表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
193/209

英雄の末裔

 シュレイナーはパッシフローラ相手に苦戦していた。一度戦った相手であるが、広範囲に渡る地属性魔法による攻撃と、時間遡行魔法による回復を前に、彼は苛立ちを隠せない。


「ったく、さっさとオレにブッ殺されろってんだよ!」

「嫌よぉ。そう言うあなたこそしぶといんじゃないかしらぁ。青かった空がオレンジ色になるまで戦い続けているんだからぁ」


 時間遡行魔法は体力だけでなく記憶も巻き戻す。よってパッシフローラは昼間から急に夕方になったように感じる。シュレイナーにとってうんざりするほど長い時間も、パッシフローラにとっては一瞬である。だから、彼女の精神にはかなり余裕がある。


「黙れよ。愛しの魔王ちゃまの股間の剣を立てるしか能の無い阿婆擦れが」

「わたくしはともかくとして魔王様を愚弄するのは許せないわぁ。魔王様は誇り高きお方。あなたのような下賤な劣等種族どころか、わたくしにすら理解が及ばない、至高の存在。それなのに……それなのにあなたは……キェァァァァァァァ!」


 その余裕の精神も、魔王を侮辱すれば一瞬で不安定になる事をシュレイナーは学習した。パッシフローラは奇声を上げながら地震を起こす。揺れに耐えながら、その隙を付いてどうにか出来ないかと思う彼だが、パッシフローラの狂乱状態が一定時間続くと時間遡行魔法が自動的に発動してしまう。現に今も発動し、記憶と引き換えに精神が回復した。


「随分と疲れてるじゃなぁい? 青かった空がオレンジ色になるまで戦い続けているんだからぁ」

「毎回毎回同じ事言いやがって。語彙力無さすぎだろ」

「仕方ないじゃなぁい。あなたにとって何回目かは知らないけれど、わたくしにとっては初めてなんだからぁ」


 もしもシュレイナーが二十一世紀の日本に生きていれば、パッシフローラを見てビデオゲームのボスキャラクター戦を連想していたであろう。ゲームと違ってシュレイナーは一度しか死ねないが。


「はぁっ!」


 シュレイナーは秘奥義『光創術』により生み出した、全身甲冑の騎士と同時にパッシフローラへと肉薄する。左右から来る攻撃に対し、パッシフローラは地面から小さな山を作り出す事で備える。シュレイナーは山に阻まれるが、彼の思い通りに動く騎士は空を飛び、敵の頭上から攻める。


「なるほどぉ、わたくしはこれのせいであなたを倒せてないのねぇ」


 そう呟き、パッシフローラは脳内に浮かんだ、三番目に良いと判断した対処法を取る。彼女は自分の思考パターンを相手に読まれる事を織り込み済みで、瞬時に幾つもの選択肢を考えるようにしている。数個のパターンを使い分ける事で、自分を読まれないようにする。そしてパッシフローラは現在の姿勢によって方法を変える。空中ではなく地面の上に立っていて、左足より右足が前に出ていて、かつ左手より右手が上に上がっていれば一番目の方法、左手の方が上であれば二番目、などのようにである。とはいえ体は常に動いているので、選択肢を決めた次の瞬間は姿勢が変わっている。これにより相手にパターンを読み取られる可能性は低いと彼女は考える。


「はぁ、今回はそう来るか」


 パッシフローラは自分を岩石で覆い、防御する。光の騎士が突き刺すレイピアはそれに阻まれる。何度突きを繰り返しても、岩石は崩れない。シュレイナーにとって見慣れた光景である。


「ったく、理不尽だよなぁ。こっちは少ねぇ魔力をキリキリ切り詰めてやってるってのに、そっちは戻る度に回復するから、魔力使い放題じゃねぇか」

「そう。だからどんなに強くても、わたくしの前ではいつか力尽きる。あなたもこれまでの相手と同じように、わたくしが満足する前に果てちゃうのよぉ」


 守ると同時に岩石を飛ばして攻撃するパッシフローラ。 シュレイナーはそれをなんとか回避しながら一言。


「魔王ちゃまも早漏野郎だったりすんのか?」

「な、な、な、何て事を……! 許さないわぁ、劣等種族の分際で魔王様を愚弄するなど、身の程を……キィィアァァァァァァァ!」


 言葉を最後まで言う事も叶わずにパッシフローラは奇声を上げた。『魔王ちゃま』と露骨な下ネタを使って煽ればあっさりとパッシフローラを崩壊させる事が出来る。彼女を守っていた岩石は崩れ、その代わりに戦略も何もない地震を発生させる。その隙に光の騎士のレイピアが喉を貫くが、倒しきる前に時間遡行魔法が発動、パッシフローラは全快する。


(ったく、オレってこんな下ネタキャラじゃねぇってのに)


 内心で毒づきながら、シュレイナーは何度聞いたか分からないパッシフローラの空の色が云々という話を聞く。


(魔力も結構使っちまった。そろそろ……攻め時だな)


 シュレイナーは鋭い瞳でパッシフローラを睨み付ける。そして右手に持つ、紅い剣型の神御使杖・キャリバレクスを向ける。


「いい加減死にやがれ。クソアマが」

「あなたこそ、早く楽になる事をおすすめするわぁ」


 挑発を受けながら、シュレイナーは騎士と共に左右から攻める。それを見つつ、パッシフローラは対策を考える。


(騎士への迎撃、本体への迎撃、防御、後方へ回避、左方へ回避、全方位攻撃。今は……)


 そして自分の体勢を確認する。それに合わせた対策を取る。それは――


(地上左前右上……三番目ね)


 すぐさま三番目に浮かんだ選択肢――防御を取る。自身の周りを岩石で囲うため魔法を発動する。だがその瞬間、彼女の眼前に光の騎士が現れた。そして次の瞬間、騎士は爆発する。シュレイナーが膨大な魔力を注いで操っていたそれは魔粒子の集合体であり、かなりの殺傷能力を持つ。事実としてパッシフローラの上半身の皮膚を焼き焦がした。


「何!? ……いや、何だろうとわたくしには関係ない。戻ってしまえばこんな傷……」


 疑問を抱く前に、頭を切り替える。シュレイナーはこの戦闘でいくつも作った小山を跳び越えながら、正面から近付いてくる。かなり体力を消耗しているであろうという事は容易に想像できる。


(そろそろ限界って感じねぇ。次のわたくしがとどめを刺して終わりってところかしらぁ?)


 ほくそ笑みながら、時間遡行魔法により回復。空の色が一瞬で青からオレンジになり、周囲の地形が急変したのを感じながら、敵の姿を探そうとする。その時、腹部に激痛が走る。


「がはっ……」


 彼女の腹部から紅の刀身が生えてくるのが見えた。それは彼女の黄色い血で濡れている。


(前のわたくしは何をやっていたの……? 敵が真後ろにいる状態で時間遡行するなんて)


 パッシフローラはどうにか剣を抜こうとする。剣を刺された状態で時間遡行した場合、復活してもまた剣が刺さる事による傷が出来てしまう。だから彼女はそれから逃れようとして、その途中で時間遡行が発動する。


「がはっ」


 再び吐血するパッシフローラ。彼女は何かを考える前に、本能的に剣を抜こうとする。だが剣はピクリとも動かない。その様子を見て、シュレイナーは告げる。


「いやぁ、やっと形勢逆転だぜ、パッシフローラ。マヌケで鈍臭ぇお前にじっくりゆっくり、俺がしたことを説明してやんよ。あ、一度した説明は二度としねぇからそこんトコよろしくな」

「がっ……ふざけ……」

「ふざけんなってか? それはこっちのセリフだよ。人族オレたちの事散々苦しめてきて、そんでオレのオヤジも殺しやがった。まあいい、始めるぜ。……お前さぁ、こっちが攻撃する度に毎回毎回違う方法で対処してきたよな? 記憶もリセットされてるハズなのにランダムな行動を取るってのは何かカラクリがある、そう思った訳よ。当たり前だけどな」


 シュレイナーがそこまで言うと、時間遡行は再び発動する。そしてこれまでと同じように剣を抜こうとする。


「だからさ、こっちも色んなアプローチを仕掛けてみた訳よ。こっちが何をしようとお前は毎回忘れるんだからチョロいよな。前から騎士と一緒に攻めたり、両サイドから同時に攻めたり、時間差を付けてみたり。騎士を上から落としてみたりな。後はスタート位置なんかも色々変えたな」

「ハァ、ハァ……抜きなさ、い……ハァ、あなたの、剣を!」

「で、割と案外カラクリは解けた。お前は自分の姿勢がどうなってるかで行動を変えてるって事にな。お前は自分の弱点を補うために考えたんだろうが、身体に動きのクセが染みついてたんだろうな。多分だが、思考パターンも毎回同じなんじゃねぇか? 動きのパターンは単純だったぜ。で、オレは毎回お前が岩で自分を守るようにさせた。それが一番スキが出来るパターンだったんでな。で、何度も何度も同じ動きをさせて、ベストなタイミングを見付けた。普通なら気が遠くなって嫌になりそうな作業だ。なぁ、オレがどうやって気を紛らわしてたと思う?」


 そう問い掛けるシュレイナーだが、返事は期待していない。自分から答えを口にする。


「お前自身だよ。ちょっと煽るだけでメチャクチャキレるもんだから、面白くなって何回も魔王をバカにしてやった。いやぁ、見モノだったぜ。お前自身がそれを覚えてねぇのが残念だがな。ありがとな、オレを楽しませてくれて。これは五年前、リンの挑発にお前があっさり乗ったのをヒントにした。後でアイツにも礼を言わなくちゃな」

「ぐっ、うぅぅぅぅ……!」

「防御する体勢に入ってから実際に防御するまでどんぐらい掛かるのかも計った。最初はその短い間に戦闘を終わらせる事も考えたが、どうも無理っぽかった。だから、オレは好機を作り出すだけにとどめた」


 重傷を負い、復活するという無限ループを繰り返すパッシフローラはシュレイナーの言葉など耳に入らない。それを知った上でシュレイナーは続ける。


「オレの家に伝わる秘奥義は光創術だけじゃねぇ、光幻術だってある。これを使って、オレが防御を誘う動きをする幻視を見せ、オレ自身はお前の背後に回った。……だが、言ってもお前は百戦錬磨の猛者だ。普通に背後に行くだけじゃ気付かれるかもしれねぇと思った。だから、派手な光の爆発でお前の気を引いた。そんであっさりお前の後ろに行けてコイツでグサリ。そんで、今に至るって訳だ」


 シュレイナーの説明は終了する。彼の言葉は相手には届かなかったが、それでいいと考える。少しの優越感に満足した彼は、右手のキャリバレクスに視線を向ける。


「まあいい。日も暮れちまってるしな。……リート・ゴド・レシー・ファイハンドレ・ト・ワヌ・ステル・ケプト」


 唱えた呪文はキャリバレクスの刀身を輝かせる。闇夜に浮かぶ星のように爛々と白く輝き、パッシフローラを内部から焼き尽くす。彼もただ説明を語っていた訳ではない。復活して、どれくらいの時間が経ってから次にまた復活するのかを計測していた。そして時間遡行魔法が発動するギリギリのタイミングを狙って魔術を発動した。


「さて、これで死んでくれりゃあ御の字なんだが」


 残る魔力を全て消費した全力の攻撃を行ったシュレイナーはポツリと呟く。キャリバレクスを引き抜き、胸部に空いた穴を見る。そして念には念を入れてキャリバレクスで身体を切り刻む。だがその時、彼女の体が黄色の光を放ち出した。これは今まで見られなかった現象である。そして話には聞いた、四乱狂華を追い詰めた時に起こるという現象に酷似していた。シュレイナーはギョッと顔色を変える。


「やっべぇなコレは。くっ」


 四乱狂華の極限時龍化。全ステータス値が跳ね上がるそれが実現されてしまえばパッシフローラはシュレイナー一人に手に負える相手では無くなる。体力が有り余っていたとしても苦戦を強いられるのが目に見えているが、生憎にも今の彼はかなり疲弊している。魔力残量もほぼゼロであり、魔術を使わず体術だけで戦わなければならない。彼に出来ることは一つ。龍化する前に倒す。


「はぁぁぁぁぁぁっ!」


 無茶苦茶に剣を振り、ズタズタにパッシフローラの肉体を刻む。肉片と血液を周囲に撒き散らしていく。しかしそれでもなお、輝きは収まらない。見る見るうちに光は翼の生えた龍を形作っていく。


「くぅっ、うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


 それでも最後まで諦めず、愛剣を振り続ける。だがやがて、剣が止まる。既にパッシフローラは龍化を終えていて、故に防御力も格段に上がっている。その肉体に並大抵の攻撃は通じない。


「グォアアアアアアアアアアアアアアア!」


 龍化パッシフローラは地を割くような唸り声を上げる。そして巨大な翼を羽ばたかせ、上空へと飛び上がる。


「クソッ……どうすりゃ良い? あんなの、どうやって倒しゃあ……」


 悠々と闇夜を舞うパッシフローラを見てシュレイナーは呟く。その視線の先で大きな口がぱっかりと開くのが見えた。


「シャァァァァァァァァアッ!」


 口からは大量の砂が吐き出された。それらは周囲一帯を多い尽くす。シュレイナーは服で眼と口を覆い、砂が入らないように防御する。逃げられる場所が無い現状、そうする以外に対策が取れない。だが、パッシフローラの砂はただの砂ではなかった。動きやすさを重視したシュレイナーの衣服や、その下の皮膚をズタズタに傷付ける。かなり弱っていた彼に追い撃ちを掛けるように、残る体力をごっそりと削る。


「ぐっ」


 激しい砂の弾幕に、シュレイナーは立っているのもやっとな状況になる。眼も開けず、相手の出方が窺えない。その上相手は高所で一方的に攻撃が出来、魔術が使えない今の彼は遠距離の相手に何もできない。


(いやぁ、もう無理だわ)


 新たに出来た砂漠の上に脱力しながら倒れ落ちるシュレイナー。彼の瞳からは闘志の光が消えていた。人型のパッシフローラに関しては事前に情報があり。それを基に対策を考え、魔力と知力と腕力を駆使して、全力をもって戦った。しかしそれでも倒しきれなかった。その上でパワーアップした第二形態と戦うなど、無謀もいいところである。


(ったく、どこでミスったんだ? いや、たった一人で四乱狂華を倒そうなんて考えた時点でミスってたんだな)


 自分の愚かさを、口内に入った砂を吐きながら嘆く。父親の仇だからと親衛隊すらおいて単独先行したのは間違いだったのだろうか。そんな後悔の念が脳内に渦巻く。


(ホント情けねぇよなぁ。あんだけ自信満々に出てって、このザマってか? あぁ、これじゃご先祖様にも顔が立たねぇなぁ)


 彼は国の初代皇帝であるヴェルダルテ・ラフトティヴの事を思い出す。世界初の魔術師であり、この世界で最も偉大な人物だと云われるヴェルダルテを彼は子供の頃から尊敬し、いつか彼のような偉大な存在になりたいと、必死に自分を鍛えてきた。やがて人族最強と評される程まで強くなった。ヴェルダルテの再来とすら言われるようになったが、それだけはありえないと自分では思った。


(ヴェルダルテ、か)


 英雄の名をシュレイナーは反芻する。伝承の中に登場する彼は、人とは思えない程の戦闘力と心の強さがこれでもかというほどに描かれている。そして思う。もしも彼がこの状況にいたらどうするのだろうかと。その答えは一瞬で出た。


「ああ、そうだ。ヴェルダルテならこんな事で諦めたりしねぇ! 最後まで粘って粘って、そんで勝つんだよぉぉぉぉぉ!」


 叫びと共に立ち上がり、シュレイナーはキャリバレクスを天に掲げた。暗闇の中で砂を撒き散らす敵の姿は見えない。だが、それでも戦うという意思表示を自分自身にした。


 ――――よく言った。


 突如シュレイナーの脳内にそんな声が届く。それは彼にとって聞き覚えが無く、しかしどこか親しみのある声だった。


(ああ? なんだコレ)


 ――――おいおい、コレ呼ばわりとかそりゃ無ぇだろ、シュレイナー。


(オレの名前を……? 何だ? 誰なんだ?)


 ――――ま、手短に言えば、オレはヴェルダルテだよ。ヴェルダルテ・ラフトティヴ。


 自分の脳内に響く声を聞いて、シュレイナーは現実味が持てない。この絶望的な状況で頭がおかしくなったのだろうかと疑問を持ったところで、慌てるように訂正の声が聞こえた。


 ――――待て待て、一応お前は正常だ。説明すんのもややこしいんだが、オレは、まあ、なんだ。神になったんだよ。


(はぁ?)


 ――――人の信仰をめっちゃ集めた奴は神になるんだってよ。オレもよく知んねぇけどさ。まあ、今はそれどころじゃねぇか。よく聞け、オレはお前に力を貸してやる。アイツをどうしても倒してぇんだろ?


(まぁ……そうだが。力って何だよ?)


 ――――ラフトティヴ皇家に伝わるグリモワールの最後の方のページ、何枚か破れてたろ?


(あ、ああ)


 ――――アレを破いたのは人間だった頃のオレだ。あそこに書いてあった秘奥義はあんまりにもヤバかったんで無かった事にした。


(何でだよ? グリモワールはお前が書いたんじゃないのか?)


 ――――オレはあれを見付けただけだ。まあ、その話は良い。あそこには最強の秘奥義、光成術の使い方が書いてあった。はっきり言ってアレはヤバい。何せ一度使ったら死ぬからな。


(何だよそれ)


 ――――お前自身が魔粒子の集合体になるんだよ。自分の肉体を魔粒子に変換して、そのエネルギーを敵にぶつける、魂を掛けた最後の一撃だ。お前に、ここで死ぬ覚悟はあるか?


 死ぬ覚悟の事を言われ、シュレイナーの脳裏には親しい人物の顔が次々と思い浮かぶ。ロヴルード帝国に婿入りした弟のキリル、しっかりものの妹リネ、魔術の師匠であるシリューシュ、そして誰よりも世話になった従者マニーラ。特にマニーラは自分が戦場に出ることに最後まで反対していた。しかし「絶対に帰ってくる」という言葉を残し、半ば強引に戦場に出た。自分自身が死ぬこと自体の覚悟はあるが、そうなればマニーラが泣くという事を考えると、迷いが生まれる。だが、彼が一番したい事は、仇敵を倒すことである。


(なあ、お前本当に神なんだよな?)


 ――――ああ、そういうことになってるぜ。


(それじゃあ、後でいいんだけどさ、マニーラに伝言を頼むことって出来るか? つーかマニーラって分かるか?)


 ――――おうよ、神様なめんな。


(じゃあさ……そうだな。帰ってこれなくて悪かったって伝えておいてくれねぇか?)


 ――――そんだけで良いのか?


(ああ。それよりも早く教えてくれよ。光成術って奴をよ)


 ――――オーケー。まあ本当ならメチャクチャ修業が大変なんだが、特別に今すぐ使えるようにしてやるよ。……って事で、今のお前の頭ン中にやり方を刻み付けといた。


(ああ、分かるぜ)


 シュレイナーは究極の秘奥義・光成術をたった今理解した。だがそこに気持ち悪さは無い。今まで知らなかった複雑な動作を当たり前のように受け入れている。


 ――――じゃあ、オレから言う事は最後だ。……勝てよ。


(分かった。そんじゃあ見ててくれ。オレの命の輝きを)


 その言葉へのヴェルダルテの返事は無かった。だがシュレイナーは何となく、ヴェルダルテが黙って頷いた様な気がした。つまるところ、自分を信じているという事を口ではなく態度で示したのだろうと解釈した。ならばこちらも行動で応えるだけである。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 口に砂が入るのも気にせずにシュレイナーは気合を入れる。右手のキャリバレクスを強く握り締め、掲げ、それを握る指先が魔粒子に変わるイメージをする。そうしているうちに、指が形を失い、白い光の粒子となった。その現象は指先から手全体、そして腕へと起きていく。自分の体が変質する事に多少の違和感を抱きつつも気にせず、ただ全身が光となる事を想像する。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――――……」


 やがて全身が光となり、声帯も無くなった事により叫び声もスッと消える。夜空にはシュレイナーだった白い人型の光が存在感を主張する。その光は宙に浮くキャリバレクスへと注がれ、力を与える。力を得たキャリバレクスは夜空に軌跡を描き、まとわりつく砂を払い、間抜けに開かれたパッシフローラを目指して飛ぶ。それは剣に意思があるかのように、空を舞う龍を追い掛ける。


「キシャァァァァァァァァァァァッ!」


 奇声を上げて飛ぶパッシフローラの腹部にキャリバレクスは突き刺さる。その時、キャリバレクスは膨大な光を放った。それは周囲一帯を昼間であるかのように明るく照らす。シュレイナーの命の輝きは、太陽にも劣らない程に激しく、そして何もかもを照らす偉大な輝きだった。やがて役目を終えたキャリバレクスは落下し、力強く地面に突き刺さった。それは地属性魔法の使い手であるパッシフローラへの勝利を主張するかのようだった。



 ◇



 マニーラ・シーンはラフトティヴ軍の将軍の一人として兵を率いていた。彼女はずっと、主であるシュレイナーが向かった方向を気にかけていた。そんな彼女は空が急に、昼間のように明るくなったのに気付いた。兵士達が何事かと慌てる中、彼女はその光に温かさを感じた。そして同時に、儚さを感じた。


「まさか……」


 二十年以上主に仕えてきた彼女は、その光が誰によるものなのか、瞬時に感じ取った。そして、主が命を散らした事を悟った。彼女には元々、この戦いで主の命が終わるのだろうという予感があった。だからこそこの戦場に出ることを引き留めたのだが、無駄だった。そして宿敵との戦いで足を引っ張る事を危惧した彼女は、あえて主から離れた。


「マニーラ様?」


 兵士の一人が心配そうな目を向けてくる。そして彼女は自分が涙を流している事に気付いた。


「あんまりです、陛下……。まだご婚約もしておらず、お世継ぎもいないと言いますのに……。それに、うぅ……」


 彼女の思いが胸の中から次々と沸き起こる。その思いは飽和し、彼女から言葉を奪う。彼女は従者でありながら、主には恋慕の情を抱いていた。それ故に、喪失感は半端なものではなかった。


「……そう、ですね。あなたは自分のしたいことを成し遂げたのですね。あなたが満足なされたのならば、私から言う事は有りません。あなたの国は、私が守っていきます」


 しかしマニーラは涙を止め、決意を表した。まるでシュレイナーが自分に何と言っているのかを分かっているかのように。それを別の世界から眺めるとある神は呟く。


「やれやれ、伝言の必要も無しってか」


 その時マニーラはどこかから声が聞こえた気がした。しかしそれを錯覚だと思い、主の遺志を継ぐ為に兵達と共に歩を進めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ