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人を憎みし炎華(3)

 勇者達を容赦なく襲った炎の大波は霧散する。その結果として、いくつもの人影がその場に倒れていた。


「うう……」


 わずかに体力が残っていた秀馬は呻きながら、辺りを見渡しながらよろよろと起き上がる。彼の他にも咲哉、真弥、蛇を含めた10人程がゆっくりと立ち上がった。そして、倒れたまま動かない友人の体を揺する。しかしいずれも反応が無い。彼らは大声を上げてみるも、効果はなかった。真弥は『癒し』の能力を使って片端から倒れている者を回復させようとするが、体力が無くなった者を復活させるのには多くの魔力が必要であり、一人を回復させただけで魔力が尽きた。


「お兄ちゃん達、仲間が倒れるのを見るのは初めて? 今のその人達は死んでないよ。もっとも、この状況で同じ攻撃を食らったら間違いなく死んじゃうね」


 嘲るように笑うハイドランジア。秀馬達は改めて、自分達が死と隣り合わせの状況に有るのだと実感し、身を震わせる。


「お兄ちゃん達、中々やるねー。今までこれを受けて無事だったのは10人もいないのに。もしもあたし達の仲間に――魔王軍に入ったらかなり上の階級までいけるかもね。……それと」


 ハイドランジアは右手を、倒れている聖騎に向ける。そして炎の玉を飛ばす。


「なっ!?」


 秀馬は驚愕に目を見開く。体力がゼロになった状態で攻撃を受ければ、その人物は死亡する。それはあってはならないと考えて守りにいこうと思ったが、体が動かない。炎の玉は無慈悲に聖騎に当たる。


「いやあああああああ!」


 真弥の絶叫が響く。攻撃を受けた聖騎は依然として倒れている。生死を確かめようと彼女が走ろうと考えた瞬間、ハイドランジアが口を開く。


「寝てるふりはやめなよ、カミシロお兄ちゃん」


 えっ、という驚き声がいくつか上がる。すると聖騎はよろよろと、疲れた様子を見せながら立ち上がった。


「ハァ、ハァ……気付いて……いたんだね…………」

「そのわざとらしい演技も無駄だよ。お兄ちゃんがまだまだ余裕なのは分かってるんだから」


 ハイドランジアに指摘され、聖騎は背筋を伸ばす。そしてニヤリと笑う。


「よく分かったね。君は目が見えていないようだけれど」

「あたしくらいになると、何も見なくても近くにどんなものが有るかとかが分かっちゃうんだよ。人の体型とか筋肉の付き方とか、呼吸とか血の流れとか……目が見えなくなったからこそ、普通の人には理解出来ない方法で世界を感じてるんだよ」


 嬉しそうに語られた言葉に、聖騎は引っ掛かりを覚える。


「見えなくなった? という事は生まれつき目が見えなかった訳ではないのかな?」

「あたしは違うよ。ま、それは良いとして、さっきあたしに幻を見せてきたのはお兄ちゃんなの?」

「うん、そうだよ。凄いなぁ、君はそんなことまで感覚的に分かってしまうなんて」

「ううん、今のは勘だよ。この洞窟の景色、あたしのしもべのドラゴンの姿、そしてお兄ちゃん達の顔。みーんなお兄ちゃんが見せてくれたんだね」

 

 ハイドランジアは笑顔である。しかしそれは急に厳しいものになる。


「でもね、結局あんなのは偽物。どんなにお兄ちゃんがあたしを騙しても、あたしには本当の世界が見えてるの。あたしは、もう二度と騙されない! あたしはあたしを騙す人を、絶対に許さない」

「許さないなら、僕はどうされちゃうのかな?」


 聖騎の問に、ハイドランジアは笑顔に戻って答える。


「決まってるじゃん。コロコロしちゃうよ、お兄ちゃん」

「許してはくれないのかな。たとえ降参……君が最初に言ったように、僕が君のところに行くと言ったとしても」


 聖騎の言葉に、真弥と秀馬がぎょっと驚愕する。


「待って! そんなことしたら神代君は」

「そうだよ、君が犠牲になるなんて許さないよ!」


 それを無視して、ハイドランジアは聖騎に答える。


「そうだねー、魔王様の命令だし、お兄ちゃんを連れていかなくちゃならないからコロコロ出来ないねー。でも、ちょっと気になるんだけど」

「何かな?」

「魔王様には、誰からも見下されてて、戦力として使えない人を連れてくるように言われてるんだよね。だからお兄ちゃんはちょっと違うんじゃないかな……っていうか、あたしが思ってた展開と違うというか……。ねえお兄ちゃん、心当たりは無い?」


 その言葉に、聖騎は正直に答えるべきか迷う。卓也がここに一人取り残される可能性があると考えた彼は卓也を洞窟から遠ざけた。案の定、もしもこの場に卓也がいれば、彼は一人取り残されただろうと聖騎は考える。


「さあ、僕には――」

「嘘はダメだよ、お兄ちゃん」


 聖騎の誤魔化しは一瞬で見抜かれた。彼は仕方なく正直に話す。


「……そうだね。心当たりはあるよ。でも、彼はここにはいない。さっきまではこの洞窟にいたのだけれど、今は王都にいるはずだよ」

「なるほどねー、それじゃあ魔王様の予感は当たったんだ」

「予感?」

「お兄ちゃんには関係ないよ。ま、そういうことなら遠慮なくお兄ちゃんをコロコロしちゃうよ」

「それはこわいなぁ。ところで、君達は何のために連れていくのかな?」


 聖騎の質問への答えは炎の玉だった。聖騎は被弾。しかしダメージを受けた様子はない。


「おっかしいなー、どうして全然効かないの?」

「僕の質問には答えてくれないんだね。ならば僕も答えないよ……リート・ゴド・レシー・ファイハンドレ・ト・サザン・ニーフ・ブルム」

「アハハハハ、お兄ちゃんおそーい」


 聖騎が放つ1000本の光のナイフは咲き乱れる桜のようにランダムに飛び回るが、ハイドランジアには呆気なく避けられる。幻によって実際に飛ばした場所とは別のところにナイフが飛ぶように見せたのだが、効果は無い。


(うーん、アレを避けるか……。それなら)


「リート・ゴド・レシー・シクハンドレ・ト・ワヌ・ブレン・キンプ」


 聖騎の杖からは巨大な刃が出現する。大剣となった杖を振り回すが、やはり当たらない。高速移動と跳躍の組み合わせにより、全ての斬撃を華麗に回避する。一方でハイドランジアも攻撃を放ち、その全てを聖騎に命中させるが、ダメージを負うことは無い。元々魔防がずば抜けていた上に、ドラゴンを倒した際に手に入れた称号『炎魔殺し』による炎ダメージの軽減の結果、ハイドランジアの攻撃を完全に無効化している。


「うう……どうなってんのかなぁ?」

「そっちこそ、止まってくれると嬉しいのだけれど」

「いやだよー、それに当たっちゃダメってことを感じるし」


 互いに攻めながらの会話。一方は当たらず、一方は効かずと、状況は停滞していた。この状況を秀馬達はふらつきながら見ていた。


「ったく、次元が違うな」

「そうだね。神代君の桁外れの魔防だからこその撃ち合いだ。ぼく達がノコノコ出て行っても瞬殺されるだけだよ」


 秀馬の隣で、彼の親友である武藤巌むとういわおがぼやく。中学生とは思えない筋骨隆々とした体躯といかつい顔が特徴的な彼のユニークスキルは『高まりエンハンス』――腕力や脚力の他に視力や聴力まで、体のあらゆる機能を強化することが出来る能力で、この能力を持っていた結果現在なんとか立っていられている。元柔道部主将の熱血漢である。彼は今、まともに動くことが出来ない自分を恥じていた。


「でもよ、アイツばっか戦ってんのはムカつくなー。あのガキは俺がブッ殺してーんだが」

「調子に乗ってるとアンタ蒸発するわよ? やめときなさい」

「チッ」


 咲哉の呟きには、彼の恋人である不良少女桐岡鈴きりおかりんが突っ込む。クラスの不良女子生徒のリーダー格であり、ツリ目と長いストレートな茶髪が特徴的な美人である。ユニークスキルは『香りフレグランス』。体からあらゆる種類の匂いを放つ事が出来る能力であり、嗅いだ者の体力や魔力の回復を増進させたり、ステータスを少し上昇させる香りなど、使い道は多い。また、彼女自身のステータスも高水準であり、特に防御系の数値は高い。


 そんな彼らの体力はじわじわと回復してきているものの、ハイドランジアと戦闘するには心もとない。悔しげな表情をする一同に真弥は言う。


「でも、神代君は体力が無いからそこが心配だよ。それに、もしも接近戦に持ち込まれて物理攻撃を受けたら……」


 彼女は迂闊だった。真弥は近くにいる仲間達に聞こえる程度の声で言ったのだが、視力を失ったハイドランジアは聴力を鍛えており、そこまで離れていない範囲の声ならば問題なく拾う事が出来る。


「へぇー、お兄ちゃん、格闘は苦手なんだぁ。それじゃ、今からあたしとケンカしよ?」


 ニヤリと笑った彼女は全速力で聖騎へと突進する。様々な方向に振られる聖騎の光剣を掻い潜り、距離を詰めていく。


「リート・ゴド・レシー・トゥハンドレ・ト――――」

「アハハ、本当に遅いねーお兄ちゃ――きゃぁッ!」


 聖騎の眼前までハイドランジアが到達しようとした瞬間、悲鳴と共に彼女の体が停止し転倒。聖騎は詠唱を続ける。


「――――ワヌ・ラヌース・ストラ」


 聖騎の杖から槍が発射。うつ伏せに倒れたハイドランジアの背中から胸を容赦なく貫く。


「ごっ、ぐぅっ!」


 ハイドランジアは聖騎の顔を睨むために顔を上げ、吐血。聖騎の顔が深紅に染まる。しかし彼は狂気の笑みを浮かべる。


「ふぅ、ギリギリだったね」


 聖騎は突進してくるハイドランジアに爆音の幻聴を聞かせた。格闘戦を挑まれた時まで取っておいた奥の手である。ただ、彼女の速度が彼の予想以上の高さだったという誤算があった。少しでもタイミングが遅れていれば、物理耐性と体力が極端に低い聖騎は戦闘不能になっただろう。


「ぐっ…………ごのぉ、ふざけ……」

「あははっ、そんなに大きな穴が空いてるのに話せるんだぁ。君は本当に何者なのかな?」


 痛みにもがきながらハイドランジアは呻く。聖騎は実験動物を観るような眼をしながら疑問を呟く。


「バカに……する――」

「ばーん」


 起き上がろうとするハイドランジアに、聖騎は空いた左手で銃を形作り、気の抜けた声を出すと共に撃つふりをする。二度目の爆音が脳内で響いた彼女は苦悶の声を上げ、その場でゴロゴロと転がる。


「ふむ、ところで口は利けるかい? 君には色々と聞きたい事が有るのだけれど。君達の目的、正体――そして、この世界について知っている事を出来る限り」

「ごっ、がぁっ…………ぐぅぅぅぅっ!!」


 自分が見下していた存在におちょくられる屈辱。それがもたらす怒りは、ハイドランジアから理性を失わせていた。


(ダメみたいだね。それならすぐにとどめを――)


 そう結論した聖騎が呪文を詠唱しようとした瞬間、異変に気付く。目の前で倒れる少女から、ただならぬ気配を彼は感じる。


(まずい。よく分からないけれど、コレはすぐに消さないと……)


 思考を中断。そして詠唱開始。


「リート・ゴド・レシ――――ッ!」


 しかしすぐに中断してしまう。ハイドランジアの目が赤く輝き、その光が彼女の全身を包み、そして彼女自身の体も光の粒子となり、巨大化し、龍の姿となった。彼女のしもべだったものとは桁違いの大きさのそれは咆哮する。


「ゴオオオオオオオオオオォォォォォッ!」


 大きく開かれた口から覗く鋭い牙は、鋼でも軽々と噛み砕けそうな雰囲気を見せていた。だが、その龍の異常さは別のところにある。龍の顔には目と呼べるものが無く、それがより一層見る者に恐怖を味わわせ、まさにこの場の支配者であることを思わせた。

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