世界の果てに
「シュレイナー・ラフトティヴに異空間からの接触を確認」
「やはりそうか……。彼に目を付けたのは間違いじゃなかった。詳細の解析は任せた」
「了解」
フリングホルニに連結されたリートディズのコックピット内で、アジュニンと聖騎が会話を交わす。その会話を聞いていた、船本体にいるサリエルが発言する。
「異空間ねぇー……。でもマサキ、君の予想が正しければ、アレは神的な何かが関わっているのよね?」
「うん。五年前の戦闘で帝都ラフトティヴは壊滅的な被害を受けた。だけれど大宮殿と英雄の銅像だけは無事だった。調べたところ、宮殿には特に特別な素材は使われていないし、銅像は本当に銅だ。確かに大宮殿は他の建物よりもかなり丈夫に造られているだろうね。だとしても、あの建物は傷が少なすぎる。そこで僕は……物理的な力ではなく、別の力が働いているのだろうかと考えた。それが、信仰の力。人々の信仰を集めたものは神に等しい力の加護を手に入れられる、そしてラフトティヴにも神的な何かが関わっている、と考えた」
「だからこそ、マサキは『ロヴルード七曜大罪神』なんてものを考えたのよね? 私達をモデルにした神を考えて、世界中に布教し、信仰させ、それを私達の力にするという試みは上手くいくのかしら?」
「さぁね、それはその時にならないと分からない。まあ、上手くいかなければ僕達の負けだけれどね」
聖騎は成功するかどうか分からない、不確定要素に勝敗を委ねている。そんな不安定な方法に対してローリュートとサリエルは興味を持ち、ノアとアジュニンとミーミルは興味を示さず、メルンだけが疑問を抱いたが結局は首を縦に振った。
「で、俺達はどこに向かっているんだ? ここまで無駄に高くあがって。何か美味いものでもあるのか?」
サリエルの隣のノアが窓の外を眺めながら言う。そこには夜空がただ広がっていた。そしてその光景は次々と下に行く。それに対して聖騎は一言で答えた。
「世界の果て、だよ」
◇
前後左右、全てが漆黒に覆われた空間。そこには無数の白い何かがぽつぽつと漂っている。
(――うぅん……)
白い何かの一つは意識が覚醒し、呻き声を上げようとする。だが、それは声にはならなかった。それは自分の状況を把握しようとする。だが何も見えず、何も聞こえず、何の匂いもせず、ただ浮遊感だけがあるこの状況をそれ以上分析する事は出来なかった。
(――は…………いか……いと)
それは漠然とそんな言葉を心中で呟く。ハッキリと意識が戻らない中で、それは強い意思を持っていた。
(――はやく……いかないと。あのひとが……。あのひとを……)
意識はわずかに明瞭となった。だが、完全なものにはならない。するとそれは声を聞く。外側からでなく自分の中から聞こえる感覚があった。
――――これは驚いたわぁー。ここまで意識を保っている魂を見たのは初めてよ。
(――だ……れ?)
白い何かは疑問を抱く。その疑問への答えは無い。ただ楽し気な声を白い何かは聞き続けた。
◇
勇者達の猛攻に魔王軍は大きく後退する。勇者軍は勢いのままにそれを追い、やがて魔王城へと追い込んだ。魔王城は堅牢な城壁により囲われていたが、古木卓也、国見咲哉、藤川秀馬、司東煉、面貫善らの攻撃により崩壊した。城壁前を元四乱狂華ファレノプシスが守っていたが一瞬で倒した。
そして城内。ここで案内役を務めるのは同じく元四乱狂華のコーラムバイン。煉の隣にいる彼女は、記憶を操る記憶魔法の持ち主である。数百年前、人族との和解を魔王に申し出て、それが却下された彼女は人族の軍を率いてクーデターを起こした。だがそれはあっさりと失敗して、コーラムバインは反逆罪として、パッシフローラの時間遡行魔法により老女から幼女へと巻き戻された。この際に記憶も失い、魔王軍時代の記憶も当然のようにない。また、魔王軍に入ってから手に入れた記憶魔法も使えなくなった。
だがコーラムバインもそうなる事を見越して、当時の四乱狂華だったパッシフローラ、アルストロエメリア、バーバリーの口の中に、気付かれないように自分の記憶を気化させて仕込んだ。コンピュータのデータをUSBメモリにコピーしておいたようなものである。そして五年前の地下洞窟でのアルストロエメリアとの戦闘の時、USBである彼女と接触した事により、記憶を取り戻した。この時点での彼女は記憶魔法を使えないが、記憶魔法を使えるようにする方法を覚えていたので、効率良く最短の特訓で記憶魔法を覚えた。
その彼女は魔王城の複雑な構造をほぼ覚えている。それはつまり、今回の目的である魔王の居場所を知っているという事である。城内に大規模な改装がされてもいない限り、彼女は優秀な案内役である。大量の兵士を引き連れて、彼らは大きな螺旋階段を上り、最上階の玉座の間を目指す。その過程で多数の敵兵が待ち構えていたが、勇者達の敵ではなかった。
「こんなモンかよ。城ン中は四乱狂華レベルの奴が出てくるんじゃねぇかって思ってたんだが」
「鳥飼、調子に乗るな」
「はいはい」
軽口を零した翼を煉がたしなめる。煉は常に周りを警戒し、強敵の襲撃に備えている。その時善が前方に見知った顔を発見する。
「誰だ今フラグ立てた奴。責任とって一人で倒せよ」
「俺は悪くねぇっ!」
「冗談だ。気ィ引き締めろよ? アイツはガチでヤバい」
そこにいたのは燕尾服を身にまとった老紳士、マスターウォートだった。その背後には生気を失った魔族や人族、妖精族に獣人族、挙句の果てには巨人族の群れを引き連れていた。それらは全て死体であり、マスターウォートの制御下に置かれている。
「フフフッ、ついにここまで来たか。ようこそ勇者達、私の兵士になりに来たか」
「縁起でもねぇ事言いやがって、この不謹慎野郎。とりあえず死ね」
「ほぅほぅ、盛るなぁ。……だが、残念だったな。ここでは彼女達とも戦ってもらう」
マスターウォートがそう言うと、数人のメイド服を着ている女が現れた。一様に同じ顔をしている彼女達はサンパギータ――魔王の近衛騎士である。一人一人が高い戦闘力を持ち、並の国家一つ分の戦力を持つ。そんな存在が集団でここにいる事の脅威性は勇者達もありありと感じ取っていた。
「みんな、ここが正念場だよ!」
勇者の長――秀馬の声が全軍を励ます。ここに激闘が今始まった。
◇
「マスターウォートが出るか。彼奴は混戦において最大限発揮する。特に、強者が集う戦場ではな」
玉座の間。金に宝石が散りばめられた玉座に腰を下ろして呟いたのは、魔王ヴァーグリッド・シン・ダーイン・アーシラトスだ。頭から爪先まで、全てを金色で覆った男の言葉に、傍らに立つ青髪の女、バーバリー・シーボルディが答える。
「しかし、カミシロ・マサキはそこにはいないとの事です」
「そうか。一体何をしているのだろうか」
「申し訳ありませんが不明です。上空に行った後、姿を見失ったとの事で」
「頭を上げよ。……そうか、上空か」
ヴァーグリッドは天井を見上げる。この玉座の間には彼とバーバリーの他に、サンパギータ数十人が構えている。城の最上部にあるこの空間は、この建物の部屋の中で最も広く、最も天井が高く、最も頑丈である。来るべき勇者との決戦の戦場、それが玉座の間の本質である。至る所をきらびやかな装飾がされていて、そこに君臨する者の力強さをはっきりと示していた。
「しかし、バーバリーよ。そなたは随分と怒っている様だが」
「申し訳ございません。御不快でしたか?」
「構わぬ。しかし、そこまで憎いか? カミシロが」
ヴァーグリッドの質問にバーバリーは頷く。
「はい。カミシロ・マサキは事もあろうに私のヴァーグリッド様への愛を侮辱しました。その罪を贖わせるのには万死ですら足りません」
バーバリーは端正な顔を崩し、握った拳を震わせる。その様子を見つつ、ヴァーグリッドは何も言わない。
(カミシロ、そなたは何を考えている?)
彼はただ、まだ見ぬ息子の動向を案じていた。
◇
「で、ここが世界の果てってとこ?」
ただひたすらに高く上がったフリングホルニの窓の外には黒が広がっていた。その眼下には青く輝く球体が見える。それをメルン、サリエル、ローリュート、ミーミルは興味深げに眺める。そして呟かれたメルンの言葉に聖騎が答える。
「まあね。それにしてもすごいね、この船は。普通に大気圏を出られるなんて」
「タイキケンって?」
「星の周りは空気で覆われているんだけど、その空気がある範囲を大気圏って言うんだよ」
「えっ? 分かるように言って」
聖騎の説明にメルンは首を捻る。ミーミルも意味が分からないという表情をしている。一方サリエルは自身無さげに口を開く。
「マサキ、タイキケンっていう所を出たって言ったわよね? それってつまり、外に空気が無いっていう事?」
「そうだね。だからこの船の外に出たら息が出来ない」
「うぅーん、ちょっと想像できないわねぇー。水の中にいる感じなのかしら? 試してみて良い?」
「死にたいなら良いんじゃないかな」
「……遠慮しておくわぁー。残念だけど」
サリエルは心から残念そうな顔をする。フリングホルニの船内は一種の異空間となっており、星にいた時とほぼ変わらない環境を保っている。その状況でローリュートはせわしく筆を動かし、興奮した様子で絵を描いている。何故彼らが今宇宙にいるのかというと――
「まあいいや。アジュニン、この空間に穴は開けられる?」
「回答、可能。実行しますか?」
「お願い」
「了解」
アジュニンの異空間へのアクセス機能により、この宇宙空間と並行的に存在する空間への扉を開ける。そこには宇宙の闇とは全く違う、赤青緑黄色と、様々な色の光が広がる、目に悪い空間が広がっていた。
「『コロニー・ワールド0207』の外部空間を発見。突入しますか?」
この世界の外に出て、数多の世界が存在する『世界群』に行くかとアジュニンは問うている。それに聖騎は迷わずに答える。
「行こう、世界の外側へ」