人を憎みし炎華(4)
龍の叫びは上下左右の地を割る。音が何も聞こえなくなったのを感じながら聖騎達は、崩れ落ちる足場と共に落下する。
「リート・ゴド・レシー・サザン・ト・ワヌ・スフアン・ラープン」
自分の声が聞こえない聖騎には正しく詠唱出来たという確証は無かった。しかし結果として、聖騎の周りを球状のバリアが覆った。彼は周囲を見回す。当然ながら、体力がゼロになった者を含めた仲間達も同様に落下中だった。岩石と同じ速度で落ちていた為、それが彼らの体に当たることは無かったが、墜落した時に生じるであろうダメージは無視できない。
(うーん、今後誰が役に立つかわからない以上出来るだけ、助けたいけれ、ど……)
聖騎は目についた者から順番に自分と同じバリアを与えているが、一人ずつ助けるのは効率が悪い。すると、聖騎以外の未だ体力が残っている者達がバリアを作っていた。ある者は水で、ある者は風で、ある者は聖騎と同じ光で体を包む。また、落下中の岩石を魔術で撃ち壊したり、地面にクッション代わりの植物を生やしたりと、それぞれが己の出来ることを見つけて実行していた。
(心配はいらないか。それじゃあ……)
安堵と共に、聖騎は上に視線を向ける。無数の落石の向こう側には夕空が見え、まるでその支配者であるかのように、烈火の如き赤い龍が翼を広げて佇んでいた。
(今攻撃して、バリアは壊れたりしないかな……?)
聖騎は杖でバリアに触れる。ポヨンという感触を覚えた聖騎は少し力を入れて押してみる。すると、バリアは形を保っているにも関わらず、杖は外に出す事が出来た。
(よし、それじゃあ今から攻撃を……)
聖騎は呪文の詠唱を始めようとする。しかし彼は勘違いしていた。現在、ハイドランジアだった龍は彼を目掛けて落下していたのだ。聴力を失っていたからか、龍があまりにも巨大だったからか……理由は誰にも分からないが、結果として彼は油断していた。
「リート・ゴド・レシー・サザン・ト――――なっ、うぅぅぅぅっ!」
詠唱途中、急に強風に煽られたと感じた次の瞬間、聖騎の体は龍に体当たりされた事により地面へと叩き付けられる。木属性魔術師が作った木のクッションに彼は受け止められる。
「いたたたた……」
バリアは体当たりの衝撃を全て受け止めて消滅。落下のダメージは木が受け止めたものの、多少のダメージは生じた。しかし聖騎には息つく暇もない。空中で龍は口を大きく開き、炎を吐く。
「ダメージは……無いみたいだけれど…………!」
炎は聖騎の下にある木を焼き払う。 彼は落下。今回はそれほど高所から落ちた訳では無いため無事である。
「リート・ゴド・レシー・トゥサザン・ト・ワヌ・ラヌース・ストラ」
仰向けに倒れたまま、何かを考える前に彼は呪文を唱える。杖から飛ぶ光の槍は、一直線に龍の肩に向かう。それが如何に素早くとも、巨体である以上的は大きい。よって攻撃は必中である。聖騎はそう確信していた。しかし――――
「な、んで……!」
龍はその大きな翼を羽撃く。それが生み出す風は光の槍を霧散させた。そして、聖騎自身をも吹き飛ばす。
「ぐぅっ!」
聖騎の身体は後方へと飛ばされ、土の壁に当たって止まる。次の瞬間、彼の下に突然小さな穴が開き、聖騎は再び落下する。
「うわっ」
地面にぶつかる。聖騎はそう確信していたが、彼の体は何者かに受け止められる。真弥のスキルによって鼓膜を回復された聖騎は上を見る。
「ふぅ、お疲れさん」
聖騎をキャッチした武藤巌が労いの言葉をかける。
「ここは……『掘る者』が掘った部屋かな?」
「おいおい、オレには西崎夏威斗っつー立派な名前があるんだけどよ。……ま、その通りだ」
軽薄そうな見た目の不良少年、夏威斗のユニークスキルは『掘り』。触れたものに穴をあけられる能力である。長い金髪が特徴的な彼は咲哉達不良グループのナンバー2のようなポジションであり、同時に秀馬と同じ元バスケットボール部員であるため彼とも仲がいい。
「それは、悪かったね。……えーっと、西崎君?」
「お前、マジで今までオレの名前知らなかっただろ!」
「そんなことは無いよ! それはいいとして、今後のことについてだけれど」
夏威斗の非難を軽く流して、聖騎は問題提起をする。
「あの子は変身したドラゴン。元々強かったけれど、変身したことでパワーが段違いに上がってしまった。しかも洞窟は崩れて、道も全部壊れてしまった。つまり、あのドラゴンを倒すという無理難題をクリアしたとしても、僕達は王都に帰ることも難しい。この状況で、僕達はどうするべきかな?」
「オレなら地面を掘って道を作れるぜ。洞窟だったトコを遠回りに掘ってけば、アイツと戦わずに帰れるぜ」
「バーカ、アイツは私らの気配を感じられんでしょ? すぐにここも見つかって、殺されるのがオチよ」
得意げに言う夏威斗に桐岡鈴が反論する。
「じゃーどーすればいいんだよ、鈴」
「さぁね、私は事実を言っただけだから」
咲哉の追及を鈴はヒラリとかわす。しかしクールな言葉とは裏腹に、彼女なりにこの状況を打開する方法を考えている。
「いっそもっと下に行って、ほとぼりが冷めるまで身を隠すとか」
「どれくらい待つつもりよ?」
「それは……」
「ま、まあ、提案自体は悪く無いんじゃないかな? 詳しい事は後で考えるとして」
真弥は提案するが、鈴に問われて押し黙る。すると秀馬がフォローを入れた。
「確かにそうかもね。神代、アンタの意見は?」
鈴は頷き、聖騎を見る。彼は少しの思案の後に答える。
「……そうだね、どれくらいの期間になるかは分からないけれど、しばらく身を隠すというのは悪くないかも知れない。食糧は洞窟内にいるであろうモンスターを狩って、焼いて食べることになるのかな? 飲み水は水属性の魔術が使える人にお願いするとして。いつ襲ってくるかわからない恐怖におびえる日々を送ることになるかもしれないし、十分な食糧を確保できなかった場合は争いが起きるだろうけれど、仕方ないかもね」
聖騎の答えに一同は嫌そうな顔をする。
「ふーん。それじゃアンタの答えは、仕方ないけど隠れ続けるって事で良いの?」
「その前に『癒す者』、『観る者』を回復は出来るかい?」
「う、うん。丁度一人を復活出来るくらいの魔力は溜まったよ」
真弥はその場で倒れている『観る者』山田龍を復活させる。彼女は魔力が溜まり次第一人ずつ倒れた者を復活させ続けていた。全員が聴力を失った時はそちらの回復に集中していたが。意識を取り戻した山田龍に、秀馬が状況を説明する。それを確認した聖騎は言う。
「早速で悪いのだけれど、上にいるドラゴンが何をしているか見てくれるかい? 共有はしなくていいよ」
「了解以外ありえない」
龍は上に意識を持っていって、赤いドラゴンの姿を探す。すると、先程聖騎が落ちた穴周辺を鋭い爪で掘っていた。龍はその旨を報告する。
「なるほどね。今、穴から攻撃したら効くかな?」
「何なの? アンタ戦うつもりなの?」
「倒せるのなら倒しておきたいからね。さっきの質問に答えると、僕としてはあのドラゴンを倒すべきだと思うかな。確かに、身を隠すという選択肢も頭に入れておいた方が良いと思うし、その場合に様々な問題が起きるのも仕方ないけれど、アレさえ倒してしまえばそんな問題は無くなってしまうのだからね」
鈴の質問に答える聖騎。
「戦うって簡単に言うけどさ、アイツとまともに戦えたのはアンタだけでしょ? そのアンタですら、ドラゴンになったアイツには全然敵わなかった。確かに今攻撃したらアイツにダメージを食らわせれるかもしれない。でも、それだけで倒せる相手じゃねぇだろ? 無駄に怒らせるだけだ」
「それでも、勝たなければならない」
捲し立てる鈴に、聖騎は短く返す。すると咲哉が口を挟む。
「なー神代。お前、何そんなウザい熱血キャラみてーな事言ってんだよ」
聖騎は笑う。
「熱血? あはははははは!」
「バカにしてんのか?」
咲哉は聖騎を殴り飛ばす。聖騎は殴られた頬を擦り、立ち上がりながら答える。
「いやいや、そういうつもりはないよ。アレは僕達が元の世界に帰る為には乗り越えなければならない壁だというだけの事さ。僕達が魔王軍と戦わなければならない以上、必然的にアレと同じくらい――いや、それ以上に強い敵と戦うことになる。少なくとも、魔王とやらは確実にアレより強いだろうしね。つまり、アレを倒せるくらいじゃないと、僕達は元の世界に帰れないという事だよ」
「でもよ、それは後だって良ーだろ。今回はなんとか逃げて、もっと強くなってから――」
「甘いよ」
咲哉の言葉を聖騎は遮る。
「僕は甘いものを食べるのは好きだけれど、見るのはそうでも無いんだよ。これはゲームじゃない。こっちのレベル上げを待ってくれたりはしないよ。仮に今回はアレから逃れて、強くなってリベンジしたと思ったら、向こうも向こうで今回より強くなっているかもしれない。つまり、いつ倒したって同じ。そして、どうせ同じなら早い方が良い。違うかな?」
「じゃー、今お前はアイツを倒せんのかよ!?」
咲哉は怒鳴る。いつもは強気な彼だが、今回ばかりは強敵相手に気が滅入っていた。その不安が、彼から心の余裕を失わせていた。すると鈴が、そんな彼の手にそっと触れる。それに興味を持つことも無く、聖騎は答える。
「うん、僕には無理だね」
「テメエ……!」
「でも――」
あっさりとした聖騎の返答に、咲哉は怒る。だが聖騎は言葉を続ける。
「――僕達なら、倒せるかもしれない」
その言葉に、一同は呆気に取られる。人を頼るイメージのない聖騎が遠回しながらも「協力してほしい」と言った事は彼らにとって意外だった。
「策はあんの?」
鈴が尋ねる。すると聖騎は秀馬に目を向ける。
「絶対に上手くいく、とは言えないけれどね。どちらにしても『読む者』、君の能力が必要なのだけれど、協力してくれるかな?」
「能力……か。これも仕方ないんだね」
「代案があるのなら構わないけれど」
あまり気が進まない様子の秀馬に、数名が怪訝に思う。それらの視線を無視して秀馬は決断する。
「いや、君に従うよ」
「それは良かった。では今から簡単にだけれど説明するよ。質問も改善案も大歓迎。では……」
聖騎は言葉を紡ぐ。仲間達はそれを真剣に聞いた。