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魔王と魔王子

 ヴァーグリッドは腰を下ろす。傍らのバーバリーは下の階の戦況を随時報告してくる。マスターウォートは順調に敵の数を減らしているとの事だ。それと引き換えに城の至る所が壊れているが、ヴァーグリッドはそれを織り込み済みである。


「本来この城は絶対的な防御結界によって守られている。しかし、任意の箇所の結界の解除は可能。そして現在は、城の外壁とこの部屋の壁以外の結界を解除している。裏を返せば、この部屋の壁を壊す事はほぼ不可能だ」

「はい。世界の管理者によってその様に設定されています。つまり、この世界の中の存在に壁を壊す事は不可能です」


 ヴァーグリッドの呟きをバーバリーが補足する。その時、彼女達は上から轟音を聞く。そして大地が揺れるのを感じる。


「バーバリー、何事だ?」

「突如、上空から大量の魔粒子の反応が確認されました。詳細は不明です」

「そうか……しかし、この衝撃はただ事では無いぞ」


 やがて、システム的に守られているはずの天井がミシミシと軋む。そこからヴァーグリッドは一つの仮説を口にする。


「よもや、世界の外側からの攻撃ではあるまいな?」

「まさか……」


 その仮説にバーバリーは戦慄する。その時、天井には穴が開き、そこからは光が漏れる。最初はチラチラと微かなものだったが、やがて輝きは強くなり、天井を砕き、横の壁も上から壊していき、それらを構成していた金属は微粒子レベルにまで分解された。


「……」


  ヴァーグリッドはフロア全体に半球状のバリアを展開させて、バーバリー達を守る。その上に光の柱が伸びている。それにより、押し潰されそうな感覚を得る。それでもバリアには出来る限りの魔粒子を注ぎ込む。その甲斐もあってか、バリアに囲われた範囲から下だけを残して城は守られた。


「収まったか……。バーバリー、被害は如何ほどのものか?」

「それが……このヴァーグリッド城の周囲が焦土となりました。この城も、中心の柱のお陰でなんとか建物の体を保っている状態です」


 バーバリーはためらいがちに報告する。現在上空からヘカティア大陸を見ると、中心に円筒の建物があり、その周囲に窪みが出来ているように見える。空気中の水分と同化する事が出来るバーバリーは空中でその様子を見つつ、その上にいるであろう敵の姿を探す。そして天高く漂う人型の物体を発見した。その背中には左右六枚ずつ、計十二枚の翼が背中から伸びていた。全身は純白で、頭上には金色の輪を浮かしている。それはまさしく天使と言うべき姿をしていた。その天使はゆっくりと降下している。バーバリーは思う、これはただ事ではないと。


「いやぁ、世界十個分のエネルギーを受けて全壊しない建物って何なのかな?」

「興味あるわねぇー、どんな原理であんな風に残ってるのかしら?」


 天使からそのような声をバーバリーは聞く。そうしている間にも天使はゆったりと高度を下げる。


「それにしても、すごい衝撃だったわぁ。まさかフリングホルニがバラバラになっちゃうなんて。アジュニンちゃんがとっさに空間連結しなかったら大変なことになってたわ。今アタシ達、リートディズの中にいるのよね?」

「肯定。フリングホルニ船内の空間とリートディズコックピットの空間を連結し、船内の皆様をリートディズ内に誘導することにより、間一髪で皆様を救出出来ました」

「つーかコレってオレとあんま大きさ変わんなかった気がするんだが、どうなってんだよ……」


 天使――リートディズは外見以上に、中の異空間が広くなっている。それにより巨人族であろうとも余裕で中に入る事が出来ている。


「それでローブも焼けちゃって、中身が丸出しになっちゃったんだっけ。っていうか何で飛べるんだっけ。ヴェルダリオンは人の体の動きに対応して動くんだから、羽が無い人族が乗るヴェルダリオンは飛べないんじゃなかったっけ」

「質問ばかりする騒々しい女だな。静かにしていろ、喰い殺すぞ」


 リートディズを操っているのは紛れもなく聖騎である。彼は舞島水姫との戦闘により『騙しチート』を取り戻した。対象の感覚を騙し能力である『騙し』によって、「自分には生まれた時から翼があった」と自分を騙し、背中に翼を空想し、その空想の翼を動かす事により機体の翼も動かしている。それにより飛行を可能とした。


「まぁ、なんだかんだでラスボス戦だ。その前にお話ししたい事があるのだけれどね」


 聖騎がそう言っているうちに、リートディズは円形となった玉座の間に着地する。その目の前に座るヴァーグリッドは口を開く。


「随分と礼儀を知らぬ者が現れたものだ。人の家の天井を壊して入ってくるとはな」

「あはは、随分ととぼけた事を言うね、ヴァーグリッド。君は魔族の王として人族を長年苦しめてきたのに、礼儀とか何とか言うなんて」

「フフ、それもそうだな。しかし余輩は初対面だったはずだが、随分と馴れ馴れしいな。カミシロ・マサキよ」


 リートディズの中から発せられる聖騎の声に、ヴァーグリッドは言葉を返す。仮面を被っている彼の感情を聖騎は読み取れない。


「僕にとって全ての生物は等しい存在だからね」

「ふん……しかしそなたはバーバリーを通して知っているのではないか? 余がそなたの父であることを」


 ヴァーグリッドは傍らバーバリーを一瞥し、そして再び前を向く。聖騎はコックピットの中で頷く。


「関係ないよ。僕は敬意を払うべき相手にだけ払う。単に父親だというだけでは尊敬も何もないよ」

「ふむ、なるほど。正論だな」

「それで、まあ僕は君を殺しに来た訳だけれど、良いかな?」

「ここで余が首を横に振るとどうなる?」


 聖騎の質問にヴァーグリッドは質問で返す。それに対して聖騎は言葉で答えない。彼はリートディズの巨鎌ヘル・イマギニスを振り上げる。その刃先を白の魔粒子が疾り、ヴァーグリッドへと飛ぶ。それを予期していたかのように、ヴァーグリッドは先程のように半球状のバリアを展開させる。


「成程。分かりやすい」

「あぁ、やっぱり力押しじゃ倒せないかぁ」


 傷一つ出来ないヴァーグリッドを見て聖騎は呟く。すると彼の後ろにいるメルンが呆れたように言う。


「ねぇ、アンタ魔王をバカにしすぎじゃない?」

「そうだねぇ、流石にナメ過ぎたか。それなら……」


 聖騎が言うと、ヴァーグリッドの体は急にガクッと崩れた。彼だけでなくバーバリーも、サンパギータ達も同じように倒れていた。どうにか体勢を立て直そうとするが上手くいかない。


「貴様……そうか、余輩の平衡感覚を狂わせて……」

「へぇ、やるねぇ。それに気づくなんて」

「あなた……先程から黙っていれば!」


 相変わらずの聖騎の態度に業を煮やしたバーバリーが吠える。主の話に水を差すまいと黙っていた彼女だが、聖騎の不遜な振る舞いに感情を高ぶらせている。彼女は体を水化させ、一本の巨大な槍となってリートディズを貫こうとする。


「ふむふむ、そう来るか。君の対処は中々厄介だよ。こちらの攻撃は霧散されれば当たらないし、向こうは僕達の体の中に入ってきたり、体の水分を奪ってきたりする。まあ、異空間の中にいる僕達にその類の攻撃は無意味だけれども」


 聖騎は余裕の表情で言う。


「だからさ、僕は君を倒す事を諦めた。だからヴァーグリッドをいたぶって、君のイライラを楽しむとするよ」

「黙りなさい! 私がいる限りヴァーグリッド様は傷付けさせません!」

「良いねぇ、良い顔だよ! そんな顔をもっと見せてほしいなぁ」


 すると聖騎は目の前に黒い龍を生み出す。影のように黒いそれは口から炎を吐き、未だ立てないヴァーグリッドを焼かんとする。だがそれはバーバリーが水の壁となることで防がれる。


「すまぬ」

「構いません! ヴァーグリッド様のお役に立てる事こそが私の喜びですので!」


 黒龍に向かって、ヴァーグリッドやサンパギータは不安定な姿勢のまま魔法による攻撃を放つ。それらは黒龍に命中するが、特に変化は起きない。


「どういう事だ? これはレシルーニアの能力で呼び出した魂だと思ったのだが……? 攻撃を受けても無事だと?」


 ヴァーグリッドは困惑し、呟く。その呟きに聖騎は笑う。


「はぁ、そこまで気付くかぁ。さすがだね。正解だよ。これは魂。それに闇の魔粒子で作ったアーマーを着せているんだよ。だから多少の攻撃なら耐えられる。ところでさぁ、炎の龍って聞いて何か心当たりない?」


 そう言われても、炎を吐く龍などこの世界にはありふれている。だがあえてそう言うという事は、この炎の龍は自分にとって特別な存在なのだろうかとヴァーグリッドは考える。そこから導き出される結論は一つ。


「まさか……ハイドランジアか!?」

「せいかーい。僕達が最初に出会った四乱狂華のハイドランジアちゃんでしたー! いやぁ、あの子を倒した時は快感だったよ。僕の仲間にあの子の心の中を覗かせて、過去を知ったんだ。その情報を基に幻術で空を見せてあげて、友達になろうって言ったんだ。そしたらあっさり承諾してくれてね。その後、僕に騙されていた事を知った時のあの子の表情は最高だったよ!」


 聖騎は嬉々として語りだす。かつての自分の仲間であり、自分の事を尊敬してくれていた少女を傷付け、そして殺したという話にヴァーグリッドは憤る。


「貴様ぁぁぁぁぁぁ!」

「おお、怒っちゃったか。でもせっかくならその仮面を取って欲しいなぁ。君の怒った顔が見たいよ、ヴァーグリッド。友達になるって言った時ね、あの子は君と敵対する事を恐れていたよ。そして今、あの子は君に炎を吐いているのだから皮肉なものだよね」


 ハイドランジアの魂はこのフロアの上を自在に飛び回り、炎を吐き、玉座の間を焼き尽くす。その激しい攻撃にバーバリーの防御も限界があり、水壁の向こうへと炎は抜けていった。


「くっ……」

「さてさて、ではお祭りを始めようじゃないか」


 すると聖騎は魂を次々と召喚する。これまでに彼が殺してきた妖精族、獣人族、巨人族、魔族、そして人族の魂は金色の玉座の間を黒く染める。それらは各に暴れ始める。


「小癪な……」


 いつの間にか体勢が戻っていたヴァーグリッドは、迫りくる魂の群れを剣で振り払う。一突きしただけで魂は消えるが、その量が生半可なものではないので徒労感が大きい。大規模魔法を放つという方法は、周囲に味方がいる状況では取れない。


「あはははははは! 優しいねぇ、忠義心の強い彼女達は君の足枷になる事こそ拒むだろうにぃ!」

「黙れ! 彼女達はこれからも余にとって必要な存在だ。それに、余は魔王として、配下を踏み台にして生き延びるような恥を晒す訳にはいかぬのだ! そなたのような小物には解せぬだろうがな!」

「挑発のつもりかな? プライドばかり気にしているうちに死んじゃいましたじゃ笑い話にもならないと思うけれど」


 淡々と答えた聖騎はこれまでの集大成と言わんばかりに魂を操る。その圧倒的な質量の前にサンパギータ達は次々と倒れていく。その筆頭であるハイドランジアの働きは目覚ましく、影のような見た目も相まって不気味さを演出している。


「さぁ、遊びもここまでだよハイドランジア! 君の大好きな魔王様にとどめを刺すんだ!」


 聖騎は心から楽しそうに叫ぶ。ハイドランジアは聖騎の思いのままに、かつて憧れた空を舞う。そして全力を込めた一撃を放とうとする。


「さぁ、これで終わり……何!?」


 その時ハイドランジアは後ろ――聖騎の乗るリートディズの方を振り向く。そしてその顎が大きく開かれる。


「どういう事かな……? この魂に意思は無い。僕の命令に背くなんて……ありえないはずだけれど」


 聖騎は自分ではなくヴァーグリッドを攻撃するように命じる。だがそれにハイドランジアは応えない。そしてリートディズに向かって炎を吐いた。


「サリエル、こんな事ってありえるの?」

「いやぁー、私も初めてだわぁー。命令者に背く魂なんて。状況が状況なら、もっと詳しく調べたいところだけど……」

「今はそんな場合じゃないね。じゃあ、一旦消えてもらおう」


 聖騎はハイドランジアの魂を消滅させる。それを見てヴァーグリッドは言う。


「ハイドランジアには感謝せねばならぬな。あのような姿になってまで余を想ってくれているとは」


 ヴァーグリッドは仮面の中で瞑目する。そして上を見上げ、リートディズを睨む。


「そなたの仇、余が討つぞ」

「私もお手伝いします。ヴァーグ……くっ」


 バーバリーは急に呻きだす。そしてヴァーグリッドも急に力が抜ける感覚を得る。平衡感覚を狂わされたのとはまた違う、自分の中の何かが抜けていく感覚。そして聖騎はニヤニヤと笑う。


「いやぁ、今のが僕の本命だよ」

「本命……?」

「ああ、沢山の魂の中に忍ばせていた僕の本命。触れた相手のスキルを奪う、『奪いプランダー』の能力者の魂さ。すごいね、君は。信じられないほどのレアスキルを持っていたんだね。もっとも、それらは既に実質僕のものだけれど。特にこの『能表書換』はすごい、ステータスを自在に書き換えられるなんて。もっとも、能力発動までに時間がかかるから、戦闘中には使えなそうだけれど」


 聖騎は舞島水姫の魂を操り、バーバリーとヴァーグリッドからスキルを奪っていた。


「ああ、『完全幻術耐性』なんていうスキルも作っていたんだね。だから急に平衡感覚の狂わせからも回復したと。それに君はこれまでも、その時その時に合わせてスキルを作って対処してきたんだね。それと『忠誠心力化』とか『領土力化』なんてものも持ってた。それぞれ、配下の自分への忠誠心とか領土の広さに比例してステータスが上がるスキルだね。彼女には無意味なスキルだけれど、それでも君から奪えたという事実は大きい。それに厄介だった『半球結界』も、ついでにそっちの水と同化する『明鏡止水』もゲット。いやぁー最強だね。彼女は水使いだから相性はバッチリだ」


 スキル強奪、それに対する対策を怠っていたヴァーグリッドは悔やむ。そして聖騎の楽し気な声に歯ぎしりをした。

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