しくねーが、すげー奴がいっぱいいるって事は分かる!」
「落ち着け。そもそも神がわざわざ俺達の目の前に降臨した事に感謝するべき所だろう」
怒る咲哉に煉が言う。家柄上、神に対する思いが人一倍強い彼にとって咲哉の態度は許しがたい。二人の間に一触即発の空気が流れようとした時、白鬚の老人ゼウスが割って入る。
「国見咲哉、お前の気持ちは痛い程に分かる。お前は神代聖騎を憎みながらも、彼奴を倒す事よりも仲間を優先する優しい人間じゃな」
「黙れ! 適当な事を言うな!」
「ワシらも力を結集させ、お前達をどうにか救う。その為にはまず世界群を安定させる必要があるのじゃ。ややこしい事を言うつもりはない」
咲哉に噛みつかれても気にせずに、ゼウスはにっこりと笑う。そして各勢力の神々が集まり、生き残った勇者達――国見咲哉、桐岡鈴、佐藤翔、高橋梗、数原藍、永井真弥、土屋彩香、草壁平子、山田龍、面貫善、伊藤美奈、百瀬錬磨、藤川秀馬、緑野星羅、鳥飼翼、司東煉、御堂小雪、フレッド・カーライル、そして古木卓也――に力を分与した。我の強い神々はそれぞれの言葉を我先にと口にする。彼らの言葉はバラバラだったが思いは一つ……この戦いの勝利を願っていた。
「力が、みなぎってくる……」
「動……ける」
「やれる、今の俺達なら!」
勇者達の中にはほぼ満身創痍の者もいた。それでも、命が辛うじてでも残っていた者達は一様に力を手に入れ、息を吹き返した。彼らはこれまでにない異能力や驚異的な身体能力を手に入れ、感覚的に聖騎の居場所も割り当てる。
「そこだ!」
卓也は聖騎の幻術を突破し、一瞬にしてリートディズの眼前まで移動する。そして右手を軽く振るうと、その胴体に穴が開く。聖騎はリートディズ内の異空間の中にいるのだが、機体が一定以上の傷を負えばその異空間に歪みが生じ、空間ごと聖騎達も消滅する危険性がある。だからそうなる前に聖騎達は機体を出た。
「あーあ。希少金属をこれでもかというほどに使っているんだけれど」
「お前は終わりだ。俺達相手には絶対に勝てない。投降して、罪を償うんだ」
聖騎の目の前に卓也は立ち、剣を向ける。ノア、サリエル、ミーミル、アジュニンも窮地に陥っていた。彼らに目をやりつつ、聖騎は不敵に答える。
「嫌だなぁ。僕はこの世界で自由に生きる。その為の邪魔はさせない」
「それが多くの人の自由を奪ってきたお前の言う事か!」
「他の人がどうかなんて関係ないよ。自分にとって都合のいい環境を求めるのは生物として当然の事だと思うけれど」
「お前、やっぱりおかしいよ」
卓也は呆れたように呟く。それに対して聖騎は問い掛ける。
「おかしいと言えばさ、疑問に思うべき事があると思うんだけれど、分かるかな?」
「何だよ?」
「何だっていい、神代を殺せ!」
思わず聞き返す卓也に咲哉が怒鳴る。
「あ、ああ」
卓也は頷き、剣を振り下ろす。しかし聖騎の態度は余裕そのものである。
「僕が神様の立場だったら、君達に力を分散するよりも、僕一人をパワーダウンさせると思うんだけれど」
それがどうした、と卓也は内心で答えながら剣を聖騎の肩に入れる。しかし、剣はそこで止まった。
「なっ」
卓也はギリギリと剣を押し込む。しかし、それ以上剣が進まない。彼の知る限り、聖騎は防御が圧倒的に低かったはずである。そんな彼が、神の力を借りた上での一撃を受けてもなお無事である事が信じられない。
「どういう事だ!」
卓也は思わず叫ぶ。聖騎は不敵に笑う。
「神という概念が存在するであろう事は僕も予測していた。その上で、もしも神を敵に回す事になった時に備えていたんだ」
「何だと……?」
「この世界特有の性質なのか、他の世界にも言える事なのかは知らないけれど、信仰というのは力を持つらしい。五年前、ラフトティヴ帝国の宮殿は戦乱の中でも致命的なダメージは受けなかった。それが国民の力の象徴だからだと考えた僕はそれをヒントに、神を創造した。君も知っているかな? ロヴルード七曜大罪神」
「あ、ああ……、でもおかしくないか? お前が何年前にその神様を考えたのか知らないけど、俺達がこの世界に来たのが六年前だ。それより少ない時間で神様なんてのを定着させるなんて、おかしいだろ」
卓也は戸惑いながら言い返す。聖騎の言った言葉が真実ならば、自分には勝ち目がない。それを認めるのが嫌で、頭を働かせて言葉を絞り出す。
「あはは、それは尤もだ。だけれど僕は、未来の僕にこの戦いの勝敗をゆだねた。僕はこれからの人生を宣教活動に割り当てた。そして、未来の僕に『過去の改変』をやってもらった」
「未来のお前……?」
「知っているかい? この世界の魔族という種族も過去の改変によって生まれたんだ。絶対神サンディ・インヴィディア、叡智神マンディ・アワリティア、武闘神チューズディ・グラ、時空神ウェンズディ・アケディア、慈悲神サーズディ・イーラ、創造神フライディ・ルクスリア、統世神サタディ・スペルビア。七つの大罪をモチーフにして考えた七柱の神の化身が僕達という設定だ。ちなみに僕は『傲慢』なサタディの化身でね。魔術の神で司法の神という設定だね」
「……」
聖騎の言葉は卓也の理解を超えていた。神を創造して自分の化身とするという事がどういう事なのか、卓也にはまったくもって分からない。
「という訳で、神の力を受けてみてよ」
気の抜けた言葉と共に、聖騎の神御使杖が輝いた。




