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獣の頂

 ノアとユダの激闘は続く。空中戦と地上戦を交互に繰り返し、戦場に暴風を巻き起こしつつ、互いの体に傷を刻む。だがノアは、ユダの獣人としては異例の戦法により押されていた。


「ククク……」


 ユダの攻撃に吹き飛ばされながら、ノアは表情を緩めている。ユダの両眼が輝いたと思うと、次の瞬間そこからは光線が放たれる。それは光属性魔法だった。格闘戦をするのに最適化されたノアを更にパワーアップさせる事をコンセプトとして開発されたユダは、魔法を使える様に改造された。ユダの光はノアの皮膚を焼く。焦げ臭い匂いが辺りに漂うが、ノアがそれを気にする様子はない。


「グォォォォォォォォ……」


 ユダは唸り声を上げて光を放つ。ノアは空中でそれを紙一重でかわし、左爪で反撃を狙う。ユダはそれを避けず、右手で受け止め、体を横に回転させ、尻尾を叩き付ける。


「ぐぅ……」


 その一撃の予想外の重さにノアは呻く。脇腹の肉が抉れ、肋骨も何本か折れ、血が流れる。その痛みに顔をしかめるが、闘志は消えない。むしろ、その痛みに快楽を覚えているかのように口許を緩ませ、よだれを滴らせる。


「フゥゥゥ……」


 強く息を吐き、打撃による衝撃を殺さずに滑空し、負けじと尻尾で反撃する。しかしそれより一歩早く、ユダが追撃の為に突進してきた。右手と右手がぶつかり合い、二人は磁石の同極のように勢いよく反発する。


「グルルルルルル……」


 ノアが錐揉みしながら吹き飛ぶ一方で、ユダは眼から光線を射つ。文字通り光速で飛ぶそれを避けられず、ノアは左肩に穴を開ける事となった。


「ククク……」


 たった一つの手数の差は、この戦闘における優劣を明確に生み出す。しかし劣勢である事をノアは楽しんでいる。自分の完全上位互換であるユダ。近寄れば手数の差で苦戦を強いられ、距離を取れば遠距離攻撃が可能な敵の独壇場を作る事となる。まともな神経をしていれば絶望する状況で、ノアは高揚感に溺れていた。


「フハハハハハハハハハハハハ!」


 既に左腕は使い物にならず、体の至る所から血を流し続けている。彼の本能は快楽の中で、空腹を訴えた。湯水の如く迸るアドレナリンでさえもそれを掻き消せなかった。


「……」


 地上には自分達の戦闘を恐れ、逃げ惑う兵士達がいた。敵も味方も関係ないそれらは、ノアからすれば食料でしかなかった。空腹の時こそ食べ物を一番美味に感じられる事は彼も理解して、出来ればユダも空腹の状態で食べたいと思っているが、このまま倒れれば元も子もない。彼は地上に降下し、袋の中のスナック菓子をつまむ感覚で人族の兵士を掴み、頭からかぶり付いた。その握力の前に、兵士は逃れられない。ボリボリと頭蓋骨を噛み砕き、血液が口の中いっぱいに広がる。そのまま胴体もぐちゃぐちゃと音を立てて食していった。金属の鎧も、彼の前では脆い。


「うわぁぁぁ……!」

「う、裏切るのか!」


 突然仲間を食べられた兵士は怯える。だが、彼らにとっての悲劇は終わらなかった。


「グルルルルルル……」


 空腹を感じていたのはユダも同様だった。彼も魔族の兵士の体を掴み、脚から口に入れた。


「がぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 魔族は自分の体が食べられていく感覚に恐怖を抱き、バタバタと暴れながら声を震わせて叫ぶ。彼は自分の体が全て食べられる前に気を失った。そんな彼の心理状態などお構いなしに、ユダは完食した。


「チッ、クソ不味い」


 ノアは兵士の味に不快感を覚えながらも、仕方なしといった態度で新たな兵士に手を伸ばす。そしてユダも手当たり次第兵士を胃に収める。たった二人の獣人は、瞬く間に地獄絵図を描いた。彼らはただひたすら兵士を食べる、食べる、食べる。まるでフードファイターのように、恐怖に震える兵士達を貪っていく。


「……」


 ノアもユダも、口許が血にまみれている。適性属性によって違う魔族のカラフルな血液は、両者の口周りに混沌を描く。歯と歯の間には生の肉が挟まり、悪臭を醸し出す。だがそれを意識の外に追いやり、腹ごしらえを終えた二人は再び空へと飛び上がる。


「……」


 ただただ高度を上げて飛ぶノアを光線で狙いながらも、ユダはそれを追う。成層圏に上がるか上がらないか程度の冷たい空気は傷だらけな互いの体を刺激する。


「ふんっ」


 ノアはユダに頭突きを食らわせようと試みる。その突撃をユダは高度を落としてよける。同時に光線を発射するが、不安定な体勢から放たれたそれは狙いが甘く、容易に回避された。そこに体を縦回転させたノアの一撃が落とされる。ユダは吐血しつつ落下する。だがノアは追撃せずに、高度を保つ。そして静かにユダを見下ろす。


「グルルルル……」


 なんとか体勢を整え、見上げたユダは、ノアの眼に嘲りの色を見付けて怒りの感情を抱く。そして眼からは、これまでとは比較にならないほどに太い光線を放出した。ノアは腹部にそれをまともに食らう。痛みに顔を楽しげに歪めつつも、決してそこから動かずにいる。今のノアには強者としての貫禄があった。


「グルァァァァァァァアッ!」


 ユダの咆哮が空気を震わせる。突き刺さるような寒さの中で、彼はノアを一刻でも早く倒さんと上昇する。突き出した右腕は、ノアの左腕によってガードされた。左肩の機能は失っているが、肩そのものを動かせば問題ない。ところがユダも呆けてはいない。即座に放った光線はノアの右ももを撃ち抜く。


「ふっ」


 ノアは両手を組んで、相手の頭部に叩き付ける。その頭蓋骨は頑丈で、容易くは砕けない。それでもユダ自身を突き落とす事には成功する。負けじとユダは光線でノアの腕を焼く。ノアは後方へと飛ぶ。ユダはそれを追いつつ光線を撃ち続ける。ノアは逃げながらも、常に一定の距離を保ち、いつでも反撃できるように備える。だが、その機会は訪れない。別にノアも攻撃を受ける事が好きな訳ではない。あくまで自分に強い痛みを与える存在、自分の全力の回避にも対応して攻撃を当ててくる存在がいることを悦んでいるだけであり、決して自殺願望はない。だから、致命傷となりそうな攻撃は回避する。


(まだ、か……)


 以前までのノアは、戦いの時は本能的に体を動かすだけであり、頭はほとんど使わないでいた。使うまでもない相手とばかり戦っていたからだ。しかしヴァーグリッドとの戦闘で挫折を知り、ただ腕を振るうだけでは勝てない相手もいる事を理解した。そして今、彼は自分の完全上位互換である存在を相手に、頭を使っていた。


(奴は多分、生まれてそんなに経ってないガキだ。だから、我慢ってものを知らねぇ。このクソ寒い空から出来るだけ早く逃げようと、とっとと俺を殺したいと思ってる)


 ユダ以上に傷を負っているノアは、ユダ以上に凍て付く空気への耐性が低い。だから一刻も早く地上に降りて、暖を取りたいと思っている。その誘惑を無視して、眼前の極上の獲物を胃に入れる為に、彼なりの最善の行動をとっている。彼は思考を展開させながら、嵐のような光線の猛撃を回避する。この寒空は風も強く、少しでも気を抜けばあっさりと飛ばされ、自由を失う危険性がある。それでもノアは冷静を保つ。


(奴の勘は俺以上に良いだろう。だからそうそう簡単にボロは出さない。だが、苛立たしいであろうこの状況では、一瞬くらい隙を見せるだろう。その隙を如何に見付けるか、それが捕食への鍵だ)


 激しい攻撃の全てを避ける事は叶わず、リアルタイムで加速度的に新たな傷を作り続けている。もはや傷の無い箇所を探す方が難しいレベルである。常人なら発狂するであろう苦痛も堪え忍び、黙々と好機を窺い続ける。


「ゼェ……ゼェ……」


 ユダは集中力が切れかけ、呼吸にも乱れが生まれる。それでもノアは動かない。彼は理性を総動員して、呼吸のリズムを一定に保つのに努める。


「ゼェ……ゼハァァァァァァァァッ!」


 ユダの叫びが木霊する。フラフラの体を震い立たせ、全身全霊を込めた光線を射つ。


(これは……食らう訳にはいかない)


 本能的に生命の危機を察知したノアは、光線が来る前に瞬時に高度を上げた。光の奔流は彼の真下を通過する。


「ガァァァァァァァッ!」


 ユダは気力を振り絞って叫ぶ。だが次の瞬間異変が起きる。その眼から放たれていた光線が途切れたのだ。魔力切れである。ノアを倒すことだけに集中していた彼は、魔力残量も気にせずにただただ攻撃していた。その隙をノアは見逃さない。


「はぁぁぁぁぁぁぁッ!」


 ユダも決して呆けはしない。敵の攻撃を察知して防御の体勢を取ろうとする。しかしそれは遅すぎた。ノアの血塗れの右手はユダの首を捉え、首から上と下とを真っ二つに分かつ。


「さぁ……喰うぞ」


 重力に従って落下し始めたユダの首と胴体をキャッチして、ノアは地上に着地する。やっとの思いで食べられると思ったところで、彼の前に見知った顔が現れた。


「ノアズアーク・キマイラ」


 それはロヴルード軍にて兵を率いるフレイン・ネルイーヴだった。その背後には部下が数名立っていて、怯えるような視線をノアに向けている。


「あぁ?」

「あなたは多くの味方兵士達を意図的に大勢殺しました。上官権限をもって、あなたを拘束します」


 フレインは淡々とそう言った。

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