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トライアングラー

 卓也と、秀馬と真弥との戦闘は熾烈を極めていた。実際には卓也と秀馬の一騎打ちを真弥がサポートしているという形である。勇者の中でも随一の俊敏性を持つ秀馬の猛攻を卓也は全て見切り、そして返り討ちにする。真弥は秀馬がダメージを負う度にユニークスキルで回復させる。一方卓也も卓也で、天井知らずの体力と治癒力により力を有り余らせていた。


「永井さん、あっちの方の軍が苦戦しているから、助けに行ってあげてよ」


 秀馬は突然そんなことを言い出した。真弥は戸惑いを見せる。


「でも、藤川君も大丈夫なの? さっきから押されてるじゃない」

「大丈夫だよ。だから……」

「うん、分かった! 頑張ってね」

「そっちこそ」


 真弥は納得できないものを感じつつも、何か考えがあるのだろうとそれに従う。すると今度は、秀馬は卓也に声を掛ける。


「本当に強いね……古木君! あの時、この世界に来た頃とは大違いだ! ぼくだって結構強くなった自覚はあったんだけど、君のレベルアップは桁外れだ。きっと、壮絶な体験をしてきたんだろうね」


 剣を交えながら声を掛けてきた秀馬に卓也は答える。


「俺には助けたい人達がいた。ただそれだけだ!」

「正直に言うよ。あの世界にいた頃、ぼくは君を見下していた」


 秀馬の告白に卓也は驚く。


「見下していた……? お前が?」

「うん。誰にでも優しい優等生を気取っていたからね、意外に思うのも仕方ない。だけどぼくの本性は、ちょっと勉強と運動が出来てたっていう理由で内心周りを見下していた……下衆なんだよ」

「でも、お前はいつも俺を庇ってくれてただろ! 真弥と一緒に」


 秀馬は学級委員として、教室内のトラブルを積極的に解決していた。卓也が翔達に絡まれていた時も止めるように注意をした。そんな彼が下衆であるなど、卓也には到底思えない。


「ぼくは君を守りたかったんじゃない。『クラスで浮いている君みたいな人でも助ける正義漢』だと、思われたかっただけなんだ。……好きな人へのアピールも含めてね」


 完全無欠の優等生だった秀馬の告白。それを聞いて卓也は彼を人間臭いと思った。


「お前が、そんなヤツだったなんて……」

「軽蔑しただろ? でも、これが本当のぼくだ」

「お前が本当のゲスだったら、こんなことわざわざ言ってこないだろ」


 キン、キン! と剣と剣が甲高い金属音を奏でる中で、卓也は真面目な顔で言う。


「それに、テンプレみたいな『ただの優等生』よりずっと好感が持てる。俺なんかとは比べ物にならない、雲の上の存在だと思ってたお前にそんな一面があったなんてな。お前とは、友達になりたいよ」

「古木君……」

「だからさ、ここは退いてくれ。俺は友達と戦いたくない!」


 歴戦の勇士然とした勇ましい容姿から出た甘い言葉。それに秀馬は呆れるような言葉を返す。


「ぼくだって出来ればそうしたいさ。でも状況がそれを許さないのは君だって分かっているよね? 今の状況でぼくは魔王軍を裏切れない、と」

「それでも、嫌なものは嫌なんだよ!」

「やれやれ……僕の知っている君はあまり自己主張をしない人だったけど、君がそんなにわがままだなんて思わなかったよ」

「ああ、自分でも意外だったさ。でも俺はこの世界に気付いた。俺はものすごくわがままなヤツなんだって。俺は何でも自分の思い通りにいかなくちゃ嫌なんだ。だから……」

「だけど、今は無理だ。それよりも、もうちょっと話をしよう。君は、永井さんについてどう思う?」


 煮え切らない表情の卓也に秀馬は話題を提供する。


「真弥……? 何で今そんな事を」

「良いから答えてくれないか。君にとって永井さんはどういう存在なのかな」

「どういうって……真弥は幼馴染みで、それで……」


 卓也は口ごもる。彼にとって真弥とは、昔から世話焼き体質だった幼馴染みであり、兄弟に近い存在である。それ以上、どのように言葉で表せば良いのかが分からない。


「なるほどね。君の気持ちは分かったよ」


 急に秀馬の目が据わる。卓也はそれに違和感を抱く。


「藤川?」

「本当に困ったね。ぼくは君を素直にすごいと思っているし、尊敬もしている。でもね、なんだろう。ぼくは君に対して、強い怒りを覚えているんだ」

「何かまずい事でも言ったか? その、ごめん」

「謝る相手が違うんだよ!」


 その刹那、秀馬の剣が勢いを増した。その激しい剣撃は、今までのような優雅さすらある理知的なものでなく、野獣を思わせる荒さが全開で出ていた。


「藤川……どうして急に……」

「君は永井さんの気持ちを考えた事があるか!? 永井さんが君に対して、どんな想いを抱いているのか、考えた事があるか!?」


 秀馬の叫びから、彼が言いたい事を卓也は察する。


「そんな……真弥は昔から兄弟みたいな感じで、そんな事は……」

「確かに永井さんにもそういう、ただの幼馴染みとしか思っていない時期があったかも知れない。でも、人は変わるんだよ! 君みたいに! 魔王城で、彼女は毎日のように泣いていたよ。同じ境遇の友達を笑顔で励ましながら、心の中で泣いていたんだよ! 能力なんか使わなくたってぼくには分かった! ぼくはなんとか彼女を慰めようとした。ぼくだけじゃなくて、色々な人が彼女の力になろうとした。でも、ダメだったよ。優しいあの人はぼくのお陰で救われたなんて言っていたけど、それは強がりだった。それが何故だか分かるか? 君がいなかったからだよ!」


 叫びと同時に、秀馬は思い切り剣を振り下ろす。その気迫に卓也は後ずさる。


「ま、待ってくれ。そんな事言われたって……」

「誤解させる言い方をしてしまったね。別に君がもっと早くここに来て、そばにいてあげていればよかったのにとか、そういう話じゃない。ぼくが言いたいのは、ぼくではダメだったっていう事だ」


 秀馬は顔を俯かせる。そこから卓也は彼の内心を読み解く。


「それってつまり、お前は真弥の事……」

「そういう事さ。だからさ、お願いがあるんだ。この戦いがどんな結末を迎えるにしても、永井さんを救って欲しいんだ」

「救う?」

「そう、ここに来てから永井さんはものすごく傷付いた。君達を敵に回す事になって、一応は味方の魔族からは色々言われて……。そんな永井さんを本当に救えるのは君だけなんだ。だから……頼むよ」


 秀馬は剣を止め、泣きそうな表情で懇願する。そこに込められた複雑な想いを読み取り、卓也は秀馬を、そして真弥を絶対に救いたいと思った。それはただ単に、この戦争に勝利するだけでは叶えられないと彼は考える。そんな単純な事で、彼女達の傷付いた心は救えない。だがどんなに時間が掛かろうと救いたい、そんな決意を卓也は即座にした。


「ああ、分かった」


 そんな卓也の返事は、口だけのものでは無いだろうと秀馬は察した。


「ありがとう」


 秀馬の口からは自然とその言葉がこぼれた。その言葉に卓也ははにかむ。彼らが向き合い、立ちすくんでいると、黒髪銀髪の妖精族がそこに飛んできた。卓也のギルドメンバーであるレミエル・レシルーニアである。


「やっと話に入っていい感じになったわね。どこもかしこも近寄りがたい雰囲気だって評判よ」

「レミエル、どうしたの?」


 卓也は質問しながらも、彼女が何を伝えにここに来たのかは予想がついていた。そしてその予想は裏切られない。


「魔王軍に捕らわれてた人質の心配は、もう無くなったそうよ」

「そうか……良かった。……ああ、藤川。実は……」


 レミエルの言葉に安堵した卓也はすぐに秀馬に状況を説明しようとする。すると秀馬はそれを遮った。


「伊藤さん達がぼく達の両親を助けに潜入していたという話だよね? それが成功したって?」

「な、何でそれを!?」

「ぼくのユニークスキルは人の心を読む能力。戦闘中に君の脳内を読ませてもらったんだよ。勝手な事をして悪かったね」

「いや……別に良いけど。でも、まぁそういう事だ。これでお前も、それに真弥も俺達と戦う必要が無くなった……真弥!」


 申し訳なさそうに謝る秀馬。それを卓也は、何が悪いんだと言わんばかりに許す。そして、遠くにいる真弥の名を叫ぶ。その叫びは彼女に届いた。


「もう心配はいらない! 人質は解放された! 真弥も、魔王軍に従う必要は無いんだ!」


 その言葉は真弥にとって、咄嗟には信じがたいものだった。だが、彼女が誰よりも信じる人物の口から出たその言葉の意味を理解し、力が抜けたようにその場にへたりこんだ。


「本当……に?」


 その呟きは離れた位置にいる卓也の耳には届かなかった。だが、彼女が何を言っているのかは分かる。だから卓也は笑顔で答える。


「本当だ!」


 真弥の目からは堰を切ったように涙があふれ出る。その反応に卓也は安心し、表情を緩める。そのまま立ち尽くす卓也に秀馬は言う。


「何をぼーっとしているんだい、古木君。人質が解放されたからといって、別に戦争が終わった訳じゃない。気を引き締めなよ」


 その言葉の直後に、秀馬は呪文を唱えて風属性魔術を発動し、ほんの今まで部下だった魔族達を吹き飛ばす。


「あぁ、そうだな!」


 卓也も同様に無属性魔術で敵を攻撃する。卓也と秀馬は背中合わせに立ち、互いをカバーしあう。


「私だって、負けてられない!」


 そこに真弥も加わった。魔王から与えられた木属性の魔術ではなく魔法により、敵から体力を吸い取る。


「永井さん、良いのかい? まだ休んでても良いんだよ?」

「この状況で何もしなかったら、それこそ心が休まらないもの」


 卓也、真弥、秀馬の三人は背中を合わせる。背後の二人の戦友に向けて卓也は言う。


「それじゃあ、ここはさっさと片付けて、すぐにでも魔王のとこに行こうぜ。真弥、藤川」

「うん!」「そうだね!」


 元々ずば抜けた戦闘能力を持っている上に、士気がこれ以上無いほどに高まっている彼らが敵を殲滅するのに、それほど時間は掛からなかった。

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