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超空巨船フリングホルニ

「あら、ノア。随分と酷い姿ね」


 巨船フリングホルニにて、船内に入ってきたノアを見たローリュートが呟く。言葉とは裏腹に、表情に心配の色は無い。


「お前の差し金か?」

「そうよぉ。軍としてアンタには処分を下しとかないと、アンタを重宝してるウチの軍のメンツが立たないもの」


 ノアに睨まれたローリュートは顔色も変えずに答える。ノアが味方の兵士を食べたという報告を受けた彼は腹心のフレインを通して、部下達の目の前で拘束させた。部下達は拘束を言い渡されたノアが暴れるのではないかと危惧していたが、ノアはそれを素直に受け入れた。なお、ユダの死骸は兵士によってこの船まで運ばれている。


「で、俺はどんな罰を受けるのか?」

「あら、殊勝ねぇ。自分からそれを言うなんて。そうねぇ、あの金ピカの獣人は没収……って冗談よ。アタシを食べないで。食べるなら別の意味で食べて」

「チッ」


 軽口を叩くローリュートにノアは不快感を露にする。やっと手に入れられたご馳走のお預けを食らっているのだから、当然と言えば当然である。すると今度はローリュートに代わってメルンが口を開く。


「大切なのは、みんなの前で罰するって事なの。だから、それを食べさせようがお預けにしようが、あまり意味はない」

「つまり、晒し首にでもするのか?」

「うーん。親しい仲間を理不尽に殺された兵士の心情としてはそうして欲しいんだろうけど、この戦場にあなたを使わない余裕なんて無いんだよね。あなたは一万の兵士よりも戦略的価値があるし。というかあなたを殺すなんて言ったら、私があなたに食べられちゃうし」

「当然だ。そもそも俺はお前の手下ではなく、お前に協力しているカミシロに協力しているだけだ。お前の命令など聞く筋合いは無い」


 ノアは傲岸不遜に腕を組む。その様子を見てローリュートが呟く。


「うんうん。人の価値に順番を付けて、暴力に屈する君主様。今のメルンちゃん、素敵よぉ」

「うっさい! とにかく、この場で私が『ここでは全力で戦わせて、処分は後で考える』的な事を言って兵を安心させるから! それとローリュート、次私をバカにしたら死刑よ」

「うわーお、皇権乱用なんて怖い怖い。でもね、もしかしたら今のメルンちゃんの言葉は、反発が出るかも知れないわよ?」

「どういうこと?」


 前半のおどけを無視して、メルンは質問する。ローリュートは一枚の紙を取り出した。そこには振旗二葉が作らせた、パラディンの素顔――聖騎のイラストと彼の情報が書かれた紙だった。その紙には聖騎が魔王の息子である事も書いてある。


「今フレインから渡されたんだけどね。この紙のお陰で今は、兵士達のマサキへのヘイトが絶賛急上昇中よ。こんな過去を持つ『パラディン』を重宝してる上に、味方殺しのバケモノも飼っているなんて事が公になれば、アンタの信用もパーよ」

「こんな胡散臭い紙のどこに信憑性があるの? バッカじゃないの? 大体それならどうしろって言うのよ」

「否定しても逆に怪しまれそうだしねぇ。ところでこれは本当なのかしら?」


 ローリュートはニヤリと笑いながらメルンに質問する。聖騎が魔王の息子である事は、メルンは本人から聞いている。そしてそれは普通なら、他人である彼女がペラペラと話すものではないと思う。だが、ローリュートの表情に確信めいた色を見付けたメルンは、声のトーンを落として答える。


「……本当よ」

「アンタがどんな過程でそれを知ったのかは後で聞くとして、これは厄介なことになったわね。……おっと、噂をすれば」


 ローリュートの視線の先には、船内に入った聖騎の姿があった。リートディズとフリングホルニの再連結作業を終え、今後の事について話し合う為にここを訪れた。


「人がいない間に……。あ、僕は人じゃないんだったね」

「あらあら、随分とご機嫌ナナメね」


 無表情に自分を見てくる聖騎に、ローリュートは微笑む。


「今僕を晒し者にすれば英雄になれるよ、ローリュート」

「バカな事言わないの。アタシはアンタの狂気に惚れ込んで手を貸したげてるんだから。英雄なんかになって称賛されてる暇があったら、絵でも描いてるわよ。そんなことより、この状況をどうにか出来る方法はあるのかしら?」


 ローリュートはからからと笑って、聖騎の頭をポンポン叩く。聖騎はそれを嫌そうにはね除ける。


「どうもしないさ。魔王様の首をとって、それを知らしめれば良い。君が英雄に興味が無くても、パラディンは英雄でなくてはいけないんだから」

「案外さっぱりしてんのね。秘密を知った人を一人残らず皆殺しにするくらいはやると思ってたわ」

「随分と失礼な事を言うね。僕はそこまで荒んではいないよ。……でも、そうだね。少しは憤りもあるかな」


 聖騎は無表情な顔をわずかに歪ませて呟いた。


「あら、アンタが自分からそういう事を言うなんて珍しいじゃない」

「僕だって愚痴の一つや二つ、言いたい時だってあるさ」

「良いわよ。ジャンジャン言って」


 ローリュートは話を促す。メルンも興味ありげに顔を向ける。一方ノアは、不満げにローリュートを睨む。


「俺のメシをさっさと出せ。クソカマ野郎」

「口が悪いわねぇ。あっちの部屋に置いてあるから、勝手に食べてて良いわよ。あと、いつも言ってるけど小腸だか大腸だかをすする時の音、ちょっと気持ち悪いから抑えてね」

「気持ち悪いだと? そういう事は自分の顔を鏡で見てから言え」


 そう言い残し、ノアは指示された部屋に入る。バタンと扉が閉まったのを見て、ローリュートは聖騎の胸に顔を当てる。


「マサキぃ、アタシの愚痴聞いてくれる?」

「それじゃあ、僕の後でね。……という訳でローリュート、それにメルン。僕は、どうしても解せないんだ。別に今回に限らないんだけれどね。僕は人間の、とあるさがが気に入らない」

「性?」


 メルンが聞き返す。


「うん。確かに僕は、この世界の人達にとって嫌われて当然の事をしてきた。だから、それが発覚したことにより僕の存在を許さないと主張するのなら、納得は出来る。でも、彼らは違う。僕が魔王の息子かもしれない、という情報だけで僕を敵視している。ましてやパラディンには数々の実績があるというのにね」

「なるほどねぇ。実際にその人が何をしたかではなく、そもそもその人が誰なのかで判断されるのが気に入らないって訳ね」


 ローリュートは納得するように頷く。


「そういうこと。人は自分と価値観が合う者を歓迎して、価値観が合わない者を迫害したがる。そして価値観が合う者同士は結託してコミュニティを作る。人は自分の味方が多ければ多いほど安心感を覚えるから、仲間を増やしてコミュニティを大きくしていく。人の数だけ価値観があって、合う合わないはあるけれど、人は一人になりたくないから、自分を押し殺して多数派の価値観に迎合する。だけれど、どんなに頑張ろうともその多数派の価値観を理解出来なくて、合わせられない人もいる。そういう人は、コミュニティからは敵とされる。また、コミュニティから外れる事を危惧するあまりに、価値観の変化を恐れる人もいる。とりあえず思考停止的に新しいものは排除したがる。……あぁ、あくまで一般論ね、一般論」

「強調しなくても、アンタが言いたい事は分かってるわ」

「……まあいいか。とにかく人は、自分と違う要素を持つ者を迫害する。これは、自分が相手より上の存在だということを自分に言い聞かせたいからだ。大抵の人間は多かれ少なかれ、ナルシスト的な一面を持っている。自分こそが至高で、自分が理解出来ない価値観は下等。ファッションにこだわりがある人間が創作物を好む人間を見下す例はよく見られるし、逆もまた然り。この世界でも、格闘戦に長けた人と魔術が得意な人が互いに見下しあう様子がよく見られた」


 聖騎は無表情を維持して話す事に努める。だが、その顔ははっきりと怒っていた。


「沢山の人が集まって作られた価値観は、価値観の外側の人を迫害する。同性愛者が忌まれるなんていうのはその典型だよね、ローリュート」

「まぁねぇ」

「コミュニティごとに『人間はこうあるべき』という考えがある。男性は女性を守るべきだとか、女性は男性を立てるべきだとか、そういったコミュニティの中の常識から外れた行動を取れば軽蔑される。同性愛者であってはいけない、外を出歩く時はある程度身だしなみに気を使わなければならない、極論を言えば人間を殺してはいけないというのもそうだね。とにかく、人が嫌がる事をしてはいけない。でも、難しいよね。自分がされて何とも無いことが、相手にとっては最低の行為だったりするから。だから出来る限り多くの人が納得できるように『多数派の意見』というものを明文化する。そしてそこから漏れれば、悪であり敵だと判断される。宗教、人種、この世界では種族もだけど、それらが違う者を敵視して、戦争は起きた。いや、戦争を起こした。人間は孤独を恐れるが故に仲間を求め、多数派に入る事によって安心感を覚える。だから、自分とは違う存在に恐怖を抱く。中身がどうだろうと関係なく、外面が自分と違う者を敵だと認識する。しかし外面の問題をクリアしても、中身が相容れないものなら、やはり敵となる」


 矢継ぎ早に繰り出される言葉を聞いて、メルンは聖騎が話し下手であると思う。聞いている相手の事など考えず、次から次へと言葉を紡ぐ。その言葉も要点が定まっておらず、ただ思いのままに話している事が分かる。彼女なりに聖騎が言いたい事を考える時


「要するにアレね。人間は自分と違う価値観を受け入れるべきだって事が言いたいのね?」

「まぁ、そうだね。僕の価値観は多数派の人には受け入れられない。メルン、ローリュート、君達だってそうだよね? 僕達は価値観が合ったから一緒にいるわけではなく、互いに利用価値があるから利用しあう。だけれど多くの人にそれは出来ない。僕の本性を知れば、人は僕を排除する。……だからさ、僕は本当なら誰とも関わらずに生きていきたいんだよ。だけど、皮肉なものだ。人間が自分の価値観を絶対だと思っている事を嘆きながら、僕も自分の価値観を人に押し付けようとしている。あはは……矛盾しているよね。でも、その矛盾を押し通す為に僕達はリートディズを造った。僕はリートディズで世界を変える。必要なカードは既に手札に揃っている。まずは試運転だよ、ローリュート」

「あ、あぁ……急に来たわね」


 ひたすら愚痴を言っていた聖騎が急に動き出した事にローリュートは軽く驚く。


「戦場は常に変化が起きている。モタモタなんてしていられないよ」

「そうねぇー」


 聖騎の声に答えたのは、いつの間にか乗船していたサリエルである。メルンは驚く。


「サリエル!? いつの間に」

「たった今よ。ちょっと誤算は有ったけど、城の人質は概ね助けられたわぁー。想定通り、何人かは無理だったけどね」

「あははっ、やっぱり?」


 サリエルの報告に聖騎は、先程までの怒りを忘れたかのように表情を綻ばせる。


「勇者達の解放により、城外での戦闘は加速度的に収束に向かっていく。そう言えばミーミルはまだやってるのかしら? 農地メチャクチャ作戦」

「そうだね、本来ならばすぐに終わるはずだったけれど、思わぬ強敵とぶつかったらしい」

「強敵? 助太刀は必要かしら?」


 サリエルの問に聖騎はニヤリと笑って答える。


「そうだね。リートディズの真の意味でのデビュー戦をするとしようか」

「ちょっと待って、マサキ」


 聖騎をローリュートが呼び止める。聖騎が首だけむけると、ローリュートは用件を言う。


「マサキ、その前にちょっとやることがあるの」

「何かな? リートディズとフリングホルニは連結状態にある。僕がコックピットにいたままでも、愚痴は聞いてあげられるけれど」

「そうじゃないのよ。ちょっとメイクしてあげる。あと、着替えて」


 ローリュートの言葉に聖騎は首を傾げる。


「どうしてそんなことを……」

「この紙には、アンタは魔王の息子・・だって書いてあるじゃない。つまりよ、女装すればアンタを知らない人がパラディンの中身を見れば、あの紙の情報がデタラメだって思うんじゃないかしら」


 その提案にメルンとサリエルは笑う。


「さっすがローリュート。天才ね」

「うふふっ、因縁の決戦に臨む格好として最高ね」

「他人事だと思って……」


 聖騎はぼやきつつも、仕方ないと言わんばかりに頷いた。

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