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救世の勇者

 聖騎や彼のクラスメート達の周りには殺風景な空間が広がっていた。天井、壁、床――その全てがのっぺりとした灰色のプレートで作られていた。


(何かな? 立体映像……だとして、こんなものを見せる意味は? )


 聖騎が周りを見渡しながら考えていると、部屋の中心には少女がいた。自分と歳はあまり変わらないと聖騎は判断した。


(うん、自分の容姿に余程自信が無いと出来ないよね、あんな恥ずかしいコスプレ)


 金髪碧眼のその少女は、アニメやゲームに出てくる魔法使いの様な服装だと聖騎は感じた。先端に球体のついた杖を掲げており、彼女を中心とするように床には魔法陣が描かれていた。魔法陣は少女の元へと収束して行き、消滅した。眼を閉じていた少女は開眼する。ざわめく聖騎のクラスメート達は、彼女の発した声によって止まる。


「皆様、突然お呼びして申し訳ございません」


 透き通るような声で謝った少女は頭を下げる。しかし聖騎のクラスメート達はあまりの出来事に何も言うことが出来ない。頭を上げた少女は言葉を紡ぐ。


「私はエルフリード王国第一王女、エリス・エラ・エルフリード、あなた達をこの世界に導いた魔術師です」


 少女――エリスの言葉は聖騎達を混乱させる。


(何を言っているのかな?)


 聖騎はエリスを凝視する。申し訳なさそうな顔をしているように彼には思えた。それが本気か否か、彼には分かりようもないが。彼のクラスメート達はお互いに疑問を投げ掛けあう。しかし答えなど出ない。彼らを代表するように、クラス委員長の秀馬がエリスに質問する。


「ぼく達をこの世界に導いた……とはどういう事でしょう?」

「はい。私達の住む『ラートティア大陸』は現在、『ヘカティア大陸』を統べる魔王・ヴァーグリッド率いる魔物達によって支配されようとしているのです。この国は強力な魔術師が多いゆえ、今のところは無事ですが、いつ滅んでもおかしくない状況なのです。そこで我が国は『勇者伝説』に記された方法で異世界から勇者を召喚し、魔王軍の殲滅をお手伝いして頂こうと考えました。それが皆様なのです」


 エリスの説明を受けた聖騎のクラスメート達はしばらくポカンと呆けるが、なんとなく言っていることを理解した彼らは次々と罵声を浴びせかける。


「ふざけるな! そんな勝手な事を!」

「テメエらの世界がどうなろうと、俺達には関係ねーだろ!」

「マジ最悪ー、死んで欲しいんですけどー」

「つーか、もとの世界に帰せし」

「この他力本願クソビッチが!」

「死ね」

「クズ」

「消えろカス」

「そもそも、ウチらに戦えとか言われても無理だから」

「オレら普通の中坊ですしー」

「もし戦えたとしても戦わないけどな」

「ばーかばーかばーか!」


 これだけの罵声を受けてもエリスは動じない。


「もちろん、魔王軍を殲滅した暁には出来る限りの報酬を用意致します。それに伝説によると、皆様は私達の世界の人間よりも戦闘の才能が有り、更にそれぞれが固有の特殊能力を持っているとのことで、皆様でしたら魔物とも戦えると言われています」

「だーかーらー、戦える戦えないじゃなくて、俺達が戦う理由はねーだろ? 今すぐ俺達を戻せ。もーどーせ、もーどーせ……ほら、お前らも」


 クラスのいじめっ子のリーダー的な存在である国見咲哉くにみさくやに煽動され、クラスの者達は手を叩き『戻せコール』を始める。


「もーどーせ! もーどーせ! もーどーせ! もーどーせ…………」

「黙ってよ!」


『戻せコール』は真弥の一喝により止む。


「あなた達はエリスさんの気持ちが分からないの!? エリスさんの申し訳なさそうな顔が眼に入らないの!? エリスさん達は困ってて、苦渋の思いで私達を頼ってくれたのよ。それなら助けるしか無いじゃない!」


 真弥は叫ぶ。そこで秀馬が口を開く。


「確かに彼らはやり過ぎだったとは思う。でも永井さん、実際にぼく達が戦うなんて無理じゃないかな?」

「無理なんかじゃ無いわ!」


 秀馬の意見に一言で返す真弥。秀馬は眉をひそめる。


「その根拠は?」

「エリスさんが言ったからよ。私達は魔術っていうのの才能が有るって。私は、エリスさんを信じる」


 真剣な表情で真弥は言う。秀馬は人を簡単に信用する彼女に呆れつつも、感心する。


「やれやれ、永井さんの決意は揺るがないようだ。みんなはどうする? ここで困っているエリスさんを放っておくのと、それともエリスさんを――いや、この世界を救う勇者になるの、どっちを選ぶ?」


 その言葉に、クラスの者達は考え込む。永井真弥と藤川秀馬、二人はクラスの中で圧倒的なカリスマを持つ。そんな二人に影響され、彼らは決意する。


「分かったよ。やればいいんだろ? やれば」

「そうしないと戻してくれなさそうだしね」

「俺達が勇者、ねぇ」

「そんじゃあいっちょ――」

「やぁぁぁぁぁってやるぜ!」

「おい、最後まで俺に言わせろよ!」


 そんな中、反対する者もいた。


「まったく、ふざけるのもいい加減にして欲しいよね」


 神代聖騎だった。クラスメートの視線が集まることを鬱陶しく感じながらも彼は続ける。


「そこのお姫様に従って魔王軍とやらを殲滅したとして、本当に僕達を元の世界に帰してくれると思う?」

「約束します。戦いが終われば必ず皆様を元の世界に戻します」


 エリスは断言する。


「戦いが終われば……ね。疑わしいけれど、僕達は戦闘の才能が有るらしい。つまり、お姫様の言葉が正しければ僕達はかなりの戦力という事になる。僕はこの世界の事情なんて知らないけれど、もしもこの国が他国と戦争にでもなったとき、僕達はそれに参加させられるかも知れない。都合のいい兵器としてね。ねぇお姫様、本当に魔王軍との戦いが終わったら僕達を帰してくれるの? この国に何があっても良いように、保険として僕達をずっとここに置いておこうとか思わない?」

「それは……絶対に……」

「本当に言い切れる? もしかしたら戦争によってこの国が滅亡の危機に陥るかも知れないよ? 」

 

 氷の様な視線をエリスに向けながらの聖騎の言葉にクラスメート達はざわめく。そして、萎縮するエリスの代わりか、真弥が反論する。


「神代君、その時はその時よ! 困っている人がいたら助ける。そうでしょう?」


 聖騎はやれやれと首を横に振る。


「想像力が足りないよ」

「えっ?」

「僕達はこの世界で戦うことになる。つまり、いつ死ぬか分からないんだよ? どんな歴戦の戦士だろうとちょっとしたミスで死ぬかも知れない。もし君が死んだら元の世界には帰れない訳で、つまり君のご両親は困るっていうレベルじゃなくなる。君はそれを想像したかい?」


 真弥は眼を見開く。そしてこの言葉は真弥以外の者にも衝撃を与えた。戦うことは死と隣り合わせになるということ、それを改めて考え、恐怖する。


「確かに、戦うなんてアホがすることだ」

「都合よく利用されるなんて真っ平ゴメンだね」

「ウチもやっぱり帰りたい……」

「俺も想像力が足りなかったのか……」


 級友達の言葉を聞いて、真弥は迷う。秀馬も考え込む。エリスを助けようと考えていた彼らも、死ぬ可能性があることを考えれば迷わざるを得ない。


 そしてエリスも俯く。自分の世界を守るためなら何だってする、そう決意していた彼女だが、実際に指摘されたことにより自分が如何に残酷な事をしているのかに思い至った。今では再び『戻せコール』が起きている。


「もーどーせ! もーどーせ! もーどーせ! もーどーせ!」


 このクラスは別に不良生徒が多いわけでもない。いじめっこのリーダー的存在である国見咲哉やその取り巻きは不良生徒と言えるが、普段は大人しい者達が集まるグループなどもいるし、秀馬や真弥と仲の良い、暗くも悪くも無い者も多い。しかしそんな彼らでさえも、エリスという一人の少女を敵視していた。理不尽に戦わせられる事になるのだから、それも当然である。そこには引きこもりの少女、舞島水姫もいる。秀馬や真弥は『戻せコール』にこそ参加していないものの、帰りたいという思いが有るためか、彼らを止めることもしない。


(それにしても、お姫様はなかなかのメンタルの持ち主のようだね。この暴力的なまでの空気の中、申し訳なさそうな顔をしながらも、何も言わずに立っているんだから。ご立派な事だけど、正直ちょっとムカつくかなー)


 聖騎がそんなことを考えていると、一人の女子生徒がエリスに向かって歩いていく。そして、その頬を力の限り叩く。エリスの体は思いきり倒れる。


「うっ」

「いい加減に戻せよクソ姫! 何でウチらがあんたの世界のために戦うんだよ! 勇者? ハッ笑えるね!」


  少女は倒れたエリスを何度も踏む。すると、男女問わず他の生徒達も集まり、踏んでいく。


「君達、いくらなんでもやり過ぎだ!」

「そうは言うけどよ委員長、コイツは何言っても俺らを戻そうとしないんだぜ? そんなら、分からせるしかねえと思うんだがな。俺らがどんだけムカついてるかってのをな! お前だって帰りたいだろ?」

「それは……」


 級友の一人の言葉に秀馬は口ごもる。彼の正義は一人の少女を複数で攻撃するという行為を許せないが、彼だって人間である。ましてやただの中学生。自分の命が惜しい彼は強く反論できない。エリスの白い肌に痣が出来ていくのを見ているだけしか出来なかった。


 そんな状況で、一人の少年が立ち上がる。

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