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親のプライド

 時は遡る。美奈達が妖精王オーベロンの出現に苦戦を強いられていた頃、地下道を通って脱走していた元人質の一人は言う。


「彼女達はああは言っていたものの、本当に良いのだろうか。ここで逃げて」

「本当に申し訳ないというか、情けないですね。私達」

「けど、実際問題として俺達は戦力として頼りにならない。余計な事をして足を引っ張る訳にはいかない」

「それは、そうなんですが……」


 彼らは主に勇者達の父親や母親である。他に少数であるが勇者達の友人や、警察にマスコミだった者までいる。彼らは奴隷として魔王城の雑用をさせられたり、無意味に暴力を振るわれたりしていた。そして彼らはこの世界に来た当初から数を大幅に減らしている。


 まず、両親共にこの世界に来ていた場合、人質は最低限で良いという事で片方は人体実験に使われた。モルモットのように使い潰され、無駄に命を落とした者も少なくない。また、警察やマスコミのような、人質としての価値すら無い者も実験に使われたが、あえて生かされている者も存在する。同様な事は親がいる為に人質としての価値が比較的薄い勇者の友人にも言える。


 彼らの中には赤子を抱いている者もぽつぽつといた。その肌はうっすらと赤かったり青かったりと、黄色人種からは生まれないはずの色をしている。その肌は魔族の血を継いでいる事を意味する。本来魔族は人族を見て不快感や嫌悪感を抱くようにプログラミングされて創られた生物である。故に性交渉など気持ち悪く、出来たものではないというのが大半である。だが、人間の中に犬やヤギに発情する者がごくまれにいるように、魔族の中にも異常とされる性癖を持つ者もいる。同族からすら嫌悪の視線を向けられつつ、とある魔族は人質数人を孕ませた。


 そんなことがありつつも彼らの大多数は「同じ境遇の者がいる」という事を頼りになんとか正気を保っている。だが、全員が全員正気という訳では無い。


「はーい、よくできましたー。みっちゃんは良い子ね。偉いわ。きっと将来はお父さんみたいな学者さんね……うふふっ、なれるわよ。さ、今日の晩ごはんはみっちゃんの大好きなカレーライスよー。いっぱい作るからおかわりもじゃんじゃんしてね。……ありがとうね、みっちゃんに応援されたらお母さん、張り切っちゃうわ! それじゃあ、楽しみにしててね……」


 男に背負われながら、幸せそうな表情で次々と言葉を紡ぐのは、舞島水姫の母親である舞島智香だ。背負われて運ばれているのにも気付かない様子で、先程から何度も同じ言葉を繰り返している。否、厳密には『先程から』ではない。五年前、水姫が自分の意思で魔王軍につくと宣言した時から、智香の精神は崩れ、うわ言のように昔の会話をリピートしている。元の世界にいた頃、彼女は夫を亡くしていて、一人娘である水姫をより一層溺愛するようになっていた。その娘が自分に眼を向ける事なく、人類の敵になったというのは智香にとって大きな衝撃だった。


「……おいしい? うふふっ、良かったわ。あら、みっちゃん。お口が汚れてるわよ。フキフキしなくちゃね」


 彼女以外にも精神を病んだ者は大勢いる。衰弱死したり、発狂の末に舌を噛んだりと、悲惨な最期を遂げた例は枚挙に暇がない。そんな中で一応命がある智香が幸せなのかは誰にも分からない。


「だが、それでもここで逃げるのはゴメンだ。俺達は散々子供達に迷惑を掛けてきたんだ。その上、ただ助けられるだけなんて、許せない」

「面貫さん……」


 暗い地下道を慎重に進む彼らは、ひたすら頭を悩ませていた。



 ◇



「くっ……どうすれば」


 龍化した静香に取り憑く早織はオーベロンの前で呻く。まだ助けきれていない人質もいる。彼らを助ける為には城を回らなければならないが、オーベロンはそれを許さない。


「どうもさせるか。お前達はここで終わる」

「終わるもんか……まだ助けてない人だっているんだから」

「だが、現に終わる寸前であろう。むしろ、ここまで粘った事は心から称賛するぞ」


 既に妖精族のツンとラエは戦闘不能となり倒れている。美奈も倒れる寸前で、まともに戦力として数えられるのは早織だけである。だがその早織も、全身に傷を負っている。このままでは敗北も時間の問題である。


「うるさい! あなた達、絶対許さないんだから」

「許さないだと……? よくもぬけぬけとほざくものだな! 貴様ら劣等種族が、我が同族にしてきた事を忘れたか!」

「そんなもの、私は知らない! ……きゃっ」


 オーベロンはこれまで以上に力を込めて早織へと殴り掛かる。その動きに早織はまったく対応できない。


「おらぁ!」


 圧倒的な身体能力を活かしたオーベロンのラッシュに早織はただ翻弄される。彼女を何とか救おうと美奈は声を上げようとするが、体は言う事を聞かない。そんな自分の無力さを憎んでいると、彼女の耳に新たな声が届く。


「そこまでだ!」


 その野太い声は成人男性の声だ。そしてその声に美奈は聞き覚えがあった。最後に聞いたのは六年前だが、彼女はその声の主を瞬時に特定した。だが、同時にあり得ないと思った。


(おとう……さん?)


 首をゆっくり動かして振り向いた先には彼女の父親の姿があった。粗末な服を着ていて、表情もやつれているが、実の父親の顔を彼女は忘れたりはしない。そしてそこにいるのは彼だけではない。彼と同年代の者が三人いた。その中にいる女の顔を見て早織は驚く。


「お母さん!? 何で」

「早織。ありがとうね、私達を助けてくれたのね」

「何で……。こ、ここはダメ! 早く逃げて!」


 龍の姿の早織に何一つ態度を変えずに、彼女の母親は穏やかな表情を向ける。早織は一瞬彼女が何故ここにいるのかを聞こうとして、しかしその質問を打ち切って叫ぶ。だがその叫びは聞き入れられない。


「そこの妖精。やるなら私達をやりなさい。早織! それに美奈ちゃんも逃げて!」

「あぁ? 何だお前は」

「うるさいわ! さっさとこっちに来なさい! この、劣等種族」


 早織の母の言葉はオーベロンの意識を自分の所に向ける事に成功した。


「貴様……愚かだな」

「やめて! お母さん――」

「行きなさい! 早く!」


 オーベロンが怒りに顔を歪める中、早織は抗議しようとする。だがそれは遮られた。


「何で……せっかくお母さん達を助けに来たのに、そんなの嫌だよ……!」

「ごめんね、助けて貰えなくて。場内が騒がしくて、誰かが助けに来てくれたんだって気付いて、それが早織だって知って、本当に嬉しかったわ。でも――」


 その言葉は、オーベロンが肺を握り潰したことにより途切れた。早織は頭が真っ白になりそうになる。突然の理不尽に発狂したくなりながらも、どうにか堪えられる程度には、彼女の精神は成熟していた。


「無意味だったな。時間稼ぎにもならないとは」

「早織ちゃん! 美奈を連れて逃げてく――」


 次の瞬間に美奈の父も声を上げたが、それもすぐに止んだ。オーベロンはその場の大人達を全滅させた。


「くっ……」


 早織は母親達の想いを汲み取り、悔しげな感情を押し殺して、美奈やツン達を掴んで撤退しようとする。ここに留まっても何も出来ない、と考えられる判断力が彼女にはあった。一方で美奈は掴まれながら納得出来ないものを感じたが、何も言えなかった。


「無駄だ、この俺からは逃げられはしない」

「それはどうだろうな」


 先程美奈の父親達が来た別の方向から新たな声が来た。その声にも早織は聞き覚えがあった。


「あなた達はさっき助けたはずじゃ……」

「君達の気持ちも分かる。だが、君達を見捨てて自分達だけ逃げるようなことは、俺達には出来なかった」

「どれだけ来ようが無駄だ」


 新たに現れたのは、先程までは地下道にいた面貫善の父親、面貫信を含めた数人である。彼らは全員が全員ここに帰ってきた訳ではなく、新たに親になった者や精神的に不安定な者、及び彼らに付き添う者は元のように地下道を歩んでいる。信達をオーベロンは狙う。するとそれを阻む影が現れた。


「ったく、無茶しやがって。こっちの気持ちも考えろっての」


 それは赤い髪の妖精族だった。肌も赤みがかっている彼は炎を吐いて、オーベロンを焼こうとする。だがオーベロンが少し羽を動かせば、炎はあっさりと吹き消える。


「仁……なのか……?」


 赤い妖精族の顔と声に覚えのあった信は戸惑いながら呟く。すると妖精は笑う。


「ああ、そうだよ。面貫仁だよ、親父。何でここにいるかは聞かないでくれ。今はそういう場合じゃないんでな」

「あ、ああ……」


 突然の長子の登場に信は戸惑うしか出来ない。何故善のクラスメイトでもない仁がここにいるのか。何故妖精族の姿をしているのか。疑問は尽きない。


「親父達も、早織ちゃんつったか? アンタ達も全員逃げろ。ここはしばらく俺が食い止め……ぐぅっ」

「威勢が良い割には弱いではないか。つまらん」


 炎を身にまとう仁はオーベロンの蹴り一発で倒れる。それを見て早織は本当に逃げて良いのか疑問に思う。


「あの、どなたか存じませんが大丈夫なんですか?」

「ふぅ……心配ねぇさ。ほら、さっさと逃げろって。そうしてくれりゃあ俺も助かる」

「はぁ」


 少なくとも悪い人では無いと早織は判断するが、そもそも頼りにして大丈夫なのだろうかと不安に思う。


「くだらん。見馴れない種族だな。新種か?」

「さぁな。……何してんだ! さっさと逃げろって言ってんだろ!」

「は、はい!」


 突然声を荒らげた仁に早織は驚き、直ぐ様外を目指す。だが、信達は動かない。


「事情はよく分からないが、お前も逃げろ、仁。ここは俺達に任せて――」

「任せられるかよ。ぶっちゃけ親父達、コイツ相手に役立たねぇだろ」

「それとこれとは別問題だ! 俺は親として、子供を死地に置いていく訳にはいかない」

「そんなつまんねぇプライドは捨てろ!」


 仁はオーベロンの攻撃を受け、炎による反撃を行いながら父親と言い合う。彼が劣勢にあるのは誰の目から見ても明らかだった。


「つまらないだと……? 知ったような口を聞くな! ここでずっと捕まってて、子供の枷になる親の気持ちが分かるか!? 俺なんかはまだマシだ。ここには実際に自分の子供が魔王軍に協力する事を強いられた人達だっていたんだ! 親にとって子供の足を引っ張るしか出来ないっていうのはな、何より辛い事なんだよ」

「知るかよ! そんなの同じことが言えるぜ。ガキにとって、親が死ぬなんてのは何より嫌なんだよ。目の前で見殺しにするなんてのはもっての他だ。善だって同じ事を言うだろうよ!」

「ああもう……どうしてお前は昔から俺の言うことを聞かないんだ! このバカ息子が!」

「よくわかんねえけど、お前のガキだからじゃねぇのか、この頑固オヤジ!」


 すぐそばに圧倒的な脅威があるのも構わずに親子喧嘩が繰り広げられる。そうこうしているうちに仁は全身を打撲し、フラフラの状態になっていた。


「この俺を相手にしながらくだらん言い合いをするとは、随分と舐められたものだ。さっさと終わ――」

 

 状況に苛立つオーベロンは右腕を振りかぶり、渾身の一撃を放とうとする。だが突如として、その右腕が吹き飛ばされた。


「時間稼ぎご苦労様、ジン。それにしても、随分と絆の強い親子関係ねぇー。何百年も昔に両親を殺した私には分からないわぁー」


 そこには漆黒の影が出現した。比喩ではなく、本当に全身が黒い何かがそこにある。だが背中に羽を持つ長い髪の女である事はシルエットから察せられた。


「サリエル、お前そんなに黒かったか?」

「残念ながら私は今自分がどんな姿なのか把握してないのよねぇー。どうなっているのかしら?」

「どうなってるも何も、黒いとしか言い様が無い。お前の腹ン中を全身で表してる感じだ」


 仁はその影と話す。影――サリエル・レシルーニアの出現にオーベロンは怒鳴る。


「レシルーニアの長!」

「あらあらぁー、お久しぶりねノレボの長。相変わらず魔王の腰巾着をやっているようね」

「黙れ……貴様はカミシロ・マサキなどという劣等種族の中でも飛び抜けて残虐な個体と手を組んでいると聞いているぞ。この恥知らずが」


 オーベロンがあからさまに敵意を剥き出しにする一方、サリエルは余裕綽々である。


「私からすれば君の方がよっぽど恥知らずなのだけどねぇー。人族をまとめて劣等種族なんて呼んじゃうのは本当に視野が狭いというかなんというか」

「黙れ! カミシロ・マサキは数多の同胞を殺したと聞いている。そして貴様も以前以上に同胞を殺し、それを自分達の糧にしている。俺は妖精王として、貴様の存在を許さない!」


 レシルーニアという種族は自分が生物の魂を自分の手駒として使役する。だからこそ妖精族の中でも古くから異端として扱われ、忌み嫌われていた。だがオーベロンはレシルーニアを同胞として認め、共に人族に反抗するよう呼び掛けていた。だがそれは無意味だった。


「仕方ないじゃなぁーい。それが私達の性なんだから。私はこの能力は、どこかの異世界に行った、死んで肉体を失った魂をこの世界に呼び戻す能力だという仮説のもとに研究を続けてきた。そしてマサキと出会ってからは研究の効率も驚くほどに上がったわ」

「ふん、劣等種族の手を借りるとは情けない奴だ」

「本当にブレないわね。……まあいいわぁー。それでね、分かったわ。やっぱり生物は死んだら異世界に行くんだってね。マサキは天国とか地獄とか呼んでたわ。私が言いたいこと、理解できる?」


 サリエルの言葉はオーベロンだけでなく、仁や信達、それに逃げ切れていなかった早織も聞いていた。だがその中にサリエルの意図を読み取れた者はいなかった。


「貴様は説明する能力が劣っている」

「理解出来なかったなら素直にそう言って欲しいわぁー。だからねぇー、死後の世界は存在する。つまり死んだ生物にはそこに行けば会えるのよ。そして私なら、あなたを殺さずしてそこに連れていく事が出来る。要するに、亡くなった会いたい相手がいるのなら、会わせてあげられるってこと」

「何だと……!」


 サリエルの言葉にオーベロンは絶句する。その言葉はそこにいる誰にとっても魅力的なものだった。


「君が人族を恨む理由は分かっているわぁー。大事な仲間を沢山殺されて、臓器を抉り取られて、それを武器として使われてるんだもの。でも私なら、君を彼らに会わせてあげられる」

「そんな……そんな都合の良い話があるものか」

「あるのよねぇー、これが。……もっとも」


 サリエルは不意に声のトーンを落とす。


「会わせるとは言ってないけどねぇー」


 その瞬間、彼女の体はオーベロンの背後に移動していた。そして華奢な右腕を、彼の背中に突き刺す。その動きに、オーベロンはついていけなかった。


「がはっ……」

「だって私、君のこと大嫌いだもの」


 その瞬間、サリエルの体から無数の影が放出された。それは彼女が支配下においていた魂だった。魂を肉体に憑依させる事によって、そのステータスの分だけ自分を強化する事が出来る。ただし、その状態で一定以上の質量を持つ個体、あるいは液体に触れると、その魂の行使権を失い、二度と使えなくなる。サリエルは右腕をグリグリと動かし、オーベロンの心臓を握り潰す。


「余裕で勝つ為とは言え、ちょっと余計に使いすぎたかしらぁー?」


 首をポキポキと鳴らすサリエルは、素顔を晒していた。きらびやかな銀髪に漆黒の肌、赤の双眸が露となる。その一種の神々しさを与える姿に、その場の全員の視線が集まる。その原因にサリエルは気付く。


「あぁー、みんなも気になるのね。死後の世界に行って会いたい人がいる、と。そりゃそうよねぇー。何せたった今大事な人を亡くした人もいるくらいだし。……いや、それはまだ現実感が無いかしら?」

「なぁ、サリエルよ。そんな事が出来るなんて俺も聞いてなかったけどよ、マジなのか?」


 不審げな目をして質問したのは仁だった。サリエル意地の悪い笑みを浮かべて答える。


「ええ、本当よ。でも厳密に言えば、今の私には出来ないわ」

「どういう事だよ?」

「リートディズよ」


 答えを聞いて、仁は思い出す。聖騎が操る人型兵器リートディズ。だがそれが何故死後の世界の話に関係するのかが分からない。


「あのロボが何なんだよ」

「あれは確かに兵器としてズバ抜けている。でもね、それはリートディズの本質じゃないの」

「本質だあ?」

「ええ。大規模破壊用航空魔動人型兵器なんてコードネームが付いているけどね、元々あれは別の事を目的として開発されたのよ。それはね、君達が求めているものよ」

「俺達が、求めている……?」


 サリエルの勿体振るような言い方に仁は首を捻る。注目が集まる中で、彼女はゆっくりと口を開く。


「リートディズの開発目的、それは世界間の移動よ。それさえ使えば、君達も元の世界に帰れるわ」


 その言葉はこの場の全員に衝撃を与えた。

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