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最強の皇帝

 サリエルは魔王城内の動きも把握している。無論、妖精王オーベロンの登場も。てっきりこの戦場のどこかにいるものだと思っていたが、予想外だった。


「この作戦を予期していたか、内通者がいたか、それともたった今感付いたのか……。その辺を把握しておかないと、マズいかもしれないわねぇー」


 指揮をしつつ、自らも戦いながら、入ってきた情報を脳内で整理する。彼女はパッシフローラの無限再生兵に対して、波状攻撃をもって対処している。


 この世界の生物は肉体を器として、そこに魂が入る事によって構成されている。ここでいう魂とは、ステータスカードに書かれている情報の集合体である。ステータスカードにおける体力の値がゼロになっても瞬時に死なないのは、その時点では肉体が無事であるからである。ステータスカードにおける『体力』とは、厳密に言えば肉体と魂を結び付ける為の力――口を下にしてある(肉体)に入れた()を溢さない為の膜のようなものである。魂は液体のように不安定なものであり、体力がゼロになった時の膜は非常に薄く、ちょっとした衝撃でも簡単に溢れてしまう。そして、一度魂が出た肉体は二度と戻らない。それはパッシフローラの時間遡行魔法をもってしても不可能である。


 だからこその波状攻撃である。大規模な魔法攻撃により体力がゼロになった相手へと即座に攻撃を加え、再生のいとまを与えずに葬る。言葉にすれば簡単だが、かなり訓練された敵兵士を葬る事は存外難しい。だがサリエルはそれを実現させている。


(まぁー、ストックも結構消費しちゃったけどね。その上で眠れる獅子の尻尾を踏んじゃったし)


 敵の数を順調に減らした結果、敵指揮官のパッシフローラが本格的に戦闘に参加した。彼女の土属性魔法による地震を引き起こしたり、岩石を飛ばしたりといった猛攻は敵味方を巻き込んで戦場に地獄絵図を描いている。サリエルは背中の翼をフル活用してそれらを全て回避する。その上こちらが攻撃しようとも、少し傷付いただけで自己再生してくるので体力をゼロにする事は難しい。


「あらあらぁ、よくわからないけどすごく疲れているみたいねぇ」


 パッシフローラはサリエルに向けて言う。


「そうかもしれないわねぇー。私、ずっと研究漬けの日々を送ってたから。君はどうなの? なんだか雰囲気が変わった気がするけど」

「それは気のせいよぉ。特に大したことはしていないわぁ」

「ふぅーん……でも珍しいわねぇ、君が戦闘中に話しかけてくるなんて」

「それはあまりにも退屈だからよぉ。あなたがわたくしに余裕を持たせる事が無ければぁ、話す事も無かったわぁ」


 パッシフローラの傲慢な言葉。しかし事実としてこの戦場は彼女の支配下にあった。サリエルの配下の妖精族達もかなり数を減らしている。それほどまでにパッシフローラの攻撃は圧倒的である。厄介な時間遡行魔法による耐久力の印象が強いが、それと同等な破壊力も決して甘く見ていいものでは無い。


(援軍を頼みたいところだけど、数だけの兵士を集めたって塵芥と変わらない。いないのかしらぁー、あの魔族の攻撃に対処出来るレベルの兵士は。せめてあと一人でも、それこそマサキでもいれば助かるんだけどぉー……っていうかどうせ何もしてないで安全な所でぬくぬくしてるんだから手を貸してくれるくらいしてくれたっていいのに。何が相手に手の内を晒したくない、よ。それで負けたら元も子もないじゃない)


 サリエルの脳内には次々と愚痴の言葉が湧いてくる。


(大体何よ。急に何か生意気な感じになっちゃってさぁー。いや生意気なのは最初に会った頃からだけど、急にトゲトゲしくなったというか、ギラギラしたというか、ヘタに何か言ったら殺されそうな感じ? 何なの? 本当に)


 聖騎とは五年間、研究チームとしてずっと付き合ってきた。しかし急に素顔を見せないようになり、態度もどこか高圧的になっていた。自分にとって役立つ存在であれば性格は気にしないというスタンスのサリエルだが、居心地の悪さはあった。そんな彼女以上に、部下として雇った研究者の卵達は恐怖を覚え、あまりのストレス倒れた者も多かった。その度に聖騎は新たな人材を導入していった。


(説教ってガラじゃないけど、何か文句の一つでも言っておくべきだったかしら)


 そう思う一方で、サリエルには気掛かりがあった。確かに聖騎は急に態度が変わった。だが、研究に必死に打ち込むその様子は、何かに怯えているようにも見えた。自分達は互いに互いを利用しあう関係であり、利用価値が無くなれば容赦なく切り捨てる事は約束している。聖騎の身近の者達にも同じことが言える。メルンもノアもローリュートも、聖騎の人間性ではなく有用性を目的として仲間になっている。だから聖騎は彼らに弱味を見せず、ストイックに自らを高める事に努めている。自分には人間としての魅力が無いから、と。


(それだけ私が怖がられてるって事かしらぁー? ちょっとくらいスランプが有っても見捨てないくらいには器は大きいつもりなんだけど、それは言っておいた方が良かったかもね)


 そう思考を巡らせつつも、仲間には指示を出し、自分もパッシフローラの攻撃を回避しつつ責める。そしてこの後の展開についても考える。城のオーベロンについても対処方法を脳内でシミュレーションしてみるが、上手くいかない。


(大体アイツ昔から押し付けがましくて嫌いなのよね。妖精族は全員人間を憎むべきだーなんて言われても、私自身が何かされた訳じゃないし。ああいうのを意識が高いっていうのかしら?)


 オーベロン達ノレボという種族は古くから魔王と付き合ってきた。サリエルはずっと魔王の腰巾着だと蔑んできたが、彼らの権力はかなりのもので、順調に魔王側につく勢力を増やしていた。サリエル達レシルーニアにも勧誘を何度もしてきたが、サリエルはそれを突っぱねたという過去がある。


(あんなのの事よりも、先にこっちを片付けなくちゃいけないんだけどぉー……)


 彼女の悩みの種であるパッシフローラ。それをどうにかするには、率直に言えば手数が足りない。そして、そこを乗り越えたからといって全てが終わる訳ではない。


「あぁー、もういやぁー!」


 そんな叫びが自然と、サリエルの口から飛び出した。


「うふっ、イライラしちゃってるぅ? わたくしと戦う相手はみんなそう。イライラしてぇ、つまらない凡ミスをしてぇ、そこで死んじゃうのぉ」

「うるさいわねぇー。いつもクールな私は、少しヒートアップしたくらいの方が強いんだから」


 感情を露にするサリエルをパッシフローラは煽る。対峙する二人の許に声が掛けられた。


「オレが代わってやろうか。妖精さんよ」


 聞きなれない声にサリエルとパッシフローラは振り返る。そこには赤い髪が特徴的な男がいた。本来ならばこの大規模な戦場にいてはならない男。そして異世界からの召喚者を除いた、純粋なこの世界の人族としては最強と目される男だった。愛用する剣型の神御使杖エンジェルワンド・キャリバレクスを右手で担ぎ、パッシフローラを睨みつける。睨まれたパッシフローラは首を捻る。


「あなた、随分と威勢が良いけどだぁれ?」

「なんだなんだ、忘れられんのは心外だぜ。こっちはガキの頃からずっとお前を殺したくて仕方なかったってのによ。オレのオヤジを殺したお前を、絶対に忘れやしねぇ」


 男――シュレイナー・ラフトティヴは宿敵を見据えて言う。今年で齢三十になるにも拘らず子供の様な話し方の彼は、父親の仇であるパッシフローラへの復讐を誓って生きてきた。


「あらあらぁ、こわいこわぁい」

「そのトボけた顔面をブン殴ってやるよ。クソ女! 妖精さんよ、ここはオレ一人にやらせてくれねぇか?」

「それが出来るのなら助かるんだけどぉー、良いの? アイツ、ものすごく強いわよ?」


 やや困惑気味にサリエルは尋ねる。彼女としてもどうしてもパッシフローラを倒したい訳では無い。敵の大将であるヴァーグリッドと戦う際に、余計な戦力を合流させたくないだけであり、最悪倒せずとも時間稼ぎさえしてもらえればいいと思っている。そんな彼女に対し、シュレイナーはニヤリと笑って答える。


「痛ぇ程知ってるさ。十五年前からな!」

「そう、なら頼むわよ」

「ああ、頼まれた」


 シュレイナーの目に頼もしさを覚えたサリエルは頷き、最大の懸念であったオーベロンの許を目指し、高く舞い上がる。それを直立不動で見送り、パッシフローラは言う。


「随分と威勢の良い事を言うわねぇ。期待外れはイヤよぉ?」

「安心しろ、オレは最強だ」


 獲物を目前とした肉食獣のような獰猛な笑みを浮かべてシュレイナーは答える。皇帝という単語からイメージされる高貴さはどこにもなく、そこには正しく一匹の獣がいた。

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