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救出部隊

 ヘカティア大陸地上での激戦とは別の部隊は、現在重要な任務についていた。このオペレーション・ブレイブの核となっている、魔王城に捕らわれた人質の解放である。地上への進軍は全て、この作戦を成功させる為の囮である。上に敵の注意を集めている内に、地下の洞窟を通って場内に侵入し、散らばっている人質を救うこの作戦に参加しているのは、伊藤美奈、波木静香、渡瀬早織の他にスクルアンに属する妖精族が一人の、計四人という少数である。スクルアンの役割は連絡係であり、人質を助け次第その情報を仲間達に送り、やむを得ず敵対している仲間達を一刻も早く味方に戻す為の人員である。ちなみにこの作戦は勇者には全員伝えており、数原藍も例外に漏れない。藍はその作戦を椿に内密に伝えた上で、茶番の戦闘を行っている。だが、椿以外の勇者達はそれを知らず、本気で元級友に刃を向けている。


「みんな、大丈夫かな……?」


 心配そうに呟くのは、体を霊体化させて他人の体を乗っ取る事が出来るユニークスキル『憑きポゼス』を持つ早織だ。現在は洞窟にいた人間大の大きさのトカゲの体で移動している。


「まあ、そこは信じるしかないよ」


 早織に答えたのは静香である。彼女は一度見た生物の姿に変身出来るユニークスキル『化けチェンジ』を持っていて、今は以前戦ったとある魔族の姿になっている。彼女の知る由も無いが、その魔族はロヴルード帝国が行う実験の材料となった。


「そんなことより、自分達の心配をしないと。責任重大なんだからさ」


 そう言ったのは、無から布を織り、衣服を作る事も可能なユニークスキル『織りウィーヴ』によって魔族に変装している美奈だった。彼女の言葉に早織は胸を押さえる。


「うぅ……緊張してきた」

「落ち着いて、早織。私達は絶対に失敗できない超超超超重要な立場なんだから」

「もう、美奈ちゃんのイジワル」


 美奈の大袈裟な言い方に、早織はプレッシャーを感じるのではなく逆にリラックスした。付き合いが長く、互いを知り尽くしているからこその神業である。


「美奈、そう早織をイジメないの」

「アハハ、そうだね静香。それじゃあ私達も仕事をするとしますか」

「……うん」


 表情を硬くして、兵士達が向かう前から先行していた彼女達は前に進む。炎属性魔術使いの美奈が照らすこの道は、一度通った静香が最前に立って進んだ。そして既に魔王城の真下まで辿り着いている。そして突入するタイミングをうかがっているところである。そのタイミングは通信役のスクルアンであるラエが伝える。


「覚悟は決まったようね。開くわよ」

「オッケー、ラエ」


 美奈の了承を受けてラエが頷くと、彼女達の天井にある扉が開く。そこにはスクルアンの少年がいた。その名は――


「あなたがツン君だね。協力してくれてありがとう」

「無駄話は後にしろ。ここは出口ではなく入口だ」

「ふーん、愛想が悪いのね」


 そっけないツンの態度に静香はボソリと呟く。妖精族の同族同士は一定の範囲内にいれば思考を自動的に共有する。ツンは以前から、世界中に散らばるスクルアンを通してラエやマリアと連絡を取っており、この日の為に準備を進めていた。これは極秘であり、ツンも同族以外にはまったく伝えていない。


「一度でも怪しまれれば終わりだ。行くぞ」


 ツンの手引きに従い、美奈達は城内に上がった。



 ◇



 魔王城の戦力はほとんどが外の戦闘に駆り出されている事もあって、中の警備は最低限であった。その警備は勇者である美奈達には手も足も出ず、容易く無力化された。その過程で何人もの人質を解放した。ただしこの戦闘は強敵に怪しまれない事が大前提である為、多数で行動する事になれば全員の解放は困難となる。だから彼らには先に地下道を通ってエルフリード王国方面に向かうように言った。勇者達の親がほとんどである彼らは美奈達を置いていく事に抵抗感を訴えたが、静香の「あなた達はここでは足手まといなんです」という心を鬼にした主張によって無理矢理逃げさせた。なお、早織はここにいた警備兵の体を乗っ取り、静香は姿を変えている。


 なお、全員を解放しない限り外の部隊に報告をする訳にはいかない。下手に情報を伝えてしまい、中途半端に味方が寝返る所を見せてしまえば、残りの人質を助ける事が極めて困難となるからである。


 苦難の末に残る人質の数もわずかとなった所で早織が呟く。


「ふぅ……少なくとも私達のお父さんとお母さんは助けられたね」

「もしものことが有れば一番危険な目に遭うのはウチのパパ達だからね。何とか先に行って貰ったけど、無事にエルフリードに行けるか心配だなぁ」

「確かにね。でもそれ以前にこの魔王城での生活で心痛めちゃった人がいっぱいいたのも心配だよ。明らかに人間じゃないっぽい肌の色の赤ちゃんを抱いてた人も何人かいたけどさ、つまりはそういうこと・・・・・・でしょ? 魔王軍、絶対に許さないんだから」


 静香と美奈がそれぞれ言葉を漏らす。特に美奈は怒りをはっきりと示している。


「落ち着け。ここで冷静さを失えば人質を殺す事に繋がりかねないぞ」

「分かってるよ! でも――」

「待て……」


 忠告に対して反論する美奈の口をツンは手で覆う。それに抗議しようとした美奈だが、彼の表情を見て冷静になる。そんな彼女の代わりに静香が小声で聞く。


「一体何が?」

「まずい事になった。プランEとか言ったか? アレに従って行動する」


 人質の救助というデリケートな作戦である以上、計画は何があっても良いようにといくつものパターンを考えた。そしてプランEは、最悪な事態――勇者の戦力をもってしても相手をするには難しい敵の接近の際に発動する計画である。無論ツンはそうならないように下準備を進めていた。あくまで魔王軍に従順な犬として振る舞い、相手の思考を読む能力を持つサンパギータにも怪しまれないように努め、無論同族以外に計画の事は話さず、その同族が他言していない事も意識の共有によって確認した。決してボロは出していない自覚はあった。


「で、誰がいたのよ」

「それは――」


 美奈の質問にツンは答えようとする。だが美奈は聴覚ではなく視覚でその答えを知った。彼女達の前に、その強敵が姿を現したからだ。


「よう、劣等種族。随分とセコい事ばかりしているじゃないか。体を乗っ取ったり、姿を変えたりとな。劣等種族が小手先に走るのは性だが、俺の前では無駄だ」


 不快げな表情でそんな事を言うのは、雪の様な純白の肌と煌びやかな金髪が特徴的な妖精王オーベロンだった。その強さは魔王を超えるとも言われ、特に因縁のある静香は警戒する。


「美奈、ネット!」


 静香の短い指示の意味を瞬時に読み取り、美奈はユニークスキルにより触れると能力が低下する網を展開する。それはオーベロンの体を一瞬にして絡めとる。


「はぁぁぁぁっ!」


 相手の反応を見る前に、静香は巨龍に変身する。その体に霊体化した早織が取り憑き、その大きな手で美奈とスクルアン二人を掴み、後方へと飛ぶ。逃がした人質を巻き込まないように、地下には逃げない。彼女達はいつ危険な目に遭っても逃げられるようにと、出来るだけ城の外側を移動し続けていた。そして巨龍の筋力に早織と静香の勇者としてのステータスをもってすれば、堅牢な城の壁も容易く破壊できる。その確信を持って、早織は勢いに任せて壁に空中での蹴りを食らわせる。壁と足は激突し、壁にミシミシとヒビが入る。


「うっ、うぅぅ……」


 だが、壁の被害はそこに留まった。想定以上の感覚に早織は呻きつつも気を取り直し、そのヒビに再度打撃を加えようとする。しかしその時、背後に風を感じた。


「これは驚いたぞ。まさかこの城の壁にヒビを入れるとは」


 オーベロンは力を低下させる網をものともせずに破り、早織の頭の上に立ち上がる。そして壁へと拳を叩き付ける。重厚な音を伴って、壁に大穴を開ける。


「まあ、あくまで劣等種族にしては凄いというレベルだがな」

 

 特別誇る訳でもなく、当然の事のようにオーベロンは言う。その華奢な見た目に似合わぬ怪力に早織はおののく。


「何、あれ……」

「口を動かす前に羽を動かせ」


 ツンは早織の手から抜け出して言う。


「あなたはどうするの?」

「お前が気にする事ではない。さっさと行け。コイツとまともに戦うのが無理だということは、たった今分かっただろう」


 ツンとラエはオーベロンの前に立ち塞がる。


「でも……」

「作戦内容を忘れたか。もしもの事があれば俺達が殿になる事は前から決まっていたことだ……がはっ」

「何か言ったか? 裏切り者」


 オーベロンはツンの背後に現れて、拳を背中に叩き付けた。間髪入れずにラエにも近付き、腹を思いきり蹴る。


「くぅっ……」

「俺が敵を逃がすハズが無いだろう。お前達は全員、ここで殺す」


 早織の進行方向に回り込んだオーベロンはそう言った。

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