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抑えきれない愛

 天振学園理事長、振旗葉一郎は権力者である。広いコネクションを持ち、警察上層部やマスコミ、挙句の果てには国会議員との繋がりを持っている。世間に露呈してしまえば殺されかねない非人道な研究を、権力をフル活用して隠してきた。研究は盤石であり、何が有ろうとも続けられる。そう信じて疑わなかった。


「振旗葉一郎、貴様を逮捕する」


 だから、自宅の目の前で自分が銃を持った男達に囲まれる光景など想像もしていなかった。



 ◇



「振旗先生との連絡が途絶えた?」

「はい。一昨日から電話を掛けても出なくて……。名古屋での用事は終わって、帰ってきているはずなんですけど」


 天振学園の研究室にて、神代怜悧は振旗一葉の報告に首を捻る。一葉は今年大学を卒業し、正式にコロニー・ワールド計画に参加している。彼女の父親である葉一郎は計画の責任者の一人であり、自ら各地の権力者の許を訪れて協力者を募っている。


「それは心配ですね。何も告げずに行方をくらませるとは。振旗先生に限って不倫なんてありえないでしょうし。天原先生はご存じありませんか?」

「いや、私も知らんよ。もしかしたら、とんでもない事態が起きているやもしれないな」

「とんでもない、ですか」


 天原の言葉を一葉は反芻する。


「ああ、とんでもない事さ。君は何か知っているかな? アイシャム君」


 天原は部屋にいた白人の男に問い掛ける。アイザック・アイシャム――学園にネイティヴの英語教師として赴任しているアメリカ人は話を振られて、特に態度の変化を見せずに答える。


「さあ。私は何も」

「そうかい。では九条君、心当たりはあるかね?」

「私達も知りません」


 次に話を振られた九条琴乃は、組織を代表して首を横に振った。


「そうかそうか。もしかしたら、案外気にする必要もないのかもしれないな。一葉君」

「そうですね」

「というか、君が一番気にしていないように見えるのだが」

「それはありません。心臓が張り裂けそうなくらい心配で心配で辛いのです。そんなこと言わないでください」

「本当に心配しているのならそこまで饒舌にはなれんよ」


 あっけらかんとした態度の一葉に天原は呆れた声を出す。そして自分の目の前のモニターに目を向ける。そこには彼の分身であるマスターウォートの戦闘の様子が映し出されていた。


「いやぁ、流石はラスボス直前の幹部戦だけあって被害も甚大だ。さてさて、彼らは勝てるかな?」

「彼らは私達の想定以上の成長速度を見せています。しかし、ヴァーグリッド様に挑むには少々早すぎた気がしますね。マスターウォートにこれだけ苦戦されているのですから、ヴァーグリッド様に敵う道理がありません」

「そうだな。君の息子さえいればまだマシな戦いも出来ただろうに。彼は世界の外に出ていってしまった」


 天原が聖騎の話題を出すと、怜悧の表情が見るからに変わる。


「そうですね。彼は世界の外で一体何をしているのでしょう。世界群の様子はここから見る事が出来ませんし。早くバーバリーの目の前に現れてくれれば良いのですが」

「しかし、彼が考えている秘策に、バーバリーは勝てるかな?」


 不敵な笑みを浮かべて天原は言う。怜悧がそれに答えようとした所で、これまで沈黙を貫いてきた近衛茉莉が驚きの声を上げる。


「怜悧様、大変です!」

「何ですか、茉莉」

「これを見てください」


 そう言って、茉莉は自分のコンピュータの画面を示す。一同がそれに目をやると、そこにはインターネットのニュースサイトのページが開かれていた。その記事によると、葉一郎が懇意にしていた国会議員数人が逮捕されたとの事だった。


「これは……」

「これだけではありません。他にも……」


 茉莉はページを切り替える。すると警察上層部がとある組織と繋がりを持っているという疑惑について記事が書かれていた。


「この記事、一体どなたが? 大手マスコミ各社は我々が抑えているはずですのに」

「それが……マスコミの中でも最大手の所です」

「何故、今更彼らが裏切るのです? 各社の重鎮の家族を人質に取っていたのですよ? 余計な事をすれば異世界に送ると。……茉莉、今すぐ送りましょう」


 怜悧は珍しく慌てて茉莉に命じる。すると茉莉が答えるより早く、部屋の扉が開く。


「人質というのは、この子達の事か?」


 その低い声音に部屋にいる者達は振り向く。その顔は茉莉と琴乃には見覚えがあった。


えん小父様」


 神崇組織『神世七代』のナンバー2である大宮司の位につく男、司東焔は袴に身を包み、刀を腰に下げて現れた。背後には同様に袴を着た集団と、幼稚園児から高校生くらいまでの少年少女を連れている。それを見て茉莉は呟いた。


「久しぶりだな、近衛家の出来損ない」

「どういう事でしょうか。神世七代は私達の研究に協力するはずでしたが?」

「司祭様が天啓を得たのだよ。神代怜悧を止めよとな」


 焔は無表情に告げる。司祭とは神世七代のトップである飛鳥井日輪あすかいひのわの事である。その言葉に天原が反応する。


「ほう、つまりアマテラスが動いたか」

「馴れ馴れしく最高神様の名を口にするな、下衆が」

「随分な口の利きようだな。こう見えて、私も神なのだが」


 焔に睨まれて、天原は余裕の笑みを浮かべる。彼の言葉に焔は動じない。


「司祭様を通してそれについては把握している。天原孝司郎――いや、アマツカサノミコト。あまりの凶悪さに歴史から抹消された邪神よ」

「ふむ。奴はそこまで教えたか。しかし、だからと言って何も出来まい。奴が神界以外の世界で力を使えば、他の世界にも影響を与えかねない。そして彼女はそれを並の神以上に嫌う。つまり、ここにいる私をどうこう出来まい」

「そうだな。だが、今回の俺達の目的はあくまでこの研究の妨害だ。お前の事は、今はどうするつもりもない」


 焔は大量の部下の姿をちらつかせて言う。彼らは銃刀法違反などお構いなしに、当たり前のように武器を持っている。そして元から研究室にいた琴乃をはじめとする神世七代の者達も敵対の姿勢を見せていた。


「まあ、そういう事ですよ神代博士。それと一葉さん、あなたのお父様の身柄は我々の協力者の手により確保されています」

「へぇー、そうなんですか」


 琴乃の言葉に一葉は、大したことがなさそうに答える。そんな彼女に変わって茉莉が聞く。


「協力者とは一体何者でしょうか」


 だが茉莉は琴乃ではなく、アイザックの顔を見て質問していた。アイザックは苦笑する。


「分かってて聞いてるだろ、ミス近衛」


 その時、焔の後ろから一人の白人の女が現れた。


「天振学園の教師諸君、あなた達の身柄は我々KMMによって拘束します。動かないでください。……久しぶりですね、神代先輩に近衛先輩」

「カーライルさん、お久しぶりです。私達が大学を卒業して以来ですね」


 名前を呼ばれて怜悧は女――エスター・カーライルに挨拶する。彼女の大学時代の後輩だったエスターは、年齢通りに見た目も四十代相応となっている。傍目から見れば、エスターが研究により二十代後半の容姿となっている怜悧や茉莉の後輩だと言われても違和感しか無い。エスターの背後には銃器で武装した白人と黒人の集団が構えている。


「という訳で、この研究は打ち止めです。大人しく捕まってください」

「大方、あなたの国はこの研究によって生まれる利益を日本だけで独占する事が気に入らないといった所でしょう」

「黙りなさい。自分の立場が分かっていますか?」


 怜悧の言葉に反論せず、エスターは銃を向ける。


「その物騒なものをしまってください。こう見えても、ここの機材は結構高価なのですから」

「あなたが抵抗しなければ済む話です」

「そうですか……それなら」

「動かないでと言っているでしょう」


 エスターは発砲する。弾丸は怜悧の顔面の横スレスレを飛ぶ。だが、怜悧の体が液状化し、その弾丸を受け止めた。


「驚きましたか? 私は魔法を使えるのです」

「昔から化け物だとは思っていましたが、本当の化け物になっていたのですね」

「随分と失礼なことを言いますね。むしろ私は化け物と戦う魔法少女です」

「それならさしずめ私は、マスコット的な何かだな」


 驚愕するエスターに怜悧は軽口で返し、それに天原が乗る。


「さてさて、神世七代にKMMの皆様方。魔法少女である私には、こういう時に備えて切り札を残しているのです」

「切り札……? それって――」


 怜悧に質問をしようとしたエスターの姿が不意にこの場所から消える。その光景に彼女の仲間は愚か、怜悧の部下である研究員も驚く。そしてエスターの他にKMMから四人、そして神世七代から五人の姿が消失した。


「この部屋にいる任意の相手を異世界に送る魔法です。このモニターを見てください」


 怜悧が自分のコンピュータの画面を示す。そこには『コロニー・ワールド0207』の中でも屈指の治安が悪い国に突然飛ばされて戸惑うエスター達の姿があった。


「これは……どんなカラクリを使った!?」

「それを詳しく説明するのはいささか面倒ですので、魔法という事で納得してください。ああ、あらかじめ言っておきますが、合成映像ではありませんよ? 彼女達はこの世界にいます」

「貴様……」


 そうしている間にも、他の者達も次々と消えていく。そして最後に焔も異世界へと消えた。その跡を見て茉莉が言う。


「こうして敵は排除できましたが、スポンサーを失った以上、計画の続行は困難でしょう。強制転移は多くの魔粒子を消費しますし、もっと多くの敵がくれば終わりです。恐らくはアメリカに拉致され、彼らの管理下で研究をさせられる事になるでしょう」

「そうでしょうね。下手すれば身体をいじっている私達自身が研究対象になるでしょう。それは気に入りません。天原先生……最終手段です」


 怜悧の言葉に天原は神妙な面持ちとなる。


「分かった。神代君と近衛君、君達をコロニー・ワールド0207に送る。ステータスもこの世界で生きるには十分すぎる程に調整済みだ。恐らくこの部屋に残っている魔粒子を全て使うことになるだろう。持っていきたいものはあるかね?」

「最低限必要なものは常備しています」

「私も問題ありません」


 天原の確認に怜悧と茉莉は頷く。


「そうか。ならばすぐに飛ばすぞ。敵はそこまで迫っている」

「そうですね。天原先生、あなたには心から感謝しています。あなたのお陰で不老不死の研究をここまで進める事が出来ました。この世界で出来る研究にも底が見えてきましたし、新天地にて研究を続行しようと思います」

「……怜悧様!」


 不意に茉莉は声を上げる。それに天原と怜悧は驚く。


「何でしょう、茉莉」

「私達は聖騎様のいるあの世界に行きます。その上で質問します。あなたは聖騎様があのままでいても良いと思いますか?」

「愚問です。私の愛を馬鹿にした報いは受けるべきだと思います」


 怜悧は冷徹な視線を向けて答える。すると茉莉は首を横に振る。


「そういう意味ではございません。聖騎様は人の世に生まれながら、人として生きる事に苦痛を強いられているのです。その元凶は……その、怜悧様にあるかと。ぶ、不躾を承知で申しますが、怜悧様も母親であるならば、放任するだけではなく、あなたなりに生き方を示すべきだと思うのです」


 その言葉に怜悧は明らかに不快感を示す。


「茉莉、あなたは私に命令をするのですか?」

「私はあなたを崇拝しています。それと同時に、あなたの血を継ぐ聖騎様にも敬意を抱いています。だからこそ彼には救いがあって欲しいと思っています。そして、それが出来るのはあなただけです」

「そうですか……。まさかあなたがそのような事を考えていたとは」


 ピリピリした空気がその場に充満する。天原は何も言わずに二人のやり取りを見る。他の研究員もただ、その様子を見つめていた。そして怜悧は、鉄仮面のような表情を軟化させる。


「茉莉、私が聖騎さんを遠ざけた理由を知っていますか?」

「研究に没頭したかったから、それ以外のものに関わっている暇がない……と、私には仰いましたね。しかし、その真意は別にある……そうですね?」

「見抜かれていましたか」


 茉莉の答えに怜悧は苦笑する。そして語る。


「私は何よりもヴァーグリッド様を愛していますし、ずっと愛していたいと思いました。だから、もしも近くに聖騎さんを置いていればその分、ヴァーグリッド様に向けるべき愛情が減ってしまう。それを恐れていました」


 怜悧はそこまで言うと、慈悲深い女神のように微笑む。


「しかし……どんなに距離を置こうとしても、無感情に観察対象としか思わないように努めようとしても、お腹を痛めて生んだ息子とは愛おしいものですね」


 その言葉はこの言葉を聞いていた者達を驚愕させた。彼らにとって神代怜悧という人間は、ヴァーグリッドに対する異常な愛情を除けば、研究一筋の機械のような女という認識だった。そんな彼女がまともな表情で『愛おしい』などと口にする事は意外であり、何か言葉の裏に隠しているのではないかという疑惑すら持った。だが唯一茉莉だけは、それを見透かしていたかのように優しく頷く。


「それでは、救いに行きましょう。私達の愛する息子を」


 その時天原は、神代聖騎の実の親と育ての親を異世界へと送った。そして背後に首を向ける。


「さて、これは想定通りの行動かね? 最近神々を騒がせていると話題の君の仲間の」


 天原が振り向いた所には整った顔の青年がいた。その青年の登場に、一葉達研究者は驚く。青年は長髪をなびかせ、水色のドレスを身にまとっている。その青年は達観したような表情で答える。


「うふふっ、さぁねぇ」

「それで、君は私を消すのかね?」

「いぃや、今のところはアンタには何もしないで泳がせておくそうよ」

「フフ、泳がせておく、か。まさか私がそれを言われる立場になるとはな」


 天原は不敵に笑ったと思えば、最初からその場にいなかったかのように消えた。そして青年も消えている。残された研究者達が手持無沙汰にしていると、そこに入ってきた神世七代とKMMの者達によって拘束された。

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