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肩透かしの勇者

「感じる……この先だな」


 身体の全感覚が研ぎ澄まされた卓也は本能的に、強い存在を感じ取る。その存在がいるであろう部屋に続く扉は本来専用の鍵をマスターウォートから奪わなければ開けられないものだったが、卓也は腕力で鍵を破った。その中には、彼にとって想定外の光景が広がっていた。


「やぁ、もう来たんだ」


 そこには神代聖騎の姿があった。何故かゴシックアンドロリィタのドレスを着ていて、室内であるにも拘らず日傘を差している。その後ろにはやたらと露出度の高い服を身に纏った銀髪黒肌の妖精族サリエル・レシルーニア、隆々とした肉体に様々な動物のパーツを併せ持つ全身凶器の獣人族ノアズアーク・キマイラ、既に全世界で最も発言力の強いロヴルード帝国の若き女帝メルン・アレイン・ロヴルード、水色の長髪が特徴的な天才技術者にして芸術家ローリュート・ディナイン、巨人族でありながら知能が高く強力な水魔法の使い手であるミーミル・ギガント、空間を自由に操る機械天使アジュニンといった面々が勢揃いしていた。それはさながら、悪の組織の幹部を連想させた。


「神代……なのか?」

「うん。君が倒しに来たであろう魔王様がこれ」


 聖騎は自分の真下に倒れている黒髪の人物を指で示す。そのそばには黄金色の仮面が転がっていた。


「お前がやったのか?」

「それ以外どう考えられる? ああ、そうだ。何か言いたい事があるなら聞いてみたら?」


 戦慄する卓也に聖騎は妖しく笑って答える。その姿は順当に年を取った青年相応のものだったが、それでも中性的な妖艶さを醸し出していた。戸惑う卓也に内なる声が告げる。


 ――――注意せよ、その者は良からぬことを考えている。そして貴様に幻覚を使っている。


「えっ?」


 卓也が疑問に思ったその時、聖騎の姿が変わる。青年ではなく、この世界に来た時と変わらない少年の姿となった。


「お前……どういう」

「えっ、何が?」


 聖騎が聞き返すと、アジュニンが声を発した。


「フルキ・タクヤに異空間からの接触を確認」

「ああ、そういう……」


 聖騎は何かに納得するように頷く。だが卓也には意味が分からない。


「それがお前の本当の姿なのか? 神代」

「ああ、幻視が解けたのか。そうだね、ならば正直に話そう。実は僕は人間ではないんだよ」

「何を言っているんだ」

「彼の顔を見てみてよ」


 聖騎はそう言いつつ、倒れている人物の頭を上げる。その顔立ちを見て卓也は息を呑む。それは幻術を解かれて顔が変わる前の聖騎と瓜二つだった。


「僕はこの魔王様の息子らしい。ところで君は、魔王様とお話をしにここに来たんだよね?」

「ああ」

「残念だけれど、それは叶わないよ。それは今ここで倒れているからという訳じゃない。まず聞きたいんだけれど、どうして魔王様は自分で人族の所に攻め込まないんだと思う?」


 その質問に卓也は困惑しながらも答える。


「えっと……、実はあんまり強くないとかか?」

「うん、そうだね。この状況を見ればそう思うのが自然だ。だけれどそんな事は無いよ。彼はたった一人で戦えば容易に人族を滅ぼす事だって出来た。四乱狂華も一緒にいれば尚更簡単だ。その上で聞くよ、何故魔王様は自分で直接……言い方を変えよう、本気で人族を滅ぼそうとしなかったのだと思う?」


 卓也の混乱は更に強まる。面白がるように自分を見てくる聖騎に苛立ちつつ頭を悩ませるが、答えは出てこなかった。


「何でだよ?」

「魔族という存在は元々この世界の住人だったという訳ではなく、僕達の世界の研究機関――天振学園の人間に創られた生物なんだよ。この世界の支配者ともいえる存在だった人族の敵としてね。魔族の存在によって、縄文時代くらいの文化レベルだったこの世界は数百年の間に中世後期のヨーロッパ並の文化レベルと魔術を手に入れたっていう話だ。すごいよね」

「す、すごいな」


 歴史はあまり詳しくないが、すごいような気がした卓也は頷く。そして聖騎は続ける。


「つまり魔族はあくまで世界を変革させる存在。戦争が文明を発展させたようにね。だから、人族を滅ぼすというポーズはとっても、本当に滅ぼしてはならない。だからね、どんなに君が戦争をやめようと訴えようと、魔王軍は人間の敵であることをやめる訳にはいかないんだよ。理屈ではなく、本能的に無理なんだ。だから、人族と魔族は共存できない」


 聖騎の言葉に卓也は押し黙る。だが、納得は出来ない。現に彼はコーラムバインという魔族と共闘していた。そして何より――


「事情はよく分かんねぇけど、お前だって半分魔族なんだろ? 俺達はクラスメイトとして一緒に教室で過ごしてた! それなら、人族と魔族が手を取り合う事だって簡単なはずだ!」


 卓也は六年前、中学時代の事を思い出す。あまり関わりは無かったが、聖騎と自分とは紛れもない級友だった。だが、聖騎の返しは彼の想像外のものだった。


「随分とふざけた事を言うね。魔族が人の敵として創られた事の意味を分かっていないようだ。……まあいいや。僕はこうして魔王様を倒した。この死体を回収して、僕達は帰るとしよう」

「えっ」


 聖騎の言葉に卓也は違和感を持つ。


「何かな?」

「いや帰るのに魔王の死体が必要なのか?」

「みんなに知らしめなけれなならないからね。魔王の脅威は去ったという事を世界中の人々に」


 続いての聖騎の言葉から、卓也は違和感の正体に気付く。卓也としては魔王を倒した、という条件を満たしたのですぐに元の世界に帰れるのだろうという前提で話をしていた。だが聖騎は、あくまでこの世界の中で、人族の大陸、ラートティア大陸に帰るという話をしていたのだ。卓也は質問する。


「なあ、俺達ってこれで元の世界に帰れるんだよな?」

「いや、帰れないよ」


 卓也の確認のつもりの質問に聖騎はあっさりと首を横に振った。そして次の卓也の質問を予測した聖騎は説明を加える。


「さっきも言った通り、この世界は天振学園の人間の実験場だよ。魔王様を倒せなんていうのは僕達に与えられた目的。学園の研究はまだまだ続くだろうから、僕達は帰させてもらえないよ。そもそも、あの世界よりも弱い物質で構成されたこの世界の空気やら水やらを長い間取り込み続けた僕達の体は、あの世界に耐えられないらしいけれど」

「それって、どういう事だよ! 俺達は元の世界に帰るために今まで戦ってきたんじゃないのか!? 何だよそれ……世界に耐えられないって」


 卓也は感情を高ぶらせて聖騎に詰め寄る。聖騎はやれやれと首を振る。


「僕にそれを言われても困る。……まあ、だからこそ僕は世界間移動を可能にするための研究をしている最中なんだけれど……おや」


 聖騎は言葉を止める。すると彼らのもとに続々と見知った顔が現れる。司東煉、国見咲哉、藤川秀馬、永井真弥などと言った者達だった。

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