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孤高の半魔と凡百の勇者

回想部分は7話『打ちのめされる無能』の補完です。

「君は幻術に対する完全な耐性を持っているのかと思ったけれど、実はそうでもないのかな? それとも演技中?」


 卓也は全力を込めて聖騎へと斬りかかったが、彼の剣は空を切った。第六感を習得している彼は視覚と感覚によって聖騎の存在を確信して攻撃したのだが、聖騎はその両方を騙していた。


「黙れ……!」

「しかし、よく動けるね。君の痛覚もかなり刺激しているはずなのに」


 聖騎は魔術も魔導も死霊召喚も使わずに、ユニークスキルだけを使って戦っている。視覚、第六感、痛覚を騙し、苦しむ卓也を見ている彼はこっそりとリートディズのコックピットに移動していた。ローリュートとメルンも一緒にいる。


「いやぁ、大変な事になってるね」

「誰のせいよ」


 聖騎の一言にローリュートが突っ込む。あくまで「この世界の人族の中では強い方」であるメルンと「この世界の人族の中ですら弱い方」であるローリュートにとってこの戦場は桁違いの場所であり、避難せざるを得なかった。そしてローリュートは外から見える景色を紙に描いている。


「それにしても、あのフルキ・タクヤってコ、すっごいイケメンねぇ。アタシ、すごく欲しいわぁ」

「生け捕りにするかい?」

「そうねぇ、出来ればお願いしたいわ。でも、あのコすごくハート強そうだし、無理っぽそうだから別に良いわよ」

「そうなんだ。それじゃあ僕は彼のハートに挑戦してみるよ。じっくりゆっくりいたぶって、音を上げさせたら僕の勝ち。逆に僕が耐え切れなくなって、魔導を使うハメになったら僕の負け」

「魔導を使った時点で客観的には勝ち確定だけどね。ホント、遊びすぎでしょ」


 メルンが呆れるように言う。彼女は弓を大事そうに手入れしていて、いつ戦うことになってもいいように備えている。


「そうねぇ、でも今回に関しては遊んでいるというか、本気なんじゃないかしら?」

「えっ、どういう事?」


 ローリュートの反論にメルンが聞き返す。聖騎も何が言いたいのだろうと思いながら彼の言葉を待つ。


「マサキ、アンタは彼を必要以上に敵視してない? 他のコへの態度と比べてネトッとしているというか……何て言えばいいのかしら? なんか、感情が重いって感じがするのよね」


 その言葉に聖騎は反論しようとしてやめた。否定する事に意味がないと思ったからだ。だから彼は白状する。その時彼はこの世界に来た初日の、永井真弥との会話を思い出していた。



 ◇



 勇者として戦うことを強いられた聖騎達は激しい訓練をさせられていた。身も心も疲弊した聖騎が割り当てられた部屋で休もうとしていた時、真弥が部屋を訪れた。


「あっ、神代君。卓也はいない?」

「うん、いないし僕もどこにいるのかは知らないよ」


 聖騎は卓也と同じ部屋を割り当てられていたのだが、この時卓也は部屋にはいなかった。真弥は卓也の姿がいない事を心配し、彼を探していた。実のところ卓也は聖騎がけしかけた佐藤翔達によって体をボロボロに傷付けられている最中なのだが、当然ながらそれは言わない。今の聖騎は人と話すような気分ではなかったのだが、なし崩し的に彼女の話を聞く事になった。


「私、小学生の頃いじめられてたんだよね。最初は男子からからかわれて、その後から女子の陰湿なのが始まって、私は学校に行くのも嫌になっちゃった。それでしばらく不登校になった私を助けてくれたのが卓也だったの」


 真弥は言いながら、聖騎が話を聞いている様子が無いのを感じる。しかしそれでも話を続けた。


「その時卓也と私は別のクラスで、そもそも一回も同じクラスになった事なんて無かったから、お互いの事を知らなかったの。それなのに卓也は、学校に来なくなった人がいるっていう噂を聞いて、私の担任の先生と一緒にうちまで来てくれたの。私、ビックリしちゃってて、そんな私の気も知らないで、学校に来てほしいって言ってくれたの。すごく必死な顔でさ。そこまでしてくれた卓也に私は怒鳴って、酷い言葉も言っちゃって、それでも一生懸命説得してくれたの。そしたら、もっとこの人と会いたいって思うようになって、会うためには学校に行かなくちゃならなくて、それで私は学校に行くことを決めたの」


 聖騎としては、疲れている状況で何故こんな話を聞かなければならないのかとうんざりした気分でいっぱいだった。話すにしても別のタイミングではダメだったのかと不思議だった。しかし、真弥の言葉は止まらない。


「それで、学校に行って教室に入ったらさ、既に卓也がいたの。それで私をいじめるなって、大きな声で叫んでた。教室の空気は『コイツバカじゃないの?』みたいな感じだったんだけど、でも結果的に私へのいじめは収まった。だけどその日から、卓也は学年中からいじめの標的になったの。それがもっと広がって、上級生や下級生からも色々言われるようになったんだけどね。だけどね、卓也は絶対にやり返さなかったの。私が庇おうとしたら「良いんだ」なんて言っちゃってね。それで気付いたんだけど、卓也は誰かが傷付くのを何より嫌うの。いじめられてる人だけじゃなくて、いじめてる人もね。その為なら自分なんてどうなったって構わないみたいな、そんな人なの、卓也は」


 それは生物として破綻していると聖騎は思った。自分よりも他者の事を想うという姿勢は彼には理解出来ず、気持ち悪いとすら思った。この時自分を人間だと信じて疑っていなかった聖騎は、そんな理解出来ない相手を消してしまいたいという思いを強めた。


「そんな考えだから、卓也って今まで損ばかりしてきたんだよね。でも、本当にカッコよくて、強くて、いつも一所懸命な自慢の幼馴染なの。だから神代君も、卓也の事を助けてあげて欲しいの」


 真剣な眼差しを向けて、真弥は卓也に懇願する。だが聖騎は疲れている所に、理解できない価値観の持ち主の話をされて、苛立ちが最高潮に達していた。


「うん。彼の事はよく分かったよ。それじゃあそろそろ帰ってくれるかな」


 その淡々とした態度に真弥は怒鳴った。自分の大好きな人間を心から馬鹿にされているようで、我慢の限界だった。それから言い合いが続き、結局二人は険悪な関係のまま別れた。



 ◇



「でも意外ねぇ。アンタ、人が何を思おうが関係ないってスタンスじゃない」

「自分でも不思議だよ。僕は彼を本能的に拒絶しているんだ。本当に身も心もボロボロにして、その惨めな姿を目に焼き付けたい」

「うわぁ、本当に発想が根暗」


 聖騎の台詞にメルンがドン引きする。彼とはそれなりに長い間過ごした彼女ですら、その発言は心底痛々しいと思った。しかしそんな態度などどこ吹く風と、外の戦闘の様子を眺めている。


(それはやっぱり、僕も半分は人間だって事なのかな? 自分と違う価値観の存在を排除したがるのは)


 そんな事を思いながら、聖騎は遠隔的に卓也を痛め付ける。しかし卓也は屈しない


(そう言えば盲点だった。彼は自分が傷付くよりも他人が傷付くのを見るのが嫌なんだよね。丁度彼女もいる)


 聖騎は勇者側の回復の要となっている真弥に目を向けた。


「あははっ」

「あー、悪い顔してる」


 表情をほころばせた聖騎を、メルンはジトリとした目で見る。しかしそんなものなど気にせずに、聖騎は真弥の両手の指先の痛覚を刺激する。


「うっ……」


 突然の電撃が走るような痛みに真弥は顔を歪める。しかし痛みの範囲は徐々に広がり、手のひら、腕、胸、そして全身が痛みを訴える。


「うっ、うぅ……何、これ……?」


 真弥は呻きつつ自分を回復させる。しかしそれでも痛みは消えない。


「真弥、どうしたの!?」


 彼女を側で守っていた彩香が詰め寄り、声を掛ける。真弥は激痛にビクビクと体を震わせている。その様子は前線で戦っている卓也達にも伝わる。


「永井さん!?」


 秀馬は動揺し、動きを硬直させる。


「うふっ、スキ有りよ」


 その時サリエルの操る魂の炎が秀馬を襲う。一瞬の油断は彼に致命傷を与えようとしている。その時、彼の体が右へと投げ出された。


「秀馬!」


 彼の横で戦っていた巌は秀馬を突き飛ばした。その勢いにより巌が炎に飲み込まれる。


「くっ……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……!」

「巌!」

「あぁーあ、君のせいでその子、黒焦げになっちゃうわよぉー」


 サリエルは巌に続々と炎を注ぐ。彼女の高い魔法攻撃力から繰り出される炎は、巌をみるみるうちに焼き尽くす。


「巌ぉぉぉぉぉっ!」


 秀馬は魔術で風を起こし、炎を吹き消す。だが既に巌の大部分は焼け焦げていた。その無残な姿に勇者達は動揺し、動きが止まる。


「……」


 アジュニンの放った閃光は、一瞬の隙をついて静香の胸――心臓を貫いた。血液がどっと流れ出し、衣服を赤く染める。


「波木……クソッ!」


 巌の死に連なる静香の死は、更なる動揺の連鎖を生む。それを皮切りにノアは沙里にとどめを刺す。


「あははっ、想像以上の効果だ」


 安全地帯で戦いを眺める聖騎は、楽し気に呟いた。その眼は次々と倒れていく仲間達を見て悔し気に呻く卓也の姿を捉えていた。

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