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奪還

 聖騎が二葉の圧死を確信した瞬間、突然前から衝撃を受ける。機体は後方に倒れた。


「くっ……」


 機体を起き上がらせながら、何があったのかと前方を注視する聖騎。しかしそれらしき姿は見つからず、彼の第六感も反応を示さない。


(それなら……)


 まさかと思い聖騎は棒輪の間へのゲートを開き、突入する。するとそこには一体の巨人がいた。青と黒を基調としたカラーリングに、どこか龍を思わせる頭部。それはヴェルダリオンのような巨大魔動人型兵器だった。


「さっきの攻撃は君かな?」


 聖騎は敵に向けて声を掛ける。本来ならば敵と思われる相手に話し掛けるというのは愚行であるが、それでも声を掛けた。彼の第六感が、敵意とは別の妙な感覚を訴えたからだ。答えはすぐに返ってきた。


「そう。お姉様をやらせる訳にはいかないから」

「お姉様……? あの人に妹がいたなんて初耳だなぁ。君は誰?」


 心からの疑問を聖騎は投げ掛ける。相手の声に聞き覚えは無い。あるのかも知れないが覚えていない。そんな聖騎に対し、相手はとろけるような口調で答えた。


「舞島水姫。そしてこの子はインドラ」

「あぁ……そうか、君か。君だったのか」


 相手が名乗った事で、ようやく聖騎は相手の正体に気付く。舞島水姫、ユニークスキルは『奪いプランダー』、触れた相手のスキルを奪う能力。そして以前彼女は、聖騎のアイデンティティであるユニークスキル『騙しチート』を奪った。聖騎にとって宿敵の一人である。


「嬉しい。あなたが私の存在を頭の片隅に入れてくれていたなんて」

「一応聞いておくよ。君は自分が奪った能力を僕に返すという事は出来るのかな?」

「出来ないし、出来たとしても返さない。あの能力は言わばあなたの一部。そのあなたの一部が私の中に入っているんだから。こんなに気持ちの良いこと、やめられない」

「そうなんだ」


 恍惚とした声で紡がれる水姫の言葉に聖騎は短く返す。


「お姉様はあなたを倒すように言った。でもね、私ならあなたを助けてあげられるの」

「ほう?」


 助けてあげられる・・・・・。その上から目線の言葉に思うところがありつつもスルーして、聖騎は話の続きを促す。


「お姉様が言ってた。あなたは特別な人だって。特別すぎて、普通の人とは相容れない存在。人と価値観が違うから、生きるためには人に合わせなくちゃいけなくてとても大変。でも私なら……私だけがあなたの理解者になってあげられる。私は魔王軍に入って、四乱狂華になって、私は権力を手に入れた。私はあなたの全てを受け入れる。私達は二人で一緒に生きていくの。私はあなたであなたは私。あなたが何かを求めれば、私は出来る限り応えてあげる。あなたが辛いと思う事があれば、私が支えてあげる」


 水姫の口から流暢に語られた言葉は独善的で傲慢だと聖騎は思った。


「意味が分からないよ。どうして君が僕にそんな事を」

「言ったでしょ。あなたは私で私はあなたなのだから」


 説明になっていない説明に聖騎は戸惑う。そもそも自分と目の前の女との間に何か関わりがあっただろうかと疑問に思う。付き合っていた相手の名前すら忘れていた彼は、知らないうちに彼女と関わっていた可能性を否定できない。


「どうして君はそんな事を言うのかな? 僕の能力を奪ったから?」

「ううん。それよりもずっと前から私達はそうだった」

「そうだったって……」


 水姫の言っている事は相変わらず聖騎には理解できない。人の気持ちが分からない事に定評がある彼にとって彼女の言葉は暗号だった。だがここで聖騎を責めるのは酷である。水姫は自分の勝手な思い込みを事実として話しているのだから。


(あぁ……やっぱり人間は理解できない)


 人と話をすることは性に合わない。改めてそう思った聖騎は理解を放棄した。棒輪の間内のデータの解読によって判明した情報――『奪い』の能力者を撃破する事によって奪われた能力を取り戻す事が出来るという情報を信じ、聖騎は舞島水姫を叩き潰す事を決めた。彼の計画では『騙し』を取り戻す事は必須である。


(僕は何を迷っていたんだ。敵と交わす言葉なんて必要ない。敵は倒す、ただそれだけだ)


 リートディズは背中の巨鎌『ヘル・イマギニス』を構える。死神の鎌を思わせる長い黒刃は鈍く輝き、残虐さを演出する。だが聖騎にとってそれは刃物でも鈍器でもなく、魔法の杖である。黒刃は徐々に白い粒子に覆われる。聖騎の膨大な魔力が操る事を可能とする光属性の魔粒子はこの異空間を目映く照らす。


(僕が進むのは修羅の道だ。邪魔する者には容赦なんてしない。足を引っ張る者がいれば強引にでも歩を進める。こんな所で立ち止まってなんていられない)


 ヘル・イマギニスの光はもはや刃という原型を留めておらず、空間そのものを支配していた。それを見て水姫は驚く。


「どうして……! どうしてどうしてどうしてぇぇぇぇぇぇ! 私だけがあなたの味方なのに、理解者なのに……! 何でまた、そうやって裏切るのぉぉぉぉぉぉぉ!」


 水姫は機体を通して様々なスキルを発動する。炎、風、雷と、統一感の無い攻撃。他に金属の槍をその場で生み出し、飛ばしたりといった攻撃をする。彼女は『奪い』によって他の勇者のユニークスキルもいくつか奪っていた。山田龍の『ウォッチ』、高橋梗の『射りスナイプ』などである。これらの能力を合わせることにより、遠くの場所を見て、その場所に向けて投擲した物体を命中させることが可能となる。『射り』は対象を指定しないと使用できない能力であり、見える範囲にいなければその対象にすることが出来ない。だが『観』さえあれば『射り』の射程距離は実質無限となる。聖騎のネガティブキャンペーン用の紙が空中を飛んでいたのは、水姫が世界中に紙を飛ばしていたからである。パラディンが魔王の息子という説は世界中に広がっている。そしてそれは、アジュニンも認知していた。


「カミシロ、不味い事になったと報告」

「それは後回しだ。この膨大な魔粒子の制御を手伝って」

「了解」


 アジュニンはあくまで機械として、聖騎の命令に忠実に行動する。すると彼の目の前には突如、見覚えのある空間が広がった。そこは天振学園中等部の教室である。自分の席についていた聖騎はそれを一瞬で幻視であると看破した。


(『騙し』を使ったか。小賢しい真似を)


 内心で毒づく聖騎の目の前に、佐藤翔、鈴木亮、高橋梗が現れる。中学生当時の姿の彼らは聖騎の机を三方向から囲む。そして代わる代わる暴言を吐く。それに対して何ら感想を持つ事なく座っている聖騎の視界に、水姫が現れた。それと同時に翔達三人が消える。そして水姫は聖騎に向かって微笑んだ。


(要するに、助けてあげたんだから感謝してとでも言っているのかな? お断りだよ)


 聖騎は手甲型神御使杖により光を発生させ、それを自分へと叩き込む。その衝撃に聖騎は幻視から解放される。水姫と戦う時に備えていた奥の手である。


「消えなよ、君は僕の理解者になんてなれないのだから」


 覚醒した聖騎はヘル・イマギニスの光を全方向に向けて放つ。視界に敵機インドラの姿は見える。だがそれが幻視である可能性もある。第六感も目の前に存在を感じ取っている。だが、その第六感自体が騙されている可能性も否定できない。だからこそ前後左右、あらゆる方向に平等に、閃光を撃つ。


「どうして……あなたは私と同じ孤独な人。だからこそ一心同体なのに……どうしていつもいつも裏切るのぉぉぉぉぉぉぉ!」


 聖騎の言葉に水姫は発狂する。聖騎としては、自分が責められる事自体は納得出来るものの、裏切られたと言われるのは解せない。


「君は僕を理解出来ていない。何故なら僕は理解者なんて求めていないのだから。僕は君とは違う」


 リートディズの光は爛々と輝く。一種の神々しさを見せるその暴力的な光は、0と1が飛び交うこの空間を埋め尽くす。


「時は満ちた……奪われた物は返して貰うよ」


 リートディズは視覚機能をオフにする。リートディズと聖騎の眼は完全に同期している。視覚機能を生かしていれば、聖騎は自分自身の光で失明しかねない。


「どうして……どうしてどうしてどうして…………あぁぁ、あぁ、ああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……………………!」


 膨大な光の奔流はインドラを、そして水姫を完膚無きまでに破壊する。骨の一片も残さず、かつて舞島水姫だったものは極々小さな粒子に分解された。それでも光は止まらない。念に念を入れて放射された執拗なまでに、まるで宇宙の始まりであるかのように輝き続ける。だが、その光もやがて消えていく。しばらくしてリートディズの視覚機能をオンにしなおす。相も変わらず0と1がチカチカと光るこの空間に、舞島水姫はおろかインドラの存在は欠片も見当たらない。


(おかえり)


 聖騎はステータスカードを読み、そこにユニークスキル『騙しチート』の文字を見つけた。


「これで計画を次のステージに進めることが出来る。行くよ、アジュニン」

「了解」


 アジュニンは短く答える。そしてリートディズは棒輪の間の外に出た。

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