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元王女と元皇女

「フハハハハハハハハハッ!」


 ここは紛れもない戦場である。だがここにはさながらテーマパークにいるかのように笑っている者がいた。四乱狂華の風使い・アルストロエメリアである。好敵手ノアとの激闘は彼女に快楽を与えている。風属性魔法による高速移動や、広範囲攻撃、そして愛刀による斬撃、全身全霊を込めたそれらの全てに相手は対応する。 ノアは全身のパーツをフル活用して暴れる。背中の翼で彼女と同等のスピードで飛翔し、神速で振るわれる刀を長い尻尾受け切り、それを上回る速さで右腕を振るっては、鋭い爪が風の鎧で覆われた彼女の柔肌に傷を付ける。緑がかった血液が飛び散り、服に染みを作る。


(ああ、やはり私はこの時の為に生きてきた! 血が滾る! お前と戦えた事を誇りに思うぞ)


 自分の中の全てを出し尽くし、それでも終わらないこの戦いを彼女は愛していた。どんなに美味な食べ物を味わおうとも、どんなに良い男に抱かれようとも、この筆舌に尽くしがたい感覚は絶対に得られない。目の前の獣が放つ殺気と、一歩誤れば即死しかねない一撃必殺の猛撃は彼女の鳥肌を立てて、高揚感を生み出す。


(そうか。やはり俺にはこれしか無い。今ここでコイツを喰いたい)


 ノアは少しでも気を抜けば吹き飛ばされそうな暴風の中で力強く羽撃き、立ち込める霧を払い、天空を翔け回る。「強い敵ほど美味い」がモットーの彼は自分をここまで手こずらせるアルストロエメリアを食し、ゆくゆくは魔王さえも自分の胃袋に収めたいと考えている。ニンジンをぶら下げられた馬の様に全力を振り絞る彼は、しかしそのニンジンに容易く届かない事を歓迎していた。尻尾による串刺しや爪による細切れ、挙句の果てには直接かぶり付く事も試みたが、風魔法による器用な空中移動による回避の前に、髪や衣服を散らすだけにとどまった。一撃の重さではノアに軍配が上がる。しかしスピードと技量ではアルストロエメリアが上回る。生まれ持った強大な力で暴れるノアと、長きに渡って自分を磨き、研ぎ澄まされた戦闘センスを持つアルストロエメリアという対極な強者同士が織り成す戦場の中には二つの笑顔が有った。


 彼らの意識の中には無いが、アルストロエメリアの風魔法とノアの物理的な風圧はかなり広範囲に影響を及ぼしている。ここにいる兵士達は勇者側も魔王側も決して生半可な訓練しかしていない雑兵ではなく、百戦錬磨の精鋭である。そんな彼らがまるで砂や花びらであるかの様に風に乗って飛ばされる。その中心にいる二人にとってここは天国だったが、巻き込まれた側からすれば地獄でしかない。風の吹くままに宙を舞い、やっとの思いで着地した者達は地面に強く体を打ち、ほとんどが息絶えた。運良く生き残れた者もかなりの傷を負い、ただ茫然と地獄の創造者達を見ようとする。だが彼らは桁外れで動き、その様子を外から把握する事は困難であった。敵将アルストロエメリアの強さに恐れおののく事も、味方であるノアの強さに心強さを覚える事も出来ず、何の感情もないままに眺めているだけだった。


「まったくよ、アイツらおかしすぎねぇか? 何だよアレ。バカじゃねぇのアレ」

「そう言うな、ゼン。お前だってあの戦いに介入出来ない事も無いのだろう?」


 それを遠巻きに見ていた面貫善と、ライオンの獣人レウノが呟く。二人は獣人族の兵を率いながら戦い、強敵を次々と討ち取っている。こうして雑談を交わしつつも警戒は怠らず、襲い掛かる敵を順調に倒す。


「買いかぶり過ぎだぜレウノ。アイツらは楽しそうに戦ってるが、楽しむ為に手を抜いたりはしちゃいねぇ。互いに殺す気で一撃一撃を放ってるんだ。あんなトコに割って入るなんて、オレのステータスがどんなに高かろうが無理だっての」

「そんなものか。正直な所アレがずっと続くのはこちらからして見れば迷惑でしか無いのだから、どうにかして止めて欲しいと思ったのだが。心なしか、戦闘範囲も徐々に広まっている気がするしな」

「少なくともオレ一人じゃムリだ。オレと同レベルの奴が複数……そうだな、五人はいないとキツいな。戦力が各地に散らばってるこの状況じゃ無謀だぜ。そもそも、この戦場も離れる訳にゃいかねぇしな」


 善が言うように、ここにおける善の役割は大きい。彼自身は善戦しているものの、全体で見れば魔王軍の方が押している。この状況でこの場を去れば流れは大きく変わり、下手すれば全滅させられかねない。


「だが、アレをどうにかしなければならないのも事実だろう」

「それもそうなんだが……っと、何だ? 新手が出てきたぞ」


 彼らの視線の先では、何か巨大な影が空から舞い降りた。分厚めの翼は、妖精族では無く獣人族に見られるものだ。顔はネコ科の肉食獣を思わせ、筋肉は隆々と存在感を主張していて、鋭い爪を持ち、長い尻尾がゆらりと揺れる。そのシルエットに善は見覚えがあった。だがその人物――ノアは現在空中で超次元戦闘を繰り広げているはずだ。


「グゥアアアアアアアアアアアア!」


 影は口を大きく開き、咆哮する。その叫びは空を切り、戦場に轟く。それと同時に上空の戦闘もピタリと止まった。救いようが無いほどの高揚感に見舞われ、本能の赴くままに猛り狂っていた彼らがピタリと止まったのだ。


「……?」


 遠目に見える異形の存在を見て、ノアは言い様のない感覚を覚える。それは甘い蜜。目の前にあるそれとは比べ物にならない程に美味であると確信出来る。


「チッ、無粋な真似を」


 明らかに自分への興味が失せかけているノアを見て、アルストロエメリアは舌打ちする。そして彼女はそれの正体を知っている。魔王軍が独自に入手した、旧リノルーヴァ帝国の獣人改造の研究データを基に、その研究を勝手に引き継ぐ形で創られた獣人である。即ち、ノア――コードネーム『七番目』の改良版である。コードネームは『十三番目』、魔王ヴァーグリッドが便宜的に与えた名前は『ユダ』である。本来人族が魔族に対抗する為に考案された改造獣人は、魔族の駒として人族の前に立ち塞がる。


「グゥゥゥゥ……」


 ユダは唸り声を上げながら両手を横に伸ばして低空飛行する。ノアやアルストロエメリアとは比べ物にならない程の速度で、敵味方問わず周囲の生物を皆殺しにしていく。風圧、殺気、破壊、その全てにおいてノアを上回る。周囲一帯を血で塗らし、しかし自分を濡らす血は高速移動が生み出す高熱により蒸発させ、その金色の身体にはわずかな穢れもない。


「何だ何だ? アイツの親戚かぁ? また厄介そうなのが出てきたぞ」

「軽口を叩く余裕を与えてくれる敵ではなさそうだぞ、ゼン」

「わーってるよ。とにかくアイツを倒すぞ、レウノ」


 善はユニークスキル『燃やしバーン』により炎を生み出し、獅子の頭部を形作り、黄金の獣へと放出する。手加減などしない、全力の一撃。バチバチと火花を散らし、辺り一帯の温度を急上昇させ、ユダを呑み込む。


「うおおおおおおおおおおおお……いっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」


 声に魂を込めて、喉が張り裂けそうなほどに叫ぶ善は、力を限界まで注ぎ込んで攻撃を放った。本能的に手加減をしていられない相手だという事を感じ取った彼は一切の余力も残さずに攻撃をした。すべて出し切って、フラつきながらも何とか踏み止まる。


「ハァ、ハァ……やったか?」


 倒れる寸前で息を荒らげて、善は呟く。その目の前では大きく炎が燃え盛っている。あの炎の中にいる黄金色の獣人は確実に大ダメージを負っている。その確信があった。徐々に炎が消えていくのを待つ。しかし次の瞬間、炎は急激に吹き消えた。


「グォォォォォォォォォォォォッ!」


 炎があった場所ではユダが両手を広げて叫んでいた。その金色の毛並には多少の焦げが見られるものの、それ以外の被害は見られない。


「なっ……」


 目の前の敵の圧倒的な防御力に、善は驚愕する。今の彼がこれ以上戦う事は難しい。そうなる程に身を削ってはなった攻撃がほぼまったく効いていない事に隣のレウノも驚く事しか出来ない。だがすぐに立ち直り、走る。


「うおおおおっ……ぐぅっ」


 しかしユダはそれに即座に反応。凄まじい速度で前に跳躍し、その腹部に拳を叩き付ける。レウノの巨体は軽々と宙を舞い、地面に激突する。


「くっ……レウノ」

「ガァァァァァァッ!」


 ユダは次に善にとどめを刺すべく向かう。善は死を覚悟する。しかし思わず目を閉じた彼に死の気配は無かった。


「ふん……どうやら俺の同類らしい。その一撃、中々のようだ」

「グルルルルルルル……」


 振り下ろされたユダの右腕は、空から飛んできたノアの右腕にガッチリと受け止められていた。ユダは唸る。


「昂る……昂るぞォ! ククッ……クハハハハハハハッ!」


 思わぬ強敵の出現に獰猛な笑みを浮かべるノア。その表情はどこか、発情しているようにも見えた。その様子を空から感じ取るアルストロエメリアはつまらなそうに呟く。


「腹立たしい……」


 彼女は自分と楽しい時間を過ごしていたノアに心の何処かで好意を抱いていた。そんな相手が自分を見捨てて他の者を相手として戦いに行った事に腹立たしさを覚える。しかし何より腹立たしいのは、戦士として自分が同じ立場にいれば同じ選択をしていたであろうという事が手に取るように分かるという事だ。彼女自身の全身はユダと戦いたいと訴えている。しかし一応味方関係にある相手と戦って、魔王の足を引っ張る様な事をする訳にはいかないと、鋼の自制心で抑え付ける。そんな彼女の体はどうしようもないほどに震えていた。


「さて、お前達は今の私を満足させるに足り得るか?」


 着地した彼女の目の前には二人の女がいた。一人はエルフリード王国先代国王の娘である、エリス・エラ・エルフリード。もう一人は旧ディルーマ帝国元皇女である姫騎士、セルン・ドルーア・ディルーマである。共に冒険者ギルド・ファルコン騎士団の幹部である二人には、国の姫である事以外に共通点がある。


「久しぶりね、アルストロエメリア。お母様の仇」

「そして、私の父上と母上と兄弟達の仇……今ここで、討たせてもらうぞ」


 共に愛する家族を殺された二人は、宿敵を睨みつける。エリスは神御使杖を、セルンは剣を構える。


「あの獣人の後では見劣りするが、なかなか強くなっているようだ。来い」

「言われなくても!」

「お前を殺す!」


 迫り来る殺気に少しだけ満足しながら、アルストロエメリアは風を放った。

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