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勇者と魔王のジレンマ

 聖騎とリートディズが棒輪の間に入った直後、煉達の許にいたマリアに同族から連絡が入る。人質の問題は解決したと。それは山田龍、柳井蛇、草壁平子、宍戸由利亜、そして振旗二葉にも伝えられた。小雪が詳細を説明すると、二葉以外の四人は安堵の表情を浮かべ、勇者側につく事を決めた。こうして勇者側は十二人となり、魔王軍を裏切るつもりは無かった二葉は分が悪くなったと見てすぐに撤退を試みる。しかし平子の作る壁と巌の高速移動の前には無意味で、即座に拘束された。


「散々なものだな。さて、お前の目的を吐いて貰うぞ」


 二葉はうつ伏せに寝かせられ、蛇の木属性魔術による蔦によって縛られている。それを正面から見下ろしながらの煉の質問に二葉は皮肉気に笑う。


「うふふっ……私に目的なんて無いわ。私はただ、魔王軍の一員として平和に過ごしていきたいと思っているだけよ」

「そうか。小雪、コイツはどうするべきだと思うか?」


 煉に意見を求められ、小雪は考えながら言葉を紡ぐ。


「そうですね。このまま放っておくというのは賢明とは言えませんし……もういっそ殺しますか?」


 薄い笑みを浮かべながらの小雪の言葉に、初音が驚いた声を上げる。


「あの、御堂さん……? 冗談だよね?」

「いえいえ、本気ですよ。浅木さん、あなたを含めて私達は敵の兵士を既に殺しています。そして振旗さんも敵の兵士である事には変わり有りません」

「でも……振旗さんは特別でしょ? 私達のクラスメイトなんだから」


 初音と同様に、二葉を殺す事に反対意見を述べる者が何人も出てくる。小雪はそれを当然の反応だと思いつつ言葉を選んでいると、二葉が笑う。


「殺したければ殺せば良いわ。私だってあなた達を殺す気だったし」

「俺は神代みたいな変態とは違って、拷問を楽しむ趣味は無い。最後に言い残したい言葉が有れば、今の内に言っておけ」


 煉は刀を二葉の喉元に当てる。


「優しいのね、そんな猶予をくれるなんて」

「何も無いのならすぐに殺すが。俺も暇では無いのでな」

「怖い怖い。そうね……それじゃあちょっと自分語りさせてもらっちゃうわ」

「手短に話せ」


 煉は無表情に呟く。その双眸は人を殺せそうな程に鋭いが、二葉はそれに動じた様子もなく微笑む。


「分かったわ。それじゃあ……私、実はあなた達より二年遅れて学園に入学したの。つまり、本当はあなた達より二歳年上なの」


 その事実は煉やフレッドも初耳だった。当然のように同じく初耳だった星羅が質問する。


「えっと、確か生徒会長は高校二年生だったよね。ということは同い年?」

「今その情報が出てくるなんて、頭の回転が速いのね緑野さんは。もう六年くらい前の事なのに。……まあ、そうよ。当時の生徒会長、振旗一葉は私の双子の姉。才色兼備で文武両道、誰にでも優しく接する完璧超人。そしてコロニー・ワールド計画にも携わっていた。大学院にでも行っていなければ、今は社会人一年目のはずよ。高校時代は授業や生徒会の活動があったけど、今は本格的に研究にも携わっているんじゃないかしら」


 どこか懐かしげい遠い目をして、二葉は姉について語った。星羅は頷きながら呟く。


「要するに、お姉さんは外側から、二葉ちゃんは内側から……その、コロニー・ワールド計画に参加してるっていう訳だね。その為にわざわざ年齢を偽って学園入学したと」

「それは少し違うのよ。私は計画に参加というより、ただこの世界に来たかっただけ」

「というと?」

「私の祖父も父も母も、昔から異世界の研究に夢中だった。その影響を受けてか、姉も幼い頃から研究に興味を持ってた。でもね、私だけはそうでも無かった。その上で姉は、全てにおいて私より優秀だったの。小学生の頃、私は一応優秀な成績だったわ。でもね、姉は次元が違った。小学生の中ではトップだった私なんかと違って、既に因数分解をマスターしてた。そして私はそんな姉と比較されて、出来の悪い方というレッテルを貼られたわ。腹立たしいのは、姉は最低限の努力しかしていないのに対して、私は寝る間も惜しんで勉強してたって事。あの人にライバル心を持ってひたすら頑張った時期もあったけど、ある時気付いたわ。私は絶対にあの人には勝てないって」


 話が逸れているように星羅は思った。だが、何も言及せずに言葉を聞く。


「要するにね、私は逃げたのよ。家族(あんな人達)と二度と関わりたくなくてね。私がこの世界に行きたいって言ったら、父は二つ返事で頷いたわ。母も特に何も言わなかった。姉だけは反対したけど、結果は御覧の通りよ」

「……」


 星羅は衝撃を受ける。自分も決して両親とは仲が良好とは言えなかった。特に母とは数え切れないほどの衝突をした。だが、今では喧嘩別れのようになった母との仲直りを望んでいる。今すぐにでも両親と会って、色々な話をしたいと思っている。だからこそ、二葉の境遇は信じられない。


「二度と関わりたくないっていうのは……今も変わらないの?」

「当然よ。あんな惨めな思いは二度とゴメンだもの」

「そう……なんだ」


 何を言えば良いのか分からずに星羅は、顔を俯かせる。


「顔を上げて。どうしてあなたがそんな顔をするのよ?」

「別に、何とも思ってないよ」

「うふふっ……。なんだかスッキリしたわ。この気持ちを誰かに話したのは初めてだもの。聞いてくれてありがとね」

「感謝なんてしなくて良いよ」


 星羅はぶっきらぼうを装って言い捨てる。そして二葉は何かを悟ったような、穏やかな表情で煉を見上げる。


「言いたい事は言い切ったわ。司東君、もう煮るなり焼くなりすればいいわ」


 煉は相変わらず真顔でそれを見下ろす。


「なるほど。同情を誘って生き延びようとするとは策士だな。ここでお前を殺せば、今度は俺が殺されかねない」

「考えすぎよ。もし本当にあなたが殺されるのだったら、それは私にこれを話させたあなたのミスよ」

「もしここで逃げられたとして、その後何をする? 城にでも戻るのか?」

「そうしたいのは山々だけど……。結局あなた達と戦わなくちゃいけないのよね。だからと言って、魔王様と戦うのもイヤよ? あの人に立ち向かうのは何よりの愚行だという事は何より私がよく分かっているし、そもそも戦う理由が無いもの。司東君なんかは分かってると思うけど、魔王様を倒した所で元の世界には帰れない。それに、魔王軍に迫害されるこの世界の人達を助けたいという正義感も無い。強いて言うなら神代君を貶める事さえ出来ればいいんだけど、その為にやれそうな事はやり終えたし」

「別に俺も、正義感で戦っている訳では無い。俺達の目的はあくまで、魔王ヴァーグリッドとの接触。そして、異世界間移動の方法を探る事だ。お前が俺達の邪魔をしないのなら、どうしようと構わないと思っている」

「邪魔をしないのなら、ね。困るわ。本当に困っちゃう。……もう、死んじゃおうかしら」


 二葉は小さく微笑みながら呟く。その目には覇気が微塵も存在せず、本当に今すぐにでも自殺をしそうな雰囲気を漂わせている。


「ふん……どうやら放っておいても問題無さそうだ。フレディ、どう思う?」

「オー、そうだネ……」


 煉に話を振られて考え込むフレッドは、二葉の目の前に歩み寄る。


「ミス・フルハタ。君は死ぬ事の辛さを知っているカナ?」

「もしかして、お説教?」

「ノンノン、別に君が死を選ぶのなら、止める気は無いヨ。バット、自分の命が段々と消えていく感覚に耐えられるのカナ? ってネ」

「……」

「ちなみにボクは無理だったヨ」


 二葉の知る限り、フレッドはクラスの中でも飛び抜けて明るい少年であった。そんな彼にどんな過去があったのか、彼女も詳しくは知らない。得体の知れないアメリカの組織に所属している、という所までが彼に関する知識である。


「死が眼前に迫ってから怖気づくのは最悪だヨ? 死ぬ間際の人間を救うのは一番難しイ。まぁ、魔術があるこの世界ならそこまででも無いだろうケドネ。それは良いとして要するに、生きるなら生きる、死ぬなら死ぬで自分を貫くべきなんじゃないかって事だヨ」


 フレッドは笑顔こそ浮かべているものの、その表情には深みがあるように思えた。二葉は苦笑いする。


「ふふっ……。そうね、今の私はそれほど強い意志を持って死にたいと思っている訳じゃない。死ぬのはやめておくわ。……でも、どうしましょう。私はこれから何をすればいいのかしら。ここで逃げたら魔王様は私を許さないし、魔王様と戦うのもイヤ」

「それはお前が自分で考えろ。俺達は先を急ぐ」


 戸惑う二葉に煉は冷たく言い放つ。すると星羅が口を挟む。


「まぁ、そうなるよねー。これでも、私達は覚悟を決めた上で魔王と戦いに来た。……でも、魔王を倒しても元の世界には帰れないんだよね? 帰れるかも知れない、じゃなくて、私達は実験とやらのモルモットだから帰らさせてもらえない」

「お前も戦いたくないのか?」

「そりゃあ、イヤだよ。でも困ったことに、私にはそれなりの正義感があるんだよね。この世界の色んな人達にお世話になったしさ。だから私は行くよ」


 星羅は決意を秘めた目で宣言する。


「そうか……。それならば行くぞ。魔王城へ」


 煉は仲間達と共に、二葉を残してヴァーグリッド城を目指した。

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