破空魔兵パラディオン
戦場に突如として現れたそれは、異形という言葉以外で言い表すのは困難を極めた。大きさ自体は通常のヴェルダリオンとそれほど変わらない。しかしそれは全身をローブのようなもので覆っていて、ミステリアスな雰囲気を醸し出している。フードの下から覗かせる顔は白塗りに笑顔が描かれた道化の仮面を思わせ、背中には大鎌を背負っている。死神を思わせるそれは生身の人間からすれば絶望以外の何も与えない。それこそが大規模破壊用航空人型魔動兵器パラディオン試作機・リートディズである。
「仲直り……?」
リートディズから発せられた声に二葉は反応する。
「うん。だから君と二人で話がしたい。棒輪の間に来て貰っても良いかな?」
聖騎は二葉に向けて懇願する。だが二葉は首を横に振った。
「あなたと話をする事は承諾するわ。でもそれはここでだって出来ると思うけど? ここで、みんなの前で姿を晒してくれれば、あなたのお話を聞いてあげる」
「それは……」
「イヤなんて言わせないわよ。私はあくまで謝罪される立場なんだから、こういう事を指示する権利くらい有って当然よ」
「……正論だね」
聖騎は躊躇うような言葉を呟き、リートディズから飛び出る。ローブに大鎌、道化の仮面という、リートディズをそのまま縮小したような姿をしていた。
「私は姿を晒してと言ったハズよ。その仮面も外して顔を見せて」
二葉の口調は冷たい。その表情には皮肉げな笑みが張り付いていた。二十歳を超えても未だ中学生時代からまったく変わらない聖騎の姿が公然の場に晒される事を想像すると笑わずにはいられない。だが、彼女は想定外の光景を見た。
「悪かったね。確かに謝罪をしに来たのに顔を見せないのは失礼だったね」
仮面を外すと、そこには青年の顔が露になった。それはかつての聖騎が順当に成長すればこうなるであろう、という顔であった。
「どうして……」
二葉は目を見開くが、その反応を煉や星羅達は訝しむ。だが聖騎は表情をにこやかなまま崩さない。彼はラフトティヴ帝国秘奥義・光幻術をこの場の勇者全員に使い、自分が成長した姿を見せている。この姿はアジュニンが聖騎の成長をシミュレーションしたものである。光幻術は選択した対象にのみ見せられるものであり、本来ならば一対一の時に使う事が推奨される。
「何か問題でも?」
「……まあ、良いわ。言いたいことが有るならさっさと言って」
あからさまな不快感を示して、二葉は話を促す。聖騎は話し始める。
「うん……振旗二葉さん、僕は以前君の事を傷付けてしまったね。その事は心から申し訳ないと思っているよ。本当にごめんなさい」
そう言って頭を下げた聖騎に、周囲の面々はざわつく。二人の間に一体何があったのか、彼らは知らない。聖騎も二葉もクラスでは常に一人であり、交友関係も謎とされていた。彼らがうずうずしながら二葉に顔を向けると、二葉は聖騎を睨みつける。
「言葉に中身が無い」
「えっ?」
「中身が無いって言ってるの。さしずめ、秘密をペラペラ話されて、このまま放っておく訳にはいかないって事で取り合えず謝りに来たってところなんでしょうけど。結局のところ申し訳ないなんて一ミリも思っていないんでしょ?」
「いや……」
聖騎は、彼にしては珍しく話の主導権を握られる。そして主導権を握られる経験が少ないが故に、巻き返す方法を知らない。
「まぁ良いわ。あなたが人の心を持たない事くらい知っていたもの、これも想定内よ」
「……随分と詳しいね」
「それはそうよ。私、あなたの元カノだもの」
元カノ――聖騎と二葉が付き合っていたという事を如実に表す単語に星羅達は目を丸くする。そのまま聖騎の返事を期待する。
「その理屈で言えば、僕も君の事をもっと知っているはずだと思うけれど」
「それを私に言われても困るわ。じゃあ質問だけど、今の私を見てどう思う?」
突然の二葉からの質問に聖騎は押し黙る。彼女は五年前とそれほど変わらない容姿をしている。元々同級生より二歳年上の彼女だが、同い年の者に比べても大人びた彼女の容姿は年齢に追い付いたとも言える。彼女の年齢の事はアジュニンが集めたデータにより把握済みである。二葉は黒を基調とした、露出度の高いドレスを着ている。大きく開いた胸元は扇情的で、妖艶な雰囲気を漂わせている。
(……うーん)
だが、聖騎はそれを見て何を答えれば良いのかが分からない。彼が人間に対して思う感情は一つ、絶望した表情を見てみたいだけであるのだが、それを言うのが間違いであるという事は、人の感情に疎い彼でも分かった。
(えっと……)
本気で何を言えば良いのか分からず頭を悩ませる聖騎に、二葉は声を掛ける。
「何も、思わないのね」
「それは……」
「良いのよ、それはそれで。本当に分かっていたもの。知ってる? 私の見た目はあの時から変わっていないの。私は自分の容姿をもっと高めようなんて思っていない。好きな服のセンスもあの時のまま。そんな私を見て、鳥飼君どう思う?」
「えっ、オレ……!?」
突如話を振られた翼は戸惑う。二葉の姿は魅力的で、女性経験がそれなりにある彼ですら直視できないオーラを醸し出していた。大人の色気漂う二葉をどのように表せば良いのか悩んだ末の言葉は、とてもシンプルなものだった。
「その……綺麗だと思うけど」
「じゃあ、次は草壁さん」
「えっ……その、憧れます。私も振旗さんみたいになりたいな……って」
「柳井君」
「言葉で表すならば、女神以外ありえませんぞ」
「緑野さん」
「二葉ちゃん、何がしたいの?」
二葉が先程からしている事に疑問を抱いていた星羅はつまらなそうに言う。
「とにかく、私を見てどう思ったかだけ教えてほしいの」
「はいはい……まあ、ガワだけなら女として憧れるよ。ガワだけならね」
「ふふっ、ありがと。聞いてた? 神代君。私は四人に聞いて四人が褒めてくれるような見た目。つまり私は客観的に見てかわいいって事よ」
自慢げに胸を張る二葉。それを聞いて聖騎はなるほどと思う。要するに、二葉は自分の容姿を褒めてもらいたかったのか、と。彼はすぐに行動に出る。
「君はかわいいよ」
これで何もかもが上手くいく、と聖騎は確信した。しかし二葉の表情はあからさまに怒りの表情を見せた。
「ああああああああああああああああ!」
上機嫌な笑顔はどこへやらと、二葉は顔を真っ赤にして吠える。突如見せたギャップに勇者達は驚いてビクリと肩を揺らす。その反応の意味が分からない聖騎は首を捻る。
「君はかわいいよ」
自分の言葉が間違って受け取られたのかと思い、ダメ押しで同じ言葉を言う。すると二葉は笑いだす。
「あっはっはっはっはっはっは! あーっはっはっはっはっはっはっは!」
狂ったように大声で笑う二葉を手持無沙汰に聖騎は見つめる。勇者達からは非難の視線が自分に突き刺さっている事に彼は気付かない。どうしたものかと思っていると、何とか笑いが収まった二葉は顔を怒らせたままずんずんと近付いた。
「無理に褒めなくて良いから。そんな中身のない言葉を言われても気分が悪くなるだけ」
冷徹な視線で睨み、氷のように冷たい口調で二葉は言う。ほぼ眼前で言われたその言葉を聞いて、聖騎は以前メルンに言われた言葉を思い出す。敬意の欠片も無い癖に敬語を使われても気持ちが悪いだけだと。自分が外見だけでなく中身も成長していない事に内心で苦笑していると、二葉は続ける。
「とにかく、これで証明されたのよ。あの時からまったく変わっていない私は美しいっていう事。要するにあなたはおかしいのよ。あなたの感性はおかしいの」
そうは言われても、聖騎からすれば今更何をとしか思えない。自分が多数派の人間とは違う価値観を持っている事など、とうの昔から知っている。
「そんなおかしな存在が、この私と付き合うなんていうこの世の誰より幸せな立場にありながら、なんとも思わないなんてね、許されない事なのよ。知ってる? あなたみたいなおかしなものを理解してくれる人なんてこの世に存在しないの。惜しい事したわね……もし自分がどれだけ恵まれていたのかを理解出来ていれば、私という最大の理解者を手に入れる事が出来たのに。よりにもよって、あなたは私を敵に回した。そのツケを、ここで払ってもらうわよ」
二葉は聖騎の目の前で捲し立てる。聖騎は何故『おかしな存在』だと許されないのかが分からない。
「僕をどうするつもりかな? 僕にどうして欲しいのかな?」
「あなたの居場所を無くすわ。あなたがこの世界の絶対悪である魔王様と、コロニー・ワールド計画の中心人物である神代博士の子供だという事を世界中に晒してね」
聖騎の質問に二葉は答える。その答えを受けて彼は思う。
(ああ、やっぱり和解なんて無理じゃないか。アジュニンはとんでもない無茶ぶりをしてくれたものだね。僕に出来るのはたった一つだけ。敵を排除する事だ。不快感を与えてくる羽虫を叩き潰すように、不快感を与えてくる人間を叩き潰す。それが僕のアイデンティティだ)
聖騎がそう思った瞬間、空から何かが落ちてくるのを見つける。それはA4サイズ程の紙であり、それが何百、下手すれば何千枚と空を泳ぎながらふわりふわりと落ちてくる。二葉はニヤリと笑う。
「うふふっ、読んでみて」
あからさまに嘲る表情の二葉を怪訝に思いつつも、聖騎は一枚の紙を拾う。そこには驚くべき事が書かれていた。
「これは……!」
その紙にはでかでかと、少年時代の聖騎の顔のイラストが描かれていた。そして『今や世界の中心人物であるパラディンは、実は魔王の息子だった』『母親は魔族や魔物を創造した悪の神』『魔王の犬として人々を苦しめている』『いずれは自らが世界の支配者となろうとしている』等といった、聖騎を陥れる為のネガティブキャンペーンだった。
「うふふっ、あなたはもう終わりよ」
「こんな信憑性の薄い物に意味なんか……」
「確かに信憑性は薄いわね。でも、ほとんどの人間にとってパラディンは謎の存在。パラディンはとにかくやたらと強いことで有名。そして、魔王の息子だというのなら強さの説得力もある。……人間ってね、『もしもこうだったら面白い』っていうものを信じがちなのよ。それがあなたのようなカリスマと謎を併せ持つ存在ならなおさらね」
「こんなものをいつから用意して……大体、何かなあの紙の不自然な飛び方は」
「あーあーあー。ねぇ、簡単に片付けられると思った相手に一本取られる気分はどう? あなたはここで起きている事を観察する能力を持っているみたいだけどね、魔王城にいた私に注意を向けていれば、こんなことも防げたはずよ。……あなたはあまりに傲慢すぎた」
空を舞う紙を勇者達が拾って読む。それなりに聖騎について知っている彼らは、それが眉唾物だと判断できた。そんな彼らを見ながら二葉は言う。
「この絵は宍戸さんが描いてくれたわ。この文の事は伝えていなかったけどね。よーく描けてるでしょ?」
「もはや手遅れ……そう言いたい訳だね。なら……」
やれやれとため息をつき、近くに待機していたリートディズへと走る。地面に付いた手は機体の中に入るゲートとなっている。そこからコックピットに入り、操縦する体勢に入る。
「アジュニン、戦闘モードに移行だ。フリングホルニの連結を解除する」
「了解」
ガチャンと音を立てて、機体と船を繋ぐ連結部分が解除される。フリングホルニからはメルンの声を届く。
「ちょっとマサキ、勝手に連れてきといてここで放置ってどういう事よ!」
「仕方ないよ。今のリートディズはフリングホルニと合体したままでは自由に動けないんだから」
「私達はどうすりゃ良いのよ!」
「そこにいれば大丈夫だよ、フリングホルニは頑丈だから。だよね、ローリュート」
「モチロンよ。なんてったってこのアタシが改良したんだから」
聖騎の確認にローリュートは力強く頷く。一方でメルンは呆れる。
「本当なんだよね……? イヤだよ? 皇帝なのに大した活躍もしないであっさり死んじゃうなんて」
「そもそも皇帝がこんな危険なトコにいるのがおかしいと思うケド」
「黙らっしゃいローリュート。ラフトティヴのシュレイナーだってここに来てるんだから、私も来なくちゃ恰好が付かないでしょ!」
「あー、いつものアレね。この世の誰よりも嫉妬される皇帝になりたいっていうアレ」
「アレとか言わない! 大体そう言うローリュートだって、戦いじゃポンコツなのに」
「ひっどいわねぇー、ポンコツだなんて。アタシはね、この歴史に残るであろう決戦の結末を見届けないといけないのよ。誰が勝ち、誰が負けるにしても、この戦いを脳に焼き付けて、描きたいのよ」
技術者であると同時に芸術家でもあるローリュートは、口をだらしなく開けて思いを語る。そんな話が聞こえてくるのを感じながら聖騎は機体を歩ませる。
「潰す」
地面を走る二葉をリートディズの右足が襲った。